2017年01月26日

歌における音程の取り方について

 楽器ならば、きちんと調律し、チューニングさえされていれば、決められた行為を行う事で、間違いなく正しい音程で演奏できるものです。決められた行為とは、任意のキーを押さえたり、弦の任意の場所を押さえて弾いたり、任意のトーンホールやレバー、ピストンを押さえて吹く事です。とにかく、ある種の決め事どおりの事を行えば、正しい音が出るのです。それが楽器です。

 だって、そういうふうに作られたんだからね。

 そこへ行くと、歌はそんなわけには行きません。なにしろ人間のカラダは歌うために作られたわけではなく、本来は単純に(動物、とりわけ他の哺乳類を見れば分かるとおりに)音声信号(いわゆる“鳴く”行為です)を出すために作られた発声器官を、言葉を話すために転用し、さらに歌うために再転用しているので、ある意味、人間にとって、歌うという行為は、かなり不自然で無理のある行為なのかもしれません。

 それゆえに、見事に正しい音程で歌える人もいれば、なんとも微妙な歌しか歌えない人もいます。人間は、先天的に歌えるようには出来ていないので、それも無理のない事なのかもしれません。

 実は楽器演奏者の中には(アマチュアでは特に)微妙な音程でしか歌えないけれど音楽大好きって人が多くいます。彼らに言わせれば「楽器は、正しい音程で演奏するのが簡単だけれど、歌だと難しいよ。どうやって正しい音で歌えばいいんだい」という悩みを持っていたりします。

 確かに歌と楽器では違います。ドの音を出したいとします。ピアノならドのキーを叩けばいいけれど、人間にはドのキーはありません。フルートなら全部のトーンホールを塞いで吹けばドになりますが、人間にはトーンホールはありません。ヴィオラやチェロなら、一番太い弦の開放弦を弾けばドになります。でも人間には開放弦はありません。

 まったく困ったものです。

 歌は声で成り立ち、声はノドで作られて出てきます。我々はノドの中にある声帯を振動させて発声するのですが、ノドも声帯も見ることも触ることもできません。はっきり言って、どんなふうに動いているか、本人にすら分かりません。そんなブラックボックスなのが声なのです。

 おそらく、音程バッチリで歌っている人だって、自分のノドがどう動いて正しい音程を出しているかなんて、分かっていないと思います。つまり、歌に関しては、楽器のようにメカニカルなモノを考えていては埒が明かないのではないかと思うわけです。

 歌と比べるのならば、楽器ではなく、ダンスではないかな…と私は思います。

 ダンスも、最初からかなり上手に踊れる人もいますが、多くの人は、他人が見てカタチになるようなダンスを踊るのは、かなり難しいのではないかと思います。

 私、以前、あるテレビ番組の企画で、ある歌手のバックダンサーをやった事があります。もちろん、バックダンサーと言っても、素人参加企画であって、いわばモブで、画面の片隅に小さく映った程度の、とても他人に自慢できるような事ではありません。

 で、その歌手さんは、今時のグループアイドルだったので、バックの振り付けと言えども、かなりちゃんとしたダンスであり、教えてくれたのは、その曲のオリジナルの振付師さん(当然、プロもプロ、本格的な振付師さん)だったわけです。かなり懇切丁寧に動作の一つ一つを噛み砕きながら教えてもらいました。5分ほどの曲ですが、我々モブがテレビにうつるのはサビの部分だけなので、そこだけを集中的に1時間ぐらい教えてもらったところで、歌手の皆さんが入ってきて、本番の収録となりました。

 私ですか? 当然、全然ダメでした。たかが一時間の練習で、アイドル歌手のバックダンスなんて出来るわけないです。まあ、モブですし、そういうあたふたしている人がいても良い企画らしいので、それはそれで良かったのですが、もちろん中にはバッチリ踊れていた人もたくさんいました。

 結局、ステップがどうとか、手の動きがどうとか、どこでターンして、どこでジャンプするとか、そんな事を一つ一つ考えていたら、踊れないのですよ。音楽が鳴り始めてカラダが動き出したら、与えられたダンスのイメージに合わせて、カラダが自動的に動き出せなければダンスなんて踊れないのです。多くのことを一度に処理しなければいけないし、そのためには無意識でカラダの各所が動かなければいけない事も多いし、それらを脊髄反射レベルで調整していかなければいけないのです。そうしないと、正しく踊れません。

 「ああ、歌と同じだな」と思ったのです。

 歌も音程正しく歌うためには、正しいメロディーのイメージに合わせて、カラダが自動的に動き出さなければいけないのです。多くのことを一度に行わなければいけないし、そのためには無意識でやらないといけない事も多いし、それらを脊髄反射レベルで調整していく事も必要なのです。そういう同時並行作業の結果が『正しい音程で歌う』事になるわけです。

