2012年08月16日

老犬ブログ前史 その2 合唱時代

 Nさんは無類のオペラファンでした。元々は、マリア・カラス[伝説のソプラノ]のリアルタイムのファンでして、カラスの引退後は、プラシド・ドミンゴ[三大テノール]の追っかけをやっていたほどの方でした。

 私はNさんの影響で、マリア・カラスと同時代のテノール歌手であるマリオ・デル・モナコと、Nさんが追いかけ続けているプラシド・ドミンゴを好きになりました。だって、二人とも、カッコいいテノールじゃん(笑)。

 私が最初に購入したオペラのCDは、モナコが歌う「道化師」のディスクでした。これを実に何度も何度も聞いたなあ…。モナコの道化師は、私のオペラ人生の原点みたいなものです。

 Nさんは気合の入ったオペラファンだったので、CDはもちろん、オペラLDもたくさん持っていました。休みの日になると、Nさんの家にお呼ばれに行って、朝から晩まで、オペラLDをNさんのレクチャー付きで見たものです。私のオペラの基礎教養の大半は、この時のNさんのレクチャーで身に付けたんですよ。

 ちなみに、当時のオペラLDは、今と比べると全然数が少なく、出演している“テノール”も、ほとんどがドミンゴで、次点はカレーラスでした。この二人しか出演していなかったと言っても過言じゃなかったです。三大テノールの残りの一人であるパヴァロッティは?と言うと、おそらく彼は声は美しいかったけれど、容姿に多大な難があったので、CDでは通用してもLDには向かないと判断されて、その出演作が(少なくとも日本では)発売されなかったのだと思います。

 今ではパヴァロッティの出演作もDVD化されているし、彼同様に容姿に難のあるテノールが出演しているモノもきちんとDVD化されています。そういう点では、良い時代になりましたね。それどころか、オペラに限って言えば、同じ演目ならCDで購入するよりもDVDで購入した方が安いという面白い状況になりつつあります。当時のオペラLDなんて、1セット、1万円以下なんて、ありえなかったんですよ。それくらい、高価で貴重だったんです。
 
 
 オペラをたくさん見聞きしているうちに、やがて自分でも歌いたくなって、某アマチュア合唱団に入りました。とにかく、歌を聞いているだけじゃなく、自分でも歌いたくなったんですよ。

 『オペラファンなら、声楽を習って、オペラアリアを歌えばいいじゃん』と、今ならそう思いますが、当時の私には“素人がオペラアリアを歌う”なんていう選択肢は考えもつかなかったのです。『オペラはプロが演奏するもの、素人は合唱をするもの』なんて、誰に言われたでもなく、当時の私は、そう信じていたので“歌いたい” -> “合唱団に入ろう”って、短絡的に考えたわけです。

 幸い、湘南地方には、イヤになるぐらいたくさんの合唱団があったし、常にどこかの団が入団募集をかけているので、私はその中から、近所で練習をしている、大規模な市民合唱団に入りました。

 合唱団に入って、さっそく歌に夢中になりました。とても楽しかったですよ。なにしろ、合唱って、自分がロクに歌えなくても、周りがちゃんと歌っているし、自分が歌えても歌えなくても、舞台はきちんと進行するし、演奏会が終われば、自分がダメダメでも、仲間との一体感と、舞台を終えた充実感は味わえましたからね。まだ未熟な私でも、音楽演奏の高揚感を楽しむ事ができました。

 最初に入った合唱団は、オーケストラと共演する事がウリの合唱団でした。規模が大きく、指導者にも恵まれていた団で、指揮者&ピアニスト以外に、ヴォーカル・トレーナーさんが複数もいた程でした。私は、その団で、始めてクラシカルな発声方法を習いました。ま、合唱団での発声指導でどうにかるほど、歌は甘くないのですが、でもなんか、うれしかったな。今まで知らなかったクラシカルな発声法を知り、まるで自分がオペラ歌手にでもなったような気分になれましたからね。

 この頃の私は、本当に熱心だったと思います。当時発売されていた、日本語で書かれた発声関係の本のほとんどを読んだと思います。ですから、私の発声理論は、この頃の座学で身に付けたものです。まあ、知識がある事と、歌える事は全然別なんですけれどね。

 ちなみに当時の私の歌唱力は、今とは全然比べ物にならない程度だったと思いますよ。発声は全然ダメで、声はロクに出ていませんでした。音程もあるんだかないんだかって程度でした。ただ、熱心だったし、若い男性だったので、合唱団の皆さんには可愛がってもらいました。

 譜面は今以上に読めませんでしたが、合唱は一人でするものではありません。パートの中にいて、みんなと一緒に歌えば、自分が歌うメロディーなど、若いという事もあって、やがてカラダで覚えてしまいます。覚えきれずにデタラメを歌っていても、声がロクに出ていないし、所詮、側鳴りでしたから、誰の迷惑にもなりません。そうやって、実際に声を出して、トライ&エラーを繰り返しているうちに、少しずつ軌道修正がかかって、やがて、そこそこ歌えるようになっていきました。

