2020年02月29日

オゴウが噛まれて、星になってしまいました

 緋ドジョウのオゴウが噛まれてしまいました。その結果、星になってしまいました。

 オゴウはどうやら自分の事をドジョウではなく金魚であると錯覚していたようなのです。他のドジョウたちのようなライフスタイルではなく、金魚の群れに交わり、金魚と同じように水中を漂いつつ泳いでいる…という生活をしていました。本人は金魚のつもりでも、金魚からすれば目障りな存在なわけで、いつか痛い目に合うに違いないと心配していましたが、ついにその日がやってきたようです。

 2月20日、胴体の真ん中あたり、ちょうど背中側からお腹にかけて、それは実に見事な噛み跡が付きました。クチの大きさからすれば、シズカやヤヨイですが…ヤヨイは動いている獲物をかじれるほど機敏ではないので、たぶんかじったのはシズカでしょう。目の前をプカプカ浮いていて「ウザッ!」と思って、かじったのだろうとおもいます。もっとも、かじっただけで、肉はそげていませんでしたから、甘噛だったのだろうと思います。警告っすね。

 かじられた当初は、歯型が残って、そこから出血している程度だったのですが、日が経つにつれ、内側は青黒くなっていますし、その他の部分も血の気が引いた感じになりました。傷跡はかなり痛々しい感じになっています。おそらく、ずっと出血していたのだと思います。

 怪我をした当初は、じっと水底でおとなしくしています。自然治癒力にまかせて回復するまで、ひたすらに耐えているようです。まあ、救いはドジョウも魚類なので、痛覚が無いって事ですね。これだけの大怪我をしましたが、本魚は痛くなく苦しくもないのです。ただただ元気が抜けていくだけって感じでしょうね。

 なんとか回復してほしいと願っていましたが、日が経つにつれ、ドンドン退色が抜けていき、2月25日には真っ白になって、星になってしまいました。

 これで緋ドジョウは、またオチャチャ1匹になってしまいました。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 金魚

2020年02月28日

コンサートが次々と中止に…

 フルートのレッスンに行ってきました。ほんと、久しぶり。先生からも「久しぶりだね」って言われてしまったくらいです(汗)。

 まずはロングトーン練習です…が、最近、フルートを吹いていないせいか、シの次がドである事を、すっかり忘れてしまいました。いやあ、ありえないなあ(汗)。何も考えずにシの次にド♯を吹いちゃった私です。ダメっすね。

 エルステユーブンゲンは25番と26番です。もう、ボロボロよ。いやあ、実に吹けなくなっていました。簡単な曲なのにね。

 旋律的練習曲は5番です。まだ、ちゃんと譜面が読めてません。落ち着いて譜読みをしないとダメですね。これじゃあ、フルート以前の問題ですってばさ。

 40リトルピーせズは31番です。先生曰く「練習不足に尽きるね」だそうです。私もそう思いました。

 どうも、フルートが上達…どころか、下手になっているような気がします。いやあ、そんな事は、あってはならないんだけれどなあ。

 で、先生、今、ちょっぴり困っているんだそうです。何に困っているかと言えば、新型肺炎ウィルスってヤツですね。あいつのおかげで、あっちこっちのコンサートがキャンセルになってしまって、途端にスケジュールが白くなってしまったんだそうです。

 コンサートがキャンセルって…実に怖いことなんだそうです。コンサートをやらないから、当然ギャラは発生しないんだけれど、コンサートのために準備をしていたわけだけれど、その準備にもお金が掛かるわけで、そこまでの費用回収って、なかなか難しくて、結局、足が出てしまうんだそうです。

 もちろん、コンサートをキャンセルするのは主催者であって、先生じゃありません。主催者は一応、キャンセル料的なギャラみたいなモノは支払ってくれるんだそうだけれど、先生経由でお願いしている伴奏者とかオーケストラへの費用には、足りたり足りなかったりするんだそうです。

 ましてや、先生がメインで企画運営していたようなコンサートだと、いくらギャラ的なモノをもらっても、広告費とかその他諸々を考えると、大きな赤字になってしまうんだそうです。

 だからと言って、このご時世、コンサートを強行するってわけにもいかないんだそうです。「だってね、1500人入るコンサートホールってのは、いわば密室なわけでしょ? その密室に1500人入れて、身動き一つさせずに閉じ込めて…万が一、病気が発生した時、取り返しがつかないわけで、主催者だって責任取りきれないわけだし、そうなるとコンサートが次々とキャンセルになっても、仕方がないんだよね…」との事です。

 先生のように、コンサートを活動の中心に置いている音楽家さんたちは、ほんと、今回のウィルス騒ぎで、大変な目にあっているようです。ほんと、同情せざるを得ないですって。

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2020年02月27日

書き落としていたシネマ歌舞伎

 つい先日、このブログのカテゴリに「歌舞伎」という項目を新設しました。と言うのも、私、案外、これまでも歌舞伎についてチョロチョロと書いている事に、はたと気がついたので、これはやはりカテゴリとして独立させておいた方がよかろう…という次第なのであります。

 で、慌てて、歌舞伎関係の記事をこのカテゴリに関連付けたわけですが、そこで気がついたのは、今まで見たシネマ歌舞伎に関して、一般の映画扱いして、年末の映画まとめ記事の中で書いてしまっていたなあ…って事です。せっかく「歌舞伎」カテゴリを作ったので、今まで見たシネマ歌舞伎に関する事柄を、先の映画まとめ記事の中から抜き出して、ここに再録する事にしました…とは言っても3本なんですがね。

 今回の記事は、こんな趣旨なんです。記載は当時のままです。ご勘弁ください。では参ります。

シネマ歌舞伎「大江戸りびんぐでっど」(2015年に見ました)
 シネマ歌舞伎を見たにも関わらず、この作品については、ブログ記事にしていなかったようです。まあ、音楽的な要素も少なかったし(こう言ってはアレですが)特に感動しなかったからかもしれません。

 歌舞伎…なんだけれど、かなりドタバタした劇なんですよ。はっきり言っちゃえば、コントです。で、コントと歌舞伎の相性って…あまり良くないような気がします。と言うのも、コントにはスピードが必要なのですが、歌舞伎の様式って、常にスローじゃないですか? 歌舞伎って、スローと言うよりも“ためてためてためて…で、見得を切る”っパターンの芝居じゃないです? ちょっとコントとは食合せが悪いような気がするんだな。

 たぶん、この「大江戸りびんぐでっど」って芝居、歌舞伎じゃなければ、そこそこ面白かったと思います。でも、これを歌舞伎にしちゃ、ダメかも。歌舞伎に現代喜劇を持ち込むなら、大阪の新喜劇のようなモノの方が相性いいんじゃないかなって思いました。

シネマ歌舞伎「東海道中膝栗毛〈やじきた〉」(2017年に見ました)
 やじきた…って、名前ばかりが有名で、では、どんなお話だったの? と聞かれても、弥次さんと喜多さんが旅に出て、あれこれ騒動を巻き起こす…ぐらいしか知らないよね。 本来は、江戸時代に書かれた滑稽本の一つで、今で言うラノベみたいなものです。一応、元々のストーリーだってあるんだけれど、それよりも、弥次さん喜多さんのキャラクターばかりが独り歩きして、今に至っているようです。

 この歌舞伎も、そんなやじきたの一つです。弥次さん喜多さんのキャラクターが使われているだけで、別にオリジナルに忠実ってわけじゃありません。なにしろ、この歌舞伎では、弥次さん喜多さんは、ラスベガスに行っちゃいますから。だから、本来の「東海道中膝栗毛」とは明らかに別物。もっとも、この世にある、映画や芝居のやじきたは、たいていオリジナルとは別物だから、そこに文句を言っても仕方ないです。

 で、この歌舞伎のやじきたはアリかと言えば…どうだろ? 今までにも、あれこれぶっ飛んだやじきたを見てきた私としては、ちょっと刺激が弱いかな…って感じもします。でもまあ、マイルドなやじきた(?)が好みという人には、これはこれで良いのかもしれません。

NEWシネマ歌舞伎 四谷怪談(2018年に見ました)
 基本的なストーリーは『東海道四谷怪談』に即しています。演出はところどころに現代的な要素が入っているけれど、それは味付け程度で、肝心のストーリーはきちんと分かりやすく演出されています。やっぱり、古典は面白いや。

 私は十分楽しみましたし、他人にも薦めたいくらいに楽しかったです。あえて難を言えば、お岩さんって、若奥様の設定のはずなんだけれど、どう見てもお祖母ちゃんにしか見えないのが、視覚的に厳しかったなあ…。演技力とか化粧だけでは、どうにもならないモノがあるわけで、舞台なら、遠目だし、それはそれでアリかもしれないけれど、映画にする時は、アップも多いし、それが巨大スクリーンに投影されるわけだし…映画にすると決めた段階で、キャストを再考しても良かったんではないかと思いました。

 さて、こんな感じです。「歌舞伎」カテゴリを新設したからと言って、急に歌舞伎関係の記事が増えるわけではありません。今までのとおり、ゆるゆると歌舞伎についての事柄が生じたら、記事にする予定です。その程度ですが、よろしくお願いします。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌舞伎

2020年02月26日

フランス歌曲に憧れはあるけれど

 以前の私は、ドイツ歌曲に憧れを持っていました。で、今、その憧れを現実のモノにするためにシューベルトの「美しき水車小屋の娘」を学んでいます。まだ、あれこれ大変ですが、やがて稚拙ながらもドイツ歌曲を歌えるようになるのではないかと、なんかワクワクしています。

 で、ドイツ歌曲への憧れが現実化するにつれ、別の憧れがムクムクと頭を持ち上げてきました。それはフランス歌曲への憧れです。

 フランス歌曲。ハードルが高いなあ。

 まず、私、フランス語は全くできません。ドイツ語は大学の第3外国語として学んだ(第2は中国語、ちなみに卒業に必須なのは第2の修得まで)から、多少は分かるけれど、私のフランス語の力は、テレビ講座のフランス語会話を1年ほど見続けた程度です。フランス語的な耳は多少はできたと思いますが、会話も読書も無理です。書いてある文章を読み上げる事は、番組を見ていた頃はできたかもしれませんが、今はちょっと無理かもしれません。

 結論を言えば、フランス語の歌詞を読むのさえ難儀を感じるレベルです。

 じゃあ、先生に指導してもらえばいいじゃん…と言う話になりますが、Y先生はあまりフランス語がお好きではないので、フランス歌曲には前向きではないんですねえ…。フランス歌曲をやるなら、かなり強くY先生にお願いするか、あるいは別の先生にお願いしないと難しいかもしれません。

 もっとも、上記の問題を解決したとしても「じゃあ何を歌うの?」という話になります。フランス歌曲って、やっぱり女声のモノっていうイメージあるよね。実際、フランス歌曲のレコード(表現が古くてゴメン)も大半が女声歌手のモノだしね。最近では、イアン・ボストリッジ(テノール。ほぼほぼ歌曲専門歌手)がフランス歌曲を吹き込んでいますが、評判が悪いというか、聞く側に違和感があるようなのです。

 この世界には「そもそもテノールは歌曲を歌わない、オペラアリアを歌い飛ばすもの」という暗黙の了解のようなモノがあるそうなのです。テノールが歌曲を歌っても、トスティ歌曲やイタリア民謡(これって歌曲なの?)ぐらいで、真面目で深刻な歌曲はバリトンに任せましょうって感じだし、繊細でたおやかな曲は女声歌手に任せましょうって雰囲気もあったりします。

 確かに、テノールには深刻な曲は似合わないし、繊細さとか、たおやかさとかって、無縁だね。テノールって、基本的にガサツだし、私も例にもれずガサツだもんな。

 歌って歌えないわけじゃないだろうけれど、テノールが歌って映えるフランス歌曲ってあるのかしら?

