2020年07月31日

あなたのフルートはもっと良い音で鳴る!

 最近は、フルートの音色でよく褒められる私です。思えば、よくぞここまで来たものだという思いです。

 フルートを始めた当初の私の音色と来たら、スカスカで、音色に関しての良し悪しを言う前に、まずは確実にフルートを鳴らしましょうと心がけていました。

 何しろ、初心者にとってフルートは、音を出す事自体が一大事ですからね。フルート初心者同士の会話に、アンブシュアがどうのとか、息の方向がどうのとか、頭部管のカットがどうのとかがありますが、あれらはみんな、音を出すことに苦労していて、どうすれば安定して良い音が鳴るかという工夫の中での悩みだったりします。

 私も、当時は大いに悩んでものです。

 フルートを習い始めた当時、ちょうどフルートを今の楽器に買い替えてまもなくの頃、フルートの音を出すのに苦労していた私の前で、当時の先生であった笛先生が私のフルートを吹いてくれた事がありました。あの時はびっくりしたものです。私が鳴らした時とは、全然違った音で、すごく太くてカッコいい音で鳴ったんですもの。同じ楽器なのに、私と笛先生では、全然音が違っていたのです。

 その瞬間に、私はフルートの、とりわけ頭部管の買い替えを諦めたのです。そんな事をしなくても、この私のフルートから、もっともっと良い音で鳴らす事ができるのだから、買い替えの前に、自分の腕を磨きましょう…って決心したわけです。

 まあ、結論を言っちゃうと、フルートの音色って、奏者次第なんですよ。頭部管の違いは無いわけでは無いけれど、正直、音色に関しては、頭部管の違いは、あまり考えなくても良いと思います。どんな頭部管であっても、奏者次第で美しく鳴るんです。ただ、音色そのものは奏者次第なので、奏者が違えば、おのずと音色は変わってきます。だからこそ、フルーティストは、日々、音作りの練習を欠かせないわけです。

 私のフルートの音色は、どちらかと言えば軽やかで、凛としているタイプです。笛先生のような太くてアーシーな感じでは全然ありませんし、たぶん、あんな感じの音色でフルートを鳴らす事は私にはできないでしょう。それこそ、それは奏者の違いです。

 でも、あの頃の私と比べれば、すばらしいほどにフルートを鳴らせるようになりました。あの頃よりは、多少なりとも腕が上がったのでしょう。今の私は、音色に関しては、特に不満はありません。でも満足はしていないので、もっともっと音作りに励み、さらに良い音で鳴らせるようにしていきたいと思ってます。

 だからと言って、フルートの買い替えを諦めたわけではありません。今よりももっと音量が必要な場で吹く事が増えたら、真剣にフルートの買い替えを考えていといけません。今のフルートには、音質の不満はありませんが、音量の物足りなさは少なからず感じています。音量を増やすためには、奏者の腕前の向上は必須ですが、それ以前に楽器の性能や特性がモノを言うからです。音量を増すには、今のフルートよりも、重い材質で作られていたり、頭部管のカットの仕方を変えたり等の工夫が施された楽器が必要になってきますから。

 とは言え、アマチュアのフルーティストには、そんなに大きな音量のフルートが必要になる場面なんて…まず無いよね。人前で演奏するとしても、基本的にはソロ演奏か、せいぜいピアノ伴奏ですからね。フルオーケストラをバックに大ホールでソロを吹く…ならともかくも…そんな事なんて、まずありません。

 そういう意味では、今のフルートを大切にして、この楽器で最高に良い音で鳴らしてあげる事を目指していきたいと思ってます。なんだかんだ言っても、私の大切なパートナーですからね、アゲハちゃんは(笑)。

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posted by stone at 04:00| Comment(9) | フルートのエッセイ

2020年07月30日

音痴に楽器は無理なのか?

 この問題に関して、本来ならば「無理です」と答えるのが正しい答えだと思います。

 その理由は、歌はあらゆる楽器の中で一番簡単(で一番難しい)楽器だからです。その一番簡単な楽器である歌も歌えないヤツに楽器の演奏なんて、無理に決まっているだろうというわけです。

 これ、おそらく、日本以外の国では大正解なんだろうと思いますが、我が国日本では、そう簡単に断言できない現状があります。

 と言うのも、日本には音痴な音楽家というのがたくさんいるからです。

 今の若い世代はだいぶ改善されていますが、基本的に日本人は歌えない民族なんだろうと思ってます(特に男性)。別にこれは才能的にうんぬんではなく、幼少時から歌う体験が極めて少ないのが原因だろうと思います。

 クラシック音楽にせよ、ポピュラー音楽にせよ、基本的には、あれらはヨーロッパの民族音楽であって、ヨーロッパ人たちの生活の中から生まれた音楽です。で、彼らの生活の基本にはキリスト教があるわけですが、残念ながら日本人の生活の基盤にはキリスト教がありません。そこが歌える人と歌えない人とを大きく分けていくのだろうと思います。

