2019年10月31日

八千草薫さんと言えば「蝶々夫人」です[2019年10月の落ち穂拾い]

 先日、八千草薫さんが亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

 八千草薫さんの代表作と言えば…報道では「岸辺のアルバム」「やすらぎの郷」「男はつらいよ」などと言われていますが、私にとっては圧倒的に「蝶々夫人」なんですよ。

 最近のオペラのディスクと言えば、劇場での公演を収録したDVD(またはBlu-ray)が主流です。これは、ハイビジョンが普及して、劇場の暗い照明でも明るく撮影できるようになったからで、ハイビジョンが登場するまでは、劇場でのライブ収録、特にカラー撮影は無理でした(かろうじて白黒撮影は出来たようです)。

 なのでオペラのディスクと言えば、その他のクラシック音楽同様、音だけ収録したレコードやCDが主流でした。しかし、音楽だけを聞けばいい器楽曲と違って、オペラは演技や演出が音楽と同じくらい大切なわけで、だから音だけ収録したディスクじゃ、あれこれ物足りなかったわけです。どうしたって、動画が必要だったわけです。

 なので、昔は、あれこれ無理をしたり、知恵を絞ったりして、動画を撮影していたわけです。

 例えば、劇場に普段以上にたくさん照明を導入して、高感度フィルムを使って無理やり撮影してみたり(カラヤン&シュワルツコップの「薔薇の騎士」がそう)、劇場での撮影は諦めて、テレビスタジオに移動して、そこにセットを組んで撮影してみたり(ボニゾッリ主演の「トロヴァトーレ」が有名ですね)していたそうです。

 ボニゾッリの「トロヴァトーレ」は日本語字幕付きのモノをYouTubeで見つけましたので、貼っておきます。実にすごいですよ。特に、1時間27分頃から始まる、ボニゾッリの歌うアリアは絶品です。

 いずれにせよ、帯に短し襷に長し…ってわけで、いっその事、映画にしちまえ!って事で、制作費はかなりかかるんだろうけれど、少し前までは、割と頻繁にオペラ映画というのが作られました。かつては容易に入手できたのですが、それでも今でも入手可能なものは、いくつかあります。

 例えば、ライモンディ主演の「ドン・ジョヴァンニ」


 ミネゲス&ドミンゴ主演の「カルメン」


 そしてパヴァロッティ主演の「リゴレット」

 他にも、入手はやや困難になるけれど、良いオペラ映画はあります。

 例えば、カバイヴァンスカ&ドミンゴ主演の「トスカ」、ストラータス&ドミンゴ主演の「椿姫」ドミンゴ主演の「オテロ」、「道化師」、「カヴァレリア・ルスティカーナ」やストラータス主演の「サロメ」などです。

 え? 出演歌手が偏っている? それだけ当時は今と違って、映像化に耐えられる歌手が少なかったという事なのでしょう まあ、あの当時のオペラ映画って言うと、実は、ほぼほぼ主役はドミンゴでした。それだけ、若いドミンゴがカッコよかったって事ですね。

 このドミンゴがブイブイ言わせていた時代は、最初にスタジオで音声を収録して、そこから数カ月間、歌手の皆さんにダイエットに励んでもらって(オペラ歌手はたいていデブで、映画の画面には耐えられない体型だったんです)から、映像の撮影をしていたそうです。ああ、面倒くさい。

 でも、ドミンゴたちが活躍する前のオペラ歌手は、いくらダイエットをしても、映画の画面には耐えられないほどだったんだそうです。そこで、もっと昔のオペラ映画では、音楽の部分はオペラ歌手が担当し、映像の部分はプロの俳優たちが演じる…という形式がほとんどでした。

 そんな時代に作られたのが、八千草薫主演の「蝶々夫人」だったんです。

 この映画は日伊合作で、イタリアの映画スタジオで行い、大道具小道具は日本から持ち込んで撮影したんだそうです。アメリカ人役はイタリア人が行い(ま、白人同士ですからね)、日本人役は、東宝の役者さんと宝塚の生徒さんが担当したんだそうです。もちろん、声は本職のオペラ歌手が担当し、八千草薫さんの声はエリオッタ・モスクッチが担当したそうです。

 以前は、世界文化社から出ていた「蝶々夫人 - DVD決定盤オペラ名作鑑賞シリーズ」で入手可能だったのですが、今や幻のオペラ映画になってしまったようです。私は、まだこの本が容易に入手可能だった時(ってか、安売りしていた時があったんです)に購入したので、所持していますが、ほんと、運がよかったんだと思います。

 そういえば、以前、NHK-BSで八千草薫主演の「蝶々夫人」を放送してくれた(実はそれが私の初見でした)ので、八千草薫追悼として、放送してくれたらいいのになあ…と期待していたりします。

蛇足 同じシリーズに、ソフィア・ローレン主演の「アイーダ」もあるんですよ。こちらの声はテバルディが担当しているんです。黒塗りのソフィア・ローレンもなかなかかわいいですよ。こちらはまだ入手可能のようです。


今月のお気に入り CoCo壱番屋 とび辛スパイス ココイチ秘伝のスパイス


 私はカレーライスが好きです。でも好みがあります。

 基本的に辛口が好きですが、別に辛ければいいとは思ってませんし、あんまり辛いのは人並みにつらいです。ココイチ的に言えば「4辛2甘」または「3辛」ぐらいが好みです。ですから、純粋な辛さよりも、スパイシーな感じが好きなのかもしれません。

 しかし「3辛」程度の辛さであっても、普通の外食では満たされません。外食のカレーって、欧風カレーが大半ですから、全然辛くないし、スパイシーでもありません。なので、外でカレーライスを食べることは(ココイチ以外)ではほぼありません。

 やっぱり家で妻が作るカレーが最高です。しかし、家庭用の辛口カレーのルーを使って辛くしたカレーは、ただ辛いだけで、あまりスパイシーではありません。そこで登場するのが、ココイチの「とび辛スパイス」ってわけです。

 妻が作ってくれた辛口カレーに、この「とび辛スパイス」をさくっとふりかけて食べると、なんと、辛さとスパイシーさが共存しちゃうのです。これこれ、これが私の好みのカレーなのです。

 ってわけで、どうも家庭のカレーにスパイシーさが足りないとお嘆きの諸兄は、騙されたと思って、このココイチの「とび辛スパイス」をお試しあれ。世界が変わりますよ。

今月の金魚

 みんな元気です。ヤヨイさんは可愛いですよ。

今月のひとこと

 韓国での日本製品不買運動はなかなか終焉しないようですね…ってか、今しばらくは続きそうですね。不買対象となった企業さんたちは大変でしょうが、これもまたお互い様って事だろうと思います。我々だって、あからさまな不買運動こそしないけれど、意図して、特定の国の産物を買わない…って事ぐらい、平気でやるわけでしょ? 例えば、韓国製の乗用車を買う日本人はほとんどいないし、韓国製の食品なんか衛生面での不安があるから、買わない人って多いでしょ? キムチだって韓国製の本格キムチじゃなくて、日本製の“なんちゃってキムチ”を買う人の方が圧倒的に多いわけだしね。まあ、彼らの不買運動が気に入らなければ、不買対象になっている企業の製品を我々が買い支えればいいわけだし、それでも物足りなければ、韓国系企業(実はいっぱいあるよ)の製品をボイコットしたり、韓国からの輸入品を不買すればいいのだけれど、そんな事をしても、誰の得にもならないと思うので、私は別にやるつもりはありません。(2019年9月29日〜10月4日)

 北朝鮮がまたミサイルをぶっ放しました。私を含めて、日本人はほぼ平常運転で“ミサイルなんて、どこ吹く風?”的状況ですが、たぶんそれって、あまり良くない事なんだと思います。騒ぎ立てる必要は無いにせよ、緊張感は持っていないと、万が一の時に対応できないんじゃないかと思います。北朝鮮のミサイルは、アメリカへのラブコールであって、別にどこかの国に落とそうなんては思っていないだろうけれど、あの国の技術ですから、うっかり私達の家の上に落ちてくる可能性がないわけじゃないんです。身近な人がミサイルで死んでから騒いでも遅いんです。我が国に核兵器があれば、北朝鮮も我が国のそばにミサイルなんて落とさないけれど、核兵器もなければ、北朝鮮を叩く爆撃機もない我が国ですから、ヤラレ放題なんだよね。北朝鮮相手にアメリカが日本を守ってくれるという保証は、たぶん、無いよ。だからこそ、万が一の事を考えて、打てる手は打っておかないと後悔する事になると思うんだよ。(2019年10月4〜9日)

 台風19号が関東地方に接近しています。最接近の日がちょうどクラシックコンサートなんだよね…。このままでは、クラシックコンサートは中止?になるかも…。またたとえ中止でなくても、出演者が揃わない可能性は…あるよね。停電の可能性もあるし、道路封鎖の可能性もあるし…。ウチの場合も、我々はともかく、ピアニストさんが会場に来られるかどうか…分からないよね。とにかく、予断を許さない状況です。歌の仕上がりは、だいぶいい感じなんだけれどなあ。(2019年10月9〜10日)

 下のお知らせにも書きましたが、クラシックコンサートは延期になりました。ご期待されていた方、本当にゴメンなさい。2019年10月27日(日)に改めて開催予定なんだそうです。延期しても私達は参加しますが、他の出演者の方々はどうなんでしょうか? 曜日が変わって出られなくなる人もいるでしょうし、隣の大ホールで合唱祭をやってますので、クラシックコンサートを止めて、そちらに出ちゃう人もいるでしょうし、本当にどうなるか分かりません。(2019年10月10〜19日)

 作ってよかった八ッ場ダム…ってところでしょうね。目先の事ばかり考えて、綺麗事を建前にして、文句ばかり言うんじゃなくて、きちんと物事を考えて、しっかりと公共事業をしていかないとダメって事を、我々は今回の事から学ばないといけない…ってわけです。意識は高くてもいいけれど、地に足をつけて考えることも大切だよね。それにしても、民主党政権って悪夢だったよね。(2019年10月19〜21日)

 漫画家の吾妻ひでお氏が亡くなった。長くは生きられない人だろうとは思っていたけれど。合掌。(2019年10月22〜25日)

 野党の政治家さんたちの中には、政治をやらずに政局ばかりをやっている人たちがいます。そんな人たちは“政治家”ではなく“政局屋”と名乗ればいいのに…と私は思います。また、我々有権者も、選挙で政治家を選ぶべきであって、そんな政局屋さんたちを国会に送ってはいけないと思います。与党の政治家たちにきちんとした政治をさせるためにも、ちゃんとした野党の政治家を国会に送らないといけません。政局屋は国会を空転させるだけで、本当に邪魔な存在です。我々の生活のためにも、国益のためにもならないです。(2019年10月25〜26日)

 本日(10/26)、また記事のアップロードに失敗してしまったようです。申し訳ない。たぶん、寝ながらウツラウツラしつつ記事を書いたので、つまらないミスをしてしまったのだろうと思います。ほんと、申し訳ない。(2019年10月26日)

 さて、いよいよクラシックコンサートです。頑張ってきます…よ。で、出演時間は、17時予定となりました。(2019年10月26〜28日)

 クラシックコンサートは無事に終了しました。今はただ、腑抜けております。(2019年10月28〜30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。


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2019年10月30日

充電はこまめにきちんとやりましょう

 当然のことを当たり前のように書いてますが、でも、そんな当然で当たり前の事を、最近思い知らされたのでした。

 何事か言えば、お風呂場スピーカーの件です。私は、いつもではないのですが、たまに入浴する際に、お風呂場スピーカーを持ち込んで、風呂場で音楽を聞きながら入浴をします。以前は、iPodを本体に組み込んで音楽を再生するタイプのお風呂場スピーカーを使用していましたが、最近は、脱衣所に置いたiPhoneからBluetoothでつながったお風呂場スピーカーから音楽を流して楽しんでいます。

 で、これが実に手軽で簡単なんですよ。なので、何も気にしていなかったのですが、ある時、お風呂場スピーカーを使用しようとしたところ、使用不可となりました。うまくBluetoothで接続できないのです。それどころか、電源のON-OFF以外の操作が全く出来なくなりしました。

 やばいじゃん。

 で、私が思ったのは「電池切れ?」ってわけで、このお風呂場スピーカーが充電式である事を忘れて、電池交換のために分解して始めて「あれ?」と思った次第だったのです。

 歳を取ったのでボケが始まったのかもしれない(涙)。

 とにかく、組み立て直して、電源を入れて、ひとまず放電をし、すっかり充電池がスッカラカンになったのを確認してから、改めて充電をしたら…普段どおり使えるようになりました。よかったよかった。

 つまり、あんまり充電をしないまま放置し、低電圧状態で起動しようとしたので、うまく起動できなくなっていた…って話なんだろうと思います。今どきは、単なるお風呂場スピーカーでも、組み込みのコンピューターチップぐらい入っているんだろうね。

 というわけで、あんまり低電圧になる前に、こまめにきちんと充電をしておきましょうって話です。


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2019年10月29日

歌と笛の違い

 まあ、声楽と器楽の違いとも言えます。色々な違いがありますが、私が感じる大きな違いは、どれだけ練習のスパンを空けられるか…ではないかと思います

 声楽ってのは、多少練習をお休みしたからと言って、いきなり下手になる事はありません。歌うという行為はスポーツにも似た筋肉運動なので、筋肉が衰えてしまうほど長期に渡って練習をお休みするのは問題かもしれませんが、練習を多少なりともお休みしても大きな影響はないようです。

 ほら、一般的な筋トレだって、毎日やってはダメでしょ? 一度トレーニングで壊れた筋繊維が回復するには、30時間程度の時間が必要なわけで、それを毎日ハードトレーニングをすると回復前に別の筋肉が壊れてしまうわけで、おおげさに言えば、毎日のトレーニングでカラダを壊しかねません。理想的に筋トレは1〜2日おきぐらいにやるのが良いと言われています。

 ですから毎日全力で練習するのは止めて、軽く調整的な練習をする日を入れるとか、いっそお休みするとか、声楽の練習では、そういう事も必要です。それに歌わなくても、譜読みをしたり、歌詞を暗譜をしたり…やる事は他にもたくさんありますからね。

 一方、笛を始めとする器楽は…毎日ハードトレーニングをした方がいいと思います。少なくとも、練習休んじゃダメだよね。練習休むと、休んだだけ下手になります。私などは、うっかり一週間ぐらい笛を手にしない時ってあるんだけれど、そんな時って、自分でもびっくりするくらいに笛が下手になっています。

 いやあ、ほんと、ビックリですって。

 器楽って、練習すればするほど上手くなるし、サボればサボるほど下手になります。まるで坂道を登っているみたいです。

 その点で言えば、声楽は階段を登っているのかもしれません。上手くなる時は一気にうまくなるけれど、そうでなければずっと現状維持のままだし、ハードトレーニングを続けていても現状維持のままだったりするし、サボっていても簡単には下がらないし、よくも悪しくも安定しています。ある意味、ポイントを集めているようなモノなのかもしれませんね。だから、サボっていても下手にはならないかもしれないけれど、確実に上達は遠のくわけで、上達したければ、声楽と言えども、あまり練習はサボらない方が良いですね。

 器楽の人は旅先でも練習するって言いますよね。毎日練習しないと下手になっちゃうからです。でも声楽の人は、旅先じゃあ、たいてい飲んだくれています(笑)。そんなところも、声楽と器楽、歌と笛の違いなのかなって思います。


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2019年10月28日

声が有る無いとは、どういう事?

