2017年01月07日

すとん前史 その4

 さて、ここまでクラシック音楽の話が出てこないじゃん! と思っていた皆さん。いよいよですよ(笑)。

 大学に進学した私は、今までの貧乏学生から突然のリッチマンになりました。

 私の親は学費を支払ってくれない人だったし、高校無償化なんて夢のまた夢って時代でした。ウチの親は「中学までが義務教育だから中卒で就職が当たり前。高校なんて贅沢」という考えの人でした。

 私の場合は、中学の担任が私の親を説得してくれたので、高校へ進学することができました。なにしろ、私、学年でもトップクラスの成績だったからね。高校へ行かないなんて、当時はすでに親の考えと世間の常識は違っていて、中学卒業したら゛ほぼ高校全入時代でしたから、私のような優等生か中卒で就職なんて、ありえない話だったわけです。

 中学からの申し送りがあったのでしょうか? 高校時代は、当時の担任の先生のお気遣いで、3つほどの奨学金を手にしていたので、学費&修学旅行費&大学初年度納入金などは、奨学金でなんとかなりました。それはとても感謝しています。

 高校時代も常に成績優秀者だったので、大学進学の際は、もう親は文句を言わなくなりました。で、文句は言わなかったけれど、例によって、カネは出さなかったわけです。

 奨学金で高校を卒業した私は、大学生になって、再び奨学金を手にする事を躊躇したわけです。だって、ほら、奨学金って返済しないといけないでしょ? 奨学金って、名前はカッコいいけれど、要は借金なわけで、若い時分で借金を背負うなんてイヤじゃない?

 幸い、高校時代の奨学金は、2つは返済不要の奨学金だったし、もう一つは返済免除になったので返さずに済んだけれど、大学生になって改めて奨学金を貰って、これを返済するのは「…ああああああ〜嫌だあ〜」と思ったわけです。カネに苦労していましたので、借金なんてイヤでイヤでたまらなかったのです。

 そこで大学時代は、奨学金に頼らずに、一生懸命アルバイトをしてカネを稼ぐ事にしたのでした。

 頑張ったよ、アルバイト。やったのは、ライター(もちろん無署名での執筆または代筆:守秘義務有り)と家庭教師と塾講師ね。毎月の手取りは30〜40万円ほどで、当時の新卒サラリーマンよりも良い収入でした。おまけに学費の方はほぼ免除になった(ウチの大学は各期ごとに成績優秀者を学費免除にしてくれるシステムがあったのですよん)ので、突然私はリッチマンになっちゃったわけです。

 バンドは…なんとなく組まなかったのです。大学のサークルは、手話サークルとボランティアサークルに入り、バイトも忙しかったし、大学院の先輩の助手のような事も始めたし、大学のゼミにも1年生の後期から入って真面目に勉強していたので、ほんと、バンド活動どころではなかったのです。

 バンドはしなかったけれど、小遣いに困らなくなった私は、洋楽に本格的にハマり、カーペンターズやアバやビートルズ以外の洋楽も聞くようになり、気に入ればバンバンLPレコード(笑)を購入していました。例えば、ビリー・ジョエルとか、プリンスとか、マイケル・ジャクソンとか。あまり通っぽいバンドではなく、王道な人気者に行っちゃうのが私らしいんだけれど…ね。

 高校まではギターしか弾けなかった私だけれど、大学に入って、ピアノの授業を選択したので、バイエルをやりました。キーボードに親しめるようになると音楽の幅が広がります。

 で、そんな時に出会ったのがY君でした。彼は他校の学生でしたが、ボランティサークルの大学連合みたいなところで出会いました。二人ともその連合の幹部だったので、あれこれ顔を合わせて話をしているうちに、気が合う事が分かり、友情を深めていくうちに、私は彼に感化されるようになりました。

 何に感化されたのか? そりゃあクラシック音楽ですよ。なにしろ、彼はガチガチのクラヲタだったからです。

 私、ここまでクラシック音楽に関して興味がなかったわけではありませんでした。中学生〜高校生時代だって、なけなしの小遣いをはたいて、廉価版のクラシックレコードを数枚買ってました。例えば、ワルター指揮の運命とか、ヘブラーが弾いているモーツァルトのピアノソナタとかね。でも、導き手がいなくて、漫然と聞き流すだけでは、クラシック音楽を楽しむポイントも分からず、当時は「クラシックをもっと楽しみたいのになあ…」という気持ちだけが空回りをしていたのです。

 そこへY君の登場でした。彼は良いクラシック音楽の伝道者だったと思います。我々は他校の学生同士と言うこともあって、会うのはせいぜい月に1回あれば良いくらいの関係でしたが、彼はその度に私に対して、クラシック音楽に関するレクチャーをし、宿題を出してくれました。私は実に良い生徒だったと思います。私のクラシック音楽に関する基礎教養は、この時にY君という師匠によって身に付けたものでした。

 もっとも、Y君自身はクラヲタと言っても、いわゆる“交響曲馬鹿”でした。私にも交響曲の素晴らしさをあれこれ教えてくれたし、宿題もたくさん出してくれました。最初の頃は「ベートーヴェンの交響曲を全部聴いてこい」ぐらいだったのですが、やがて「モーツァルトの後期6大交響曲を全部聴いて感想を言え」とか「ブルックナーの交響曲(馬鹿みたいに長いのが9曲もあるんだよ)を全部聴いてブルックナーの素晴らしさを言え」とかの難題に変わりました。まあモーツァルトの交響曲は“リズムも軽快で素晴らしい作品だなあ”と思いましたが、ブルックナーは“ワンパターンだし退屈で仕方なかったよ”と答えた覚えがあります。ちなみに、未だにブルックナーは退屈さを感じる私です(へへへ)。

 Y君に導かれて知った曲の中で、感動してしまったのが、これです。

 いわゆる「パッヘルベルのカノン」という、通俗名曲ですが、この曲の、ミュンヒンガーによる弦楽合奏版の演奏です。たぶん、この演奏に感動したから、私、クラシック音楽に深くハマってしまったんだと思います。で、演奏があまりに気に入ってしまい、他の団体による演奏(だいたい原典版)では物足りなくなってしまいました。「ああ、クラシック音楽って、演奏家によって、こんなにも違うんだ」と肌で感じたのでした。

 あと、Y君に教えてもらった演奏家で感動したのが、ピアニストのサムソン・フランソワでした。このピアニストは、かなり恣意的な演奏をし、演奏もどこか危なげという事で、ピアノを本格的にやっている人たちからは評価の分かれる演奏家なのだそうですが、Y君に「これ、いいよ。絶対に感動するよ」と言われて聴いたわけですが、ほんと、私のハートに直撃でしたね。

 彼よりも上手くて正確なピアニストって、たぶん掃いて捨てるほどいるだろうし、それにだいたい彼は昔の演奏家なので、残っている録音も音が悪いのだけれど、それでも私は好きなんですよ。

 こうして、Y君の英才教育によって、ポピュラー音楽一辺倒だった私も、いっぱしのクラヲタに育ちました…が、残念な事にY君の教育には偏りがあったのでした。実は彼自身が、器楽偏愛主義者であって、交響楽至高主義者だったので、声楽やオペラは全くの守備範囲外だったのです。

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posted by stone at 03:30| Comment(6) | その他