 なあんて考え出すと、頭がぐるぐるしちゃいます。

 今はフランス歌曲よりも、目の前のドイツ歌曲の習得に全力を注がないといけません。ドイツ歌曲が一段落した時に、フランス歌曲に手を出せると、ちょっぴりうれしいなあと思います。

 で、もしもフランス歌曲を学ぶことができから、きっと次のあこがれは…スペイン歌曲になりそうな気がします(笑)。あ、その前にフランスオペラのテノールアリアが待っているね。そこには珠玉のアリアがわんさかあるんだよね。ああ、楽しみだ。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 声楽のエッセイ

2020年02月25日

合唱は大丈夫なの?

 新型コロナウィルスが流行っております。手洗いうがいを頻繁にせよとか、マクスは常時着用せよとか、不要不急の外出は避けよとか、保菌者との濃厚接触はしちゃダメだよとか…まあ、あれこれ言われております。確かに病気にはかからない方が良いに決まっていますし、ウィルスにも感染しない方が良いに決まってます。

 新型ウィルスに関しては、ワクチンはありませんし、有効な薬もありません。自然治癒力で対処するしかないのが現状ですが、そもそも今回の肺炎よりも怖いインフルエンザだって、つい最近まではロクな薬がなく、対処療法だけで乗り切っていたわけだし、現存する薬だって副作用が強くて、オトナはともかく、子供への使用は避けたいくらいだし、そう考えるとやっぱり自然治癒力に頼らざるを得ないわけで、でもそれでどうにかなっている現状を考えると、新型ウィルスとて、自然治癒力頼みであっても、闇雲に恐れる必要はないかなって思っています。

 むしろ、人々の心の弱さが社会的なパニックを引き起こして、世間が動揺している方が怖いです。

 とは言え、恐怖の感情と言うのは、人それぞれなわけで、怖がっている人に「怖がる必要はないんだよ」と言っても、それで恐怖心がなくなるわけではないので、それはそれで仕方ないものだなって思います。怖がっている人たち全員を私がハグして励ます事ができるわけじゃないしね。怖がる人は自分の恐怖心と共存する方法を是非見つけてほしいと思います。

 で、ふと思った事は、合唱は大丈夫って事ですか?

 合唱の練習って、密室に何十人と老人たちを詰め込んで、深呼吸しながら唾を撒き散らして、2〜3時間過ごすわけでしょ? これ、人々の濃厚接触の部類に入るよね。団員が数十人からデカイ団体だと百人近くいるわけだけれど、その中に保菌者って、絶対にいないの? 老人の集まりなら、インフルエンザはなかなかいないかもしれないけれど、今回の新型ウィルスは老人を中心に広がっているからね。合唱の練習って、まじ、怖くね?

 正直、私、近々近隣で行われる合唱の演奏会を聞きに行くつもりだったけれど、パスしようかなって思っているくらいです。せっかくチケットは買ったんだけれど、演奏会では、大勢の老人たちがステージから客席に向かって唾飛ばして歌うんだよ、怖くね? で、演奏会中は身動き一つ取れないわけで、そんな時に、ステージはもちろん、客席にゴホゴホするヤツがいて(演奏会に行くと、曲が終わるごとにゴホゴホするヤツが数十名、必ずいるでしょ?)それが保菌者だったら…まあ、間違いなく感染するわな。

 それに不要不急の外出はパスした方がいいからね。とは言え、私自身は、新型ウィルスをそんなに怖がっているわけじゃありません。その前後で行われる、某プロ歌手のコンサートは行っちゃうつもりなので、私もダブスタなんだけれどサ(笑)。要はチケットの値段とか、そのコンサートに対する期待度とか、当日予想される私自身の体力とかを鑑みての判断なんだけれどね。

 合唱怖いと書くと、じゃあ吹奏楽はどうなの?と言う人がいると思いますが、たぶん吹奏楽は大丈夫。だって、吹奏楽愛好者って合唱愛好者よりもずっと年齢が若いからね。若い人は免疫力も強いから、老人ほど新型ウィルスを怖がる必要はありませんし、だいたい演奏者の唾液は楽器の中で留まり、ステージの床に吐き出されるくらいです。まあ、こちちの場合は、新型ウィルスよりもインフルエンザの危険の方を心配した方が良いです。そういう意味では、不要不急の外出は避けたほうがいいのですが…若者を家に閉じ込めておくのは無理ですから、こりぁ仕方ないですね。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 合唱

2020年02月24日

練習熱心なほど上達しない理由

 フルートであれ声楽であれ、基本的には練習しないと上達しません。だからと言って、毎日毎日熱心に練習しても上達するわけではありません。むしろ、練習熱心な人ほど、下手になってしまったり、技術的に行き詰まったりする事もあるようです。それはなぜでしょうか?

 徒然草ではありませんが「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」が、すべての理由でしょう。

 先達とは、先輩の事です。徒然草では案内人の事を指していますが、一般的には指導者の意味に捕らえて考えるようです。つまり「どんな小さなことであっても、指導者に付いて学ぶ方が、より良い事です」って事です。

 指導者の役割って何でしょうか? 指導者にはたくさんの役割がありますが、一番大切な役割は“過ちを指摘する事”です。そして“正しいやり方を教える事”も大切です。

 つまり“過ちなく、正しいやり方”で熱心に練習するのがベストなんですよ。ところ、その“過ちなく、正しいやり方”で練習するのって、案外、難しくありませんか?

 ヨーロッパでは、毎日のように先生のもとに通って、そこで練習&レッスンを受けるんだそうです。自宅で練習はしちゃいけないと言われる事すらあるようです。それは“過ちだらけの、間違ったやり方”で練習する事を回避するためなんです。

 ところが、日本では、レッスンなんて、よくて週に1回。下手すると、隔週だったり月イチだったりするわけで、その間、全く練習しないわけにはいかないので、当然、自己責任で練習をする事になります。

 先生から習った事を忠実に守って“過ちなく、正しいやり方”で練習できればいいのですが、未熟な私たちは、ついつい誤った練習をしてしまいがちだし、先生の教えを誤解した練習をしてしまったり、無駄な練習をしたり、ネットを参考にむしろ下手になる練習をしてしまったり…とか、色々やってしまうわけです。

 そりゃあ、練習すればするほど、下手になるよね。熱心なだけに、その熱心さが裏目に出てしまうわけだ。なんとも悲しい話です。

 私も、いっぱい、身に覚えがあります(汗)。

 ですから、練習することで身についた事もないわけじゃないけれど、むしろ、練習しない事で出来るようになった事もたくさんあります。

 練習しないと、忘れるものね、良い事も悪い事も…。良い事を忘れてしまうのは悲しい事ですが、悪い事や悪い癖や悪い習慣を忘れてしまうのは、とても嬉しい事です。悪い事を忘れた結果、正しい事が簡単にできるようになったりして…。実際、私が高音を出せるようになったのは、インフルエンザになって、1ヶ月以上も練習できなくて、あれこれ忘れてしまった結果です。

 それまで、かなり熱心に高音発声の練習をしていたのに、ちっともモノにならなくて困っていたのに、ちょっと練習をしなかっただけで、簡単に出来るようになっていた事実には、当時、ほんとビックリしたものです。

 正しい練習をいっぱいするなら練習も意味ありますが、間違った練習を熱心に行うのは、時として上達の妨げであり、それくらいなら練習しない方が結果が良かったりするのも事実だったりするわけです。

 あと、これは難しい問題ですが、指導者について学びさえすればいいという話ではなく、指導者の質も実は問題だったりします。技術不足であったり、教授能力が欠如していたり、やる気がなかったり、そもそも指導者には向いていない人の元で学ぶのは、独学で学ぶよりも危険かもしれません。とは言え、生徒の側で先生を選ぶのは難しい話です(涙)。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 音楽一般

2020年02月23日

マスクは足りていますか?

 近所の薬局からマスクが消えて、もう数週間になります。原因は新型コロナウィルスの流行であり、そのためにマスクの買いだめをする人が出てきて、それでマスクが足りなくなったわけです。

 そんな買いだめしたマスクはどうなったのかと言えば、自分や家族のために買い求めた人もいるでしょうが、その一方で、中国の知人に郵送したり(これはちょっと同情します)、高値で転売したり(人間がクズですね、守銭奴ですね)しているようです。実際、中国ではマスクがとても不足しているようですし、そこにつけ込んだ転売屋は結構儲けているそうですしね。

 そんなわけで、市場からマスクが消えて、随分経ちました。政府は補助金を出して、マスクが大量生産できるように国内民間企業にお願いしたそうですが、皆さんのご近所ではマスクが十分な数だけ流通していますでしょうか? ウチの近所はまだまだ全然足りていなません。相変わらず、マスクは品不足です。

 現在、新型ウィルスのみならず、インフルエンザや、そうでなくても通常の風邪であっても、飛沫によって感染させる病気に罹患している人が、他人に病気を伝染させないためにマスクをするのは有用なんだそうです。ですから、病人&保菌者の皆さんは、どんどんマスクをした方がいいし、するべきだと思います。

 「おら、保菌者じゃい。このマスクが目にはいらんか!」ってノリでやって欲しいくらいです。

 一方、予防のためのマスクは…ほぼ効果なしだそうです。「だって、マスクをしていれば、ウィルスを吸い込まなくても済むんだから、予防になるでしょ?」

 毒ガス用のマスクじゃないんだから、普通のマスクの場合、人とマスクの間には隙間がたくさんあって、実際の息は、その隙間経由で入り込んでいるわけだから、いくらマスクをしていても、ウィルスはばっちり吸い込んじゃっているわけで、予防には全然なっていません。

 それに仮に、ピタッと隙間なくマスクを装着して、吸い込む方はバッチリ対策済みだとしても、ウィルスは目から体内に侵入するからね。いくらマスクで鼻とクチを覆っていても、目をゴーグル(メガネじゃ隙間が有り過ぎます)で塞がない限り、目からウィルスが入ってくるので、マスクは無用の長物となります。