 まず、昨日のクラシックコンサートは無事に終了しました。とにかく、今は腑抜け状態でございます(笑)。しばらくして気持ちが落ち着いたら、記事を書いて音源をアップしたいと思いますので、しばらくお待ちくださいませ。

 さて、よく声楽関係者と話をしていると、声が有るとか無いとか、そんな話になる時があります。でも「声が有るとか無いとかって、どういう事?」って言われると、何となくは分かるんだけれど、うまくは説明できませんでした。

 だってね、別に「声が無い」って言っても、声が出ないわけじゃないし、普通に会話できるし、歌だって合唱を歌う分にも何の問題もないわけです。つまり「声が無い」と言っても、それは「独唱に適した声が無い」ってだけで、普通に歌えないわけでもなければ、別に音声障害でもなんでも無いわけです。

 それにそんな“声が無い”と言われるような声の持ち主だって、マイクを使えば、普通に歌えるだろうから“独唱”と言っても、それはクラシカルな声楽に限った話になります。

 じゃあ「独唱に適した声」って何ですか?って話になりますが、ざっくり言っちゃえば“オペラ歌手のような声”って事でしょ?

 では“オペラ歌手のような声”って何ですか?って話になりますが…簡単には言えないよね。まずは、大きな声である事でしょ。何しろ、マイク無しでホールで歌えるんだからね。あと、極端に高い声や低い声が出せるって事でしょ。それに声が美しい事かな? 少なくとも、ダミ声はダメだし、割れちゃう声もダメだし、怒鳴り声もダメだもの。悲鳴は…かろうじてアリかもしれないけれど(笑)。

 そんな事を考えてしまうと、簡単に声が有るとか無いとかは定義できないなあ…なんて、最近まで思っていたのですが、先日、ふと思いついたのです。声が有るって…案外、簡単な事なのかもしれないってね。

 それは… 無理せずに楽に大声で歌える事 …です。

 大切なのは“無理せずに”と言う部分です。正確に言えば、実は無理をしていたとしても、無理しているようには聞こえないという事が重要なのかもしれません。

 無理せずに、楽に、大声で歌えるならば、それは“声が有る”と言っても良いし、そうでない人は“声が無い”って言えるんだと思います。

 「高い声や低い声が出せる事は必要じゃないの?」
 「声は美しくないとダメでしょ?」

 うーん、声の高低は、声の有無とは関係ないかもしれないって、最近の私は考えます。と言うのも、普通に歌を歌う分には高い声や低い声が出なくても、中音部分にある程度の音域があれば、それで十分でしょ? 学びを続けていくうちに、やがて高い音や低い音が出るようになれば、それでいいんだと思うし、声だって、最初はあまり美しくなくても、やはり学びを続けていくうちに、声が磨かれて美しくなればいいんだ。そんなふうに考えるなら、譲れないのは「無理せずに楽に大声で歌える事」じゃないかなって思うんです。

 と言うのも、無理したり、力んだりすれば、誰でもある程度の大声は出せるようになります。これは筋肉の問題であって、筋肉は鍛えれば発達するからね。でも“無理せず”“楽に”なんて条件を付けられちゃうと、筋肉が発達したからと言って出来るようになるわけではないのです。じゃあ何か大切なの? って考えると…骨格かな? 共鳴腔の容積の問題…具体的に言えば、口腔の容積の問題になってくるんじゃないかって思うわけです。

 要するに“デカいクチ”を持っている事が声の有無には関係しているのではないかと思うし、クチのデカさってのは、アゴの骨の大きさや形状だったり、アゴの開閉能力だったりするわけで、それって先天的な要素が強いんじゃないかしらね? 大人になってから後天的な努力を積み重ねても、どうにも出来ない事柄だよね。

 もちろん、骨格的に恵まれただけではダメで、さらに呼吸筋などが人並み以上に強い必要はあるけれど、この部分は後天的に鍛える事ができるから、あまり考えなくても良いかもしれません。

 ってわけで、声が有るというのは「無理せずに楽に大声で歌える事」であり、そのためには生まれながらに骨格的に恵まれいる事が必要条件になってくる…と私は考えます。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 発声法のエッセイ

2019年10月27日

ハゲで白髪で…

 さて、本日は延期されたクラシックコンサートの当日です。頑張ってきますので、応援よろしくお願いします。コンサートの話は、また後日記事にしてアップしたいと思ってます。

 さて、最近床屋に行くと、現実をつきつけられて、ちょっぴり気分が凹んでしまうんです。

 と言うのも、私、頭頂部がハゲだし、白髪も増えてきて、ついに「白髪の禿頭」になりつつあるんですよ。

 うわー。普段、自分の顔なんてシゲシゲと見ないし、鏡で見ても正面顔(かろうじて、疲れた中年のオッサンに見えます)なので、ハゲは見えないのですが、床屋に行って、合わせ鏡で自分の後ろ姿を上から見ると、まるでヘリポートのようにハゲがあるんです。

 ああ、凹む。老人なんだから、ハゲでも白髪でも仕方ないのですが、それでも(白髪はともかく)やっぱりハゲは凹みます。

 若い時は、自分は決してハゲずに、ロマンスグレーの素敵なオジサマになるもんだと勝手に思っていましたが、実際はハゲだし、白髪も増えてきました。

 ちなみに、白髪とハゲですが、私の場合、ハゲが先行しています。まず、先にハゲが始まり、やがて残った髪が、徐々に白くなってきました。

 ハゲで白髪で…誰が何と言っても、オジイチャンですよ。

 周囲の同年齢の人たちを見渡すと、髪型を坊主、またはそれに近い感じ(スポーツ刈りでしょうね)にしてしまう人たちが増えてきました。たしかに、坊主頭やスポーツ刈りなら、ハゲも白髪も目立ちませんから、やり方としては上手でしょうが、私がそれをやると、すっごく、強面になってしまうので、ちょっと無理かも。そうでなくても、道を歩いていると、人々が避けてくれるほど、なんか怪しい人なので、ポケモンGOをやる分には問題ありませんが、それ以外には誉められたモンではありません。一緒に歩いてくれるのは、妻くらいだし…。

 まあ、いくら愚痴ったところで、ハゲはハゲだし、白髪は白髪なんです。受け入れるしかないのです。ただ、受け入れるには、少々時間が必要なので、それまでグチグチ言い続ける事をお許しください。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2019年10月26日

月に二度、購入しています

 何を月に二度も購入しているのかというと、水草です、ガボンバです。

 ガボンバは、いわゆる金魚藻で、金魚用の水草で、比較的安価な水草です。なので、約1000円分ほど購入して水槽に入れていました。安いガボンバを1000円分購入して水槽に入れると、水槽がガボンバだらけになります。これを金魚たちが食べるんですが、この大量のガボンバも約一ヶ月ほどで食べきってしまうので、月に一度ずつガボンバを買っていました。

 それが昨今では、金魚たちが成長した事もあるし、大食漢のルデンがガツガツ食べている事もあって、あんなにたくさん入れたガボンバが、半月ほどで食べ切られてしまうのです。で、食べ終えると、シズカあたりが食べ残した茎を人間が見ている側のガラスの壁面に集めて、水草を食べてしまった事をアピールし、ヤヨイあたりが、ジトーっとした目で私をにらみつけて訴えるのです「水草が無いよ〜、新しいのを買ってよぉ〜」と。

 で、その眼力に負けて、新しいガボンバを購入してあげるわけです。

 しかし、いくら安いガボンバと言えども、月に二度、合わせれば2000円分も購入するのはいかがかと思うわけです。と言うのも、ガボンバ代は、半年で1万2000円、一年だと2万円を越えるんです。ちょっと、金魚たち、水草食べ過ぎでしょ!

 考えてみれば、前に飼っていた金魚たちは、ガボンバなんて安い水草は食べませんでした。食べるのは、専らマツモ草でした。このマツモ草は高価で、3000円分買っても、水槽の中にチンマリとしか入れられません。それでも、そのチンマリとしたマツモ草は、だいたい半年〜一年は保ったんですよ。

 まずは金魚たちが水草をそんなにガツガツと食べなかったんです。食べるスピードが遅いので、マツモ草もいい感じで繁茂するんです。金魚が水草をちょっと食べても、水草が増えて減った分を生長して、すぐに補います。食べては増やし、増えれば食べ…で、なかなか水草は無くならず、一回購入すれば、案外長期間保ったわけです。

 ガボンバはマツモ草と違って、安い代わりに、水槽の中では繁茂しません。食べられる一方、減る一方なのです。おまけに、今の子たちの食べる速度と言ったら、昔の子たちと違って、本当に速いんです。みるみる水草が減るんです。おそらく、マツモ草を入れても、マツモ草に繁茂するスキを与えずに、あっという間に食べ切ってしまうでしょう。だから、今の子たちにはガボンバでいいんです。

 それにしても、水草代がかかるなあ。今の子たち、金額に直せば、どの子も1000円しないんだよね。それが年間数万円分の水草を食べていくんだから、ほんと、コストパフォーマンスが悪い悪い。

 でも、可愛いから、ついつい水草買っちゃうんだけれどね。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2019年10月25日

トリルはトリル運指で…ですが、慣れません

 フルートのレッスンに行ってきました。最近、急に気候が涼しくなってきた事もあり、フルートの音程も下がり気味です。気をつけて上げていかないと…。

 ロングトーン練習はいつもどおり。

 エルステユーブンゲンは、毎度おなじみの25番と26番です。もう、全然暗譜できてません。演奏に関して言えば、ほぼほぼ完璧な仕上がりなんだけれど、暗譜するのが目的だから、全然合格できません。はあ〜。

 旋律的練習曲は4番です。トリル、難しいです。普通のトリル(って書き方で分かる?)は、運指はまあ良しですが、トリルのタイミングというか、音粒の滑らかさとか、トリルの速さとか、美しいトリルにするには、まだまだです。たかがトリルですが、美しいトリルはなかなか難しいです。

 そもそもトリルって、まず始めに元の音の運指をして発音し、そこからどこか1つの指を動かして、一つ上の音程との間を高速で行ったり来たりして、トリルにします。

 まあ、フルートはC管ですから、その音階上にある音程間のトリルは簡単。ト長調とかヘ長調とかのハ長調に近い調性の音階上のトリルも簡単。問題は、そこから著しく外れた音同士のトリルですね。ピアノ的に言えば、黒鍵が絡んだトリルは難しいです。

 4番で使われているトリルのうち、私がよく分かっていないトリルが3つあります。

 高音C♯のトリル(右人差し指トリルキーを動かします)と、高音D♯のトリル(これは左薬指を動かします)と、高音Eのトリル(左親指を動かします)の3つ。だって、ほら、これらのトリル運指って、ちょっと反則的な運指だよね。

 40リトルピーセズは、まだ30番です。バッハの「マーチ」です。全然吹けません。この教則本に掲載されているバッハは、どれもこれも吹きづらい曲ばかりなんだそうですが、それにしても、吹けなさすぎると言われちゃいました。どうにも、バッハは私の性に合わないみたいです。

 バッハには苦労しておりますが、シューベルトとかシューマンは、割と簡単に吹けちゃっています。私は気質的には、ロマン派人間なんだろうなあ。特にシューマンのメロディは大好物な私です。

 で、そこから何となく雑談に流れ込み、シューマンの悪口になりました。

 どうにも、先生はシューマンがあまりお好きではないようです。曰く「シューマンはオーケストレーションがヘタ」「シューマンのフルートは、メロディーではなく、内声の穴埋めばかり」「シューマンのオケ曲のフルートパートは、吹いていても、難しいし、音楽も美しくない」 もう、めちゃくちゃです。

 それでもシューマンの音楽の価値を認めていないわけではなく、シューマンの音楽には、何か変な歪な魅力があるともおっしゃってましたが、その歪な魅力とは…つまりシューマンの奇人性というか、はっきり言っちゃえば、イッちゃった人特有の変な感性のことでしょ? つまり、シューマンの音楽って、キチガイの音楽ってわけです。

 だから、好きな人は好きだけれど、嫌いな人は徹底的に嫌う…と言う話です。

 確かにシューマンのオーケストラ曲って、なんか変だよね。個性が強すぎる感じがします。その個性の強さを良い方に解釈するとロマン派音楽ってわけだし、悪く解釈すると病んだ人の音楽ってわけです。でも、私にとってのシューマンは歌曲作曲家であって、歌曲に限れば、いい歌書いているよね。それにキチガイ…と言うか、全力で中二病を発症しているワーグナーと比べれば、シューマンなんて、まだいくらかマシのような気がします。

 ちなみにH先生は、ブラームスラブなんだそうです。いかにも健全だよねえ。ううむ、私がシューマンやワーグナーが大好きな事は黙っておこう。


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2019年10月24日

独奏系演奏者に必要な事

 音楽の演奏者には、独奏系演奏者と合奏系演奏者がいると思います。もちろん、両者は明確に棲み分けがされているわけではなく、殊にプロの世界では往々にして両者を兼ねている方が大勢いらっしゃいますが、今回は便宜上、この2つを分けて考えてみたいと思います。

 独奏系演奏者とは独奏&独唱,指揮を主に担当する演奏者であり、合奏系演奏者とは合奏&合唱を担当する演奏者です。具体的に言えば、個人で音楽を引き受け、自分の個性を前面に出して演奏するのが独奏系演奏者であり、指揮者や指導者が指し示す音楽を忠実に再現していく演奏団体を構成する一人として活躍するのが合奏系演奏者です。簡単に言っちゃえば、独奏系演奏者とはソリストの事であり、合奏系演奏者とはそれ以外の演奏家の事を言います。

 先程も書きましたように、プロの世界では、一人の演奏者がこの2つの側面を持って活動する事が多いのですが、アマチュアの世界では、独奏系に専念する人、合奏系に専念する人と、案外棲み分けが行われています…ってか、アマチュアの場合、合奏系を嫌う演奏者はあまりいませんが、独奏系を嫌う方は少なからずいるので、自ずと棲み分けっぽい感じになるのだろうと思います。

 アマチュア音楽には、ソロ、つまり舞台で一人きりで演奏する事を嫌う人が少なからずいるって話です。そんな彼らでも、音楽演奏そのものは好きなので、合奏系ならば喜んで舞台に立つのです。“音楽を演奏する”点において、両者に違いは無いわけだし、だからこそ、プロの世界では両者を兼ねる人も大勢いるのに、アマチュアの世界では、独奏系を嫌う人がいるのは…単純に、一人で舞台に立つのがイヤだからでしょう。

 なぜイヤなのか。その理由の多くは、恥ずかしい…とか、緊張する…とか、目立ちたくない…とかの、心理的な要因によるものが大半です。つまり、音楽を演奏したり、練習したりするのは好きだけれど、人前で披露する…となるとイヤで、みんなと一緒に団体の構成員として参加して演奏するなら良いのだけれど、たった一人でスポットライトを浴びて演奏するのはイヤというわけです。

