2019年11月15日

吹き直しをする?しない?

 他人の演奏を聞いていると、ちょっと気になるのが、吹き直しです。演奏中、どこかでヘマをすると、演奏を止めて、少し戻って改めて演奏し始めるってヤツです。まあ、一般的にはピアノ用語の“弾き直し”を使うのが普通かな? まあ、ピアノなら“弾き直し”だろうけれど、フルートなら“吹き直し”だよね。

 で、これはフルートとかピアノとかに限らず、器楽系の発表会とか演奏会で、たまに見かけます。声楽では…歌い直し?…は、まず見かけません。

 で、なんで気になるのかと言えば、私は吹き直しをめったにしないからです。

 「めったにしない」…つまり、たまにするんでしょ? はい、たまにします。それはレッスンの最中に、うっかり演奏が止まってしまった時に、止まったところからやむなく始めます。でも、これは弾き直しが目的ではなく、演奏が止まってしまったために、やむなく演奏を再開するための弾き直しなわけで、まずは演奏を止めない事が最大限の目的だと思ってます。

 そう、私は「ミスのない演奏」よりも「音楽を止めない事」を優先しています。これは声楽でもフルートでも同じ事で、まずは音楽を止めない事を最優先しているのです。だから、音楽を止めない以上、吹き直しは基本的にありません。たとえミスブローがあっても、そのまま進めますし、ミスブローのおかげで音楽的な整合性が崩れたとしたら…作曲してでも前に進みます。まあ、そうなると大抵、H先生が演奏を止めますけれどね(笑)。とにかく、演奏が止められる/止まるまでは、ガンガン前に進んでいくのが、マイスタイルなのです。

 「レッスンの時に吹き直しをするなら、本番でも吹き直しをするんでしょ?」 いえいえ、レッスンの時は、演奏の正しさもある程度考慮しますので、音楽がやむなく止まってしまったら、諦めて正しい演奏をし始めるわけですが、本番やそれに準じているような場面では、絶対に音楽は止めません。もし、止まっても、力ずくで再開します。ビートを外さずに、何食わぬ顔で演奏を続行します。

 これは前のフルートの先生の笛先生に徹底的に仕込まれた事で、今も私の骨髄にまで染み込んでいます。なので、私は基本的に吹き直しはしないのです。

 でも、そんな私は少数派なのか、知らない他人の器楽系の発表会を見に行くと、吹き直し/弾き直しを、結構見かけます。おそらく、先生が演奏の正確さを重んじる方で、ミスをしたままで音楽を進めるのをヨシとしない方なんだろうなあって思います。

 常に正しさを心がける演奏と、常に前進する事を最優先にする演奏。どちらが正しいのか私には分かりません。まあ、結論は「ミスなく正しい演奏で最後まで演奏する事」でしょうから、どちらが早く結論にたどり着けるようになるかって話なだけだと思ってます。

 とにかく、私は常に前進する事を心がけていきたいと思ってます。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2019年11月14日

感情の入った歌を歌いたい

 つまり、棒歌いの逆ですね。棒歌いとは、楽譜が見えるような歌い方だけれど、そこに血の通った人間が歌っているような感じがしない歌い方です。極端な例が“初音ミクの歌”です。とは言え、最近の初音ミクの歌は、打ち込み技術が進歩したためか、なかなか棒ではないんですけれどね。

 そうそう、子どもの歌や演奏って、だいたい棒です。下手な子はもちろん、上手な子であっても、だいたい棒です。あと、某カラオケ番組のアマチュア強者の方々も、見事なくらいに棒です。棒歌いの方が、カラオケの採点マシンで良い点が出るみたいです。

 初期の初音ミクや子供の歌が棒歌いなのは、楽譜通りに歌う事だけに精一杯で、歌詞について無頓着だからだと思います。もっとも、子どもが歌詞に注目して、それを表現しようと歌うと…大抵の場合、やりすぎて臭くなります。それは、気持ちばかりが先行してしまい、歌詞の世界を表現する技巧に欠けるためでしょう。そこを克服できると…美空ひばりのように天才と呼ばれるんだと思います。

 感情の入った歌を歌うには、それなりの技術が必要って話なのです。

 では、感情の入った歌を歌うために必要な技術って何でしょうか?