 アメリカでは、マスクは病気予防には役立たないから、病人以外はマスクをするなと、今回の流行の割と最初の頃に政府がコメントしていましたよね。アメリカに限らず、マスクは予防にはならないという情報は、多くの国では常識だし、今回の件でも改めて拡散してましたが、日本だけは、政府はその手のコメントを出さないせいもあって、未だに予防のためにマスクをする人が多いです。

 日本の政府は、公衆衛生よりも、他のものが大切なようで、マスクの件も何も言わず、マスク不足を発生させているし、何より、ウィルスの発生初期段階でも、武漢人を含む中国人にウェルカムってやっていたしね。そのために、国内にウィルスは入っちゃったわけだし。まあ、今は武漢市や湖北省の人はダメだけれど、中国人一般はOKってスタンスだけれど、そんな変な事をやっているのは日本だけなんだよね。余所の多くの国は、中国人全般の入国を断っているし、当事者の中国自体が、国内での人員の移動に制限を掛けているのが現状です。中国では、まだ多くの会社や学校が休業だし、各種イベントは当然として、ちょっとした人の集まりもであっても禁止しているくらいです。

 大袈裟な感じもするけれど、公衆衛生の観点で言えば、やりすぎて良くないって事はないわけだから、そこらへんはきちんとしないといけないと思います。また、やらなくて良い事はするべきではないと、はっきり言うべきなんです。

 まあ、それはさておき。日本政府がマスクが予防の役にたたない事を言わないのは、何か思惑があるからだろうけれど(それもたぶんつまらない理由だと思うよ。例えば民業圧迫だと言われる事を恐れているとか…)マスクは予防のためにならない事を国民に周知させて、病人以外はマスクをしないように呼びかけていれば、こんなにマスク不足にならずに済んだと、私は思います。

 これだけマスクが無いと、本来、マスクをしないといけない病人さんたち(新型ウィルスはもちろん、インフルエンザとか風邪とかね)がマスクが出来ないわけで、私はそっちの方がよっぽど怖いと思います。

 あくまでもマスクは、咳やくしゃみをした時の唾液の飛沫が飛び散らないためにするものであって、飛沫によって病原菌やウィルスなどの拡散を防ぐためにするものであって、それ以上でもそれ以下でもないという事を、日本人全体が知るべきだと思います。

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posted by stone at 04:00| Comment(6) | ダイエット&エッセイ

2020年02月22日

金魚のエサは何をあげていますか?

 色々なエサがペットショップで売っていますが、ウチであげているのは「コメット 川魚の主食 80g」です。


 このエサは、イトミミズとアカムシとミジンコがフリーズドライになったモノが食べやすい大きさに加工されています。金魚やドジョウたちの食いつきが違うし、普通に売っている色揚げ用のエサよりも、よっぽと色揚げしてくれます。“金魚のエサ”と書かれていないし、パッケージの絵も金魚ではありませんが、金魚に与えても良いどころか、金魚に与えるのが良いエサです。

 実際、このエサをあげると金魚たちは大喜びをします。欠点は、少々お値段が張る事かな? もっとも、金魚のエサなんて、犬猫と比べたら、タダみたいものなので、あまりお値段の事は気にしないようにしています。

 ぶっちゃけ、このエサはいいよ。金魚のエサ選びで悩んでいる人がいたら、オススメします。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年02月21日

フルート 息を長持ちさせるためには

 フルートという楽器は、深窓の令嬢あたりが吹いていそうな、いかにも“体力ありません”“虚弱体質です”的な方がたしなむイメージのある楽器ですが、実際のところ、かなり肺活量を必要とする体育会系の楽器だったりします。実際、他の吹奏楽器と比べても、息を大量に使うんですよ。

 なので、フルート初学者たちの共通する悩みの一つは「息が続かない」「息を長持ちさせるにはどうすればいいの?」と言ったところでしょうか?

 フルートの息が続かないのは、息の出た先に、何の障害物もない事が一番の原因でしょう。他の木管楽器なら、リードという木っ端があって、それを震えさせなきゃいけないわけで、それが息の障害物になります。金管楽器はマウスピースで押さえつけられた自分のクチビルが息の障害物になります。でもフルートには、何の障害物もなく、息は軽く吹いて出ていってしまうわけです。

 なので、あっという間に息が無くなって、息が続かなくなってしまいます。

 さて、そんなフルートで息を長持ちさせる方法は2つあります。一つは声楽的アプローチ。もう一つは循環呼吸です。

 最初の声楽的アプローチは、真っ当なやり方で、腹式呼吸でフルートを吹きましょうって事です。で、腹式呼吸をする際に、腹圧をコントロールして、息の出方を一定に保ち、息が出過ぎないように、また、出なさすぎ無いようにコントロールをしましょうって話です。イメージとしては、横隔膜を上に動かしたり下に動かしたりするわけです。クチで言うのは簡単ですが、実際にやるのは…とても大変ですよ。なので、修行あるのみです。

 私が笛先生からもH先生からも習ったのは、いわゆるドイツ式の腹式呼吸です。ちなみに“ドイツ式”と言っても、ドイツで流行ったやり方ではなく、昔の日本で流行った腹式呼吸のやり方です(ちなみに、今は“ベルカント式”が流行ってます)。このドイツ式は、腹筋を固めて、少しずつお腹を凹ませていくという方法です。やり方が単純な上、一定の呼気が保てるやり方で、特に大きな欠点はありません。ベルカント式と比べると、ダイナミックスに欠ける事と、ベルカント式よりは息が浅いという事です。ちなみにベルカント式と言うのは、腹筋をゆるゆるにして、常に腹筋を動かし続けていくというモノです。私のイメージでは、横隔膜のうち、カラダの正面部分は上に引っ張り、背中側に下に引っ張っていく感じです。ドイツ式よりも習得が難しいですが、より深い呼吸がコントロールできます。

 声楽的アプローチ以外の、もう一つのやり方は循環呼吸で、これは(頬の筋肉を使って)クチで息を吐きながら、鼻から息を吸い込んで…を繰り返して、永遠にクチから息を吐き出せるようにするテクニックです。現代曲では実際に使うテクニックです。この技法をマスターすれば、息が続かないといった事とはオサラバできますが、循環呼吸中は、かなり息苦しくなるようで、そう長い時間循環呼吸はできないと言った欠点があります。少なくとも、私は無理よ。

 なので、私の場合は、得意な声楽的アプローチで主に対応して、どうしても足りなくなったら、循環呼吸…ではなく、さっさと諦めてブレスをします(笑)。ただ、ブレスをするなら、闇雲にブレスをするのではなく、しっかりと音楽的にブレスをしても許されそうな場所を見つけて、なるべくそこでするようにしています。ま、被害はなるべく最小限に食い止めましょうって事です。で、循環呼吸は、ほんとの最後の手段として、なるべく使わないという方針で私は行っています。

 おそらくは、そんな事を考える以前に、カラダを鍛えて、肺活量を増やす方が、何より正しいやり方かもしれませんね。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | フルートのエッセイ

2020年02月20日

「パプリカ」は低くて歌いづらい(涙)

 昨年、大ヒットした、小学生グループFoorinが歌う「パプリカ」は米津玄師作詞作曲として有名です。NHKの東京オリンピックの応援ソングなんだそうで、まだまだ今年も耳にする曲でしょう。


 この動画は、音源はたぶん本物のFoorinだと思いますが、画像の方は別人のものです。まあ、いわゆる“踊ってみました”系の動画ってわけです。

 で、チャンスがあって、この曲を歌う機会に恵まれたのですが、歌ってみて感じたのは「この曲、低くて、歌いづらい」という事です。

 音域的にはA〜E♭で音域的には12度です。音域的にはかなり広いです。普通の唱歌がC〜Eまでの10度ですから、下の方に3度ほど広がっています。今の小学生は、昔の子供よりも音域が下がっているそうですから、この音域の低さは、現代っ子の音域に合わせてあるのかもしれませんが…それにしても音域広い。もっとも、グループで歌う事が前提になっていますので、高いメロディと低いメロディと分担して歌えばいいので、彼らにとっては、それほど大変ではないのかもしれません。でも、一人で歌うとなると、ちょっと大変かもしれません。

 メロディーは、全般的には低い方に集中しています。ただサビの一部のメロディーが、高くなっています。高音をうまく使った作曲法ですね。クラシック的な言い方をすると、アルトや低音に強いメゾソプラノあたりが歌うような曲として仕上がっています。男声なら、バリトン向けの曲ですね。

 一般の老若男女にとっては、このくらいの音域が歌いやすいのだろうと思います。実際、私だって、ボソボソ歌うなら、これくらいの音域でもどうにかなります。

 今のJ-POP系の歌って、カラオケで素人が歌唱するという前提もあり、ボソボソ系の歌が標準なんだと思います。ボソボソ歌っても、マイクを使えば、十分な歌になりますからね。ボソボソ歌えば、音程の甘さも目立たなし、リズムの不正確さもごまかせます。

 「パプリカ」もマイクを使って歌うという大前提があるでしょうから、これくらいの音域でいいのです。

 でも、私のようなテノールさんとか、日本女性の大半を占めるソプラノさんには、かなり低い歌だと思われます。低くて歌いづらいよね。我々的には、もう3度上げて、C〜Gぐらいの音域にしてもらえると、とても歌いやすいのだけれど…「パプリカ」を始めとする、世間一般の流行歌ってのは、ボソボソ歌う用に作られているので、仕方ないのです。

 ああ、低くて歌いづらい。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ

2020年02月19日

高音は息の準備ができてから

 声楽のレッスンの続きです。まずはシューベルトの「美しき水車小屋の娘」の 3番「Halt!/止まれ!」です。

 頑張って、子音をたくさんしゃべって歌ってみました。以前よりはだいぶドイツ語の歌唱としては良くなったようですが、実はまだまだ足りないようです。ドイツ語はなるべく子音を丸めずに歌うことがポイントです。例えば、同じ英語の歌を歌うにしても、米語で歌うのではなく、英語で歌うような感じかな?と思いました。そして、母音はイチイチ深く発声しないといけません。つまり、深くて粘っていて、それでいてパリっとした感じで歌うと、如何にもドイツ語歌唱って感じになるようです。

 この曲は6/8拍子なので、それを感じながら歌う事が大切です。また、もっと芝居がかって歌う事も大切です。つまり、音符を音にしただけの棒歌いじゃダメって事ですね。歌なんだから、もっとちゃんと歌わないと物足りないってわけです。

 とは言え、それなりに歌えていたので、今回で3番は終了です。次回からは4番の「Danksagung an den Bach/小川への言葉」となります。ちなみに、こんな曲です。


 音源は、定番のディースカウの1961年の録音からです。中声版ですから、私が使っている楽譜と同じモノです。こんな感じの曲を歌います(でもこんなにカッコよくは歌えない:汗)。