 ひと言で言えば“シャイ”なんだよね。

 確かにシャイな人だと、独奏系演奏家して活動するのは困難かもね。独奏系演奏家ならば、シャイとは真逆な、目立ちたがり屋さんである事が必要だからです。

 つまり…自分を見てほしい。他人よりも目立ってナンボ。衆目を集めるのがうれしい…と心の底から願っている人です。格好良く言えば「表現者でありたい」人です。

 これは独奏系演奏家だけでなく、俳優やダンサー、芸能人などにも共通する特徴だと思います。自分自身の身体を使って表現をする人たちに共通する特徴なのです。

 同じ表現者であっても、作品を作って表現する人(画家や写真家、建築家、陶芸家など)は、必ずしもそうではないのかもしれません。ならば、合奏系演奏家を志向する人は、気質的には作品を作って表現する人たちに近いのかもしれません。そう考えるならば、彼らにとって演奏とは、自分とは別の“作品”であって、身体表現ではないのかもしれません。

 結論、独奏系演奏者に必要な事とは、目立ちたがり屋さんである事…です。


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2019年10月23日

私は実にテノールな野郎だそうです

 声楽のレッスンの更に続きです。次の曲になりました。ビゼー作曲「Agnus Dei/神の仔羊」です。

 この曲はスローテンポですし、長く伸ばす音が多いのだけれど、そんな時私の声は固まってしまうそうなのです。つまり、昔の電子音のような何の変化も無い面白みに欠ける声で歌ってしまっているそうなのですが、これが実に良くないわけです。

 楽器によっては、発音したら最後、後は減衰するだけという楽器も確かにある(例えばピアノね)けれど、声は最初に発声した後も、音色も音程も自由自在に変えられるわけだから、常に声は躍動感をもって生き生きと歌わなきゃいけないわけですが、それを電子音のような面白くもない声じゃあ…てんでダメって話です。最近の初音ミクだって、もう少し色気のある声で歌っているわけだしね。

 pの箇所を歌う時の、心が弱いと言われました。pは確かに弱音であり、音量小さめに歌うのだけれど、その時の歌う心は強く持って歌わないといけないのです。つまり、覚悟を決めてpで歌う心意気が必要なのです。そうでないと、弱いだけのフニャフニャした音楽になってしまいます。それではダメなのです。

 fの音楽は観客に(無理やり)聞かせる音楽だけれど、pの音楽は観客が耳を傾ける音楽です。だからこそ、pのフレーズは観客が耳を傾けるに足るだけの歌を歌わないといけないのです。また同時にfの音楽は無理やり観客に聞かせる音楽だから、決して不快なモノにならないようにしないといけません。怒鳴り声のfなんて論外です。ノドに力の入った声ではダメなんですよ。心を配って、ノドを解放した声で歌わないといけないのです。

 最後は、ヴェルディ作曲「椿姫」の二重唱「Un di felice, eterea/思い出の日から」です。

 先生にカデンツァの箇所はしっかり歌えるようになりましたかと尋ねられたので「星の巡りが良ければ歌えます」と答えたところ、実にテノール的な回答だと誉められ(?)ました。

 テノールという人種は、往々にして、歌う人間(自分)と歌(結果)を分けて考える傾向があるんだそうです。つまり、自分があれこれ努力していく事と、歌がうまく歌えるかどうかは、一切無関係なふうを装いがちだと言うわけです。つまり「歌唱は博打である」「うまく歌えるかどうかは運次第」という姿勢が見え隠れするんだそうです。で、私もご多分に漏れず、そんな感じなので、いかにもテノール気質だと言われたわけです。

 実際、歌ってみなきゃ、うまく歌えるかどうかなんて、分からないじゃん。もちろん、巧く歌えるように練習は重ねてきたけれど、本番なんて、練習通りにいけるわけじゃないしね。後は神のみぞ知る…だよ。

 …って発想がテノール的なんだそうです。って事は、他の声種の人たちは、そう考えないってわけなんだ。どうやら他の声種の方々は、本番が確実に出来るようになるまで練習をして、実際に本番では確実に出来るようにしてくるんだそうです。えー、それって超人じゃん。私には無理だよ。

 という訳で、二重唱を歌ってみましたが、カデンツァの部分は…やっぱり難しいね。どうしても、高音Aがうまく発声できません。まあ、短い音価なので、ちょっと撫でられれば良しという感じで歌うようにしたいと思っていますが、そこはテノールのサガってヤツで、しっかり高音Aを歌いたくなります。高音Aをしっかり歌おうとすると、その前後に悪影響が出てきますが、高音Aを撫でる程度にしてその他の音をしっかり歌おうとすれば、まあそんなに大きな破綻をせずに済みます。で、私は破綻の少ない歌い方をしようと思うんだけれど、いざとなると、高い音はしっかり歌いたくなるんだよなあ…困ったものです。

 さあ、泣いても笑っても、もうすぐクラシックコンサートです。精一杯力の限りを尽くして歌ってみせるぞ。

 ちなみに、次回のレッスンは、クラシックコンサートの翌日なんです。はは、新曲の準備なんて、とてもできやしません…と、すでに先生には泣きついておきました(汗)。


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2019年10月22日

私のルーチンは…?

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。まずは、ベッリーニ作曲の「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」です。

 まず注意された事は「腹筋をしっかり動かして歌う事」です。この曲は、一箇所ある高音Aのフレーズ以外は、比較的楽に歌えます。正直、腹筋を意識しないでも歌えます。ですから、無自覚で歌い始めると、あまり腹筋を使わずに歌ってしまうし、今回のレッスンでもそんな感じだったんだと思います。しかし、たった一つだけある高音Aの箇所だけは、さすがに腹筋を使わないと出せない音なので、ここは意識してもしなくても腹筋を使って歌おうとするわけです。しかし、ここまで腹筋を使わずに歌っていると、いざ腹筋を使おうと思っても、ロクに動かないわけでず。だから、高音A以外の箇所がいくら楽に歌えるとしても、そこに至るまで、何箇所も上行音形のフレーズはあるのだから、そのたびにしっかり腹筋を使っていけば、高音Aの箇所でも、普通に腹筋を使って歌えるはずなので、楽な箇所でも、しっかりと腹筋を使って歌いなさい…って事です。まさにその通りです。

 で、そこまで腹筋を使わずに歌っていれば、高音Aの箇所は難所になります。いくら難所だからと言って、高音Aをそれまでの発声とは、全然別のところから持ってきて歌うのは、違和感バッチリなので、それは止めましょうって事です。あくまでも高音Aは、それまでの中音域からの連続した声で歌わないとおかしいと言うわけです。

 つまり、中音域までの声は一度後ろに回した息を前に出して歌っているのだから、高音Aも同じように、後ろを経由して前に出した声で歌うべきだというのですが…この時の私の高音Aは…後ろに回して、そこから前ではなく真上に声が出てしまっているそうなのです。野球のピッチングで言えば“すっぽ抜け”ですね(汗)。音色の統一、大切です。

 で、なんで声がすっぽ抜けてしまうのかと言えば、それはやっぱり腹筋の弱さが原因なんだそうです。特に、腹筋のリアルに動く幅が狭いのが問題なんだそうです。もっと大きくダイナミックに腹筋を動かさないと安定した高音Aは出ない…ってわけです。ああ、やっぱり筋トレが必要だな。

 あと、ブレスについても注意を受けました。ブレスの時に息を多く吸い過ぎているようです。いくら歌っている時は息を吐いているのだから…と言っても、ブレスの度ごとに息を吸い過ぎていると、どんどん体内に空気が溜まってしまい、それがやがて疲労の原因になるそうです。ブレスで吸うべき息の量は、次のブレスの時にカラになる程度の量だけ吸っていく。逆に言えば、ブレス前のフレーズ末ごとにカラダの中の息をカラにして歌うことが大事なんだそうです。確かに言われてみれば、いつも息は余裕残しの状態だな。それじゃあ疲れちゃうなら、息を使い切らないと…でも、息を使い切るって、ちょっと怖いよね。

 本番前のルーチンについて先生に教えてもらいました。歌手によって様々なんだけれど、ベストの歌を歌うために、歌手の皆さんは、本番当日は決まりきったいくつかの動作とか行動とかをするんだそうです。これは「これをやっとけば絶対きちんと歌える」という安心を得るため(ジンクスですね)と、実際にそれらをする事でカラダが歌う準備を完了するという2つの側面がありそうです。

 そこで私がつらつらと考えてみた時に、これまでルーチンのようにやってきた事と言えば…本番の3時間前には楽屋入りする…かな? 本番前にドタバタしたくないので、余裕をもって、3時間前に楽屋入りをして、ゆっくりするのが私なりのルーチンかなって思ってます。早めに楽屋入りして、会場を探索したり、お客さんの様子を見たり、ゆっくり声出しをしたり、のんびり着替えたり…って、そんな感じで、本番に落ち着いて臨めるようにしています。

 あと、これまでやっておいて良かった事と言えば、体操ですね。これはぜひルーチン化したいです。本番直前…歌う1時間くらい前に、ちょっと激しめの柔軟系の体操をして、カラダをほぐすと同時に、血行を良くしておくと、歌がうまく歌えそうな気がします。で、体操の際に、腹筋をたっぷり動かしておくと、さらに良い感じになる事が経験的に分かっているので、これもルーチンにしてしまいましょう。

 決めた決めた、これからは歌う1時間前に、激しめの体操&腹筋運動をして、ノドと腹筋とカラダを温めてから歌うことにしましょう。


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2019年10月21日

ポジション高めは良いことです

 声楽のレッスンに行ってきました。本来ならば、今回のレッスンから通常レッスンに戻る予定だったのですが、クラシックコンサートが延期になったため、今回もピアニストさんをお呼びして、クラシックコンサートのためのレッスンを行いました。

 まずはハミング練習からです。今回は、最初っから高めのポジションを意識して行ってみました。これは正しかったようで、先生からは、その高めをキープしたまま歌い続けるように言われました。おまけに、高めをキープしていると、ノドへの負担もかなり少ないようで、結構、バンバン声を出したのですが、ほぼノドへはノーダメージで行けました。ですから、この高めで歌う事を良い癖として身につけたいと思いました。

 発声練習ですが、例によって、腹筋の動きが遅くて少ないと注意されました。まあ、この件に関しては、自覚もあるのですが、それにしても私の腹筋は、動きが悪いのです。もっと素早く、もっと大きく動かせないと、色々と支障が生じます。

 これの解決策は…ノウハウではなく、単純に筋トレなんだろうなあって思います。でも、なかなか筋トレって、続かないんだよね。思い立っても、たいがい三日坊主になっているのが私です。ブログはこうして続くのに、筋トレは続きません。つくづく自分は、非筋肉系の人間なんだなって思うのです。

 発声練習の最中は、クチは開けっ放しで閉じることなく歌うようにと言われていても、無意識で、瞬間的に閉じてしまいがちなようです。これは腹筋の力だけでは高音発声が難しく、ノドの力を利用するために、一瞬、クチが閉じてしまうようです。この問題に関しても、高音発声に必要な腹筋が弱いからなんですね。つまり、腹筋さえ強くなれば、もう少し楽に高音発声が可能になる…って分かっているならやればいいのにね>自分。

 注意すべきは腹筋だけではありません。

 上行音形のフレーズを発声練習では歌いますが、その際、高音が出てきた時は、ノドを大きく開く必要があります。フレーズ全体が高くなってきた時は、最初っからノドを開き、そのままノドをキープして歌いがちな私なので、そこは注意を受けました。あくまでも、ノドは、音程が上行するにつれて開くべきものであり、最初からMAXで開いてはいけないのです。腹圧だけに頼らずに、ノドを開きつつ歌う…これだけの事が、まだうまくできません。ほんと、不器用な私です。


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2019年10月20日

マラソンと競歩は札幌で行われるらしい…

 2020年東京オリンピックの競技種目のうち、マラソンと競歩を札幌で開催する事に、変更されたそうです。変更したのは、国際オリンピック委員会(以下、IOC)です、つまりオリンピックの主催者がそのように決めたってわけです。

 もちろん、驚いているのは、開催都市である東京であり、その責任者である都知事です。あんまりビックリして「マラソンは北方領土でやればいい」みたいな捨て台詞まで言っちゃったくらいに、都知事は怒っております。まあ、無理ないね。マラソンは、オリンピックの目玉競技の一つだからね。ここまで準備してきたのに、直前でメインディッシュを取られてしまう感じなんだろうと思います。

 マラソンと競歩が札幌に変更になった理由は「東京は暑すぎる」「涼しい札幌なら、選手の健康を守れる」からだそうです。そりゃあそうなんだけれどサア〜、でもね、それって、東京の夏が命にかかわるほどの猛暑である事は、最初っから分かっていた事なんだけれど…ね。

 招致の時の東京の立候補ファイルには、東京の7〜8月の気候について「晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」で書いてあったそうです。それを信じたIOCの委員の皆さんは、まさか日本人の言う「温暖」が30度超えの“真夏日”や35度超えの“猛暑日”の事であるとは、思わなかったろうね。ヨーロッパの夏って、30度を超える事って、まずないでしょ? 彼らの考える「温暖」って、たぶん20度代の前半ぐらいじゃないかな? つまり、日本人の「温暖」とは10度の感覚の違いがあったってわけだ。

 もっとも、私は生粋の日本人だけれど、東京の夏は「温暖」であるとは思わないよ。あれはやっぱり「酷暑」だよね、命の危険を感じます。そういう意味で、私の感覚はヨーロッパ人並なのかもしれません。なにしろ、東京の夏って、暑いもんなあ…。夏のリゾート地のイメージの湘南よりも、暑いもの、信じられる?

 なので、マラソンと競歩が札幌に変更されるのは、オリンピックを真夏に開催する以上、決定時期が遅くて、準備がめっちゃ大変だと思うものの、まあ妥当だと思いますよ。ついでに、トライアスロン、馬術、サッカー、ラグビーなど、その他の屋外競技も東京以外の涼しい場所でやればいいのに…って思います。馬術なんて、メッチャ暑くても、競技の時はスーツ(馬術服)を着ないといけないんだよ。長袖長ズボンでジャケット着用で帽子までかぶるんだよ。熱中症で倒れないのが不思議なくらいです。まさか、マラソンランナーの健康には配慮して涼しい地域で競技をするけれど、その他の競技の選手は暑い地域だけれど根性で乗り切れとか言うんじゃないでしょうね。

 オリンピックって、都市ごとに開催するって原則があるにも関わらず、東京オリンピックって、東京以外の都市でも開催するんですよね。つまり、東京オリンピックは挙国体制なんですね。挙国体制なら、どこでやっていいいじゃんって思うわけです。

 ちなみに、東京以外の都道府県で行われる競技だと、こんな感じです。

神奈川県…セーリング・野球・ソフトボール・サッカー
埼玉県…バスケットボール・ゴルフ・サッカー
千葉県…テコンドー・レスリング・フェンシング・サーフィン
北海道…サッカー
静岡県…自転車
茨城県…サッカー
宮城県…サッカー
福島県…野球・ソフトボール

 ううむ、北海道を除けば、東京以外の地域もほぼほぼ酷暑な地域ばかりだなあ。それでも東北地方は、関東よりも少しは涼しいかな?

