2007年12月04日

今が旬のテノール、それは…

 Paul Potts(ポール・ポッツ)でしょう。そこそこ、コケないように! 「千の風〜」は一年も前の話よ。昔の話をつい最近のように語ると「だから年寄りは…」と若い人に煙たがられますです。

 イギリスやアメリカでは少し前から来ているポッツですが、日本では先々週デビューアルバム発売&初来日ってことで、エンタメ界の片隅でさざ波を立てていたポッツですが、私もメサイア関係の記事を書きながら、毎日デビューアルバムをヘビーローテーションで聴いてました。

 結構、いいね。これ。

 「え、ポール・ポッツ? 誰よ、それ??」と思われた方は、是非こちらのサイトで配信されている動画(Britain's Got Talent ブリテンズ・ゴット・タレント)を見てください。話はそれからね…。

 どうですか? 私は一発でハートを掴まれました。グイグイと鷲掴みです。「Britain's Got Talent」って、いわゆる素人オーディション番組で、アサヤン(オールド世代なら「スター誕生」)みたいなもんです。そこに出てきた、携帯電話のセールスをやっている、さえない中年の醜男が、あんな素晴らしい声を持っているなんて…ね。できすぎた話でしょ。でも、あるんだな、こんなクサいことが…。

 先程のページの「プロフィール」によれば、まあ、オーディション番組出身とは言え、全くの素人というわけではなさそう。ありふれた「成功しなかった音楽家」の経歴ですな、さにあらんや、今更ながらに思うけれど、あの歌声が素人の喉から出てきたら、それこそ奇蹟だもんな。

 彼のシンデレラ・ストーリーは絶好のつかみだけど、つかんだ後は実力で判断される世界、私は…それでも好きだな、この歌手。

 でもね…。

 正直言って、「誰も寝てはならぬ」をレパートリーとするテノール歌手としてはどうか? と尋ねられると「…」って感じ? 声が軽すぎるんだね、ポッツの後にうっかりドミンゴ(それも全盛期の80年代の録音)の「誰も寝てはならぬ」を聴いてしまったら、やっぱりポッツの歌唱には「?」が付いてしまいます。

 どこが「?」かと言うと、歌が役を背負いきれていないんです。ストーリーを背負えていないんです。彼はあくまでポール・ポッツであって、カラフ(トゥーランドットの実質的な主役、もちろんテノールの役)ではないのだよ。そこが私の「?」なのです。

 ポッツの「誰も寝てはならぬ」はただキレイなだけの歌。オペラ「トゥーランドット」の中のアリアとしては、ありえない歌声だね。でもね、オペラの中のアリアという事は、ひとまず忘れて、単なる歌としての「誰も寝てはならぬ」ならば、実はポッツの歌も「有り」だね。十分「有り」だよ。

 だいたい、何人の人が「誰も寝てはならぬ」をオペラアリアとして聴きました? もちろん私はオペラファンなので、耳タコになるほど聴いてますが、多くの人は、アイススケートのBGMか、コマーシャルソングか、せいぜい三大テノールのコンサートアリアとしての「誰も寝てはならぬ」であって、オペラ「トゥーランドット」のアリアではない。だったら、ポッツの歌も、独立した単なる歌として考えても良いよね。あたかも、ポピュラーソングのように。

 実際、彼のデビューアルバム「ワン・チャンス」は、オペラアリア集ではなく「オペラ歌手が歌ったポピュラーアルバム」という選曲。その中に置かれた「誰も寝てはならぬ」も当然、独立した一つの歌として捕らえるべきだし、そう捕らえたならば、彼の軽くて美しい声で歌われた「誰も寝てはならぬ」は貴重な歌だと思います。

 それはそうと、私が彼を評価するのは、2曲目に収録された「Time to Say Goodbye」です。その曲の一番最後のフレーズ「Io con te」の「te」を歌う彼の声。キラキラとした本物のテノールの声。いわゆるマスケラ声です。聴いているこっちの顔面までブルブル震えてしまいそうです。ああ、これがテノールだよって感じの、水面に輝く春日のような高音。この声を持っていれば、後はどんなにダメでも(もちろん彼の歌声は全然ダメではないのだけれど)OKです。

 世界が彼をもてはやすわけだよ、この声だもん。こんな人が、素人対象のオーディション番組に出演しちゃダメでしょ。顔面に響く声の持ち主に携帯電話のセールスマンをやらせたままではダメよ、ダメダメ。

 もっとも彼はオペラ歌手と名乗っているけれど、当面はコンサート歌手として活躍するのだろうね。歌劇場で歌う日は来るのだろうか? と言うより、彼が歌えるオペラはあるのだろうか? この美しいだけの声(と、不釣り合いなほどのさえない容姿)では、正直オペラは難しいよね。彼はイギリス人なんだし、無理にオペラに行くよりも、宗教曲のソリストの方が似合っているような気がする。メサイアのテノールソロなんて、彼の美しい声で聴いてみたいですよ、いやホント。

 色々な意味で、今後が楽しみな歌手です。ワクワク。

posted by stone at 05:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 声楽のエッセイ