 さて、ヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」より、テノールアリアの「Di quella pira l'orrendo foco/見よ、恐ろしい炎を」です。とにかく、この曲は軽く歌い飛ばすような感じで歌う事が肝心です。プロの音源を聞くと、声の重い人たちばかりが歌っているので、とても“軽く歌い飛ばすよう”には聞こえないのですが、それはそう聞こえないだけで、彼らは彼らなりに軽く歌っているようなのです。そこは持ち声の違いってヤツですね。歌の場合、聞こえるままに、それを真似して歌うのは、かなり危険ってわけです。自分の声なりに軽く歌わないといけないのです。

 トリルっぽいところは、ノドをリラックスさせて歌わないといけません。そのために、その部分の前にある3つの四分音符は、一つ一つ順々にノドを開いていく感じで歌った方が良い感じになります。ですから、このフレーズは2小節で1つの塊になっているので、2小節ごとにリセットしながら歌っていく感じになります。2小節ごとにノドを開いてリラックスして歌い、一度初期化して、まだノドを開いてリラックスして歌っていく…の繰り返しになるわけです。

 最後のC〜高いAへの上昇跳躍音形は、最初のCをしっかりと長めに歌って、その歌っている間に息をAの高さまで持っていってから、高いAを発声するようにすると、うまく歌えます。決して、勢いとか(昔よくやっていて撃沈していたやり方である)ノドの力とかで高いAを発声するのではなく、腹筋を使って腹圧を高め、それで息を事前にAの高さまで持っていってから歌うのです。それが出来れば、かなり確実にAが歌えますが、逆に言えば、それができないうちにAを歌おうとすると、失敗するってわけです。ポイントは、息は高く、声を息に乗せて、軽く鋭く、少々高めに歌ってから調整する感じがベストなのです。

 難しいね。でも、頑張りますよ。

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2020年02月18日

ノド声は回避しましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。今回は響きを高めて歌う事に集中しました。そのためには腹圧を高める必要があります。

 (響きの高さ)=(腹圧の高さ)

 最近の私は、上記のように理解しております。とにかく、響きを高くするためには、腹圧をたくさん掛けないダメなんだな。そして大事なのは腹筋…って事になります。腹筋のコントールが一番大切なんです。ところが今回の私は疲れ切ったカラダでレッスンに行った事もあって、ほとんど腹筋が動かない…という状態で、とても苦労をしました。腹筋動かなくてもフルート吹けますが、歌は全然歌えません。

 発声練習は、ノドの奥をとにかく開く事に専念しました。発声時にノドの力を絶対に使わないように、ノド声で絶対に歌わないようにしました。ノド声が美しくない…は、もちろん、ノドを使って歌えば、すぐにノドが痛くなるし、音程も低めになります。自分のためにもノドの力は使わないで、楽に楽に歌うように心がけました。

 私は疲れている時ほど、声がノド寄りになってくる事を自覚して、常に腹筋で歌うようにしないといけません。

 で、ノド声を避けるために、声が音になる前の息を事前に鼻に流してから発声すると(私の場合)ノド声に成りにくいようです。

 また、腹圧は音が音程を作る前にかけておきます。腹圧をかける前にノドは開いておきます。これらがいわゆる“発声の準備”と呼ばれるものです。

 とにかく、疲れた時ほどノド寄りの声になりますが、ノド寄りの声ほど、体力を消耗し、ノドを痛めつけるわけですから、ノド声は負のスパイラルを生み出す、良くない発声なのですね。そこを自覚して、回避しないといけません。

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2020年02月17日

新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」を見てきた

 …とは言っても、生の舞台ではなく、ディレイビューイングと銘打たれた映画版の方です。ひとまず見てきたのは前編(つまり昼の部の公演です)で、後編(夜の部だね)は、また後日上映されます。

 舞台の方は昨年の12月に新橋演舞場でやっていわけで、それを二ヶ月後に映画にして全国興行しちゃうわけで、なかなかに貪欲な演目となっております。年末年始に、テレビ番組でも特番が組まれ、本格的にプッシュしていた事もあり、興味津々な方もいらっしゃるとは思います。

 で、私が見てきた感想ですが、ひとことで言っちゃえば「これもアリ」だと思いました。ただし、ジブリに思い入れのある人は見ない方が良いかもね。あくまでも新作歌舞伎としてはアリだけれど、ジブリ作品としては微妙…ってか、私的には無しだなって思いました。だって、まるで見た目が違いすぎるんだもの。はっきり言って、ゲテモノです。

 なので、こいつを見る前に、頭の中から“ジブリ”を取っ払う必要があります。それが出来れば、時代劇だけれど無国籍でファンタジーなお話を楽しめると思います。とどのつまり、これは、歌舞伎はまあまあ知っていて、だけどジブリとかナウシカとかをよく知らない人ほど楽しめる作りとなっています。つまり、歌舞伎ファン(それも初心者)向けの演目であって、ジブリとかナウシカファンには、ちょいと厳しい感じになっております。

 ちなみに、全7幕の通し狂言として作られていますが、元々のジブリ映画に相当する内容は、最初の序幕(第1幕)の部分だけで、二幕目以降は、ジブリ映画の続編となっています。そういう意味では、ナウシカ初の完全映像版とも言えるでしょう。

 私個人はなかなか楽しめたし、気にも入りましたし、後編も見に行くつもりですが、ほんと、これは見る人を大いに選ぶ演目だと思います。誰にでも気軽に薦められるってモンじゃないと思いました。

 例えば、歌舞伎だから、女性の役も男性の俳優がやっているわけで、ナウシカもクシャナ姫も男性の俳優がやっている(女形ってヤツだね)わけで、まあ、一般人にとっては、そこが鑑賞的に最初のハードルかもしれませんね。いくら歌舞伎役者とは言っても、女形と言っても、ナウシカの“萌え”は表現しきれませんからね…。アニメオタクにとって、萌えないナウシカなんて、ありえないでしょ?

 ジブリ映画、とりわけ宮崎映画に顕著なダイナミックな映像美ってヤツと、歌舞伎の持つ様式美ってヤツは、まさに水と油ってヤツで、ジブリ映画の魅力ってのは、ストーリー半分、カメラワーク半分だと私は思ってますが、舞台にしてしまうと、そのカメラワークの魅力が削がれちゃうわけで、ジブリ的な鑑賞眼を以て、この公演を見ると、退屈に感じるかもしれません。

 その代わり、冒険活劇的な視覚効果の少ない分、ストーリーの方はだいぶ分かりやすく表現されていると思いました。とにかく、映像の力に頼れない分、説明セリフが多くて、それは演劇的にはどうなの?と思わないでもないですが、観客的にはセリフで状況を説明してもらえるのは、親切かもしれません。ストーリーを追いかける分には特に問題はありません。

 ディープな歌舞伎ファンがこれを見た時、どんな感想をお持ちになるのかな? その点を大いに知りたい私でありました。

蛇足 王蟲の声は市川中車(香川照之)なんだけれど、私にとっては、どうにもこうにも“カマキリ先生”なんだね。まあ、カマキリ先生が王蟲ってのも、アリっちゃあアリなんだけれどサ(笑)。

蛇足2 10月にはシネマ歌舞伎で、三谷幸喜の脚本と演出で、みなもと太郎の「風雲児たち」をやるそうな。今から楽しみ。

蛇足3 歌舞伎界の新しい試み繋がりで、ETVで放送された超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」を見ました。こちらは中村獅童と初音ミクの共演というので話題になったヤツですね。頑張ってますね、面白いかと言われると微妙ですが…。これを見て分かったのは「風の谷のナウシカ」は、とてもとても頑張っているって事です。完成度高かったんだなあ…。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌舞伎

2020年02月16日

昔はあった自販機。タバコ、酒&ビール、エロ本。

 自動販売機こと自販機って便利ですよね。我が家の近所にコンビニが無くなって以来、自販機のありがたみを切々と感じています。我が家の近所にあって、24時間いつでも販売してくるんですよ。ほんと、感謝です。

 で、その自販機ですが、ずっと前からそこにあったような顔をしていたりしますが、実は密かに入れ替わったり、新設されたり、撤去されたりして、いつまでも同じでは決してありません。気をつけていると、ついこの前まであった自販機が今日は見当たらなくなったなんて事も珍しくはありません。まるで、行く川の流れ…みたい(笑)。

 今の時代、自販機と言うと、清涼飲料水の自販機が主流でしょうか? 後は“ガチャ”と呼ばれる玩具でしょうか? その他と言うと、お菓子の自販機や新聞の自販機などが駅を中心にありますね。会社等だと紙コップ使用のコーヒー等の自販機もあると思います。あと、カップ麺の自販機がある会社もあるかな? 我が家の近所だと、その他に街道沿いに、生卵の自販機とか、米の自販機&精米機とか、クッキーの自販機などもありますが、それはたぶんにウチの地域独特のものではないかって思ってます。

 本当に地域限定でしょうが、おでん缶の自販機とか、バナナの自販機等を、東京で見かけた事があります。さすがは東京だなって思いました。

 以前はどこにでもあった自販機が、最近はトンと見かけなくなった事に気づきました。

 例えば、タバコの自販機。そもそもが要免許で、タスポも必要だし、禁煙教育も行き届き愛好家が減少している事もあって、たぶん設置していても売れないのでしょうね。で、売れないので、無くなってきた…という感じなのかもしれません。

 酒&ビールの自販機も、旅館やホテルは健在ですが、昔は普通に道端の自販機で売っていたのに、今はなかなか見かけません。酒もタバコ同様に要免許で、新規参入が難しい上に、酒屋自体が儲からずに廃業する店も多く、禁酒教育も行き届き、昔ほど暴飲する人も減り、自販機を出しても旨味が少ないんでしょうね。

 エロ本の自販機は…ほぼ壊滅したんじゃないでしょうか? 昔は、あっちこっちにひっそりとあったものですが…。今の時代、エロはインターネットにあふれていますから、今更紙媒体じゃないんでしょうね。

 噂では、寿司の自販機とか、ハンバーガーの自販機とか、ラーメン(カップ麺じゃなくてね)の自販機があるところもあるそうな。ちょっと試してみたなあって思わないでもないです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年02月15日

オボロとオチャチャとオゴウです

 我が家にいるドジョウ3匹が、個体識別できるようになりましたので、改めて命名してみました。

 真ドジョウは…もともと、オボロという名前が付いていましたので、そのままです。2匹いる緋ドジョウは、前からいる子は体色が濃いのですが、こちらはチャチャ。後から来た体色の薄い子はゴウです。まあ、オチャチャとオゴウと呼んでいます。はい、浅井三姉妹からお名前をいただきました。

 個体識別をして、それぞれを観察すると、やはりドジョウにも個性がある事が分かります。特にオゴウは、どうやら自分をドジョウではなく金魚だと思っているフシがあります。オボロとオチャチャは水底にいる事が多いのですが、オゴウは水槽の中を普通に泳いでいる事が多いです。また、他のドジョウと一緒にいる時間よりも、金魚たちと一緒にいる時間の方が多いです。どうなんだろう? ドジョウって、同じ魚類とは言え、金魚とはかなりカラダの作りが違うんだよね(例えば、金魚は水から上げると窒息しますが、ドジョウは水がなくても呼吸をします)。なのに、金魚のペースで生活するドジョウって、ちょっと変だよね。

追伸 そう言えば、ヤヨイは最近“ヤヨさん”と呼ばれています。なんか呼び捨てではなく“〜さん”付にしたくなるような風格が出てきたんだよねえ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年02月14日

激安フルートは、どこがマズイのか?