 もういっその事、冷房を入れられる屋内競技はガンガン冷房を入れて東京でやって、冷房を入れられない屋外競技は、北海道を始めとした、比較的涼しい地域で行う…じゃダメ?

 でもまあ、競技場が涼しければいい…ってわけじゃないのも確かです。

 オリンピックの選手たちって、基本的に選手村で寝泊まりしているでしょ? 選手の事を考えると、競技会場が選手村から遠いと移動が大変だから、本当は望ましくないんだろうと思います。まあ、神奈川県・埼玉県・千葉県は、遠いと言ってもバスで行ける程度でしょうから問題ナシですが、その他の地域はどうなんでしょうね。移動しているうちに、体調を崩してしまう選手はいないかしらね?

 マラソンと競歩を札幌でやる事に個人的には反対しない私ですが、選手村から競技会場までの移動は大丈夫なのかしら? バス移動は無理だよね。飛行機で日帰り移動? それもどうなの? そこはほんと、心配です。おそらく、札幌にも選手村を作って、前日に乗り込むくらいのスケジュールで行かないと、選手の体調は守れないんじゃないかしらね?

 以前から、マラソンに関しては、東京は暑すぎると言われていました。そこで東京都は、暑さ対策として、今まで税金をかなりたくさん(一説によると3千億円ほど)投入して、少しでも涼しい環境でマラソンができるように工夫してきたそうですが、マラソンが札幌に変更になったら、それが無駄になってしまうわけで、そりゃあ都知事が怒って、ヘンチクリンな事を言ってしまうのも無理は無いっす。

 東京の夏が温暖だと言い切った、オリンピック招致委員も無責任だけれど、それを鵜呑みにしたIOCの方々もどうかと思います。昔の東京オリンピックみたいに秋に開催できれば良かったのだろうけれど、夏季オリンピックを真夏に行うってのは、アメリカのテレビ局の資金がオリンピックに流入した21世紀以降では既定路線であり、それを承知で、東京は立候補しているんだから、いまさら「夏は暑いです。秋がいいです」とは言えないわな。秋じゃなきゃできないくらい暑いなら、最初っから立候補するな…と言われそうです。実際、カタールみたいにオリンピックを招致したいのに「カタールは夏が暑いのでオリンピックはダメ」と言われてオリンピックを招致できない国だってあるわけだからね(で、世界陸上を開催して夜中にマラソンやったら、暑さで選手がバタバタ倒れたとか…、それが飛び火して、今回の「マラソンは札幌で」につながったとかなんとやら)。

 東京の夏が酷暑である事がバレてしまったので、東京でのオリンピックは、今回が最後になるんだろうなあ…。

 だから、次に日本で行う夏季オリンピックは、真夏の気温を考えて、それこそ札幌を始めとした北海道でやるといいよね。あるいは、高原地帯である長野とか(笑)。これら両都市は、冬季オリンピックを行った実績もあるんだから、頑張れば夏季オリンピックだってできるんじゃないの?

 現在のオリンピックは、アメリカのテレビ局の1コンテンツとして運営されているわけだし、そこに参加させてもらっている以上、スポンサーの意向に合わせるしかないのだけれど、本来日本でオリンピックをやるなら、やっぱり、春か夏がいいよね。個人的には、桜の季節にオリンピックをやれたら良かったのに…と思ってます。花粉症でつらいけれど(涙)。


蛇足 今回の変更は選手のため…という事だけれど、おそらく選手たちは東京の夏を走る前提でコンディションを整え、戦略を立てていたと思うんだけれど、札幌で走ることになれば、それらの変更を余儀なくされるわけだけれど、それって、レースまで1年を切った現在でも調整可能なのかしらね? 私はマラソンについては全然分からないけれど、どうなんだろ?


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posted by stone at 04:00| Comment(4) | ダイエット&エッセイ

2019年10月19日

ついにこの日がやってきた!

 以前より心配していた事が、実現してしまいました。

 それは…ルデンが成長して成長して、ムクムク大きくなって、ついに水槽一番のドデカ金魚になってしまいました(涙)。

 デッカくなっちゃいました…それも、ボデって感じで大きいです。

 大きいと言っても長くはないのです。長さなら、シズカやヤヨイはもちろん、アセビやベルにも負けます。だって、彼女たちには美しくて長い尾がありますからね。体長ではルデンには負けません。ルデンって、極端に尾が短くてチンチクリンですからね。

 ルデンの大きさは、重さです、体重です、体積です、容量です。

 ルデンの体型は、ほぼほぼ“おはぎ”です。スーパー等で売っている、小さめのおはぎよりも一回りくらい大きい感じです。とにかく、ラグビーボールのような体型の金魚なんです。

 そしてデカイのは、カラダだけでなく、顔や頭もデカイです。いくら大きくてもシズカは顔が小さくて目が大きくてロリロリして可愛いです。でもルデンはデカイ顔にデカイくちに小さめな目、正直可愛いとは言い難いなあ…。横から見た顔の大きさなら、ヤヨイもルデンに負けていないかもしれません。でもヤヨイはほどほどの厚みの顔で、バランスが良くてグッドルッキングですが、ルデンは縦も横も斜めも厚くて、とってもボリューミーで、あんまり金魚っぽくないです。泳ぐ俵型おにぎり? そんな感じです。

 ルデンはとにかくデカイという印象なのです。もっとも、いくらデカイと言っても、それは印象の問題であって、以前いた巨大魚たち(ブヨなど)と比べると、実際の大きさは全然小さいのだけれど…ね。今思えば、よくもまああんな巨大魚が我が家の水槽で生活できたものだと、改めて感心しちゃいますよ。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2019年10月18日

源氏物語とフルート

 フルートのレッスンに行ってきました。

 ロングトーン練習は、いつものようにバッチリです。

 エルステユーブンゲンは、25番と26番です。少し前まで、かなりいい感じでざっくり暗譜していた私ですが、今やそれらの記憶はすっかり揮発してしまい、跡形もなくなってしまいました。もう、楽譜をガン見しないと全く吹けません。先生曰く「演奏はいいよ、だいぶいいよ。あとは暗譜するだけだけど…焦らずにいきましょう」との事です。それにしても、ほんと、暗譜できない私なんだな。

 旋律的練習曲は4番です。いやあ、難しい。先生の指示通り、簡単なトリルを入れてくるようにしたけれど、やはり全体的にはまだまだ難しくてちゃんと吹けません。とにかく、臨時記号が出てくると、必ず迷子になって、演奏が止まります。本当はカラダで覚えていないといけないのですが、まだまだ楽譜をしっかり読みながら演奏しています。つまり、練習量が圧倒的に不足している事を実感します。

 40リトルピーセズは、まだ30番です。バッハの「マーチ」です。とにかく、譜面は簡単に見えますが、吹いてみると、リズムも音程も難しいです。簡単に見えるのに、実は難しいなんて、バッハって、ちょっとイケズなオヤジなのかなと勘ぐってしまいます。ああ、まだまだですね。

 さて、今回の雑談は、源氏物語の魅力について。実は先生、日本人として、日本の古典ぐらいは親しんでいないとダメじゃんと思われて、それでつい最近、源氏物語の学びを始めたんだそうです。きちんとした先生について、テキストをちゃんと深読みしているんだそうです。いやあ、楽しそう…。

 実は先生、若い時にも何度か源氏物語にチャレンジした事があるそうですが、若い時は、原文であれ現代語訳文であれ、すぐに放り出してしまわれたそうです。でも、年を取った今は、何とか堪えながら読んでいるのだそうです。確かに源氏物語は、入門のハードルが高いと思います。一見さんお断りっぽい感じがしますよね。だけど、導入部で、あの世界に慣れ親しむことができたら、その後は面白さがじわじわ押し寄せてくるんだよね。最初のハードルが高いけれど、そこを乗り越えたらワクワクな世界が待っているという点では、フルートも同じですね。

 …みたいな話をしたわけです。私は、源氏物語には、ちょっとうるさいよ(笑)。


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2019年10月17日

楽譜の書き込みにも色々あるんだよね

 ウチの吹奏楽部の皆さんが使用している楽譜を見て、思った事があります。

 彼女たちは基本的に真面目なので、指導者に注意された事をしっかり楽譜に記入するんですね。それも色ペンを使って、大きく強調して!

 まあ、注意事項が一つや二つなら、それでも全然いいのでしょうが、注意されたことを片っ端から書いていくものだから、やがてそれが楽譜なのか、らくがき帳なのか分からないぐらいに、色ペンでぐちゃぐちゃになってしまいます。

 それも一人や二人でなく、ほぼほぼ全員がそうだから、きっとそういうモンなんだろうと思います。

 大切な注意事項であったとしても、そんなにたくさんあったら守りきれないし、一つの注意事項の上から、別の色で別の注意事項が書かれていたりして、実に重ね書きが多くて(そりゃあ大切な箇所なら、何度も注意されるよね)他人である私などは全く読めなかったりしますが、そんな難読箇所を演奏しながら読めるのかしらね?

 おそらく、大切なのは、注意事項を守る事ではなく、それらを書き込む事にあるんじゃないかと邪推してしまう私でした。肝心なのは演奏なのに、そんな書き込みだらけのカラフルな楽譜じゃあ、音符が見えないじゃん。

 たぶん、この子達は学校の授業でも、ノートはきちんときれいに丁寧に、それこそ先生がしゃべったジョークの類すらメモるんじゃないかと想像されます。

 まあ、きちんと記録を取る事自体は、全然素晴らしい事なんだけれど、だったらもう少し、閲覧性とか視認性とかに気を使ってもいいかって思います。

 なんで、そんなつまらない事を言っているのかと言えば、私は個人的には楽譜に書き込むのって、あまり好きじゃないからです。なので、なるべく楽譜には書き込まないようにしているし、書き込む時も鉛筆で書き込むし(そうすると、印刷よりは目立たなくなるでしょ?)、見て一瞬で理解するために、言葉で書き込まず、なるべく記号で書き込むようにしています。で、書き込みが多くなってきたら、必要性の低い書き込みから消していきます。

 まあ、そんな感じで、私なりに気を使って、マイルールで楽譜の書き込みを行っているわけです。

 自分とは違うルールであっても、それを否定したりはしたくない私だけれど、それにしても、あんまり違うものだから、ちょっぴり驚き、かなり感心している私なのでした。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 吹奏楽

2019年10月16日

紅天女です

 私は見に行きませんが、情報としてここに書きます。

 あの『紅天女』が、歌劇になって上演されます。公式ホームページは、たぶん、こちらです。

 脚本は原作者の美内すずえだそうですが…オペラの脚本書いてる暇があったら、マンガを完結させる方が先だろ!って私は思います。いやほんと、まずはマンガを完結させる事をいの一番に考えてほしいと思います。もう何年も放置プレイじゃない?

 あと、マンガの世界の話とは言え、マヤちゃんと亜弓さんが、紅天女を演じるために、あんなに必死になっているのに、現実社会で別の人が紅天女を演じちゃっていいの?って気もするんだよねー。なんか、マヤちゃんたち可哀想。月影先生(『紅天女』の上演権を持っているのは、たしかこの人)もよくオペラの上演を許したなあ…と思いますよ。

 『ガラスの仮面』そのものを歌劇にするのはアリだと思いますが『紅天女』を取り出して、それを歌劇にせよ、ストレートプレイにせよ、実演しちゃうのは、どうなんだろって思う私は、心が狭いのかな? せめて原作が終了、あるいは紅天女編終了後ならば、全然構わないのだけれど、今現在、マヤちゃんや亜弓さんが紅天女役を争い合っているわけで、そこが一段落しないうちに、他の人がやっちゃうってのは、なんかイヤです。

 いやあ、ほんま『紅天女』をリアルな芝居に仕上げてしまうならば、なぜに原作の『ガラスの仮面』を完結させないのか!と叫びたくなってしまう私なのです。

 マンガの完結を諦めたから『紅天女』の実演に手を染めた…などと曲解してしまいます。

 きっと、歌劇版の『紅天女』がある程度成功したら、次は歌舞伎になるんじゃないかしら。『ワンピース』も『風の谷のナウシカ』も、歌舞伎になったくらいだから『紅天女』だって歌舞伎になれるよね。きっとそうだ。

 とにかく、早く原作を進めておくれ(涙)。でもって、完結させておくれ。


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posted by stone at 04:00| Comment(2) | その他

2019年10月15日

台風の避難勧告について思うこと

 台風19号は列島に大きな爪痕を残して去っていきました。台風被害にあわれた方へお見舞い申し上げます。

 さて、私のところは、特に大きな台風の被害も出ず、無事でした。家も壊れていないようですし、停電している箇所もありません。電車もバスも走っております。店も普通に営業しています。ただ、いつもと違うのは、スーパーなどの生鮮食料品の棚にアキが目立つ事かな? とにかく、野菜が無いんだよね。魚とか肉とかは(冷凍の在庫があるんだろうね)山のようにあるんだけれど…。あと、パンは地元に超デカいパン工場があるので、そこからのパンが大量にやってきて、パン祭りしてました(汗)。と言うわけで、ウチの近辺は無事だったけれど、日本の物流がまだきちんと復旧しきれていないようです。

 台風の日は、ウチから数十メートル先の地区には避難勧告が出て、数百メートル先の地区には避難指示が出ました。なので、我が家も市町村から避難系の命令が出たら、どうしようか、どこの避難所に行くべきか…など、妻と話し合いました。

 その時に思った事は、たぶん住んでいる地区から考えて、避難するのは、息子くんが通っていた小学校か、それとももう少し手前にある別の小学校の二択だろうけれど、どちらも行きたくないなあ…って思いました。

 と言うのも、両校とも川のほとりにあって、その近くを流れる川があふれそうになっている状況で、そこがあふれそうだから避難系の命令が出ているという現状だったからです。もし川があふれたら、小学校は完全に水没しちゃうわけだし、避難所になっている体育館は平屋ですから、当然水没しちゃうわけで、そんな水没しちゃいそうな場所に避難してもいいのか?という事なのでした。

 まあ、避難指示が出たら避難しなきゃいけないけれど、避難先として水没しそうな場所をチョイスする事は…まずないよね。それどころか、当地のハザードマップを見たら、我が家って全然安全っぽいんだけれどなあ…、家にいる方がよさそうなのに、雨風の激しいなか、避難所まで避難しないとダメかな…などと悩んでおりました。まあ、お上の指示には従わなきゃならないけれど、気が重いなあ…。

 と、グチグチ考えていたわけです。おまけに避難先には十分な物資がないから、なるべく避難する時は食べ物と毛布を持参して避難しろという指示が出ていました。うわー、激しい雨風の中、そんな大荷物を抱えて避難したくないなあ。ああ、さらに憂鬱だ…。

 で、そんな時、テレビを見ていたら、ある番組で避難勧告とか避難指示とかの言葉の意味を説明していました。なんでも、避難とは、避難所に行くことではなく、外をフラフラするな…という程度の意味なんだそうです。つまり、避難命令が出たら、仕事を止めて家に帰れば、それで避難完了なんだそうです。え? そうなの?

