2013年06月10日

2013年6月現在の私の歌声[音源付き]

 声楽の先生をキング先生からY先生に変えて、約1年になりました。発表会の準備も着々と進んでいますので、今回は勇気を以て、現在の発表会準備途中である現在の歌声をアップしてみる事にしました。ま、一種のメモリアル・アップです(笑)。

 曲目は、トスティ作曲の『Non t'amo piu!/君なんかもう』。記事のタイトルは「2013年6月現在」となってますが、実際に歌ったのは、5月29日です。まあ、細かいことは気にしない(笑)。

 自分的には、ますますキング式の発声方法が抜けて、少しずつY先生の教えてくれる標準的な発声方法に変わっているように感じています。とは言え、さすがに五年間、毎日毎日練習してきたわけで、まだまだキング式発声が抜けきれていない事も事実です。感覚的には、五対五ないしは、六対四ぐらいの割合かな? もちろん、数の多い方がキング式ね。

 キング式の発声方法は、選ばれた人間のための発声法…と私は勝手に思ってます。選ばれた人たちが、キング先生の元で学ぶと、本当に劇的に変わります。でも、選ばれていない人で、力の無い人は、壁にぶちあたったまま悪い癖をこじらせて停滞するし、中途半端に素質があると、声を壊します。残念ながら、私は選ばれていない人間だったみたいです。あのままキング先生の元で学び続けていたら、確実に声を壊していたと思います。なにしろ、私は、中途半端な人間ですから(笑)。まあ、だから、音楽の神様が、中途半端な私にも対応できる、オーソドックスな先生に変えてくださったのだと思ってます。

 さて、アップした歌は、他人が聞いたらどう聞こえるかは別として、私自身の感覚では、以前とはかなり違っているんですよ。

 まず、一番の違いは、声が楽に出て、歌っている事が、とても楽しいんですよ。

 歌は昔から好きでしたが(ブログには何度も書いてますが、入門当初から)キング式の発声では、苦しいし、痛いんですよ。なにしろ、ラクに発声するとダメが出ます。先生がOKをくれる声は、苦しいし、痛いんです。苦しいのは酸欠でクラクラするから。痛いのは、ノドの奥やコメカミの上、頭頂部、うなじのちょっと内部。それと歌うと、ノドから血の匂いが漂います。

 そんなに苦しくて痛いなら、歌なんて辞めればいいのにと思われるでしょうが、私は、歌が大大大好きだから、声を出すのがつらくても我慢してきました。たまにつらすぎて、その事を先生に伝えると「我々だってつらいんだ」と言われると、そうかプロでもオペラチックな発声って、つらくて大変なんだ。だったら、私の痛みぐらい、我慢しないとね…なんて思ったものです。実際、先生を信頼していたから、先生の指導方針に従って我慢してきました。

 まあ、私はキング式発声方法に耐えられるほど、カラダもノドも強くなかったんだと思います。だから、つらくて痛かったんだと思います。

 でもね、やっぱり、人間、痛くない方がいいし、つらくない方がいいです。特に、趣味なんだから、ツライより楽しい方がいいよね。

 Y先生のところに入門して、最初に言われたのが、これ。声を聞いて、いかにも、つらそうな声だと言われました。いや、実際は、つらそうではなく、つらかったのですけどね。

 だから、最初にやったのは、楽に発声すること。楽に楽しく発声すること中心に、この一年間は声楽を学びました。まあ、だいぶ楽に感じられるようになったもの、時折、昔の悪い癖が出て、自分を追い詰めて発声してしまいます。で、Y先生からダメをもらいます。この録音でも、部分的に自分を追い詰めて発声しています。まだまだ、楽々とは発声できない私です。五年かけて身に付けた癖は、五年かもっと長い時間をかけないと、カラダから抜けないものなんでしょうね。

 実は私の声は、以前よりも出なくなったと思います。音量は減り、遠達性もダメになったと思います。以前は、大ホールでも朗々と歌えましたが、今はおそらく無理でしょう。なにしろ、声そのものが、だいぶスケールダウンしてしまったわけですから。