 まず、激安フルートの定義をしないと話になりません。この記事では、3万円以下のフルートを激安と呼ばせていただきます。3万円以下と言っても、3万円前後ではなく、実際は1〜2万円程度の価格帯のモノが主流となるでしょう。

 さて、この激安フルートは、一般的に「安物買いの銭失い」として、ネットでは見下されている感がありますが、実際問題として、そんなに悪いものなのでしょうか? もちろん、安物には安物なりの理由がありますが、それを理解して使う分には、むしろコストパフォーマンスの良い楽器であるとも言えるのではないでしょうか?

 実は私も、激安フルートは2本ほど持っています。1本は材質不明(クロームメッキと思しき安物メッキの下の地金の色は金色なので、銅製か真鍮製かクズ金属製でしょうね。とにかく怪しい一品です)のフルートで、もう1本はプラスチック製のフルートです。

 材質不明のフルートは“チャイナ娘”という名前をつけて、入門期にはメインフルートとして使っておりました。プラスチック製のフルートの方は“プラ子”と命名し、練習用のフルートとして、たぶん、今は一番多く吹いているフルートだろうと思います。

 チャイナ娘を購入したのは、私がフルートを始めた頃なので、同じモデルはもう無いようです。こちらのフルートが後継モデルでしょうか?…うわっ、私が購入したモデルの倍近い値段がしているよ。おそらく、私のフルートより、だいぶしっかりした作りになっているようです。


 プラ子の方はこちらです。


 まずチャイナ娘の方から欠点を上げていきます。

 チャイナ娘の最大の欠点は…安すぎる事です。ほぼ1万円だったんですよ。

 フルートって買い切りの楽器ではなく、結構マメに調整をしていかないと使い物にならない楽器なんですが、こんな安いフルートに、わざわざお金を払って調整したいと思いますか? これくらいの安物フルートとなると、普通のフルート職人さんは調整を引き受けてくれません。調整するためには、購入店に持っていって、メーカーで調整をしてもらう事になります。調整は時間もかかるし、お金も5千円〜2万円近くかかります。それだけの時間をお金を使って、調整する価値が、この安物フルートにはあるでしょうか? と言われれば、私は即答で「ありません」と答えちゃいます。だって、それだけの調整費用を使うなら、新品がもう一本買えるじゃん。

 つまり、使い捨てフルートなんですよ。お試しフルートなんです。

 そう割り切って使うなら、特に大きな問題はないと思いますよ。安物だから音が出しづらいという事もなく、安物だから音程が変だとかいう事もなく、安物だから音色が安っぽいとかいう事もありません。ただ、調整が狂い始めたら、もう終わりって話です。

 実際、私がチャイナ娘の使用をやめたのも、調整が狂い始めて、低音ドがどうしても出なかったからです。フルートを今の“アゲハ(アルタス1307R)”に買い替えたら、低音ドなんてボーボー出まくりですからね。チャイナ娘は、三ヶ月ほど熱心に吹いたわけですが、それくらいで調整が狂ってしまったようです。

 もっとも、チャイナ娘は今でも所持していますよ。まあ、フルートで低音ドなんて滅多に使わないし、今の私なら、ゴリ押しで、調整不良なフルートでも低音ドぐらいは出せるので、ちょっとした余興用としてキープしております。調整が狂っていて吹きづらい事は確かですが、決して吹けない楽器ではなりません。

 実際、このクラスのフルートだと、吹奏楽部あたりのフルートさんのマイフルートだったりするでしょ(私のところに相談に来たなら、絶対に買っちゃダメとアドバイスしますが…)。吹奏楽部なら、せいぜい2年吹ければいいわけで、吹奏楽のフルートは低音は吹きませんし、それくらいなら騙し騙し使えるかもしれません。というわけで、期間限定なら使えないわけじゃないし、値段相応の楽器だろうと思います。

 次はプラ子です。こいつには調整の問題はありません。と言うのも、キーメカの調整はネジ式なので、自分で調整できますし、タンポもシリコンタイプなので、ほぼ交換の必要はありません。

 こいつの欠点は軽いことだと思います。

 とにかく、プラスチック製ですから、楽器が軽いのです。

 軽いですから、息を吹き込んでも、簡単には鳴りません。鳴りづらい楽器なんです。おまけに息を大量に飲みますし…。そういった点では、こいつは初心者向けの楽器ではありません。中上級者向けの楽器なのかもしれません。さらに言えば、側鳴だしね。とにかく、こいつを活用するためには、膨大な肺活量が必要です。

 というわけで、ブレスコントロールを学ぶには、なかなか良いフルートですよ(笑)。呼吸筋のトレーニングには、もってこいの一品です(ニコニコ)。なので、私は日々の自宅練習用のフルートとして活用しています。だって、こいつで曲が吹けるなら、アゲハだとラクラク吹けるんだもの。いいコーチですよ。

 まあ、難しいフルートだし、見た目がチャッチイので、人前で吹こうとは思いませんが、自宅で厳しいコーチとして十分に役立っています。

 あと、プラ子の長所は、メンテナンスフリーの他、水洗いが可能な点かな? とにかく、扱いがかなり雑でも全然問題ありません。

 まあ、ちゃんとしたフルートが欲しければ、ヤマハのYFL-212が最安モデルになると思うけれど、それでも約8万円だからね。一般人の感覚として、楽器に8万円も出すなんて、正気の沙汰ではないからね。そういう庶民感覚に答えるためにも、激安楽器って市場に流通しているんだろうと思います。なので、私は一概に激安フルートを否定はしないのです。

 要は、目的にあった使い方と、割り切りですね。激安フルートに夢を見ちゃダメだけれど、高価な楽器は自分にはオーバースペックではないのかと問う事も必要なのかもしれません。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | フルートのエッセイ

2020年02月13日

声に合わせて選曲するとは?

 声に合わせて選曲をする…とは、よく耳にしますが、具体的にどのような点に注意して選曲をする事なのか考えてみました。一応、自分の声の特徴については理解しているという前提で話を進めます。

 まず最初に見るのは、音域でしょうね。とりわけ最高音は何なのかは、いの一番に見る事だと思います。出ない音で書かれた曲は歌えませんからね。必要ならば、移調する必要があるかもしれません。

 原則的には、自分がギリギリ出せる高さの音からやや低め(半音〜全音程度)の音までで作られている曲が声的には良さそうです。ギリギリ出せる高さの音を使ってしまうと、切なくなりすぎるので、その1つ2つ低い音までの曲が、一般的に伸びやかに歌える高さだと言われています。

 音域が広い曲だと、最低音にも気をつけないといけません。低い音は、自分では出せているつもりでも声になっていない事も多いので、気をつけましょう。これも高音同様、自分の限界よりも、ちょっと高めの音までなら良しとしましょう。

 音域的にOKでも、メロディ全体の中で、音符たちが低音寄りになっているのか、高音寄りになっているかにも気をつけないといけません。多くの曲は中音域でメロディーが書かれていますが、そうではない曲もあるからです。

 基本のメロディーが低音ばかりで構成されているような曲は、低声歌手には良いでしょうが、高音歌手だとちょっと厳しいです。逆に高音寄りの音符ばかりで構成されたメロディーは高音歌手にとっては歌いやすい曲ででしょうが、低声歌手にはキツイものがあります。

 曲の特徴にも気をつけたいものです。跳躍が多い曲や、コロコロ転がる曲、白玉音符が連続しているような曲、強い声を必要とする曲、リズミカルな歌い方が必要な曲、緻密なハーモニーで作られている曲、不協和音を多用している曲。曲には様々な特徴があります。自分が使える技術や技法で対応できる曲なら良いのですが、不得手としているタイプの曲をわざわざ選ぶ必要はありません。

 曲のテンポや長さも考える必要があります。滑舌があまり良くない方には、速いテンポの曲は厳しいでしょう。声のスタミナがない人も、あまり長い曲は歌えません。

 どこで歌うのか、どんな形態で歌うのかも、選曲の時には考える必要があります。こじんまりとした音楽ホールで歌うのなら、あまり問題はないかもしれませんが、大ホールで歌うとなると、それなりの選曲をしないといけません。また、マイクを使って歌う前提の会場もあるでしょう。

 声とは直接関係ありませんが、共演者がいる場合(デュエットをするとか、合唱団をバックに歌うとか、バイオリン等が助奏してくれるとか)は、共演者の事も考えて選曲しないといけません。

 そして、一番の共演者と言えば、伴奏者です。伴奏についても考えなければいけないかもしれません。例えば、伴奏楽器がピアノなら、ピアニストのアテはありますか? ピアノ合わせの時間は取れますか? ピアニストの技量によっては、選曲を変えないといけないかもしれません。カラオケ伴奏なら、誰がカラオケを用意しますか? 自分以外の人が用意するカラオケの場合、事前にカラオケ合わせをしないといけません。伴奏がオーケストラの場合は…オケ合わせも必要ですが、その前にオーケストラの音量に対抗する歌い方ができる曲を選曲しないといけません。

 そう考えると、選曲するって、案外、色々な事を考えないといけないので、大変な作業なんですね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ

2020年02月12日

私は教えやすい生徒なのか?

 時々「私は先生方にとって良い生徒なのかどうか?」と考える事があります。“良い生徒”の定義が難しいので、ここでは“教えやすい生徒”という事で話を進めてみたいと思います。

 私は「教えやすい生徒」なのかな?

 まず、私は初老男性で、ガタイもかなりデカイです。おまけに圧も強いです。先生が女性、特に若い女性だと、イヤかもしれません。なにしろ、必ず小型犬には吠えられるタイプの人ですから…。今、師事している先生は二人とも男性なので、その点では、特に問題はなさそうです。

 向上心はあります。これはプラスポイントですね。しかし、仕事が忙しい事もあって、自宅で練習をほぼしてきません。練習してこない生徒は…先生的に言えば、ちょっこ困った生徒さんなのかもしれません。申し訳ない。

 理解力は普通にあります。一般常識もありますし、座学も苦手ではありません。言語指示もちゃんと通用します。性格的にも温厚です。

 コミュニケーション上手だと思われがちです。目立ちたがり屋ですし、自信家のように見られがちです。まあ、これはあながち間違いってわけではありませんが、私の根っこの部分は、ひきこもり系のオタクなので、これって結構頑張った結果なんですけれどね。まあ、オトナですから…。

 歌に関して言えば、歌オタクです。知識だけなら、かなり豊富にあります。オタクを教えるってのは、先生的にはどうなんでしょうね? やりづらくないでしょうか?