 たぶん、これって、日本人みんなが野良仕事をしているって前提だよね。一体、いつの時代の話だい。

 というわけで、避難勧告とか避難指示とかが出たからと言って、みんなが避難所に行く必要もなく、もしもみんなが避難所に行ったら、避難所がパンクしてしまうので、自宅に避難できる人は、なるべく自宅に避難するでいいんだそうです。ただ、自宅が崖下とか川岸近くとか堤防の横とかにある人(つまりハザードマップで“ここヤバいよ”と指定されている場所に自宅がある人)は、自宅に避難しても危険なので、そういう人は避難所に避難するべきなんだそうです。なので、我が家のように、ハザードマップ上は安全な地域に家があるような人は、せいぜいが垂直避難(床上浸水に備えて、二階で生活)で十分なんだそうです。それを知ったので、自宅の屋根が突風で飛ばされない限り、自宅避難で済ます決意をしました。

 たまにはテレビ放送も役に立つものです。

 知り合いの人で、それを知らずに、マンションの7階に住んでいるのに、水没するかもしれない平屋の避難所に避難してしまった人とか、避難所に向かったはいいけれど(大勢避難民がいたので、受け入れを拒まれ)雨の中を避難所のハシゴをして結局自宅に戻った人とかがいますが、避難とは基本的に自宅に籠もることだと知っていれば、そんな苦労はせずに済んだものを…と思いました。

 あと、これは聞いた話ですが、いくつかの避難所で、ペットの持ち込みでトラブルが発生したそうです。飼い主からすれば、家族も同然な仔を家に置いて行けず、避難所に連れてきたのだろうけれど、避難所の人たちがみんな、見ず知らずのワンコニャンコを歓迎するはずもなく、そこでひと悶着になったとかならなかったとか…。まあ、私の意見を言わせてもらえば、犬はしっかり紐でつないで、一切吠えさせない上に、私から10m以上離れた場所にいればOK。猫はアウト。だって私は猫アレルギーだもの、猫は姿を見るだけで、目が痒くなります。そんな人もいるんだよ。

 とまあ、災害時の犬猫の扱いはトラブルが生じがちです。犬猫を飼う際は、災害時の扱いについても日頃から家族や地域で話し合っておく必要があるかもしれませんね。犬猫の命も大切ですが、まずなにより優先すべきは、人間の安全と健康ですからね。

 ハザードマップを見て、雨風に関しては安心していましたが、実は一番怖かったのは停電です。電気は、我が家が無事でも、我が家に来るまでの電線が切れたらアウトですから。実際、ウチの近所(ウチよりも変電施設から遠い地区)は停電してます。翌日には復旧したようですが、一晩でも電気のない生活なんて、今の世の中、考えられません。そういう意味でも、電線などのケーブルは早く地中に埋めてほしいと思いました。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2019年10月14日

本番は延期、でもリハーサルは予定通り

 クラシックコンサートは延期になりましたが、そのリハーサルは予定通りに行われました。つまり、台風がやってくる前日の夕方にリハーサルを行ったわけです。まだ雨も降らず、風は…少し強かったかな? まあ、そんな「ちょっと風の強い日」にリハーサルをやりました。

 リハーサルでは、先日の発表会で先生に言われたとおり、手を抜かずに、きちんと発声に気を使って行いましたが…それでもやっぱりやっちゃいました。何をやっちゃったのかと言うと、必要以上に力んで、大きな声で歌ってしまった事です。クラシックコンサートの会場は、極めて上質なクラシックホールであって、本当に響きがいいんです。発表会のホールよりも数段いいんです。ささやき声程度の歌声でも会場の隅々にまで響き渡るようなホールなんです。そこでうっかり大声で歌うなんて…まだまだ修行が足りません。

 とにかく、そのフルヴォイスから、如何に脱力して歌えるかを確かめるのがリハーサルの内容になってしまいました。とにかく、声が不要な会場なのです。ホントに軽くて小さな歌声で十分なのです。あまりに軽くて小さな声でいいので、息をほとんど使わずに歌えちゃいます。しかし、それはダメです。なので、あまりホールに頼って歌うのも良くないなあと思いました。きちんと声を息で支えながら、声はセーブしつつ息はしっかり流して軽く楽に歌う。コツをつかめば、すごく楽に歌えるんだろうけれど、なんかうまく行きません。

 あと、何をどうやっても、高音Aがうまく出せません。あれあれ?と思っていましたが、出ない日は、何をやっても出ないので、諦めました。本番が延期されてよかったなあと思いました。

 帰り際に気がついたのですが、私、リハーサルの二日前まで、風邪引いて熱出して寝込んでいたんだっけ? まだ病み上がりで、体調も万全ではない状態だった事を思い出しました。まだ微熱があって、頭痛も激しくて、アスピリンを服用していたんですよ。それなのに自分が病気だということを忘れていました。で、それを言ったら、ピアニストさんに「声を潰すから、歌っちゃダメ」と止められてしまいました。うむ、その判断は正しいかも(笑)。

 とにかく、ホールの響きと、どれくらいの声量で歌えばいいのかの確認と、ピアニストさんとの最後の打ち合わせをしました。お互いに慣れてきたので、細かい事を言わなくても、なんとなく歌とピアノが合うようになりましたが、そうなるとさらにきちんと合わせたくなります。で、ピアニストさんが私の子音に合わせて弾いてくれていたのを、母音に合わせて弾いてもらうにようにしてもらいました。子音に合わせる…つまりピアノが歌を先導していく感じで弾いていたのを、母音に合わせる…歌とピアノをジャストに合わせていく感じにしてもらいました。つまり、ピアノと歌の間にあった“遊び”を減らしたんですね。ピアニストさん的には、よりシビアなタイミングで合わせるわけで、合わせが難しくなってしまったと思いますが、案外、私、子音って時間をかけて発音しているので、ピアノが子音に合っていると、歌っていて「あれ? ちょっと早過ぎない? 私はまだ歌いだしていないのに、もうピアノが鳴っているよ」って感じになって、心持ち、ちょっと煽られているような感じがしちゃうんですね。

 まあ、そんな感じで、高音が出ない以外は、順調なリハーサルができました。

 で、リハーサル会場に、お財布が落ちていたので、ホールの係の人に届けました。今頃きっと困っているだろうなあと思うと、落とし主さんに同情してしまいます。早く財布を落とした事に気づいて、取りに来てくれるといいなあって思いました。

 帰りに近所の大型スーパに寄って帰りました。台風前日とあって、パンは売り切れ、カップ麺もほぼほぼ無くなっていました。あと、コーラとポテチもほぼ品切れだったし、冷食もたいぶ品薄でした。みんな、台風がやってきたら、家に閉じこもるつもり満々なんだなあって思いました。逆に無くなって良さそうなのに、いっぱいあったのが、袋ラーメンを含めた乾麺たち。パスタ類なんて山積みだったなあ。あと、ポテチ以外の菓子類もいっぱいありました。ケーキとかまんじゅうとか、ほんと、いっぱいありました。コーラ以外の炭酸飲料もいっぱいあったし、酒類は普段どおり潤沢にありました。卵はたくさんあったけれど、ひき肉は売り切れていました。なぜだろ? そうそう、パンは売り切れていたけれど、おにぎりや寿司はたくさんありました。なぜだろ?

 たくさんの?を抱えて、家に帰ってきて、テレビを見ながら、台風がやってくるのを待ち構えていた私だったのです。

 それにしても本番が延期されたため、リハーサルと本番の間が約二週間あいてしまいました。なんか、緊張感が溶けていくような気がしました。これで本番は、きちんと歌えるのだろうか…なんか不安になるかもしれません。

 そうそう、主催者さんと会えたので、ちょっとだけ話をしたところ、やはり数名の方が出演をキャンセルされたそうです。おそらく、本番の日に隣のホールでやっている合唱祭の方に出られるんだろうなあと思いました。実はウチのピアニストさんも、合唱祭に出るのですが、彼女はたまたま合唱祭の最初の方の出番で、こっちのクラシックコンサートは終わりの方の出番なので、時間的に被らないのでOKなのですが、クラシックコンサート合唱祭の出演時間が被ってしまえば…そりゃあ元々予定されていた合唱に出るよね。だって、そっちを優先しないと団のみんなになんて言われるか…。想像に難くないです、ま、仕方ないかな。

 なんもかんも、台風がいけないのです。あ、そうそう、私のところは台風による被害はほぼほぼありませんでした。


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2019年10月13日

寅さんの新作が公開されるそうです

 寅さんこと「男はつらいよ」の新作が今冬公開されるそうです。タイトルは「男はつらいよ お帰り 寅さん」だそうです。公式サイトはこちらです

 なんでも今年(2019年)は寅さん初公開から50年のメモリアル・イヤーだそうで、それで新作を公開したり、4K版のDVDとかBlu-rayとかが発売になったり、特集番組とかスピンオフドラマとかが放送されたりするんだそうです。今年の年末は、寅さん一色…だね?

 ところで皆さん、寅さんはお好きですか? 私は好きです。かなり好きです。でも、たぶん、ライトなファンなんだろうと思います。だって、ちゃんと数えたことないし、たぶん数えられないけれど、私は寅さん映画全49作のうち、半分も見ていないもの。いやあ、今までも何度か全作視聴をチャレンジしたものの、あまりのワンパターンなもので、途中で挫折しちゃうんだよね。寅さんは年に1〜2回のペースで見るから良いのであって、短期集中で見るのはつらいです(涙)。

 だから私が見ている寅さんは、初期作とリアルタイムに劇場で見たヤツ(いわゆる中期の作、まだ寅さんが現役バリバリの頃)だけです。寅さんが恋の指南役になったり、満男君がほぼ主役になってからのものは、テレビで放送された時にたまたま見た感じぐらいかな? その程度のファンなのです(でも「紅の花」と特別編は劇場で見たよ)。

 最後の「紅の花」が1995年の公開ですから、新作としては24年ぶり、21世紀になってから初の新作だし、劇場公開そのものも、特別編が1997年の公開ですから、22年ぶりって事になります。

 たぶん、50周年でなければ、誰も寅さんの事を思い出さなかったんだろうと思います。

 とにかく、寅さんの新作が公開されるんだそうです。でも、前作から24年経っているので、キャラクターも、それを演じる俳優さんたちも、多くが鬼籍に入っています。そりゃあ24年も経てば、みんな世代が一つずつ繰り上がるわけだしね。お年寄りだったキャラは死んでしまっても不思議はないし、さくらさんたち夫婦だって、かつてのおいちゃんおばちゃんの立ち位置になるわけです。

 発表されている登場キャラのうち、前作から引き続きの出演と言えば…さくらさん、博さん、満男くん、泉ちゃん、泉ちゃんのお母さん、リリーさん、三平君…ぐらいです。もう、おいちゃんも、おばちゃんも、タコ社長も出ません。寅さんは過去のフィルムを使って、回想シーンで出てくるだけだそうです。ちなみに御前様は、二代目さんになるそうです(つまりキャラも俳優も交代って事ですね)。

 発表されているあらすじから分かる事は、くるま屋は、もはや団子屋ではなくカフェになったそうです。で、カフェの雇われマスターが三平君。さくらさんたち夫婦はオーナーってわけです。満男くんは靴のセールスマンではなく、小説家になり、泉ちゃんではない女性と結婚し娘が生まれ、で奥さんに先立たれて、現在は娘さんと二人暮らしの身の上です。泉ちゃんは外国人と結婚し、外国暮らしをしていたが、なぜかこの度帰国し、満男くんのサイン会でサインをもらってしまう…という話なんだそうです。リリーさんは奄美大島ではなく、東京でジャズ喫茶をやっているそうですが、どうやってストーリーに絡んでくるのでしょうか?

 ちなみに、寅さんを初めとする、すでに俳優さんが鬼籍に入ってしまったキャラについては、映画の中では、生きているとも死んでしまったとも言わずに「たまたま、今日は不在」というテイでストーリーが進んでいくのだそうです…とは言え、おいちゃんおばちゃんは、年齢的に、さすがにお元気な方が不自然だよね。

 なんでも、技術的にはCG寅さんとかAI寅さんも可能なんだそうですが、今回はあえてそんな事はせずに、寅さんは4kリストアされた回想シーンの中でだけの出演となるそうです。まあ、それはそれで一つの見識だと思います。

 新作は、寅さんのいない寅さん映画になるわけですから、映画としての面白さは別として、寅さん成分がどれだけ満足させられるかは疑問です。でも、きっと公開されれば、私は見に行ってしまうでしょう。だって、寅さん映画をお正月に見るのは、日本人の義務でしょ?(笑)

 まあ、壮大なる後日談って事になるでしょうが、これで本当に、映画としての「男はつらいよ」もジ・エンドになるのかと思うと、なんか感慨深いですね。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2019年10月12日

立ち泳ぎは「水質ヤバイよ」の合図なのかもしれません

 水槽で暮らす金魚たちの天敵は…水です。もっと言えば、水質汚濁? つまり水槽の水が汚くなりすぎるのが、金魚にとって一番やばいのです。もっとも、逆に水槽の水がきれいすぎるのもダメで、適度に(人間の感覚で言えば)汚れている事が大切なのです。

 少なくとも、人間が飲めるような水では、金魚は暮らせません。雑菌がウヨウヨして、人間が飲むと腹下しそうな水が、金魚的には良いのです。理想は、池の水ですよ。だって淡水魚だもん。

 なので、水の汚さの指標は、少なくとも菌の多さではないし、金魚水槽に除菌なんてありえない話なのです。水だって透明である必要はありません。青水と言って、むしろ緑色の水が金魚的には幸せ環境だったりします。

 では、彼女たちの命取りとなる水質汚濁の一番の原因は…と言えば、それは窒素です。窒素化合物…アンモニアとか亜硝酸とか硝酸塩とかそういうヤツ。そんなヤツからが水の中に高濃度で存在すると、金魚、ヤバくなります。

 窒素化合物の正体は、食べ残しの餌や金魚のフンの成れの果てです。これらが窒素化合物になります。餌もフンも金魚を飼っている以上、避けては通れないわけだから、窒素化合物で水が汚れたら、水を取り替えるわけです。それが一番簡単。確かに窒素化合物を減らすために水を取り替えるのは良いことだけれど、水を取り替えると、水がキレイになるので、実は金魚的にはあまりよく無いんです。そこで理想は、水は変えないまま、窒素化合物の濃度だけを減らす事です。

 効果的なのは、水槽に水草を入れる事です。だって、窒素化合物って植物の肥料でしょ? 水草が水中の窒素化合物を肥料にするので、水草が茂れば茂るほど、水中の窒素化合物は減っていきます。だから、我が家もたんまりと水草を水槽に入れるわけだけれど…水草を金魚たちが食べてしまうので、夏場は窒素化合物があまり減らないみたいです。

 あとは、いわゆるバクテリアです。この子たちも水草同様に、水中の窒素化合物をエサにして生きています。なので、バクテリアがたっぷりいる水槽は、あまり窒素化合物が増えませんが、実はバクテリアの天敵が巻き貝なのです。いわゆる、石巻貝とかタニシとかね。この子たちがバクテリアを食べちゃうので、巻き貝がいる水槽では、バクテリアもそんなに多くはいません。でも巻き貝が水槽にいないと、あっという間に水槽の水は濁るし、ガラスも曇るし…やはり巻き貝は必要だよね。