 キリスト教では、皆さん、バンバン歌いますからね。老いも若きも男も女も、日曜日に教会に行けば、みんな大声でガンガン歌いまくるわけです。そういう文化にいるわけですから、みんな普通に歌えるわけです。簡単にハモっちゃうわけです。逆に言えば、歌えない人なんていないわけです。

 でも日本は違うでしょ? 基本、歌わない文化だもの。幼少時にピアノ等の音楽英才教育を受けた人以外は、せいぜい幼稚園のお遊戯とか、学校の音楽の時間で歌うくらいです。ヨーロッパ人たちとは、そこのところが大きく違います。

 外国人の先生の楽器のマスタークラスを見ていると、多くの先生が「まず歌ってごらん」と言います。歌わせてから楽器の演奏をさせるわけです。きちんと歌えなければ、まず歌を直していきます。そういう教え方なんですね。で、歌を直せば、楽器もうまく演奏できるようになるわけです。

 でも、それを日本の生徒さんに向かってやると、たいてい失敗します。と言うのも、日本の生徒さんって上手に歌えないんですよ。マスタークラスの生徒さんって音大卒がほとんどですから、歌えない人なんていないはずですが、それでも歌は上手ではないのです。あんまり歌が下手なので、先生が諦めて、楽器の演奏をさせると、びっくりするくらいに上手だったりするわけです。つまり、日本人は、歌と楽器演奏が全然連動していないわけです。

 歌えなくても楽器が演奏できるし、楽器が上手に演奏できたとしても、歌はからっきしだったりするんです。これって、実はかなり歪な事なのですが、日本ではごく普通の出来事だったりします。

 なので「音痴に楽器は無理なのか?」に対しては「日本人なら、必ずしも無理とは言えません」となります。

 でもね、歌はもちろん、多くの楽器では、奏者が音程を作って音楽を演奏するわけです。フルートだって、運指が正しくても、奏者がきちんと意識しなければ、音程は微妙な感じになりますが…歌えば音痴なのに、楽器の音程はバッチリしている日本人奏者って、外国人から見ると、奇妙な音楽家に見えるんでしょうね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 音楽一般

2020年07月29日

暗譜をしないと、暗譜をね

 声楽のレッスンの続きの続きです。

 次はプッチーニ作曲の歌劇「トゥーランドット」のテノールアリア「Non piangere, Liu!/泣くなリューよ!」です。このアリアは、まずまず歌えるので、注意するのは最高音Bの箇所です。

 この曲に関しては「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光から」と違って、最高音の前で時間を取って準備をする暇がありません。音楽の流れは止められません。ですから、音楽が流れている中で準備をしていくしかありません。

 具体的には高いBの手前のFの、裏拍の時に急いで準備する必要があります。

 その準備とは、
 1 息の勢いを増し、それを以てノドの上を開けると同時に上に引っ張る。
 2 アゴを落として、ノドを下に引っ張る。つまり、ノドを上下に引っ張ります。
 3 腹筋を入れます。上に入れてから下に引っ張ります。
 4 タイミング良くBを出します。

 この準備で大切なのは、ノドにせよ腹筋にせよ、まずは上へ引っ張ってから、下へ引っ張る事です。逆にしてはいけません。逆にすると、声が胸に落ちてしまいます。まずは上に引っ張って、ポジションを高くしてから下へ引っ張るのです。

 とは言え、準備に掛けられる時間が少ないので、ほんと難しいです。ただ、難しいからと言って、勢いや力づくで声を出さないようにしないといけません。あくまでも、高音は引っ張って出す…これを忘れてはいけないのです。

 最後は、ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」の二重唱「Verranno a te sull'aure/そよ風にのって」です。

 とにかく難しい曲です。おそらく、今回の発表会で歌う曲の中では一番難しい曲だろうと思います。音高が高いので、ついつい勢いよく歌いがちですが、常に支えられた息で力強くpで歌うようにしないといけません。そう、pで歌うんですよ。これが難しい。

 また、終始、ずっと歌っていると声が消耗してしまうので、適宜喋らないといけません。

 高いAやBは、あっちこっちで何度も出てきます。だから高音であろうと特別な決め音であるとは考えずに、自然のメロディーの流れの中で発声する事です。もちろん、その他の音と同じ音色で自然体で歌わなければいけません。いやあ、難しい。

 とにかく、一回通すと、それだけでヘトヘトになります。発表会の曲順としては、我々的には一番最後に歌いたい曲です。この曲を歌っちゃうと、声が無くなってしまい、他の曲を歌えなくなっちゃうもの。

 曲順的には…

「Danza, fanciulla gentile/踊れ、優しい娘よ」
「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光から」
「Non piangere, Liu!/泣くなリューよ!」
「Verranno a te sull'aure/そよ風にのって」

 …かな? 最初の2曲は連続でも可能だけれど、後の曲たちは、一応休憩を挟んで欲しいなあと思ってます。それくらい、どの曲も、今の私が歌うにはタフな曲たちだからね。 それにしても、発表会まで、あと約一ヶ月ですが…まだまだ暗譜できてません。まあ、本当に最後まで暗譜できなきゃ、楽譜見ながら歌っちゃいますが、なるべく暗譜をして本番に臨みたいと思ってますので、もっとしっかり練習して暗譜しないといけませんね。