 私が思うに、それは意図的な“ゆれ”とか“ゆらぎ”を生み出せる事…なんだろうと思います。音楽用語で言えば“カンタービレ”で歌えることです。

 「なんや、それ。“カンタービレ”って、歌うように演奏することやろ。それじゃあ堂々巡りやん」

 まさにその通りで堂々巡りなんだけれど、感情を込めて歌うには、歌うように歌えればいいのです。

 “歌うように”…おそらくは“器楽的ではなく”という意味が込められているんだろうと思います。器楽ほど正確でなくても良い、器楽ほど精密でなくても良い、器楽よりも恣意的で良い…って事ではないかな? 正確さにこだわらず、心の赴くまま、感情の起伏に合わせて、音楽をゆらして、ゆらがせて歌うこと、それが感情を込めて歌うという事だろうと思います。やりすぎは…もちろん、いやらしくなるし、臭くなります。正確さにこだわらずと言えども、正確な歌唱でなければなりません。

 ゆらす…のは、何もリズムだけではありません。音程だってゆらすわけです。拍頭だってゆらしちゃいます。なんでもかんでもゆらします。グラグラにゆらします。ロッケンロール(ゆさぶって転がす)の精神です

 ただ、どこまでゆらすのか…無作為に無造作にゆらせば、それはただの下手くそな演奏にしかなりません。やはり基本は正しい演奏(棒歌い)です。それに、どれだけの“ゆれ”や“ゆらぎ”を付け加えるべきか、そこがセンスであり、歌心なんだろうと思います。それがセンス良くできる人が、歌心のある歌手ってヤツなんだろうと思います。

 センスの良し悪しってのは、一部の天才を除けば、基本的に、経験に裏打ちされたモノだから、子どもとか初心者とかだと難しいんだよね。良い音楽をたくさん聞いて、歌心を自分の中に蓄積していかないと、感情の入った歌を歌うことは難しいんだろうなあって思います。


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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 声楽のエッセイ

2019年11月13日

劇団四季の「ライオンキング」を友人たちと見てきました

 標題の通り、先日、男友達たちと劇団四季の「ライオンキング」を見てきました。一緒に行った友人たちは、普段はミュージカルはおろか、映画すら見ない。劇場なんて行った事はなく“○○鑑賞”と言えば、家でビールを飲みながらの、スポーツのテレビ中継を見るくらいの人たちです。昨日はサッカー、今日はラグビー、明日は野球…ってな感じで、特に思い入れのあるスポーツとかチームとかは無いようですが、とにかく、ほぼ毎日、なんらかのスポーツ中継を見ているという人たちです。

 そんな彼らを、だまくらかして(笑)ミュージカルに連れて行った私です。彼らの中から、一人でも二人でも、ミュージカルファン、できればそこを入り口に、オペラファンが生まれやしないかという、邪な考えでの行動だったわけです。

 劇団四季の「ライオンキング」の公演は、いつもながらの安定の素晴らしさです。有名な歌手はいないけれど、公演のレベルは日本トップクラスだよね。なので、今回は「ライオンキング」の素晴らしさには触れません。だって、素晴らしいのが当たり前の劇団四季の公演に、何をか言わんやって事でしょ?

 それよりも面白かったのは、私が連れて行った友人たちの感想です。

 始まる前は、本当にワクワクなんですよ。私なんて、劇場とかホールとかに慣れちゃっているせいもあって、特別な気持ちにはならないのですが、彼らは劇場に到着するだけで、すっごく興奮しているんです。ほんと、特別な場所にやってきた…ってカラダで感じているようなのです。劇団四季の劇場なんて、今回やってきた夏劇場に限らず、どこも安普請で、豪華さのかけらもなくて、別に感動するポイントなんて、探しても見つからないのになあ…なんて、私は思うんだけれど、彼らは見るもの聞くもの、すべてに大興奮なんですよ。

 そう言えば、劇場って、ハレの場だもんな。

 ちなみに、一応、彼らにはドレスコードを守らせて、カジュアル禁止令を出しておいたんです。いわゆる平服ってヤツを強制したんです(簡単に言えば「ネクタイしてこい!」)が、それも影響あるかな。だって、スポーツ観戦とか音楽ライブとかなら、ネクタイなんてしないじゃない。TシャツだってOKじゃない。それなのに、ミュージカルでは(私に言われたせいもあって)Tシャツ禁止どこか、ネクタイ着用を義務付けられたわけで、それだけでなんか特別な感じがして、興奮しちゃったのかもしれません。