 というわけで、夏は金魚や貝類の活動が活発になって、たっぷりフンをします。でも、そのフンを処理する水草は金魚に食べられてしまうし、バクテリアも巻き貝たちに食べられてしまいます。やがて水中に窒素化合物がたんまり残ります。で、少しばかり水替えをサボっていると、カラダの小さな金魚たちにはつらいようで、ベルやアセビは、ついつい立ち泳ぎをしてしまいます。なぜ立ち泳ぎをするのかは分かりませんが、水槽の水が汚れると、金魚の腎臓に負担がかかり、内蔵が炎症を起こす…と聞いたことがあります。で、浮き袋も腫れるので、ちゃんとした姿勢をキープしづらくなる…んだそうです。ふーん。

 というわけで、ベルやアセビが立ち泳ぎをしはじめたら、水を交換するべき時期なのかもしれません。

 まるで洞窟にいるカナリアみたいなモンだな。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2019年10月11日

私立学校は稼いでナンボ

 大切な事なので、最初に書きます。

 クラシックコンサートが延期になりました。新しい開催日は、2019年10月27日(日)13時開演です。今はまだそれしか決まってません。出演を辞退する方もいらっしゃるでしょうね。我々は出演しますが、出演時刻が変更になるかもしれません。詳しい情報は分かり次第アップします。

 さて、本日の記事です。フルートのレッスンに行ってきました。

 ちょっとここんところ、めっちゃくちゃ仕事が忙しくて、久しぶりに全然練習をしないままレッスンに臨んでしまいました(汗)。

 ロングトーン練習は、まあ良し。

 エルステユーブンゲンは25番と26番だけれど、せっかく暗譜を(不完全ながら)した25番だったけれど、ちょいと練習をサボっていたら、見事に暗譜が抜けてしまいました。いやあ、そんな事ってあるんですね。もちろん、25番の暗譜が抜けてしまった上に、26番の暗譜は見事に蒸発してしまいました。いやあ、両方とも、楽譜をガン見しないと吹けません。だからシニアって、毎日が新鮮なんだな(汗)。あ、当然、2つとも不合格です。

 旋律的練習曲は4番ですが、トリル無し版の演奏は、ひとまずOKをいただきました。次からは、単純なトリル(トリルは単純なヤツと面倒なヤツの2種類あります)だけを付けて練習するように言われました。一歩前進ですね、頑張ります。

 40リトルピーセズは新曲の30番、バッハの「マーチ」ですが、これが見事なくらいに全然吹けない(涙)。パッと見の譜面は簡単そうなのですが、案外、吹きづらくて困ってます。簡単そうに見えて実は面倒くさい…のが、バッハの特徴なんだと教わりました。ううむ、そうなんだな。もちろん、全然お話にならないので、不合格です。

 今回の雑談は、文科省の政策に納得の行かない私たちが、あれこれブーブーと愚痴ったわけです。何に愚痴ったのかと言えば、私立学校の入学定員の厳正化に対して、文句を言っていたわけです。

 昔の私立学校と言うのは、定員の数倍の合格者を出していたわけです。もちろん、合格をさせても入学しない生徒も大勢いるわけですから、たくさん合格を出して、たくさん辞退されてしまい、結果として入学定員数よりも、まあまあ多めの入学者を得る…というのが、割と健全な学校だったわけです。

 それが今や“まあまあ多めの入学者を得る”と、文科省から罰則を食らうことになりました。つまり「発表した入学定員数をなるべく守れ」という事で“まあまあ多め”では生徒を取りすぎだと叱られるわけです。「ほぼほぼ入学定員数に近い入学者」にしないと、補助金がカットされる事になっているのです。だから、どこの私立学校も、あまり生徒を取りすぎないように努力をしているわけですが、それがおかしいって、私達は思うわけです。

 というのも、なぜ文科省はそんな事を言っているのかと言えば、それは受験生に見向きもされない不人気校の経営を守るためです。今や、少子化の影響もあって、どこの学校も生徒を集めるのに四苦八苦しているわけです。なにしろ、子どもの絶対数が減っているわけですから。そこに昔のように、人気校がガバーっと生徒を集めてしまうと、不人気校に生徒が行かなくなって、不人気校が潰れてしまうので、それを防ぐために、人気校に生徒が集中しないように、補助金カットという罰則まで作って、不人気校を守っているのです。

 私立学校は商売です。稼いでナンボです。そのために、良い教育をして、多くの生徒を集めて、商売をしているのです。生徒だって、良い教育をしてくれる人気校に行きたいわけです。両者のWin-Winな関係もあって“まあまあ多めの入学者”ってモノをやっていたわけだけれど、それを入学定員数の厳正化で、たくさん入学希望者がいても、人気校は入学させられない生徒を多く出してしまい、入れなかった生徒は、やむなく不人気校に行くことで、不人気校の経営を守っているんだけれど、ほんと、それって誰得なんだいって話です。

 不人気な私立学校なんて、潰れてしまえばいいんです。それを文科省が守るのはおかしいんです。不人気な学校なんて、不人気な理由があるから、生徒が集まらないのです。私立学校なんて、客商売だし、人気商売なんだから、生徒が集まらない学校はドンドン潰れて、淘汰していかないといけない…というのが、我々の意見なんです。

 地域に必要とされている学校が潰れる…なんて事はないのです。私立学校が潰れるのは、その学校が地域に必要とされていないからなのです。

 ついでに言ってしまえば、潰れて良いのは、不人気な私立学校だけじゃなく、不人気な公立学校だって、潰れてしまえばいいんですよ。で、公立私立問わず、良い教育をしてくれる、人気校だけ残ればいいんです。

 そんな事を愚痴っていた我々でした。

蛇足 ついでに不適切な教師(実力不足とか、心を病んでいるとか、ロリコンとか、犯罪者とか…です)も首にしてしまえばいいのです。まあ、私立学校の教師は会社員なので当然首ですが、公立学校の教師は公務員なので、互いにかばい合って、首にならずに、研修センターかなんかで無駄飯くらって定年まで、我々の税金から給金もらって安寧に暮らせたりするんです。なんかとっても理不尽だなあって思うんです。働かざる者食うべからず、だろ?

蛇足2 今話題の神戸のいじめ教師たち(って、やっている事は犯罪行為)ですが、今回の件もあって、数年は研修センター送りでしょうが、2〜3年たって、ほとぼりが冷めたら、そしらぬ顔で現場復帰になるんでしょうね。もちろん、その間、しっかりお給料をいただけるわけだしね。これが私立学校なら、信用失墜行為の責任をとって退職…というのが当たり前の流れですが、公務員は簡単に首が切れないので、数年の謹慎ののち復職って流れになるわけです。なんかとっても理不尽だなあって思うんです。人としてダメな人は、教師になってはいけないと思います。


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2019年10月10日

赤毛のアンのDVD

 不思議なことですが、先日、ふと「赤毛のアン」を読み直したい…という気持ちになりました、それも突然に。で、それを妻に言ったところ、本棚を漁って、以前読んだ、掛川恭子訳の単行本を持ってきました。そうそう、これこれ、懐かしいなあ。

 で、読み始めたら、疲れた(笑)。紙の本はダメだな。老眼な私には、紙の本に印刷された活字では、サイズが小さくて、ちょっとなら良いのだけれど、赤毛のアンのような長編小説を読むには、つらいです。

 と言うわけで、途中で読書を放棄しました。もう、紙の本は読めません。

 でも、赤毛のアンは読みたいんだよね…。で、どうしたのか言うと、本で読めないなら、映像だよね…って事で、映画とかテレビドラマとかを漁ってみました。そう言えば、昔、赤毛のアンの映画を見たよな。

 さすがに名作なだけあって、色々揃っておりますね。プリンスエドワード島でロケをしているようなモノもあり、ビジュアル的には理想的なモノもいくつかありました。大半は海外ドラマなんだけれど、日本語字幕のモノもあったり、吹き替えのモノもあったりしました。お値段も、まあまあな感じでお手頃で、読書が出来ない以上、映画を見て、アンに飢えた気持ちを満たそうとしました。おそらく、以前見た映画もあったし、それ以降に作られものもあったし、それどころか今現在製作され放送されているモノ(Netflixで放送中の“アンという名の少女”)もあったわけで、ほんと、よりどりみどりな感じです。

 で、どれにしようかと、ネットでそれぞれの動画の評判を調べていたら、なんとダークホースの登場です。と言うのも、アニメの「赤毛のアン」の評判が、ネットではやたらと良いのです。なにより数ある動画のうちで、一番原作に忠実なのがアニメ版なんだそうです。

 そう言えば、そのアニメ、子どもの頃に見たなあ。世界名作劇場の枠で1979年に放送していました。それまでにやっていた名作アニメとは、ちょっと格が違う、子ども向けの放送時間なのに、ターゲットとする年齢層が割と高めの、当時の言葉で言えば、ヤング向けのアニメだった記憶があります。

 で、どんなアニメだったのか…ってわけで、知らない人のために、YouTubeにある第1話を貼っておきます。


 ちなみに、YouTubeには、他の海外ドラマの動画も転がっているので、それらも見て、比較検討をした結果、私は「赤毛のアン」をアニメ版で見る事にして、DVDのボックスセットを買いました。わざわざDVDボックスを購入したのは、YouTubeで全部見てしまう(なんと全話無料で見れるんですよ)と、製作者や制作会社に一銭も入らないので、それはオトナとして避けるべきだろうという判断です。


 購入してから気づいたのですが、このアニメの「赤毛のアン」の製作スタッフは、ほぼジブリです(笑)。主要なスタッフはこんな感じです。

監督&脚本:高畑勲
場面構成:宮崎駿&桜井美知代
作画監督:近藤喜文

 ほら、ジブリじゃん。

 ちなみに、主題歌の作曲は、ポピュラー系の作曲家ではなく、日本芸術歌曲もたくさん作曲している、三善晃氏です。劇中音楽は、現代作曲家の毛利蔵人氏。つまり、クラシック畑の方々が音楽を担当しているんだね。だから、他のアニメとは雰囲気が違うんだ。

 全50話のアニメ、ぼつぼつと見ています。これ、いいね。子どもの時に見た時も感動したけれど、オジサンになってから見ても感動しちゃいます。至福至福。

 アニメ「赤毛のアン」を見ていたら、別の名作劇場のアニメも見たくなりました。次はどれにしようかな? アンの前年に放送していた「ペリーヌ物語」なんていいよね、原作は「家なき娘」なんだよね。あるいは、アンの前日譚の「こんにちわアン」でもいいかもしれない。


蛇足 結局、文章のアンも電子書籍版で改めて購入してしまいました。掛川恭子訳は好きなんだけれど、同じものを買っても仕方ないし、そもそも掛川訳の電子書籍版は発売されていないので、だったら紙の本ではすでに絶版になっていて、電子書籍版でしか入手できない神山妙子訳にしました。


 なにしろ、この翻訳は、貴重本であると同時に、アニメのアンの底本なんだもの。アニメが良いと思える人には、この翻訳がベストだよね。村岡花子訳は…私には言葉のチョイスがちょっと違うなあ…って思うんだよね(ごめんなさい、ほんと、ごめんなさい)。


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posted by stone at 04:00| Comment(6) | その他

2019年10月09日

大学オペラを2日連続で見てきた

 芸術の秋ですね。標題のとおり、大学オペラを2日連続で見てきました。

 まず最初は、東京芸術大学の奏楽堂で上演された、モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」です。こちらは「藝大オペラ」という事で、出演者の方々の経歴は何も書かれていなくて分からないのですが、おそらくソリストは全員、芸大の大学院のオペラ専攻の学生さんたちではないかと思われます。ちなみに合唱は学部の3年生です。

 今回、チケットを購入するのが遅れ、私がゲットした座席は、正面席だけれど、かなり舞台から遠い座席でした。どれくらい遠いのかと言うと、歌手の動きは分かるけれど、顔は目鼻が付いている程度しか分からないほどの遠さです。オペラグラスを持ち込めばよかった…と後悔したほどでした。ですので、オペラも全体はよく見えましたが、細かな演技とかは、まるで見えない…と言った感じです。

指揮:佐藤 宏充
演出:今井 伸昭
フィオルディリージ:山原 さくら(ソプラノ)
ドラベッラ:上久保 沙耶(ソプラノ)
フェッランド:岸野 裕貴(テノール)
グリエルモ:外崎 広弥(バリトン)
デスピーナ:橋 慶(ソプラノ)
ドン・アルフォンソ:後藤 駿也(バリトン)

 まず、特筆すべきは、演出の素晴らしさです。広い奏楽堂の舞台を上手に狭く使ってました。モーツァルトのオペラって、舞台が広くない方が良いと、私は常々思っていますが、こんなふうに狭く使うと、本当に良いですね。さらに、この狭い舞台を、手前と奥で使い分けていて、その分、場面転換も素早くて、良かったと思います。この演出は、十分、お金の取れる演出だと思いました。

 歌手の皆さんは、芸大で優秀な成績を修めている方々ですから、悪いはずはないのですが、残念な事に、今回、私はかなり後ろに座ってしまったために、色々と分かってしまいました。

 何が分かったのかと言うと、3人のソプラノさんたちが、極めて素晴らしい歌手である事です。とにかく、歌が上手いだけでなく、発声が実に見事なのです。それに若くて、たぶん美しい(遠目なのでよく分からないのよ)。なので、この三人と共演している方々が見劣りしてしまうのですよ。具体的に言えば、男性歌手たちです。たぶん、この人たちも一人ひとりで見れば、優秀な歌手なのでしょうが、この女性陣と共演すると、あれこれ不足が見えちゃうんですね。とにかく、モーツァルトオペラなのに、アンサンブルオペラなのに、バランスが悪いんですよ。いやあ、残念。

 あと、残念と言えば、合唱がパワフル過ぎたのが残念かも。なんか、モーツァルトと言うよりも、ワーグナーっぽい力強さがあってね。全然、シャレオツじゃなかったのが残念です。ま、これは悪いというよりも、私の趣味に合わなかった…って事なんですがね。一人ひとりが歌えるんだから、合唱の人数は1/3程度で十分だよ。

 翌日は、昭和音楽大学のテアトロ・ジーリオ・ショウワで、モーツァルトの「フィガロの結婚」を見てきました。こちらは、最前列のやや右側の、とっても良い座席で見させていただきました。

指揮:ニコラ・パスコフスキ
演出:マルコ・ガンディーニ
アルマヴィーヴァ伯爵:岩美 陽大(バリトン)
伯爵夫人:肖 マ怡(ソプラノ)
スザンナ:木村 有希(ソプラノ)
フィガロ:田村 洋貴(バリトン)
ケルビーノ:遠藤 美紗子(メゾソプラノ)
マルチェリーナ:下倉 結衣(メゾソプラノ)
バルトロ:王 弘宇(バス)
バジーリオ:佐佐木 雄一郎(テノール)
ドン・クルツィオ:高畑 達豊(テノール)
バルバリーナ:垣生 奈々保(ソプラノ)
アントーニオ:菅生 悠太(バリトン)