 頑張りましょう。

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2020年07月28日

ノドを引っ張って高音を出す

 声楽レッスンの続きです。

 トスティ作曲の「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光から」です。いやあ、難しい曲です。

 同音の連続は、次々とノドを開いて歌います。これ、お約束です。

 この曲は、音高の平均値がかなり高いので、まずは軽く軽く歌うようにこころがけます。そのために、声ではなく響きに重点を置いて歌いましょう。さもないと、ノドが確実にやられます。特に後半の“chiu di mio notte”から始まる部分では、つい粘って歌いがちになる私ですが、ここでも軽く軽く歌わないといけません。うっかり粘った歌い方をしてしまったとしても、気づいた段階ですぐに修正しないといけません。この箇所には高いAがありますが、別に決めフレーズでもなんでもないので、高いAであっても、サラッと歌い過ごさなければいけません。

 軽く歌うのが難しければ、いっそしゃべってしまうというのも一つの手なんだそうです。ううむ、考えてみようかな?

 最後の決めフレーズ“il sole eterno”は、楽譜上は、その前のフレーズから伴奏が途切れずに続いていますが、楽譜通りに歌える人は、かなりの上級者なわけです。で、私の場合は、決めフレーズに入る前にピアノはブレイクしてもらい、たっぷりと時間を取ってから、このフレーズを歌うようにしました。実際、そうやって歌っているプロの方もいるわけだしね。

 時間を掛けている間に何をするのか? まず、息を一度吐き切ります。それから息をたっぷりと吸って、腹筋をまず、上に引っ張り、次に下に引っ張って、息の圧力を高め、軟口蓋を十分に上に引っ張り上げて…待機です。で、気持ちが高まったら、やおら歌い出すわけです。とにかく、焦ってはダメです。ゆっくりと手順を踏む事が大切です。

 Y先生がおっしゃるには、私は普段の発声練習では、高いHまでは普通に発声できているそうです(Hi-Cは、ちょっと♭しているそうです)。なので、高いBは余裕で出せるはずなのに、歌になるとできないのは、発声の問題ではなく、技術やメンタルの問題だろうという事です。つまりアプローチがうまく行ってないってわけです。発声技術的には、高音を息をぶつけるようにして出すやり方を往々にしてやりがちな私ですが、これは博打であって、うまく行く時もあればダメな時もあるわけで、プロはこのやり方を(よほど高音に余裕がある人以外は)やりません。

 では、どうやって高音を出すのか、それは軟口蓋を引き上げて高音を出すのです。つまり、まずは軟口蓋を上げていない状態で、目的の音を出そうとします。で、その音高に届いていなければ、そこから声を被せる要領で軟口蓋を上げていき、目的の音高まで上げていきます。

 このやり方をするためには、ノドを広げずに高いAぐらいまでは楽に出せる必要があります。と言うのも、ノドを広げて音高を上げていくには限界があって、せいぜい半音〜全音がぐらいしか上がらないからです。だから、最終的に高いBを出すなら、何もせずに高いAが出せる事が必須条件になるわけです。で、私はようやく、高いAが普通に出せるようになったので、発声技巧的に高いBも無理ではないだろうというわけなのです。で、発声練習の結果から見れば、今のところ、ノドを広げれば高いHまで行けそうなわけです。

 まあ、それほど難しく考えなくても、このフレーズは、中音B-Es-G-高いBとなっていて、つまりコードネーム的に言えば、E♭の分散和音になるので、本来は歌いやすいフレーズなわけです。

 大切な事は、高いBを全く別のところから持ってきて発声するのではなく、あくまでも分散和音の中の音として、同じ音質、同じ音色で統一して歌うことです。歌的には、全然別の音色の正しい音程で歌うよりも、同じ音色で多少フラットした音程で歌った方がマシなんだそうです。

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2020年07月27日

一生懸命なのは、ちょっと青くて痛い

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発表会関係の話から。

 実は発表会の前日にY先生のコンサートが開催されることになりました。それも某自治体の公的補助金付きで(!)。なので、今回の発表会は、参加者もあまり見込まれず、教室的には赤字開催にもなりかねない、経済的にリスキーな発表会だったのですが、前日のコンサートは確実に大きく黒字になる予定なので、安心して発表会を開ける…ようです。が、発表会の赤字をY先生個人のコンサートの黒字で以て補填するのは、何か変な気もします。生徒の皆さんは、なるべく発表会に(参加者が多ければ黒字になりますので)参加しましょう。そのためにも、世の中のコロナ騒動がおさまりますように…。また私自自身もきちんと健康管理をしていけますように…。

 さて、レッスンはハミング練習からです。今回は、声をしっかり鼻に乗せるのはもちろん、鼻よりも上に持っていき、そこから前に出していく練習をしました。やる事はいつもと一緒。支えは常にしっかりとし、ノドは楽にする…結局はこれに尽きるわけです。それにしても、毎回注意されるほどに、やるべき事をやれていない自分がここにいるのが、ちょっと情けないです。発声練習も、ハミング練習と同様な事をやりました。