 あと私、声種的にはテノールという希少種です。歌の先生というと、圧倒的にソプラノの先生が多いわけで、テノールの先生はかなり少ないわけです。歌は別に同じ声種の先生について学ばないといけないわけではありませんし、実際、現在師事しているY先生はバリトンです。教える事はできても、違う声種の先生にとって、テノールというのは、あまり知らない分野なわけで、同じ声種の生徒や、生徒数の多いソプラノを教えるのと比べると、ちょっとやりづらいかもしれません。

 フルートに関して言えば、逆で、私はほぼほぼフルート音楽ってヤツを知りません。その分野に無知な生徒を教えるというのは…きっと教えがいがあるでしょうね。

 あ、一応、金払いは良い方だと思いますよ。

 こうして考えてみると、私は、ちょっぴり困った点がないわけではないけれど、押しなべて言えば、割と教えやすい生徒さんなのかもしれないなあと思いました。自己満足、自己満足。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ

2020年02月11日

低音には限界があるけれど、高音は努力次第でいくらでも出せるようになるよ!

 私は合唱団にいた頃、上記のセリフを何度も聞かされました。

 低音は、声帯の長さによって出せる低さには限界があって、どんなに頑張っても出ない音は出ないのだけれど、高音は、努力次第でいくらでも高い音は出るのだから、ヴォイトレを頑張りましょう…って感じでした。

 確かに低音には限界があるのは理解しますが、高音が努力次第というのは、かなりの眉唾だなって思うようになりました。やはり、低音に限界があるように、高音にも限界はあると思います。ただ、その一方で「低音には限界があるけれど、高音は努力次第でいくらでも出せるようになる」という言葉の意味も分からないでもないです。

 と言うのも、低音って割と早く底に達するからです。自分の限界が分かりやすいとも言えます。少し発声練習をすれば「ああ、これ以上の低音は出ないなあ…」と感覚的に分かるものです。

 しかし、高音って、いくら練習してもなかなか天井を見せてくれません。昨日は出なかった音が今日は出るって事があるんです。もう無理かな?と思っても、それを越えてみたり、越えたと思ったら、また出せなくなっていたり…と、なかなか天井を見せてくれません。でもって、長期的に見てみると、それなりに上の方が拡張されていたりするんです。ですから、努力次第でいくらでも高い音が出るような気がしてしまうし、実際、ある程度の高音は訓練を経ないと出せるようにならないのも事実です。高音発声には努力が必要というのは真理ですから「低音には限界があるけれど、高音は努力次第でいくらでも出せるようになるよ!」という言葉は“いくらでも”なんて軽々しく言ってはいけないような気がしますが、努力は必要という点に於いては、大いに同意します。

 つまり、努力をし、やるべき事をやった後は、低音に底があるように、高音には天井があって、それぞれ、低くて出せない音や、高くて出せない音があるわけです。

 考えてみれば、いくら音域の広い楽器であっても、出せない低音や高音はあるわけで、人間の声だって楽器であると考えれば、努力をいくら重ねても、出さない音はあるんです。

 人の音域なんて、実声だけで歌う男声でせいぜい2オクターブ。女性はファルセットも鍛えて使いますから3オクターブぐらいでしょうか? まあ、せいぜいそんなモノです。ちなみに、フルートの音域が約3オクターブですから、人間の声の音域なんて、そんなに広いわけではないみたいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 発声法のエッセイ

2020年02月10日

長い曲が歌えない(涙)

 どうも最近、何となく分かってきた事があるのですが…それはどうやら私「長い曲が歌えない」みたいなんです。なぜかと言えば「疲れちゃうから(涙)」。

 具体的にどう疲れるのかと言うと「軟口蓋を上げ続けるのに疲れて、やがて軟口蓋が上がらなくなって、歌えなくなってしまう」という状態に陥ります。軟口蓋を上げずに、胸に落ちた声で歌うなら、それなりに歌えますが、軟口蓋を上げて、ボジション高めの声で歌うと、割とすぐに疲れてしまうのです。

 だいたい、楽譜で言うと、3〜4ページが限界かな? それ以上長い曲になると、どうしても、軟口蓋が上がらなくなってしまい、歌えなくなってしまうのです。

 要するに「歌う体力が不足している」とも言えます。

 この問題を乗り越える方法は、ただ1つ。毎日、じっくり歌い続けて、歌の基礎体力を向上させて、ちっとやそっとの時間、歌い続けたくらいでへこたれない筋力を身につける事です。

 そういう意味では、練習時間の少なさが、この問題に直結しているんだよね。体力だけは、座学じゃあ身につかないからなあ…(涙)。

 その点、フルートは歌ほどは体力を使わないので、集中力さえキープできれど、どんなに長い曲でもウェルカムなんです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 声楽のエッセイ

2020年02月09日

名前の漢字くらい、常用漢字に従おうよ

 主に名字に多いのですが、名前の漢字に異体字(同じ漢字だけれど形が違うもの。“国”に対する“國”や“圀”のような関係にある漢字)を使っている方が大勢いらっしゃいます。これ、正直、微妙に迷惑です。

 皆さん、多少なりとも、ご自分の名前にこだわりを持っているわけで、自分の氏名を自分が思っている漢字で表記してほしいと願う気持ちは分からないでもないですが、漢字によってはコンピューターで簡単に表示できない名前もあるわけです。

 手書きの時代は、どららの線を長くするとか、点をどこに打つとか、そんなものはどうにでもなったわけですが、パソコンの時代になると、そんな簡単な話ではありません。要は、そのフォントがあるかないかなんです。

 私は他人の名前を取り扱う事の多い仕事をしているのですが、以前は、そういう人がいると、もう泣きながら、いちいち外字を作成していました。だって、当時のパソコンはJIS第二水準の漢字までしか扱えなかったもの。

 JIS第二水準までの漢字だと、日常生活の文章を作成する分には問題なかったけれど、異体字を使った名字などは、まだまだ使えない漢字も多くて、ほんと、どうにもなりませんでした。仕方がないので、あの頃の私は、恨み言をブツブツ言いながら、無い漢字に関しては、外字として、それらの文字のフォントを、一つ一つ作っていましたよ。ほんと、迷惑、大迷惑でした。

 今は、JISもだいぶ拡張されましたし、ユニコードも使えるようになったので、異体字に関しては、だいぶ楽ができるようになりました。かなり珍しい異体字であっても、変換で出てるようになりました。しかし、それでもユニコードに無い漢字を使っている人が、まだまだいます(感覚的には1/50人ぐらいかな…)。

 もうそうなると、日本語は諦めて、中国や台湾の漢字フォントを漁ります。そうすると、見つかる事もあります。つまり、外国語由来の漢字を使っている人がいるわけです。日本語の漢字ならともかく、外国語の漢字フォントの中から目的の漢字を漁るのは、結構時間がかかります。微妙に迷惑な話です。

 しかし、外国語由来の漢字の中からも見つからない漢字を使っている人も、たまにいらっしゃる(感覚的には1/500人ぐらい?)んです。どうやら、これは本来は誤字のようなのです。ご先祖様、あるいは昔の戸籍係さんが、誤字のまま名字として登録してしまったわけで、それがそのままになっているんです。

 さすがに誤字はどこを探しても見つかるわけがありません。そうなると、仕方がないので、呪いの言葉を吐きながら外字を作ります。21世紀なのに、令和になったのに、外字作成だよ。もう、嫌になってしまう。

 自分の名前にプライドをもって、こだわる気持ちは分かりますが、名前って、本来は社会的な記号なんだよね。自分と他人を区別するための記号であって、記号である以上は、分かりやすくて使いやすくて判別しやすいものがベストです。個性的な漢字を含んだ名前は、分かりやすくないし、使いやすくもないです。まあ、他人との判別はとてもしやすいですが…。

 名前は社会的な記号なんだから、ある程度は使いやすさを考えてほしいと思います。何しろ、名前ってヤツは、自分が使うよりも、他人に使わせる方が多い記号でしょ? ならば使用者の他人様に対する配慮がもう少しあってもいいんじゃないかと思わないでもないんです。

 名前の漢字ぐらい、個性を出すのは止めて、素直に常用漢字に従おうよ。常用漢字がイヤでも、せめてユニコードの範囲に収めようよ。わざわざ外国語のフォントを漁らないと見つからない漢字は微妙に迷惑だし、担当者に涙を流させながら外字を作らせるような名前は鬼迷惑です。

 名字の漢字は、結婚や離婚の時に申請すれば、すぐに変更できます。そうでなくても、家庭裁判所に申し出れば変更できます。あなた自身は、個性的な名前でかっこいいと思っているかもしれませんが、そのおかげで泣いている人もいるって事を、心の片隅に覚えてほしいと思ってます。

 私自身も、かつてはユニコードに無い漢字を使った名字でしたが、結婚した時に常用漢字の範囲内の漢字に変更しました。それが自分のためであり、社会のためでもあると思ったからです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年02月08日

ランコとアカリがやって来ました

 ルデンとベルの2匹がいなくなり、水槽の中も何となく寂しくなりました。これだけ水槽の中に空間があると、ヤヨイあたりが巨大化してしまいそうで怖いので、新しい子を買ってくる事にしました。

 今回は初めてのペットショップに行ってみました。いわゆる総合ペットショップなのですが、ここのメインはどうやらフクロウのようです。とにかくフクロウがたくさんいるんです。触れ合いもOKというスタンスの店なのですが、どのフクロウも私が近づくと、激しく暴れて逃げるんです。どうやら、私はフクロウには怖がられるタイプの人のようです。

 ちなみに、ウサギたちも私を見ると、蜘蛛の子を蹴散らすように逃げていきました。ふん、お前らなんて飼ってやんないからな!