 あ、ちなみにオペラはともかく、ミュージカルは、Tシャツで見に行ってもかまわないっちゃあかまいません。ただ、Tシャツで行くと、周りから浮くけれど…ね。そんなわけで、ミュージカルで平服着用は私の個人的な趣味です。

 さて、座席は一階中央の一番良い席を確保しました。コンクールなら審査員が座る場所ね。彼らの初ミュージカルをベストな場所で鑑賞できるように配慮したわけです。私の好みで言えば、砂かぶりのもっともっと前の席が好きなんですが、さすがに入門者に最前列でのミュージカル鑑賞はキツイだろうって考えたわけです。

 ちなみに、劇場内では飲食禁止というのは、私には常識ですが、彼らには初耳だったようで、ビールを飲みながらミュージカルが見られない事に、不満を言ってたヤツもいました。確かに、スポーツ観戦なら、酒飲みながらでもOKだよね。

 ミュージカルが始まりました。「ライオンキング」って、ビジュアル的に反則的なミュージカルって事もあって、友人たちは大喜びです。やはり、初心者に見せるなら「ライオンキング」はベストです。ウォーっとか叫びながら見てました。

 前半が終わって休憩に入ったところでの彼らの感想は「…腰が痛い(涙)」でした。一時間近くも身動き取れずに椅子に座り続けるのが、彼らには相当辛かったようです。え? そんな事で音を上げるの? って、私には信じられない気がしました。この程度で音を上げていたら、ワーグナーのオペラなんて、絶対に見れないじゃん!

 とにかく、まだ、もう一時間あるから、腰回りのストレッチをよくしておくように指示を出しました。あと、休憩時間中に、トイレに行かせて、飲みたいヤツはビールでもワインでも売店で販売しているから、ロビーで飲み終えてから戻ってこいと言っておきました。私自身は(眠気防止のために)ペットボトルのブラックコーヒーを一気飲みしておきました)。

 そうそう「マイクを手に持っていないけれど、マイクはどこにあるの?」という質問が出ました。そうか、世間の人は、ミュージカルマイクってヤツを知らないんだな。なので「かつらの両耳のあたりに超小型マイクが仕込まれているんだよ」と教えておきました。

 あと「伴奏はカラオケだろうけれど、歌は生歌?」という質問も出たので「原則的に歌は生歌だけれど、一部、演技をしながらとかダンスをしながらでは歌えないような難しい歌は、事前に録音されていて、それに合わせてクチパクしている時もある」と答えました。まあ、そうだろうねという返事でした。

 後半が始まり、そしてミュージカルが終わりました。

 ミュージカルを見終えた彼らの感想は…「納得できない!」でした。何が納得できないのかと言えば「なぜシンバは、父親の思い出と会話したくらいで、故郷に戻って、王位奪還を目指したのか? そこが納得いかない!」と言うわけです。彼らが言うには、まずシンバは王位奪還の前に、自分自身に王としての資質とか適正とか覚悟とかがあるかって事を考えないのかとか、われ彼の兵力差を考えないのかとか、それ以前に、相手の事をほとんど知らないまま、なかば特攻状態で襲撃するなんて、正気な沙汰とは思えないとか…エトセトラエトセトラ。

 言われてみれば、まあ、その通りなんだけれど「あなたたちはミュージカルに、物語としての整合性を求めるんだ!」と思ったのです。私なんて、ミュージカルを見る時には、ストーリーなんて、ほぼほぼ気にしないよ。私が見るのは、歌とダンスであって、ストーリーなんて、歌とダンスのきっかけを与える舞台装置のひとつぐらいにしか思っていないんだけれど、彼らにとっては、歌よりも、ダンスよりも、何よりも、ストーリーが大切で、ストーリーを見ていたわけで、だからストーリーに納得いかないと、もう思考はそこで止まっちゃうわけです。

 ちなみに「納得できない」に対しての私の答えは「原作に当たるアニメでも、そのあたりは、特に触れていないから、考えなくていいんだよ」ですが、それに対する彼らの返答は「アニメが原作だからダメなんだ!」でした。おお、この人たち、天下のディズニーアニメに喧嘩売っているよ。

 帰りは、売店でお土産のグッズをたくさん買っていましたよ。家で待っている奥さんや娘さんたちへのお土産のようでした。そうか、ミュージカルを見て、お土産としてグッズを購入するって発想は、私にはなかったなあ(汗)。

 もしかすると、私は、相当スレた客なのかもしれません。ならば今後は、そういう自覚を持っていないとダメだろうなあと思った次第です。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