 さっそく曲に入ります。まずはドゥランテ作曲の「Danza, fanciulla gentile/踊れ、優しい娘よ」です。

 まず、スタッカートとスラーの対比をしっかりしましょうと注意されました(まるでフルートのレッスンで注意されているようでした)。fとpの対比も明確に歌い分けましょう。また、声を開けるところと被せるところも対比を明確にしてください。

 それから、今私が歌っているテンポを速めてみました。別に私がノロノロ歌っているわけではないのですが、もう少し速いテンポで歌った方が、フレーズの流れ的にも、ブレスの持ち的にも、良さそうだろうというわけで、試しに速いテンポで歌ったみたところ、結果オーライでした。発表会本番も速めのテンポで歌ってみましょうか。一小節を一拍に感じて歌えば、なんとかなりそうです。

 前回のレッスンでも言われましたが、歌は常にレガートで歌う事。白玉音符は、次の音符との音程差を感じさせるように歌っていく事。つまり、息の流れ(ブレスコントロール)を意識してくださいという事です。デジタルっぽい棒歌いではなく、アナログっぽく色々と雑味を含みながらの声や歌い方で行きましょうって事です。その雑味が、歌の色気につながっていくわけですからね。

 以前の私は、いつでも一生懸命でした。歌の歌い方も、一生懸命で、最初っから飛ばしまくるのがマイスタイルだったわけですが、それでは歌が一本調子になってしまいます。気持ちは常に一生懸命で良いのですが、歌は一生懸命よりも、余裕のある歌い方の方が良いわけで、余裕を持って、楽に歌っていく事が何よりも大切だし、そういう歌の方が聞いていて良い感じに聞こえるわけです。一生懸命に歌っている姿は、ちょっと青くて、痛い感じがします。人は、単純な歌よりも、色気のある歌の方を人は好むしね。

 歌の中に色気をきちんと織り交ぜて歌えるようになりたいものです。

 あと、余裕と手抜きは違います。余裕は必要ですが、手抜きはしちゃダメなんです。私の場合、息の支えとか腹筋を動かすとか、常に忘れちゃいけないのです。

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2020年07月26日

新型コロナって、思ってたほど怖くない?


 皆さんは、この記事のタイトルを見て、どう思われましたか? 「1000人も死んで怖いなあ」「お年寄りには危険だね」…ですか? 私が思ったのは「あ、コロナって、案外普通の病気じゃん」って事でしょうか。

 だいたい、コロナが流行ってから約半年。半年で1000人が亡くなったのなら、単純に考えるなら、年間の死者は約2000人ぐらいじゃない? だとすると、死者数が少ないなあって思ったのですよ。どこで検索しても結果は同じですが、日本国内で1年間でガンで亡くなる方は約40万人です。心臓の病気で亡くなる方が約20万人で、肺炎で亡くなる方(コロナも最終的には肺炎になって死ぬんですよ)が約12万人です。それに対して、コロナの死者数が2000人ならば「コロナは死に至る病…」というのは、ちょっと言い過ぎじゃないかなって思うのです。実際、ここ数ヶ月、私の身の回りで亡くなった方は、ほぼ全員、新型コロナではなく、ガンで亡くなっていますし…。ま、なので新型コロナって、ごく普通の、甘く見ていると死者が出るけれど、気をつけていれば、それほどではない普通の病気…って気がしちゃうんですよ。

 「死者の8割が70代以上」と聞いても「普通だよね」と思います。全年齢に渡って、同じ割合で死者が出たり、若い世代が集中してバンバン死んでいたら、それはとても怖いのですが、年寄ばかりが多く死ぬのは、ある意味、当たり前じゃん。だって、我々は生き物だもの。誰であっても、年を取れば、やがて死にます。だから、死人が出るのは悲しいけれど、その死者の大半が年寄りなら、そりゃあまあ順番だよねと思います。

 別に、年寄は死んで良しとは思ってません。でも、死んでいるのが、若者や子どもではなく、年寄りばかりならば、それはある意味、自然の摂理だなって思うだけです。

 同じように、基礎疾患がある人がコロナで死んでしまうのも、そりゃあ不健康なんだもの、やむをえないよなあって思います。五体満足で健康の塊のような人たちがドンドン死んでいくのなら、とても恐ろしいですが、不健康で薬漬けになっている人が、他の病気に罹患して死んでしまうのは、悲しいけれど、まあそうだよなあって思うだけです。だって免疫力が弱っているんだもの。

 誰だって、好きで病気になっているわけじゃないけれど、基礎疾患があるって事は、つまり病人なわけで、病人って健康な人とは違うでしょ? 死亡リスクの高い人が、リスクどおりに死んでしまうのは、悲しいけれど、仕方ないです。

 同じ理由で院内感染が多く発生していても、そりゃあそうだよねとしか思いません。だって、病院内にいる人って、大半が病人で、病人って免疫力が低下していて、コロナに限らず、どんな病気にも罹りやすいんだもの。なら、コロナにたくさん感染しても、ある意味、当然だよね。