 金魚は専門店が出店しているらしく、そこだけ屋号が違いました。

 専門店らしく、水槽の中にいる金魚たちも、普通のペットショップとはちょっと毛色が違いました…ってか、お値段が明らかに違いますし、余所の店には置いていないような種類の金魚たちもたくさんいました。ここは良い店かもしれません。

 で、あれこれ金魚を見て、かわいい子を見つけたので買ってきました。一匹は黒ランチュウで、もう一匹は素赤琉金です。

 黒ランチュウですよ、黒ランチュウ。ランチュウ自体が専門店以外じゃ見かけないのに、黒ランチュウですよ。それも漆黒のランチュウ。これにはさすがにランチュウ嫌いの妻も心を惹かれたようで、黒らんちゅうの購入を許可してくれました。ですから、その中からとびきりに可愛い子を我が家に迎えることにしました。

 その子をランコと名付けました。ランコは全身漆黒です。どれくらい黒いのか言うと、どこに目玉があるのか分からないくらいに漆黒なんです。今までも黒い子は飼ってきました、どんな黒い子もお腹は金色だったし、白目ぐらいはあったので、どこに目玉があるのかはわかりましたが、ランコはお腹も真っ黒だし、黒目がとても大きくて、ほぼ白目がありません。なので、どこに目があるのか、よく見てみないと分からないほどに全身黒々としているわけです。ちなみにお値段は、1480円でした。

 ランチュウ好きな私の希望を聞いてくれたので、もう一匹は妻が選ぶ事にしました。で、彼女が選んだのが素赤琉金だったわけです。ちなみにウチにいるシズカも素赤琉金です。どうやら妻は素赤琉金が好きみたいです。今度買ってきた子にはアカリと命名しました。シズカとアカリは同じ種類の金魚なので、アカリが大きくなったら区別がつきづらくなるかな?と一種心配しました…が、シズカの、ルデンに食べられてボロボロになった尾びれが治る事はまず無いでしょうから、シズカとアカリは尾びれで区別できるでしょう。ちなみにアカリのお値段は980円です。

 この子たちを買った後に、割と近所にある、ヤヨイやアセビを買った総合ペットショップに行ったところ、そこで売ってた素赤琉金たちは、380円でした。アカリの約1/3のお値段でした。やっぱり専門店の金魚はお高いね。当然、そっちの店には、黒はもちろん、らんちゅうそのものが、いませんでした。

 ランコもアカリも、まだまだ小さいです。ヤヨイの頭と同じぐらいの重さでしょうね。長さ的にはヤヨイの胸ヒレぐらいかな? まだまだ小さな小魚です。とは言え、金魚たちのクチには入らない大きさなので、あんまり心配はしなくても大丈夫でしょう。

 問題は、素赤琉金のアカリはともかく、黒ランチュウのランコは飼うのが難しい種類の金魚だという事です。頑張って丈夫に育ってほしいなあと願っています。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年02月07日

乗用車が憎いです

 フルートのレッスンに行ってきました。なんと、今年始めてのレッスンでした。おまけに両足はまだまだ具合が悪く、右人差し指は痛くてたまらないという状態でのレッスンでした。

 立ってレッスンを受けるのが億劫なので、先生は立たせて、私は椅子に座ったままでレッスンを受けました。態度、デカイな、オレ(笑)。

 レッスンは、ロングトーン練習から始めましたが、出ている音はまあまあなものの、うまく指でトーンホールを押さえられません。指が痛い上に、テーピングをしているので、指が十分に動かないんです。無駄に気を使ってしまいます。

 エルステユーブンゲンは25番と26番です。実は、このお正月休みに頑張って、せめて25番ぐらいは暗譜してしまおうと予定していたのですが、お正月休みに入るやいなや、足を怪我し、それが良くなってきたら、すぐに右人差し指を怪我をして今に至るという状態で、全然暗譜できませんでした。

 実は、この25番、去年の今頃も吹いているんだよねえ…。つまり、もう1年以上もやっているわけです。ああ、これじゃあダメだよね。

 旋律的練習曲は、今回から5番です、新曲です。前述の通り、怪我をして、ほぼ全然練習をしていないままでレッスンに臨んでしまったので、当然、全然吹けませんでした。そりゃあそうだよね。

 40リトルピーセズは、31番で、前回のレッスンで一度吹いているので、なんとかなるかな?と思っていたら、どうにもなりませんでした。

 結論、フルートは練習しておかないと吹けません、以上。

 とにかく、今回のレッスンは怪我まみれの状態で受けたわけです。

 「穴に落ち」て足を怪我したという話を先生にしたところ、先生もこのお正月にあやうく穴に落ちる…ではなく、岩にぶつかるところだっただそうです。もっとも私のように「車を避けて穴に落ちる」という不可抗力な話ではなく、イルミネーション見物をしながら夜道を歩いていた時に(先生の別荘のお近くでは、湖周辺に大規模にイルミネーションが展開されているんだそうです)歩道に突き出た花壇の縁石(これが岩だったわけです)にぶつかるところだったんだそうです。ご本人は、花壇の存在に全然気づかず、一緒にいたお弟子さんが気がついて、先生を引き止めて、大事に至らなかったという話なのです。気が付かずに岩にぶつかっていたら、転んでしまうだろうし、暗闇で転べば大怪我をしてしまうところだったので、ほんとに危ないところだったなあという話です。

 夜道怖いです。私だって、周囲が明るかったら、穴に気づいて、よもや落ちることなんてなかったはずです。穴も怖いけれど、暗闇も怖いです。もっとも、私の場合は、一番怖いのは、細い路地なのにスピード落とさずに通り過ぎた車なんですけれどねえ。

 細い生活道路を我が物顔に走る乗用車が憎いです。憎い憎い憎い! そんな乱暴な運転をする人の夕食のご飯なんて、焦げてしまえばいいんだ!

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2020年02月06日

歌いたい合唱曲

 私はこう見えても、実は合唱が好きです。

 とは言え「合唱ならどんな曲でも好きです」というほどの好物ではなく“オーケストラ付きの宗教曲”が好きという、やや偏食気味の合唱好きなんですが(笑)。

 ですから、今までに歌った事のある曲もあれば、まだ歌った事はないけれど、死ぬまでに一度でいいから歌っておきたいという曲もあります。

 ちなみに、今までに歌った事のある曲と言えば…

 モーツァルト作曲「グレート・ミサ」
 ヘンデル作曲「メサイア」
 ベートーヴェン作曲「交響曲第9番」(宗教曲ではありませんね)

 たぶん、この3曲かな? 「好き」と言っている割に数が少なくてごめんなさい。“オーケストラ付き”となるとチャンスが限られてくるからね。

 さらにちなみに、死ぬまでに一度でいいから歌っておきたい曲と言えば…

 モーツァルト作曲「レクイエム」
 ヴェルディ作曲「レクイエム」
 バッバ作曲「マタイ受難曲」
 メンデルスゾーン作曲「エリヤ」
 オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」

 って感じの5曲です。

 さすがに合唱曲は個人では歌えませんので、どこかの団体に所属しないと歌えません。そこが問題なんだよね。たぶん、今の私が合唱団に行っても、どこの団体も受け入れてくれません。だって、声があまりにパワフルで、なおかつギラギラしていて、合唱向きじゃないんだもの。発声が上手になって、パワフルにでも貧弱にでも、ギラギラにでもしっとりにでも、自由に歌い分けられるようになれば、問題はないのだろうけれど、今の私はまだまだ不器用で、力いっぱいにギラギラした声で歌っちゃうので、当然、合唱向きの声では歌えません。

 ああ、きびしいなあ…。

 そんな私でも、あと数十年もすれば、声が衰えて、パワフルには歌えなくなるでしょうし、ギラギラした声だって出せなくなるわけで、そうなるまでは合唱を歌うのは無理だろうと思ってます。もっとも、そんなになるまで、元気で歌い続けられたら…という大命題が横たわっているわけですが…。

 死ぬまでに、歌いたい5つの合唱曲が歌えるといいなあ。

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posted by stone at 00:00| Comment(6) | 合唱

2020年02月05日

新曲に入りました

 声楽のレッスンの続きです。

 まずは、ドニゼッティ作曲「ドン・パスクワーレ」の「Sogno soave e casto/青春の甘く清らかな夢よ」です。これを通して歌ってみました。ううむ、やっぱりまだ音取りが甘い箇所があります。特に下降音形では、落ちた先の音がうまくはまってません。と言う訳で、まだ完璧には程遠い出来ですが、今回でひとまず合格って事で、次の曲に行きました。

 次のアリアは、ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」のテノールアリア「Di quella pira l'orrendo foco/見よ、恐ろしい炎を」です。かの有名なアリアですが、前半1/3ぐらいのところまで歌います。当然、Hi-Cのところは歌いません。

 まずは高音へ至る、上への跳躍箇所(中音Cから高音Aへとか、中音Gから高音Gへとか)を練習しました。

 低い音の時に、次の高音を発声するの必要なだけ、軟口蓋を開いて(その軟口蓋の開きに耐えられるぐらいの腹圧にして)おく事が大切です。クチで言うのは簡単だけれど、実際に軟口蓋を開くのは難しいので、集中的に特訓です。慣れるまでは難しいのだけれど、これは基本テクニックの1つなので、しっかりとマスターする事が大切です。

 “O teco”という歌詞を“O teico”と、なぜか“i” を入れて発音してしまうので、注意する事。余計なモノを足してはいけないのです。

 ノドの奥を開こうとして、無意識に下アゴを開いてしまう私だけれど、このやり方が間違っているわけではなく、実は声の重いテノールはこのやり方をするものなんだそうです。ただ、このやり方は、あまりテクニカルではないし、なんと言っても、これでは高音発声が難しいままだし、さほど高音が出るようにもならないので、そのやり方を真似はしないで、クチの奥は軟口蓋を上げるという王道セオリーで行うべきなんだそうです。

 十六分音符のトリルっぽい箇所は、アゴで音程を取るのではなく、軟口蓋の上げ下げで音程を作るようにするべきです…って言われても、この箇所は音の動きが早いので、クチの開閉とかノドで音程を取った方が楽なんです。軟口蓋は、そんなに早く動かないよ…と泣き言を言っちゃいますが、やるしか無いです。頑張ろー。

 吐く息の量にも敏感にならないといけません。特に下降音形では注意が必要です。高音部ではたくさん息を吐いて歌わないといけませんが、中音〜低音の音は、息をたくさん使いません。ですから、音程に合わせて、吐き出す息の量をコントロールしないといけません。低い音に高音と同じように息をたくさん出したら、下品な音色になるから、それは絶対にダメなんです。

 てな事を学んで、歌曲に行こうとしたら、すでに時間オーバーとなっていました。シューベルトは、また次回まわしだね。

蛇足 「Di quella pira l'orrendo foco/見よ、恐ろしい炎を」は、一般的にかなり声の重いテノールが歌うアリアという認識がありますが、この曲を単独で取り上げた時は、むしろ声は軽めの方がよさそうです。そういう意味では、私はこのオペラを通して歌う事は難しいですが、この曲を単独で歌う分には、むしろ声に合っていると言えなくもないのです。

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2020年02月04日

大切なのは、軟口蓋・腹圧・響きです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 今回のレッスンで、ドニゼッティのアリアは終わる予定なので、次の次のアリアの課題曲は何にしましょうか?という話になりました。で、色々と考えて、フロトー作曲「マルタ」の「M'appari Tutt'amor/夢のごとく」にしました。どんな曲かと言うと、こんな曲です。


 ピアノはレヴァインで、歌はもちろんパヴァロッティです。「マルタ」というオペラは本当にマイナーなオペラで、私は生はもちろん動画でも見た事はありません。少なくとも日本語訳が付いたディスクは、音源も画像も、現在流通していないと思います。それくらいに珍しいオペラです。でも、このアリアだけは有名で、独立したコンサートアリアとして、よく演奏されます。で、そんなアリアを次に歌うことにしました。難点は…高いB♭がある事かな? 散々歌った最後に決めの一発として出すのですが、果たして私に出せるかな? それとも疲労困憊で歌えなくなってしまうでしょうか?…って感じです。なんて書くと、じゃあ発声練習とかなら高いB♭は出るのか?と言われると…へへへ、頑張りますよ。