 こちらの出演者は多岐に渡り、昭和音大の大学院生もいれば、すでにプロとして活躍されている卒業生や交流している中国の上海音楽学院の生徒さんもいます。私が見なかった日には、韓国の芸術総合学校の生徒さんが出演していたようで、色々なバックボーンを持った人たちが共演していました。ちなみに、こちらの合唱は学部の四年生を中心に、その他の学年の方々も参加しているようです。

 フィガロの結婚って、普通に上演されているバージョンでは、あっちこっちのアリアやレチタティーヴォがカットされているのが普通なのです。でも、今回のオペラでは、勉強のための上演といった側面があるためか、ほぼほぼカットなしでした。だから…正直、退屈です。いやあ、演じる方はレチタティーヴォがあんなに長いと大変なのは分かるけれど、見ている方は、さすがにイヤになります。何度も何度も睡魔に襲われました。

 まあ、普段は聞けない、マルチェリーナやバジリオのアリアを聞けたのは収穫だったけれど、聞いてみれば、別になくてもいいかなって程度の脇役アリアでした。でも、歌うには大変な難曲だよなあ…。苦労の跡が感じられました。

 指揮者さんが外国の方で、おまけにすっごい大柄な人だったので、脇から上がオケピの上にはみ出していました。振り回す腕は丸見えだし、スキンヘッドはピカピカ光っているし…。序曲の間は、指揮者さんが気になって気になって、これはオペラどころの騒ぎじゃないなあ…と諦めていたのですが、いざオペラが始まったら、指揮者さんは視界の外だったので、全然気になりませんでした。でも、指揮者のすぐ後ろの席だったら、すごく気になったでしょうね。幕間の時にオケピを覗いたら、指揮台が何段にも積み重ねてありました。あれ、普段は背の低い日本人指揮者のためにあんな感じで雪舟しているんだろうと思いましたが、大柄な外国人指揮者が振る日は、あれだけの指揮台は取り外しちゃえばいいのに…と思いました。とにかく、指揮者は客席から見えないようにしないと…ねえ。

 こちらも女性歌手の皆さんが素晴らしかったです。特に、伯爵夫人を演じた上海のソプラノさんは、実に素晴らしかったです。

 素晴らしいのに残念だったのは、伯爵役のバリトンさんでした。歌唱は素晴らしいし、演技も文句ないし、イケメンなんだけれど…童顔なんですよ。なので、どうしても、伯爵が小僧にしか見えないんです。容姿だけなら、むしろケルビーノをやった方がお似合いなくらいに、小僧なんです。すごく残念でした。あれだけの高身長でイケメンで若々しいなら、テノールだったら引く手数多だろうなあって思っちゃいました。でも、バリトンなんだよね。テノールならば童顔は、むしろ長所だけれど、バリトンだと演じる役の幅が狭まるよね。あれでは、これからが心配です。才能があるだけに勿体ないですよ。もっと老けメイクを頑張って、イケメンな老け顔にしないとダメだよなあ…って、強く思った次第です。歌手の皆さんは、自分でメイクをするのが普通のようですが、音大では舞台メイクの方法は教えないのかしら? あるいはいっそ、ハイバリトンのようなので、テノールに転向してみるのも、いいかもね(って無責任な発言でごめん。でもテノールなら成功しそうだよね)。

 あと、演出が昭和でした。最近のフィガロの結婚って、かなり演劇的で緻密で細かな演出が流行りじゃないですか? ところがこちらの演出は、私が若い時に見たような、いかにも昭和な感じのする(ごめんなさい)雑な演出でした。さすがに、これはナシだよなあって思いました。学生たちの勉強のためにするなら、そこはきっちりと今どきの演出にした方が、勉強になると思うんだけれどなあ。

 あと、こちらも合唱がパワフルでした。歌う側からすれば、一曲入魂なんだろうから仕方ないんだけれど…ね。

 今年の秋の大学オペラは、この2つしか見られなかったのですが、他の音楽大学でも興味深いオペラ公演がやられているんですよね。ああ、私に自由な時間がもっとあれば、関東地方…と言わず、日本中の音大をはしごしまくって、大学オペラを制覇してやるんだけれどなあ…。ああ、残念。

 大学オペラって、衣装や舞台装置がしっかりしているし、出演もみな上手だし、若くてピチピチしているし、何と言ってもチケット代が安価だし、良い事づくしで私は大好きです。なんと言っても、これから世の中へ出ていこうとする有望な歌手を、いち早く見られる事は、オペラファンとして、うれしい事だしね。これからも頑張って上演し続けていってほしいと思います。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇

2019年10月08日

テクニックの前に筋力をどうにかしないと…

 声楽のレッスンの続きです。次はビゼー作曲の「Agnus Dei/神の仔羊」です。こちらの暗譜はほぼ完璧です…って、この曲、歌詞らしい歌詞がないものなあ(笑)。

 前回も注意されましたが、上行跳躍の音程を歌う時は、跳ぶ前に跳ぶ事を予感させるように、前の音の段階で腹圧を強め、ノドを縦に開く事が必要です。

 低音を歌う際、声を下に落とさないように注意して歌わないといけません。音程は低くても、響きは常に高くしたまま歌わないと、声帯に負担が来るそうです。低音って、自分で思っているよりも声帯に負担がかかるんだよね。特に声を落として、押し付けるような感じで声を出すと、いかにも低音を歌ってますって感じの声にはなるけれど、ノドがイガイガするしね。自分は高音歌手であるという自覚を持って、低音であっても、軽い感じで軽やかに響き高く低音を歌っていかないといけません…が、それが目下のところ、とても難しいのです。やっぱり低音は、声を落として、ドスの聞いた声で歌う方が、その時は楽だし、歌っていても気持ちいいしね。低音なのに響きを高くしたまま歌うのは、結構シンドいっすよ。キング先生がよく言っていた「低音は捨てて歌う」が案外正しいやり方なのかもしれないなあ…と思う今日このごろです。

 pは弱音記号ですが、だからと言って弱い声(音量的に小さな声)で歌おうとするのは間違いで、pを見たら(実音と比べて)響きの多い声で歌うと思った方が効果的です。むしろ、響きのみで歌うんだと思っているくらいで、ちょうど良いみたいです。

 高いGとかAとかのアプローチは誉めていただきました。今の調子を忘れずに…って感じです。私(に限らず)高音は跳躍音程よりも、階段状に上がっていく方が楽、と言うか簡単です。

 間奏後のpから始まるフレーズは、冒頭にハミングを入れて歌うべきである事。ffは音量がffなのではなく、声の支えがffであると考える事。怒鳴ってはいけないのであって、支えの力で音量をコントロールしていくべきなのです。

 最後は、ヴェルディ作曲「椿姫」の二重唱「Un di felice, eterea/思い出の日から」です。

 最高音Aの発声に必要な支えが足りていないという指摘を受けました。支えに関しては、足りなさそうだと思った時に準備をしても間に合わず、時間的に余裕を持って支え始めていかないと、実際には間に合いません。支えは計画的に行わないといけないのです。その点、verdiは最高音を支えて歌いやすいようにメロディーを作曲してくれていますので、何も考えなくても、ただただ楽譜通りに歌っていれば、素直に最高音が発声できるのですが、それができていないのは、筋力不足とそのために小細工を弄しているからであって、まずは必要な筋力を育てる事と、筋力が備わったならば、楽譜に素直に歌っていく事…なのだそうです。

 テクニック不足の前に、筋力不足をどうにかしないといけないのです。だから、歌手は音楽家というよりも、アスリートのような感じにならざるを得ないわけです。

 歌う際に、色気を気にしましょう。特に、ソプラノとの二重唱であるので、テノールの色気を最大限に発揮するように歌いましょう。何も考えずに、棒歌いは×です。感情を適度に入れながら歌います。テクニック的には、ハミングやポルタメントを使って、臭くならない程度に歌を(ちょっとだけ)崩して歌います。

 なんであれ、この曲の最大の鬼門は、カデンツァ部分です。未だにリズムと音程の両立に困難を覚えています。とにかく、支える事を最優先に考えること。歌は腹筋で歌うんだという覚悟が大切です。

 さあ、次はいよいよクラシックコンサート本番です。頑張っていきましょう。


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2019年10月07日

頑張れ、マリンコニーア!

 声楽のレッスンに行ってきました。今回のレッスンがクラシックコンサート前、最後のレッスンになるので、クラシックコンサート後になる次のレッスンの課題曲の打ち合わせ(ってか確認)をしました。

 シューベルトの「美しき水車小屋の娘」は、まだ合格をいただけていない2番の「Wohin?/どこへ?」を歌います。オペラアリアの方は新曲で、ドニゼッティ作曲の歌劇「ドン・パスクワーレ」のテノールアリアの「Sogno soave e casto/青春の甘く清らかな夢よ」を歌う事を確認をしました。6月から発表会の準備に取り掛かったので、「Wohin?/どこへ?」に関しては、4ヶ月も歌っていません。いやあ、もうあれこれ忘れちゃったよ(涙)。ドイツ語でちゃんと歌えるかな?

 ハミング練習では、声をしっかり前に出す事を注意されました。その際にはしっかりと鼻の響きを使うことが大切です。

 発声練習になりました。しっかり息を支えて、声を前に出していくのです。その際、ノドの力はなるべく使わずに、腹筋の力で、息を前に前にと出していきます。

 曲の練習は、ベッリーニ作曲の「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」からです。ブレスは基本的に4小節ごとに取りましょう。私は最初、2小節ごと(歌詞に“,”が打ってあるごと)にブレスをしていましたが、それでは息がまだちゃんと吐けていなくて、かえって息を吸うのに時間がかかってしまい、ブレスそのものが間に合っていない印象があるそうです。4小節歌って息をそれなりに使ったところでブレスした方が、むしろ素早くブレスできて音楽の流れがよくなるそうです。

 “pago io vivro”の最後の伸ばす音は、通常ならディミヌエンドをかけて消えるように歌うのが定石だろうけれど、歌詞の内容を考えると、ここではむしろクレッシェンド気味に歌うべきなんだそうです。さらに伸ばしている音(E♭)は、伸ばし始めた時は和音の第三音だけれど、途中で和音が変わって第五音になっているので、音の響きも第三音用のそこそこ高めの響きから、第五音用のめっちゃ高い響きに変えていかないといけません。でないと、和音がきれいに響かないからね。

 中音Cから高音Aへの跳躍は、焦らずに準備がきちんと完了してから出すこと。その準備とは…、
 1)しっかりノドを伸ばし、きちんと声帯を張る事。
 2)思いっきり腹筋に圧をかけて、一気に息をノドに流し込めるようにしておく事。

 …の二点です。それらが出来てから発音をする事。焦って声を出しても、ロクな事にはなりません。特に私の場合は、腹圧がデフォルトで弱いので、そこは十分に注意しないといけません。

 気楽な気持ちで選曲した「マリンコニーア」ですが、実際歌うのは大変だったりします。

 後半部に頻出する十六分休符はしっかりと休符を取る事。そのためにも、直前の音符は短めで良いので、きちんと切り上げて歌うこと。

 色々と大変です。歌も大変ですが、実はまだ暗譜が八割程度なので、もう少し歌いこんで、完璧な暗譜にしないといけないですし…ね。


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2019年10月06日

中華人民共和国、建国70年おめでとうございます

 いやあ、本当にめでたいです。別に私は中国ファンでもシンパでもないし、共産主義者でもなければ、サヨクでもありませんが、単純に一つの国が70年間存在し、その国の人々がニコニコして建国70年を祝っている姿を見ると「おめでとう」って言ってあげたくなります。ただ、それだけです。

 建国70年、おめでとうございます。

 ん? そう言えば、よく、中華3千年の歴史とか4千年の歴史とか、昨今では半万年の歴史とか中国の方々はおっしゃいますが、建国70年ならば、あれは一体何なのでしょうか?

 「建国70年は、今の中華人民共和国が70年であって、我々中華民族の歴史は半万年なのだよ」

 そうなんすか? …ところで、中華民族って何すか? 中華民族なんて初耳だよ。中国人って、漢民族じゃなかったっけ?

 どうやら、中華民族というのは、現在の中華人民共和国(以下、中国と略)の国籍を持つ人々全員と、それらの人々のルーツとなる民族すべてを包括したものが、中華民族なんだそうです(By中国共産党)。なんじゃい、そりゃ?

 なので、中国人の大半を占める漢民族はもちろん中華民族だし、それ以外のいわゆる少数民族(その数は55と決められているそうです)と呼ばれる人たちも中華民族だし、それらの少数民族と同じルーツを持つ他国にお住まいの方々も中華民族になります。

 そう考えると、今の中国と、その前にあった中華民国(今の台湾)は、同じ中華民族の国って事になるし(だったら仲良くしろよ!)、その前の清は満州族の国で血統的には漢民族とは全然違うけれど、満州人の子孫は今の中国にもいるし、少数民族として認められているので、清も中華民族の国って事になるし、その前の明は漢民族の国だから横に置いておいて、その前の元は…モンゴルの国だから、モンゴル族は少数民族として認められているので、やっぱり元は中華民族の国って事になり、そう考え続けていいくと、あの土地で栄えた文明国家はすべて中華民族の国であり、中華民族の歴史は半万年!…というのも、数字はとてもおおげさだけれど、まあ理屈は通ります。

 でもね、モンゴル人は中華民族だってのは、かなり違和感あるんじゃないの? だって、そうなると朝青龍や鶴竜は、国籍的にはモンゴル人だけど、中華民族になるってわけですか? 当人たちは、どう思うのでしょうか? 中国の朝鮮半島の付け根には、少数民族として朝鮮族の人が暮らしているので、そのルーツである北朝鮮人や韓国人も、中国人に言わせると中華民族になるわけです。まあ、そんな事を言ったら、彼らはよろこびそうですね。特に文某大統領は大喜びするでしょうね。

 幸い(?)な事に、中国の少数民族の中に、大和民族、琉球民族、アイヌ民族は含まれませんので、我々日本人は中華民族ではないようです。ただし、日本にお住まいの在日の方は、中国国籍の方はもちろん、朝鮮族の方も、中華民族になるみたいだし、帰化されていても、国籍だけではなく、ルーツも問題だから、やっぱり中華民族になるそうです。となると、白鵬は元モンゴル人の日本人なので、彼も中華民族?になるわけ? なんか解せないなあ…。

 とまあ、あれこれ難癖つけているのは、それくらい中華民族という考え方は、政治的すぎて、あやしいって話です。ちなみに、中華民族という概念は、20世紀後半になって、中国共産党が言い出した事だと言われています。ああ、ますますあやしい。

 まあ、他所の国のことだから、いいっちゃあいいんだけれど、そんな考え方がベースになっている「中国○千年の歴史」ってのは、だいぶいい加減だし、我々日本人の常識で考えると、ほぼほぼ間違った言い方なんだよなって事です。

 いいじゃん「中国70年の歴史」でも。実際に、中国共産党によって建国されてから70年なら、どうあがいても70年なんだから、それを○千年の歴史とか言って水増しする必要はないよね。

 だいたい、満州族やモンゴル族は、漢民族の立場から見た中国の歴史の中では、立派な侵略者じゃないのかな? そんな侵略者を「実は我々と同じ民族なのでした」と言い張るのは、侵略された事実から目をそらしているだけのような気もするんだよね…って、これは余計なお世話でしたね。

 なにはともあれ、中国建国70年、おめでとう。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2019年10月05日

緋ドジョウが飛び出した!