 だから、年寄りとか病人が死んでしまうのは、悲しくて切ないけれど、それは受け入れるしかありません。院内感染が発生しても、病院を責めないでください。あと、私が新型コロナで死んじゃったとしても、皆さん、受け入れてください。私も基礎疾患持ちの年寄りなので、よろしく。

 もしも、コロナで若い子ばかりが死んでしまったり、健康な人に限って死んでしまうようならば、本当にコロナは怖い病気だと思いますけれど、現状では、ある意味、順番通りに死んでいるなら…それも驚くほど大勢でもなく、ひっそり亡くなっているのなら、まあコロナも普通の病気なんだなって思うし、だったら普通の生活をしながら、病気予防をこころがけていけばいいんだなって、ある意味、安心できるわけです。

 新型コロナには後遺症があって…という報道もありますが、事実は正確に伝えて欲しいなあと思います。後遺症の症状を見るに、あれは新型コロナ特有の後遺症ではなく、普通に、肺炎の後遺症だよね。肺炎は怖い病気だし、死に至る病だし、死ななくても後遺症が残る病気だし、ほんと、甘く考えてはいけない病気ですが、別に肺炎はコロナでなくともなってしまう病気だからね。普通の風邪をひいても肺炎になってしまいます。肺炎って、そういう病気だからね。ほんと、肺炎、こわいこわい。コロナを恐れる事の数倍、肺炎を恐れないとダメじゃないかと思います。

 それに以前も書いたけれど、感染者ってのは、普通の日本語で言えば“保菌者”の事であって、別に大半の方は発病しているわけでもないし、発病していても、日常生活を普通におくれる程度の人たちばかりでしょ? それは新型コロナウィルスが弱毒性ウィルスであるため、感染して保菌者になっても、発症には至らない事が多いからです。まあ、保菌者になれば、発病していようといなかろうと、ウィルスを撒き散らす事に違いはないわけで、彼らには慎重な行動をとって欲しいとは思うけれど、別に病人ってわけじゃないんだよね。せいぜい、きちんとマスクをして生活をしてくれれば、まあいいやと思ってます。

 マスコミの報道を見ていると、新型コロナが街中に蔓延していて、かかるとすぐに死んでしまうかのように煽ってますが、その手に乗ってはいけません。今のマスコミは、一種の情報テロをやっているわけで、恐怖で私達の心をしばろうとしています。なぜ、そんな事をするのか? 皆さんの心がコロナで恐怖にかられれば、必ずテレビや新聞の報道を熱心に見るでしょ? つまり、彼らは第一義的に、自分たちの商売のために、我々に恐怖を広めているわけです。

 コロナに関して、油断はしてはいけないけれど、無駄に怯える必要は全くないと、私は思ってます。マスコミに踊らされちゃダメよ。

 また、もっとタチの悪い人たちもいます。日本中に恐怖を蔓延させて、日本人を萎縮させて、経済を停滞させて、国力低下を狙っている人と、その日本人協力者(昔風に言えば売国奴)が、政治の中枢にもマスコミの現場にもいるんだろうと思います。日本やアメリカを始めとする、自由主義経済の国々が弱って喜ぶのは誰なのか? ちょっと考えれば分かる事です。そんな連中に踊らされちゃ、ダメよ、ダメダメ。

 あと、○○警察と呼ばれる人たちがいます。自粛警察とか、マスク警察とか…。マスコミの情報に踊らされて不安なんだろうけれど、自粛ばかりしていたら、みんな経済的に死んじゃうし、これから夏が本格的になるわけで、厚労省も「高温や多湿といった環境下でのマスク着用は、熱中症のリスクが高くなるおそれがあるので、屋外で人と十分な距離(少なくとも2m以上)が確保できる場合には、マスクをはずすようにしましょう」と言っているわけだし、外でマスク無し生活をしている人たちに対して、少し寛容な目で見てあげられないかなあ…なんて思ったりします。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年07月25日

案外、民主的?

 ウチの金魚たちは焼き芋が大好きです。焼き芋を水槽に入れると、それこそ上を下への大騒ぎをします。

 で、大騒ぎをしながら芋を食べるのですが、その食べ方を見ていると、うまくやっているなあと感心します。

 いつもだいたい、真っ先に芋に食らいつくのは、ヤヨイです。思いっきりガブガブと芋にかじりついたら、すっとその場を離れて、モグモグモグモグモグモグ…とずっとやっています。おそらく、クチの中にほおばれるだけほおばって、それの処理に苦労しているのでしょう。だいぶ、長い事モグモグモグ…とやって、食べ終わった頃には、どこに芋があったのか忘れてしまうようで、また改めて芋を探して…で、見つけたらガブガブと行きます。

 問題は、かなり長い時間、モグモグやっているので、その間に、シズカが芋にかじりつき、ドジョウたちがかじりつき、ランコやアカリもかじりつき、アセビもかじりつき(なぜかアセビはいつも一番最後なのです。遠慮深いのか、ポジション的に弱いのか)って事が、余裕を持ってできるのです。余裕どころか、アセビの後にしばらく誰も芋にかじりつかないなんていう瞬間すらあります。

 で、一通り、芋をクチに入れたところで、再びヤヨイがやってきて二巡目が始まります。なんだかんだ言って、みんなのクチに平等に芋が入るんですよ。ううむ、民主的。

 これがイヌやネコだと、エサの独り占めをするでしょ? でも金魚って、エサの独り占めをしないんですよ。もちろん、譲り合いなんてしないし、アカリあたりが食べていたとしても、ヤヨイが食べたくなれば、アカリを追っ払っても食べますが、食べていない時に芋を囲っておこうなんて事は、金魚は考えません。ね、民主的でしょ?