 なので、音程正しく歌うために、まず最初に必要なのは“正しいメロディーのイメージ”なんだと思います。頭の中で、しっかりと音楽を鳴らせられる事です。案外、音痴な方の頭の中では、音楽が曖昧にしか流れていない事が多いんじゃないかな? 寸分の間違いもなく、きちんとメロディーをイメージできる事。これがまず必要です。

 次は歌うために必要な事を、無意識で行えるように、徹底的にカラダに染み込ませる事。特に発声テクニックは大切です。声を出す事に気を使っているようでは、音程なんて二の次三の次です。ノドの脱力、口腔を広げる事、鼻腔に響かせる事、腹式呼吸で深く呼吸する事。しっかり腹筋で声を支える事…フィジカル面は徹底的に無意識レベルにまで落とし込まないといけません。

 その上で、音を正しく聞き分け、自分の声と外部の音(伴奏だね)を調和させる事。ここまでできて、やっと『音程正しく歌える』のではないかと思います。

 ここまでは、音程正しく歌うための話であって、歌として上手いか下手かは、また別の話になります。

 で、そんなに多くの事を同時にやらなければ、音程正しく歌えないのか…とガックリする必要はありません。それぞれの技量(とりわけフィジカル的なテクニック)は個々に身につければいいし、能力的に足りなければ、足りないなりになんとかなります。

 と言うのも、そこが人間の不思議でして、人間の脳の能力の高さなんだと思います。無意識に行う…とは、無意識に脳がカラダの各所をコントロールしていく事であり、それゆえに、歌う本人は気にする必要がないのです。多くの事を同時に行うのは、脳の無意識のレベルの話であって、歌う本人は、ただただ、メロディーのイメージを正しく持って、そのイメージと自分の歌が違っていないかを、常に聞いて気をつけていれば良いだけなのです。

 要するに、音程正しく歌うためには、自分の歌をしっかりと聞いていればいい…という、身も蓋もない結論になるわけです。

 「自分の歌をしっかり聞いているけれど、どうにもちゃんとは歌えないんだ…」

 それは脳がいくら頑張って最善の結果を出したところで、そこに限界はあります。まずはフィジカルな面での能力不足を疑うべきだろうし、音楽的な知覚能力(要は“耳の良さ”です)を磨かないといけないのです。いくら「足りなければ足りないなりになんとかなる」とは言え、最低限の力量は必要となります。

 ダンスだって、一部の天才を除けば、ズブの素人が、多少の練習でプロ並みに踊れるようになるわけないでしょ? 日頃の努力と鍛錬を少しずつ積み重ねていき、ある程度の力量を兼ね備える事ができたところで、ようやく“ダンサーとしての人生”が始まるわけです。まずはスタートラインに立つ事。そこから上達していき、上手なり名人なりプロなりになっていくわけです。

 まあ、歌にせよ、ダンスにせよ、最低限の力量って奴は、その人のハードルの設定次第とは言え、そんなに高いモノではない…と私は個人的に思ってます。

 まあ、どのみち、まだまだスタートラインに立っていないと思うなら、スタートラインに立てるように精進していくしかないでしょう。スタートラインに立てたと感じたなら、さらに前に進むために、努力や修練をしていくべきです。そうでなければ、歌であれダンスであれ、上達の道を歩めません。そのためには、基本的な練習をきちんきちんと積み上げていかないとダメなのてす。

 学問に王道がないように、歌やダンスにも王道はありません。楽器だって毎日毎日の練習の積み重ねが必要でしょ? 歌だって同じです。「楽器は難しいけれど、歌は簡単」なんて事はありません。楽器同様に、歌だって難しいのですよ。楽器を習得するように、歌も習得していかないと、楽器演奏並に歌う事はできません。

 ま、練習は嘘をつかないので、日々、自分にできる努力を積み重ねていくしかないのです。そうすれば、病的な原因による音痴以外は、必ず音程正しく歌えるようになれるのです。

本日のまとめ

 歌における音程の取り方についてのチェックポイント

 1)メロディーの正しいイメージを持とう。
 2)自分の声をよく聞いてみよう
 3)うまくいかない部分があるなら、自分に欠けているモノを考えてみよう
 4)ゆっくり時間をかけて、努力と鍛錬で不足分を補ってみよう

 実にザックリした結論となってしまいましたが、これが音程正しく歌うための道のりだと思います。

 失礼しました。

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posted by stone at 03:30| Comment(8) | 発声法のエッセイ