 その団では、本当に、合唱の基本的な事をたくさん学ばせていただきました。また、その団にいる間に、小規模な他の団にも入り、少人数の合唱の楽しみも覚えてみたり、地元のホールでテレビ収録などが行われる時は、助っ人合唱団にも応募して、歌謡曲歌手の後で歌ってみたり…。今もたまに参加している第九合唱団に最初に入ったのもこの頃でした。とにかく、歌うチャンスがあれば、合唱団の掛け持ちもなんのその、果敢にチャレンジし、人脈を広げていき、合唱仲間を増やしていきました。合唱を始めて、3年目に突入しようかと言う頃には、合唱仲間と一緒にヨーロッパに行って、向こうの合唱団で歌ってみようなんて話が出てくるほどに盛り上がってました。
 
 
 でも、私は丸2年、集中的に合唱三昧の生活をしたら、燃え尽きてしまいました。もちろん、ヨーロッパにも(仲間たちは行きましたが、私は)行きませんでした。

 実は私って、飽きやすい人間なんです。今は年を取ったせいもあって、多少は色々な事もガマンをして継続できるようになりましたが、まだ若かった私は、本当に飽きやすいと言うか、実に『熱しやすく冷めやすい』性格でした。だから、合唱も2年も集中的に行ったら、まるで憑き物が落ちるように、飽きちゃったんですね。

 それに、合唱って、オペラとは、やっぱり違います。私はオペラが好きで、オペラに憧れて、それで自分も歌いたくなった人なんです。だから、私が本当に歌いたいのは、実は合唱曲ではなく、オペラアリアなんです。合唱にのめり込むほど『これはオペラじゃない…』という思いを感じるようになりました。特に大きな合唱曲を歌うと、自分は合唱団の一員としてオーケストラの後で歌い、そのオーケストラの前に、ソリストさんたちが陣取って、素晴らしい歌声を披露しているのを聞いていると、なんか悲しくなってきました。

 でも、当時の私は「素人は合唱。プロはオペラ」という先入観がありました。だから(失礼な話だけれど)合唱でガマンしていたんですよ。でも、ガマンには限界があります。

 やっぱり私はオペラが歌いたかったのです。合唱をやればやるほど、オペラをやりたくなりました。合唱に飽きちゃった事と、オペラに対する憧れが押さえきれなくなった事、その二つの思いでモンモンとするようになりました。

 そんな気持ちが見透かされていたのか、合唱団の指揮者さんから「君は合唱よりもソロの方が向いているよ」とかなんとか言われて、余計に気持ちモンモンとして…。
 
 
 そこで再びNさんの登場です。当時の私は全然知らなかったのですが、実はNさんはドミンゴの追っかけをしながら、アマチュアのソプラノ歌手でもあったのです。でも彼女は、自分が声楽のレッスンを受けている事、発表会などで細々と歌っている事を、職場では内緒にしていました。だから、私もその事を知らなかったんです。

 年度が変わっても、職場では、私とNさんは隣同士の机になる事が多く、仕事の事、プライベートな事など、色々な事をよく話しました。ドンドン音楽にハマっていく私を見て、微笑ましく思っていたそうです。そして、私が合唱を始めて、合唱にのめりこみ、合唱を満喫していく姿を、黙って見ていました。そして、私がオペラへの思いが強くなり、合唱への違和感を隠しきれなくなり、そこで悩んでいた時には、始めて、自分が声楽の個人レッスンを受けている事、発表会などでオペラアリアを歌っている事を教えてくれました。そして、オペラが好きで、オペラアリアを歌いたいなら、合唱ではなく、声楽を習うべきだとアドヴァイスしてくれました。そして、もし私が良ければ、ご自分が習ってらっしゃる先生を紹介するから、一緒に声楽を習わないかと、誘ってくれたわけです。

 そりゃあ、二つ返事でOKですよ。だって、オペラアリアが歌えるようになれるかもしれないのですよ。オペラはプロのモノ。素人は合唱でガマンするもの、なぜかそう考えていた私にとって、声楽を習って、オペラアリアにチャレンジするなんて、ありえない話です。それこそ、夢の世界に足を踏み入れるようなものです。

 声楽の個人レッスンを受けると決めた私は、散々世話になった合唱団をあっさり辞めてしまいました。実にキレイなもので、未練も何もなしで、スパっと辞めちゃいました。だって、合唱よりもオペラですって。だから、いくつも入っていた合唱団のすべてを辞めて、身ぎれいになって、声楽の個人レッスンを受ける事にしました。

 歌の神様に導かれた…んだと思います。次回は、声楽の個人レッスンを受け始めたあたりから、話を始めます。

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posted by stone at 03:30| Comment(8) | 音楽一般