 もっとも、金魚はエサの囲い込みはしませんが、ドジョウは…します。彼らは芋の上に乗っかってエサを独り占めにします…が、そんなのは金魚には通用しませんので、力づくで排除されてしまいます(笑)。

 それと、金魚はエサの囲い込みはしませんが、エサを移動して隠すぐらいの事はします(主にヤヨイ)。問題は、エサを移動するところまではいいのですが、移動先をすぐに忘れてしまうみたいで、いつでも食べ終わったら、芋を探すところから始めています。ほんと、お馬鹿さんなんだから。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年07月24日

私はLINEをやらない

 フルートのレッスンでした。ちょうど私が教室に入るほんの少し前に、姉様のレッスンが始まったようで、結構たっぷりと姉様のレッスンを見学させていただきました。なんかやたらと難しそうな曲を練習していました。すげえな。難しい曲を練習している姉様もすごいけれど、それを教えている先生も只者じゃないよな。すごいすごい。

 で、ロングトーン練習を三人でやってから、私のレッスンになりました。

 最初はエルステユーブンゲンでした。25番と26番です。暗譜をしていないのはもちろん(笑)、今回は演奏そのものがボロボロになってしまいました。気が散っていたんですね。実は今回から、レッスンで使っている録音機を新調したのです。で、その録音機の事が気になって気になって…それで気を散らしてしまい、ボロボロの演奏になってしまいました。ダメだな。先生からも「そんなところで間違えるなんて珍しいね」とも言われてしまいました。それくらいにダメだったわけで…演奏中に気を散らすと、ロクな事になりません。

 旋律的練習曲は6番です。壊滅的に自宅練習が不足している割には、結構吹きやすく、指的にはあまり大きな間違いをしませんでした。だからと言って合格にはなりません。普通の音符と、スタッカートのついた音符、スタッカートとスラーの付いた音符。それぞれの吹き方(ってか音のキャラクター)をしっかり変えていかないといけないのですが、まだまだ私の吹き方では、音のキャラクターの違いがきちんと出ていないってわけです。とにかく、練習しないとダメですよね。

 40リトルピーセズは34番、バッハのガボットです。こちらも指的な間違いはだいぶ減ったと思いますが、先生がおっしゃるには、この曲はフーガなので、もっと追っかけている感じが欲しいんだそうです。ですよね…。

 さて、今回の雑談は…先生、先日よりLINEを使う事にして、お弟子さんに教えてもらったんだそうですが、それでも全然分からず、困っているので、私に簡単に使える方法はないかと尋ねてきたのです。

 でもね、先生。私はLINEはしていないんですよ。たぶん、これからも使用しません。なので、教えて差し上げる事ができないのです。

 なぜ私はLINEを利用しないのか? それは単純な話、LINEは韓国系の企業によるサービスで、そのサーバーが韓国にあるからです。つまり、LINE上でのやり取りは、たとえ削除したとしても、アップした段階で、データがLINEのサーバーに残り、それは韓国でビッグデータとして使われるからです。そこが気に入りません。それに、サーバーに残ったデータは、韓国の捜査機関の命令次第で、いつでも開示され韓国政府が閲覧できるのも、気に入りません。つまり、合法的な国家的なスパイツールとしても運用できる仕組みになっているのです。

 別にLINEにトロイの木馬が仕込まれている…とまでは言いませんし、おそらく、それは無いでしょう。LINEを運営している会社は、きちんど合法的に運営されていると信じています。問題は、サーバーが韓国にあり、韓国の法の元で会社が運営されている事です。この危険性が分かる人はLINEを使わないに越した事はありません。分からない人は、LINEは便利でしょうから、無自覚な売国者として、どんどん活用すればいいのです。

 ちなみにTik Tokは、中国系企業によるサービスで、アプリも中国製で、サーバーも中国にあります。それに木馬が仕込まれていないとは現在の段階では言い切れません。アメリカでは近いうちに使用禁止になるかもしれません。実は、LINEよりもずっとずっとヤバいアプリなのかもしれません。過去に中国系のアプリには何度も木馬が入っていて、その度に問題になっていたでしょ? 検索してみてください、過去の事件がウジャウジャ出てきます。

 ヤバいと言えば、中国製のスマホを始めとする通信機器や情報機器は、絶対にヤバいと思うよ。ハード的にあれこれ小細工されていても、素人には分からないからね。通信回線に繋がなくても、コンセントに繋ぐだけでも、データーは持っていかれるからね、注意しないと…。例えば…ThinkPadは大好きなノートパソコンだったけれど、中華系企業にブランドごと買い取られたので、それ以来購入していません。以前のThinkPadは日本で設計生産されていたのだけれど、今は設計も生産も完全に中華なパソコンだもの、めっちゃ安くてコスパは良いのだけれど、裏口がいくつも作って有りそうで、怖くて使えないよ。