 その代わり、自分の身の丈に合った、無理の無い声で歌えるようになりつつあります。

 今は歌っていても、どこも痛くないし、つらくもありません。『君なんかもう』のように長い曲は、以前だと、1番を歌っているうちに声を使い切ってしまい、とても2番を歌うことはできませんでした。今は、1番2番を通したフルコーラスを歌うことはもちろん、そのフルコーラスを5回連続して歌っても、たぶん大丈夫。余裕で歌いきれると思います。それくらい、発声が楽だし、声が余ってます。ほんと、人間、変われば変わるものです。

 変わったのは、痛みの有無だけではありません。声質も変わったかな? 録音で聞くと、あまり変わっていないように聞こえますが、私自身の感覚では、私の声質は大変化を遂げています。以前は、自分の歌声は『明るいテノール声』だと思ってました。今は『地を這うように低くて太い声』だと思っています。きっと録音機がなければ、私は自分の事を、バスバリトンか、あるいはバスになってしまったと悲しむところかもしれません。

 しかし、声って、自分で感じているモノと、録音したモノ(つまり他人が聞いている声)って、全然違うんですね。しかし、今の私の歌声ほど、自分の感覚と、録音音源で聞ける声が、全く違うのも珍しいです。

 だって、自分自身は、まるでバスバリトンかバスになってしまったかのように感じながら歌っているにも関わらず、録音で聞こえる歌声は、正真正銘のテノール声なんですよね。これはショックです。こんなにも、自分で感じている声と、他人に聞こえる声が違うなんて、驚きモモの木山椒の木です。ほんと、ショックショックです。

 あと、音程の甘さは相変わらずですが、でも今の方が、かなりマシに歌っていると思います(でしょ?)。

 声の響きですが、これに関しては、今はまだ落ち着きがありません。いい響きで歌えているところもありますが、うっかりして、響きを逃がしたり、落としたりしています。そういう意味では、発声方法がまだまだ固まっていないのでしょう。以前は、今ほど良い声ではありませんでしたが、ダメはダメなりに安値安定していました。

 そうそう、自分なりに、少しずつだけれど“良い声”って奴が、感覚的に分かってきたような気がします。そして、今まで考えていた“良い声”ってのが、少々的外れだったように思い始めました。そして、プロ歌手の歌を聞くと、以前よりも強く激しく「ああ、上手だなあ」と感じるようになりました。これは生はもちろん、録音でもそうです。なんか、CDを聞いていると、時折、あまりの上手な歌声に涙ぐんだりします。それくらい、発声の上手さを感じられるようになってきたかもしれません。

 とまあ、声の事を中心に書きましたが…それは、歌の方は、ちょっとねえ、マダマダでしょ? 歌詞もクチがまわらずにきちんと言えていない箇所がたくさんあるし、表現と言った面では、まだまだ棒歌いだし、人間性なんてものが、何も表現されていません。失恋の歌なのに、ちっとも悲しく聞こえないでしょ? ま、このあたりについては、発表会に向けて、もっと歌い込んで、自分なりの歌に仕上げられたらなあって思います。

 最後にちょっと言い訳を(笑)。ピアノを弾いているのはY先生ですが、先生はバリトン歌手ですし、お弟子さんもバリトンさんばかりなので、この曲を普段はバリトン用の低い調性で弾いていて、指が低声用で覚えているので、私の伴奏をしていても、ついつい指が落ち着きません。同じ高声の生徒さんであっても、ソプラノだとレパートリーがバリトンと被らないので問題ありませんが、なまじ男性同士のテノールとバリトンだと、レパートリーが被るんですね。でも、声が違うから、調性が違うわけで、そんなわけで、Y先生的には、私の伴奏って、やりづらくて厄介なんだろうと思います。…ご迷惑おかけしてます。

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posted by stone at 03:30| Comment(18) | 録音音源付き記事