 新しい緋ドジョウを我が家に迎えて数日した頃の話です。

 妻が居間でテレビを見てくつろいでいたのです。我が家のテレビは、かなり低い位置にあるので、フローリングの床にちょっとした敷物とクッションを置いて、そこで横になってテレビを見るのが彼女の常なのです。で、その日も床にクターとなってテレビを見ていたそうです。

 そうしていたら、すぐそばで、なにやらビチビチ音がするので、見てみたら、なんと、オレンジ色の異物が上へ下へと跳ねていたんだそうです。で、よく見てみたら、先日買ってきたばかりの緋ドジョウだったのです。

 おそらく、こういう事なのだろうと思われます。水槽から緋ドジョウが飛び出せる場所と言えば、小さなエサ投入口ぐらいしかありません。そこを狙ったのか、あるいは偶然なのかは分かりませんが、そこへ水面下からジャンプして、水槽の外に飛び出し、まずは水槽が乗っている食卓へダイブ! そこでビチビチ跳ねて、食卓の反対側まで移動して、そこから床へ再びダイブ! で、床にクターとしていた妻のそばにやってきてビチビチしていた…と思われます。

 びっくりした妻は、すぐそばにあった、金魚用の小型病院水槽を取り出して、そこに緋ドジョウを入れました。入れた直後は、なにやら動きが悪かったのですが、それはカラダにあれこれゴミが絡みついていたからなので、それらのゴミをとってやったら、普通に動けるようになりました。それから、水槽に戻してやりました。

 妻はその日以来、水槽を見るたびに、緋ドジョウの数を数えるようになりました。誰か脱走していないか確認をしているわけです。今のところ、緋ドジョウの方は、三匹とも、何事も無かったかのように、普通に元気にしています。

 まあ、最初に水槽から脱走して、妻に発見されるまで、どれくらいの時間がかかったのかは分かりませんが、幸いな事に、ドジョウはエラだけでなく、腸でも呼吸をするので、空気中でも窒息する事はありませんし、水槽から食卓へ、食卓から床へと、かなりの高さから落ち続けていますが、緋ドジョウの体重が軽いせいもあって、大した怪我をしなかったのだろうと思われます。

 実は、いままでもたまにドジョウが水槽から脱走してしまう事って、あったんですよ。すぐその場で見つけられたら、保護できますが、さすがに脱走して数日してしまうと、干物になっちゃうんですよね。干物になったドジョウを見つけると…かなり凹みます。

 ドジョウって、水槽の中から、突然いなくなる事があります。そんな時って、今回のように脱走してしまった可能性もあれば、前回の緋ドジョウのように金魚に跡形もなく食べつくされてしまうこともあるのです。

 ドジョウって金魚と違って、なんともオテンバなお魚なのでした。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2019年10月04日

日本の将来を考えるなら、まずはガッコのセンセの待遇を良くしないと…

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今回は私が教室に入るやいなや、すぐにロングトーン練習となったので、フルート管体を温める余裕すらなくレッスンが始まってしまいましたが…別段、支障はありませんでした。うむ、まだまだ残暑が酷暑だもんな。事前に管体を温めなくても、管体も教室内の空気もいい感じだもんな。

 さて、毎度毎度のエルステユーブンゲンです。25番は例によって、まだまだ合格しません。だって、暗譜が不正確なんだもの。これだけ不合格が続くと、自分が悪いんだけれど、やっぱり辛いなあ…。25番が上がらないので、26番もまだまだ上がりません。

 旋律的練習曲は、今回から新曲の4番です。トリルなしで吹いてくる事になっていたので、そういう感じで練習してきたのですが、トリルがなくても難しいモノは難しいのです。曲の初めと終わりの部分はまあ良いのですが、中間部がなんとも音楽が掴みきれずに、吹ききる事ができませんでした。まあ、譜読みが甘く、練習が足りていないのが原因ですね。もっときちんと譜読みをしないと駄目だな。

 40リトルピーセズは…いやあ29番のモーツァルトの「アレグロ」難しい。これはちゃんと練習しないと吹けませんよって、だったらちゃんと練習すればいいのに、前回同様、今回もほぼ練習せずに、一発本番、初見演奏に毛の生えた程度でレッスンに行っちゃいました(先生、ごめんなさい)。でも、前回のレッスンで一回は吹いているので、そこは厳密には初見とは違うわけで…何とか最後まで吹ききってしまい、合格をいただきました。うむ、なにはともあれ、合格は嬉しいです。次回は30番のバッハの「マーチ」です。一体、何のマーチなんだろ? まあ、いいや。

 今回の雑談は、ガッコのセンセってブラックだよね…という話。労働時間は長いし、休日も祝日も仕事だし、だからと言って、残業手当も休日手当も無いし、それでも以前は夏休みとかの長期休暇ってのがあって、そこで帳尻合わせをするような雰囲気があったけれど、昨今はそんな長期休暇も出勤しなきゃいけないわけで、たぶん一般のサラリーマンと比べると2倍近い労働時間をたった一人前の給料で働かなきゃいけないわけで、これぞ見事に“やりがいの搾取”を前提とした職業だよねという点で、私達は一致しました。実際、使命感とか召命感とかがないと、今日びのガッコのセンセは務まらないよね。

 昔はガッコのセンセと言えば、学歴エリートが結構いたけれど、昨今はそんな人はセンセにはならないので、出身校的には「え?」って思うような人がセンセをやっているのは、そんな労働環境の悪さとも関係しているんじゃないかって話をしました。

 教育は国の基本、子どもは国の宝ですって。ならば、子どもたちを教え導くセンセたちに、優秀な人材が集まるようにしなきゃいけないのに、実際は真逆のことばかりをやっているわけで、そうやって国力が下がっていくんだよなあという話になりました。

 まず、ガッコのセンセの仕事から部活指導は取り除かないとダメだよね。で、その上で、部活指導は、その道のプロフェッショナルを指導者に迎えて行わないと話にならないわな。まあ、そうすると総体の人件費的には今の2倍ぐらいかかるけれど、それくらいの覚悟を決めてやるか、人件費をケチりたいのなら、いっそのこと、諸外国のように部活は無しにして、スポーツ振興は地域のスポーツクラブに任せるくらいの事をしないと、良い人材はセンセにはならないと、私は思います。とにかく、先生たちの労働時間を、今の2/3程度にして、休日をきちんと確保してあげないと、教育の世界に未来はないよ。


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2019年10月03日

歌舞伎のDVD

 このたび、アシェット社から「歌舞伎特選DVDコレクション」が発売になりました。隔週で、DVD付きムックが販売されます。以前、ディアゴスティーニ社からオペラのDVD付きムックが発売になりました(で、すぐに販売中止になりました。全80巻の予定が5巻で終了しちゃったのでした。私のトラウマの一つです)が、まあ、アレの歌舞伎版って感じです。

 歌舞伎の方は、全100巻の予定だそうです。歌舞伎の普及のために、頑張って刊行しつづけて欲しいです。「全100巻の予定でしたが、5巻で販売中止とさせていただきます」ってのは、もうイヤだよ。

 で、私は定期購読の予約をいたしました。これでキャンセルさえしなければ、全100巻は私のモノです(笑)。ホームページはこちらです。隔週で歌舞伎のDVDが届くので、溜め込まないように、DVDが届くたびにしっかりちゃんと見てますよ(まだ3巻ですが…)。

 正直、私、歌舞伎は好きですが、オペラほど好きなわけではありません。たまに歌舞伎を、リアルに見に行ったり、映画館でライブビューイングを見たりしますが、だからと言って、歌舞伎に詳しいわけじゃないです。いわゆる“ライトなファン”ですね。でも、今回のDVDシリーズの刊行は応援しています。

 それにしても、隔週で100巻。シリーズ完結までに200週かかるわけです。約4年ですね。長いなあ…。でも、ディアゴのオペラシリーズは中途で終わっちゃったけれど、アレの刊行開始が、もう4年前なんです。あの時、あのまま、オペラシリーズの刊行が続いたとしても、もうシリーズ完結している頃なんですよね。それを思うと、4年くらい、あっという間だね。

 アシェット社さんには、ぜひぜひ頑張って欲しいものです。このブログを読んでいる人の中に、歌舞伎ファンの方は少ないと思いますが、もしお知り合いに歌舞伎ファンの方がいたら、何となく教えてやってください。よろしく。

 みんなで買い支えよう、歌舞伎のDVDセット!


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌舞伎

2019年10月02日

カラオケが好きですか? カラオケを楽しんでいますか?

 カラオケ…今や“karaoke”と言えば、それだけで世界中で通じるほどの世界共通語になった言葉です。ちなみに、そのまま世界で通じる日本語と言えば「津波」「引きこもり」「可愛い」「外人」「オタク」「アニメ」などがあります。うーむ、どうだろ。もちろん「寿司」「天ぷら」「芸者」なんて言葉は、すでに定着しきっている感もあります。

 さて、そんなカラオケですが、皆さん、楽しんでいますか? 私は…滅多に行きません。少なくとも、友人とか同僚とは…行かないなあ。さすがに一人カラオケはしませんが、せいぜい妻と二人でカラオケっちゃうくらいです。妻相手なら、かなりわがままな選曲でもOKだしね。

 と言うのも、私、わがままな人間なんです。接待カラオケって苦手なんです。歌は好き勝手に歌いたいのです。

 なので、仕事絡みでカラオケに行く事はまずありません。あと、友人同士で行くカラオケも…なんかねえ。友人同士なら、喫茶店でダベるか、居酒屋でダベる方が楽しいです。

 カラオケ行くなら、純粋に歌を楽しみたいんです。歌を楽しむなら、人数は少ない方が良いでしょ? だって、他人の歌を聞かずに済むし、すぐに自分で歌えるじゃない? 妻と一緒に行くのだって、妻が歌っている時に、次の選曲しているわけだし、ドリンクの注文だってするし、トイレにも行ったりするわけだし、これはこれで必要な時間なのです。

 あと、他人に気を使ってカラオケをするのも、なんかイヤなのね。私、カラオケに行くと、たいてい洋楽を歌ってます。と言うのも、洋楽って私の声に合っていて、歌いやすいからです。日本の歌謡曲とかポップスとか、聞くのは嫌いじゃないけれど、歌うのはちょっと大変だからです。たいてい、キーが低すぎるし…。ちょっと高くていい感じだと、すぐに裏声歌唱になるから歌いづらいし。でも、他人の前で洋楽歌うのって、なんか勇気がいるんだよね。みんなに引かれる…ってか、変な目で見られるじゃない? 歌いたい歌が歌えないのにカラオケに行くのは、ほんとイヤなんです。

 女性でクラシック声楽をやっている人たちに話を聞くと、カラオケ嫌いという人が結構います。なんで嫌いなの?と聞くと「キーが低すぎるから」「カラオケの発声がうまくできないから」という答えが返ってきます。確かに、クラシック声楽とカラオケに代表されるポピュラー音楽の発声って、女性の場合、全然別物だものね。メゾとかアルトの人ならともかく、ソプラノなんて、ほんと違うもの。確かにカラオケに苦手意識を持っていても不思議無いなあって思います。その点、私は男性で良かったよ。男は、クラシック発声とカラオケ発声に違いはあるけれど、それは聞いていて極端に違うというほどの違いじゃないからね。なんとか、ごまかせる(笑)。

 というわけで、カラオケって、その行為そのものは楽しいのだけれど、人間関係を含んだ、その周辺が面倒くさくって、妻と二人っきりの二人カラオケ以外は、ほとんどやらないんですよ、私。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 音楽一般

2019年10月01日

ピアノ合わせをしてきました

 クラシックコンサートが迫ってきています。本番までのレッスンはたったの2回。そのうちの1回は、歌だけのレッスンで、すでに終了しています。残るレッスンはたった1回で、それがピアニストさんと一緒に受けるレッスンとなっています。

 たった1回のレッスンで、何もかもやるのは無理なので、せめて曲のテンポとかブレスの位置の確認ぐらいは、レッスンの前に済ませておきましょう…って事で、ピアノ合わせってヤツをやってきました。

 会場は近所の公民館の音楽室。こういうところは個人では借りれないので、この時のために、私が作った声楽サークルの名義で部屋を借りました。ちなみに、この声楽サークルは、活動日は不定期で、メンバーは私と妻と我々の声楽仲間数名が登録されています。なので、今回のピアノ合わせも、その声楽サークルの活動って事になっております。(私も妻もピアニストさんも、当然、サークルのメンバーです)。

 先に部屋に入ったのは、我々夫婦だったので、まずは一生懸命に体操をして、血行をよくしました。発声練習を…すれば良かったのだろうけれど、なんとなく気が引けて、発声練習はパスしてしまいました。でも、その分、カラダは動かしました。

 やがてピアニストさんも到着して、ピアノ合わせをしました。まずは、ベッリーニ作曲「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」です。

 まずはざっと通して確認し、それから後半部を中心に合わせを確認しました。高音Aの箇所は…全然ダメでした。さすがにピアニストさんからも「音程が合っていない」という指摘を受けました。で、この高音Aは、この曲に限らず、今回の曲々ではすべてに登場するのだけれど、ピアノ合わせをして、時間が経つにつれ、どんどん出始め、最後の方は、実に鼻歌レベルでピヤーと出るようになりました。

 つまり、声が温まれば、高音Aぐらいは簡単に出るんですが、逆に言えば、声が温まらないと、何をどうやっても全然出ないってわけです。そういう意味では、何となくやらなかった発声練習だけれど、これ、しっかりやって、歌う前に声をしっかり温めておかないとダメって事ですね。肝に銘じておきましょう。

 ビゼー作曲の「Agnus Dei/神の仔羊」は、合わせるという観点で言うと、なかなか手強い曲です。そもそものそんなにテンポが速い曲ではありません。後半部は、若干、テンポが揺れます。多くはありませんが、揺れます。元々のテンポがあまり速くないので、その揺れの部分が合わないと、ちょっとばかりかっこ悪いです。なので、そこをきちんと合わせるために、二人のタイミングをあれこれ計るわけです。

 一番のポイントが、ブレスの位置と、ブレスにかける時間…ってヤツですね。これが合っていれば、後はどうにでもなるって感じです。でも、それが案外難しいわけです。

 これらの二曲は、新曲なので、たっぷり時間を使ってピアノ合わせをしました。

 残る曲は二重唱なのですが、これは門下の発表会でも歌ったヴェルディ作曲「椿姫」の「Un di felice, eterea/思い出の日から」ですから、ピアノ合わせといった点では、すでに問題はありません。問題があるとすると、私がカデンツァの部分をうまく歌えないって事だけです(汗)。ちなみに、妻は発表会でも歌ったロミジュリを歌うので、これもピアノ合わせといった点では、特に問題ありません。

 まあ、なんだかんだと、丁寧にゆっくりピアノ合わせをしました。後は、ここで合わせたモノを先生のレッスンに持っていって、さらにブラッシュアップをしてもらうわけです。

 さあ、頑張るぞ。


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