 というわけで、通信機器やアプリは、原則日本製で、それが難しいなら、同じ民主主義国家で自由と平和を愛する価値観を共有している技術国、アメリカとか台湾とかスウェーデンとかの製品やアプリを使うべきだと思ってます。

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2020年07月23日

マスクとフェイスシールド

 ホールとか劇場とかが、ぼちぼちと再開してきました。ウチの近所の市民会館もピアノの発表会とかが行われるようになりました。

 器楽演奏は良いのですが、歌は…まだまだ色々と厳しそうですね。極端な話、ピアノはマスクをしたままでも演奏できますが、歌はどうなのかって話です。

 少なくとも私は無理です。第一にマスクをしたまま歌うのは、息が苦しすぎます。短い歌ならともかく、ある程度の長さの歌を真剣に歌うなら、マスクは相当にヤバいです。さらにマスクをしたまま歌っていけば(当然ですが)マスクがズレていきます。私の場合は、マスクがズレて、クチの中に入ってしまいます。「マスクを食べる」という状態になりがちです。そんな状態では歌は歌えません。

 なので、私は歌うならフェイスシールドの方がマシかなって思ってました。少なくともフェイスシールドなら息苦しくはないし、歌っていてズレる事もありません。問題があるとするなら、声がシールド内に籠もり、歌っていて違和感を感じる事です。でもまあ、これは慣れの問題になるでしょうから、やがて慣れてしまえば、大きな問題ではないでしょう…なんて思っていました。

 どうやら、そんなに簡単な問題ではなさそうです。

 こちらの動画は、東急文化村の“ブンカムラチャレンジ”にアップされた「東京フィルハーモニー交響楽団が新時代の演奏・鑑賞スタイルを模索する」という動画で、なかなか興味深く面白い動画なのですが、この中で面白い試みをいくつかしています。

 その中で、ベートーヴェンの第九の合唱を、マスクをして歌うのと、フェイスシールドをして歌うのとを比較しています。歌声をマイクで拾って、それを聞いているので、正しく聞こえていないのかもしれませんが、仮に小細工なしでマイクで収録したのだとするならば、フェイスシールドで歌うのは無しかもしれません。

 フェイスシールドを着用して歌った場合、声が全然飛んでないのです。いかにも“籠もってます”って声に聞こえるんですよね。これならマスクの方が何倍もマシに感じます。

 この動画を見ながら妻が言っていたのですが、音って音波(空気の疎密波)だから、マスク等の紙や布は通過できても、フェイスシールドのアクリル板は通過できないのかもしれない…。

 確かにそうかも。マスクは空気が通過できるけれど、フェイスシールドは全く通過できないものね。音が空気の疎密波である以上、空気が通過できなきゃ音も通過できるわけありません。

 マスクならば、紙や布が邪魔をして、疎密波の振動が弱まることはあったとしても、振動そのものは通過できちゃうわけです。でも、空気はアクリル板を通過できません。声という空気の疎密波は、アクリル板に当たって、一部はアクリル板を振動させて、アクリル板経由で外部に音を伝えるでしょうが、残りの大半はアクリル板に跳ね返されてしまいます。いわゆる“声が籠もる”わけです。プロのオペラ歌手ならば、声が籠もるのではなく、声が自分に直撃してくるでしょうから、自分の声で自分が参ってしまうかもしれません。

 要するに、マスクは空気の疎密波をそのまま通過させるけれど、アクリル板は、音を効率良くは伝えてくれません。大半を跳ね返してしまうし、外部に音として伝えるとしても、振動を、空気→アクリル板→空気というように変換させ、途中で振動する媒体を変えて声を伝えるわけです。問題は、途中にアクリル板の振動を挟む事です。空気とアクリル板では、伝えやすい振動は当然違うわけで、アクリル板を途中で挟む事で、音質の変更は行われるでしょうし、振動の方向性も変わってしまうと思います。それが聞いた感じで「音が飛んでいない」と感じさせてしまうのかもしれません。

 もしそうだとしたら、フェイスシールドは使えませんねえ。かと言って、マスクをしながら歌うのも気乗りしないし、やはり一番いいのは、距離をとって、何も着用せずに歌う事かな? それこそ2mのソーシャルディスタンスを守って歌えば、なんとかなるんじゃない?