 さて、ハミング練習からです。今回の重点ポイントは軟口蓋です。とにかく軟口蓋を上げて歌う事に全神経を集中させます。それも発声と同時に軟口蓋を上げるのではなく、事前に軟口蓋を上げたところに息を入れるという手順を踏んで歌います。手順を踏まずに声を出しちゃダメって感じです。

 発声練習です。クチの奥を縦に開く練習です。つまり軟口蓋を上げる練習です。

 クチを開こうとすると、私はついつい無意識にクチを横にも開いてしまうそうですが、横に開くのは無しで、縦方向にだけ開かないといけません。またノドの奥を開こうとしてクチを開けると、クチそのものだけが大きく開いて、あまり奥は開いていない事。で、奥を開こうとすると、舌が下がって(これは良いことです)下アゴが開くのだけれど、下方向にばかりクチが開くと、声が落ちやすいので、むしろ下には開かずに、上方向にだけ(軟口蓋を)開くようにする事です。

 もっとも、声が落ちる原因は、下方向に開くだけではなく、腹圧の弱さも原因するので、腹圧は常に余裕を持って、しっかりと掛ける事が大切です。

 ただ軟口蓋を上げると言っても、単純に軟口蓋を上げるだけではダメで,軟口蓋を上げたうえに、声に響きを載せないといけません。これ、大切です。

 軟口蓋の開き方も、フレーズの最初から全開にしちゃいけません。歌い始めはノドの奥は、むしろ閉じ気味に、フレーズが上昇するにつれ、少しずつ開いていき、最高音で一番大きく開くようにする事が肝心です。何事にもメリハリを付け過ぎちゃあいけません。

 とにかく、大切な事は、軟口蓋を上げる事、腹圧を十分に掛ける事、声に響きを載せる事の、3点です。

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2020年02月03日

練習しなくなりました

 最近、自宅での音楽練習をしなくなりました。

 まあ、仕事が忙しくなった事と、加齢のせいでしょうか? 疲れやすくなった事と、根性が無くなってきた事など、複合的な要因によって、自宅での音楽練習に掛ける時間が極端に減っています。

 とは言え、別に全く練習したくないわけじゃなく、練習しようという思いはあっても、ふと気がつくと、さすがに音を出してはまずい時間になっていたり、翌日の仕事の事を考えると、音楽練習をするよりも、寝た方が良いと判断して寝てしまうと言うか、判断する前に居眠りしていたりしています。

 このブログを始めた頃は、毎日2時間近い時間を自宅練習に割いていました。声楽に1時間、フルートに1時間ずつです。

 今は…と言うと、声楽フルート問わず、一回の練習時間はせいぜい30分程度。毎日なんて、とても無理で、週に2〜3回ほど練習できればよいくらいで、歌も歌わず、フルートも吹かないまま、一週間を過ごしてしまうなんて事すらザラにあります。

 そんな事をやっているから、エルステユーブンゲンが全く暗譜できないんだよね。

 色々あるけれど、やっぱり仕事が忙しいというのが、練習できない最大の理由だと思います。なにしろ、毎日2時間練習していた頃と比べると、仕事からの帰宅時間が2時間半〜3時間ほど遅くなっているんだよね。それもサービス残業だよ。やってられないよね。2時間練習していた頃よりも3時間帰宅時間が遅くなっていたら、音楽練習どころか、日々の家庭生活をアレコレ切り詰め、睡眠時間を削っていかないと生きていけないわけで、そりゃあ、毎日疲れやすくもなるよね。

 そんな中でも、30分程度の練習時間を、週に数回作って練習している私は、ある意味、向上心あふれるオジサンだと言えないわけでもありません。

 いやあ、ほんと、練習時間&睡眠時間、減ったよなあ。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 音楽一般

2020年02月02日

素人がプロの真似をするのは危険!

 何の話かと言うと、大食いの話です。

 ネットをフラフラしていて見つけたのですが、4年ほど前(2016年)の話ですが、ある地方のJA主催の大食いイベントで亡くなった方が出たそうです。亡くなった方のご冥福を祈りつつも、やはり大食いは危険だな、素人が真似をしちゃダメなんだなと強く思いました。

 以前も大食いで、死亡事故が起こりました。あれは最初の大食いブームの最中の2002年の話です。大食い選手の真似をした中学生がパンを大食いして死んでしまったという事件です。子供が遊びで事故って死んでしまったわけで、大食い番組とは直接の関係はなかったというものの、道義的な責任(?)もあって、すべての大食い番組は終了し、3年ほど大食い番組がテレビから消えてしまいました。

 今回の事故は、子供の遊びではなく、農産物PRイベントの1つとして地方JAで行われたもので、3分間でおにぎりをどれだけたくさん食べられるかというルールだったそうです。ちなみに、完食者が複数出た場合は、食べ終わった時間は早い方の勝ちというルールだったわけで、大食いだけでなく早食いの要素もあったようです。

 5個目のおにぎりをクチに入れたところで倒れたそうで、すぐに医師による応急処置は行われたそうです(どうやらおにぎりがノドに詰まったのだそうです)。すぐに緊急搬送され入院して、3日後に死亡したそうです。直接の死因は公表されていません。

 おにぎりの大きさは普通に市販されているサイズとほぼ同じで、こぶし大だったそうです…って、こぶし大って、かなり大きくないか? コンビニで売ってるおにぎりなんて、私のこぶしの半分ぐらいの容量だぞ…って、私のこぶしが大きいだけか(笑)。

 5個のおにぎりをできるだけ早く完食すれば勝ち…おにぎり5個ですから、きちんと飲み込まず、ひたすらクチの中に押し込んだんでしょうね。短時間勝負なら、そうなっても仕方ありません。おにぎり1個や2個なら、詰め込んでもクチの中で収まりますが、5個ともなれば、クチの中だけでは済まず、当然、ノドにも入り込んでくるわけで、その入り込んだおにぎりが食道のみならず、気管の方までも塞いでしまった…んではないかと私は推測します。

 おにぎりがノドに詰まった…ありそうで怖いですね。

 なんで、今更、こんな昔の記事をネタに話をするのかと言うと…実は私、最近、よく食事中に食べ物がノドに詰まるんですよ。私の場合は、食道のかなり下の方で詰まります。食べ物が胃に入るちょっと前のあたりで詰まるんですよ。場所的には、食道が横隔膜を通過するあたりだと思います。自宅で食事をしている時はまず起こりません。職場で食べている時によく起こすので、一種のストレスが原因で、横隔膜が固くなって、食道が閉められているんだろうなあって思います。

 食べ物がノドに詰まると…結構苦しいですよ。詰まったモノを押し込めようと、さらに食べたり飲んだりすると、詰まるモノが増えるだけで余計つらくなるだけです。詰まったモノを出そうと、カラダは無意識に咳き込んだり、しゃっくりを引き起こしたりしますが、ほぼほぼ無意味です。私の場合、気持ちをリラックスさせて、なるべく食道がまっすぐになるように姿勢を正して「詰まった食べ物さん、早く胃に落ちてください」と念じて待つだけです。やがて、詰まった食べ物が胃に落ちるのが分かる(多少の痛みを伴って通過するんです)ので、そうなったら一安心です。この間、早くて1分、遅いと5分ぐらいかかります。まあ、平均的には2〜3分ぐらいかかるかな?

 私の場合、詰まる場所が食道のかなり下の方なので、こんな感じで大事にはなっていませんが、もしも詰まった場所が食度のかなり上の方、まだ気道と分岐する以前の箇所で詰まったとしたら、食べ物と一緒に息も詰まってしまうわけで、そこで1分も息が詰まってしまったら、そりゃあ倒れますよ。緊急搬送もやむなしです。

 大食いは、私も大好きですし、近所で大食いイベントがあったら、参加はしないまでも、見に行ってしまうと思います。それくらい好きなので、大食いイベントを主催した方々の気持ちにも、それに参加した参加者の気持ちも、両方とも分かりますが、やはり大食いは危険な行為なんだなと、改めて思いました。

 テレビでやっているような大食いは、ほぼプロ…と言うか、その道の専門家の皆さんがやっているわけで、我々のような何のトレーニングもしていないような、ボッと出の一般市民がやっているわけではありません。

 大食い危険、ほんと、危険。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年02月01日

尾びれがバサバサ&ルデンが星になりました

 ええと、シズカの尾びれがバサバサになりました。まるで、南の島の人たちの腰蓑のようです。ちなみに長さも以前の1/3くらいです。

 なんか、病気になったのかしら? 尾腐れ病? でも、ちょっと違うしなあ…と思って観察していたところ、原因が判明しました。ルデンがシズカを食べていたのです。つまり、共食いをしていたのです。

 尾びれは目立ちますが、尾びれに限らず、全身どこでもかじりついて、食いついて、食べているのです。食べている現場を見てしまいましたが、なかなかの地獄絵図です。

 どうやら、最近のシズカが生傷絶えないわけだ。そして、ルデンが急に大きくなったのも、シズカを食べて大きくなったわけだ。

 たぶん、エサが足りないんだと思います。金魚のエサ係は、以前は私がやっていたのだけれど、今は妻がやっています。私の頃は、朝晩エサをあげていましたが、妻になってからは、朝一回だけになりました。以前の我が家の水槽は、穏やかな水槽でしたが、みんな巨大魚になってしまいました。今の水槽では、金魚の大きさがほどほどに抑えられていますが、なんか殺伐としています。

 金魚たちは、もっと大きくなりたいんだと思います。特にルデンは若い魚で、人間で言えば成長期でしょうから、もっともっと食べて、もっともっと大きくなりたいんだろうと思います。それなのに、エサは少ないし、食べられる貝(タニシ、今いる石巻貝はあまり食べないんです)もいないし、水草は食べきったし、もうこうなったら、共食いするしかないじゃん…って事なんだろうと思います。

 この前、緋ドジョウが一匹、白骨死体で見つかりましたが、あれっててっきり、シズカあたりが食べたんだろうと思ってましたが、もしかすると、空腹に耐えかねたルデンが食べてしまったのかもしれません。

 我が家の水槽は弱肉強食ですから、それはそれで仕方ない…と私は観念していましたが、シズカを特に可愛がっている妻は、それを受け入れられずに、ルデンを病院水槽(金魚が病気になった時に入る小さな水槽)に隔離してしまいました。反省させるために独房入りって感じでしょうが、金魚に反省が理解できるのでしょうか?

 で、独房入をして3日経った時、ルデンが謎の死を遂げました。びっくりです。とにかく、死んでしまったのです。病院水槽、ルデンには小さすぎたのか、独房入りがストレスになったのか、あるいは…とにかく理由は分かりませんが、ルデンが星になってしまいました。殺しても死なないヤツとばかり思っていただけに、ちょっと拍子抜けです。

 ルデンの亡骸は、とても重かったです。こいつ、いつの間にこんなに大きくなっていたんだね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