 と、考えたところで、先程の動画ですよ。あの動画では、合唱団員が12名なんですね。各パート3名の4パートで12名です。歌手と歌手の間の距離を十分にとれば、普段は200名ぐらい乗れる舞台でも12名なんですね。頑張れば、距離を保ったままでも、もう少しは歌手が乗れるかもしれませんが、それでもおそらく20名前後が限界かな? そう考えると、合唱はかなり無理です。独唱や重唱ならともかく、合唱は無理だよね。少なくとも、ベートーヴェンの第九は無理って言わざるを得ません。

 第九を歌うならマスク着用…って事になるのかな? でも、マスクをしたまま第九を歌ったら、息苦しくって倒れる歌手が出てくると、我は思うよ。いや、まじで、ほんと、マズイって。かと言って、フェイスシールドを付けて合唱したら、客席まで声届かないし。

 一応、“歌えるフェイスシールド”という、フェイスシールドとマスクのいいとこ取りのようなモノがあるそうですが、ネットで見たところ、家内制手工業製品らしくて、まったく量産化されていないので、私のような趣味人の選択肢には入ってきません。いやはやなんとも。あと、海外には歌手用のマスクと言って、まるでペリカンのクチバシみたいな形状のマスクもあるそうですが、これとて日本在住の私では入手は難しいです。

 ほんま、どないすんねん。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ

2020年07月22日

新しいICレコーダーを買ったよ

 私が今まで使っていたICレコーダーは、サンヨーの DIPLY TALK ICR-PS380RM で、2008年販売のヤツです。もう12年前の製品になるんだね。で、この子がある日(ってか声楽のレッスンの冒頭に)急に電源が入らなくなりました。電池が切れたのかなとも思って電池も替えてみたのですが、何の反応もありませんでした。んじゃあ、と言うのでパソコンにつないでUSBメモリとして使えるかどうかを試してみても、まるで反応無し。急にお亡くなりになってしまったようでした。享年12年、よく働いてくれました。

 ちょうど私の誕生日付近だった事もあり、急遽、私の誕生日プレゼントとして妻が新しいICレコーダーを買ってくれる事になりました。で、次のICレコーダーの品定めを私が行う事になったわけです。

 まずは前の子をとても気に入っていた私は、素直に後継機を買おうと思いました…が、すでに生産メーカーであるサンヨーは、この世にはありません。2011年に松下電器に吸収合併されてしまいました。ううむ、なので、ある意味、パナソニックの製品が後継機になるので、まずはパナソニックのICレコーダーを検討してみました。

 まあまあ良い製品が並んでいるんだけれど、結局パナソニックは購入対象から外しました。理由は、私が狙っていた製品が、電池式だったからです。電池式…はランニングコストが掛かり過ぎます。充電池の使用は不可ではないみたいですが、その場合は、別途充電器を用意しておかないといけないみたいで、なんかそれでは手間暇がかかるなあって思ったのです。前の子は、電池式だったけれど、充電器も兼ねていたので、充電残量が少なくなれば、本体を電源に挿しておけば、それで充電可能だったので、気楽でしたが、それが別途充電器を用意して…となると、どうしたもんだろって気になったわけです。

 そこで、パナソニックは止めて、他のメーカーにしましょうと決めました。そうなると、選択肢は無限大なのですが…一応、国内メーカー製品に限定する事にしました。性能とかコスパとか考えると、海外メーカーにも良い製品はたくさんありますが、やっぱり、安心安定の国内メーカーだよね。

 で、パナソニック以外にICレコーダーを生産している国内メーカーと言うと…オリンパスとソニーの2社がありました。特にオリンパスは、現在、ICレコーダーのトップメーカーらしく、なかなか魅力的な製品がラインナップされていました。

 オリンパスの製品で、私が購入を検討したモデルは、前の子に割とそっくりで、ソツのない製品でした。なので、一時はこれを購入しようと半ば決めていたのですが、いやいや、もう一社あるソニーの製品も検討してみないといけないじゃんと思って、とりあえずオリンパスはキープしておいて、ソニー製品を見てみました。

 ソニーのICD-UX570FというICレコーダーを検討してみました。オリンパスのものと遜色ない製品でしたが、こちらは充電池式(リチウムイオン電池)でした。オリンパスの方は、乾電池使用ですが充電池も使用可で、本体がそのまま充電器にもなる優れた仕様なのですが、対象充電池がニッケル水素電池なんですね。そう言えば、前の子もニッケル水素電池でした。当時はニッケル水素電池が最新式だったし、ニッカド電池と比べれば、そりゃあニッケル水素電池一択だったわけですが、今の時代の充電池と言えばリチウムイオン電池なわけで、そりゃあニッケル水素電池とリチウムイオン電池だったら、リチウムイオン電池式の方を選びますよね。ただ一点、ニッケル水素電池式だと、形状が普通の乾電池と全く同じなので、緊急時には乾電池を使えば良いという利点がありますが、リチウムイオン電池は本体内部に組み込んであるので、緊急時であろうがなんであろうが、その充電池を使うしかないわけで、そこが難点かな?って思ったわけです。

 でもソニーのICD-UX570Fには急速充電という機能がある(最初の3分の充電で、1時間使用可能になります)し、USB電源なら、iPhone用のポータブル電源を持ち歩いているので、それを使って緊急時でも充電できるなあ…と思ったら、乾電池併用式よりも便利じゃんって思いました。だって、乾電池使用って、便利そうだけれど、事前にわざわざ乾電池を購入しておかないとダメだからね。その場で簡単に急速充電出来る方が使いやすいと言えば使いやすいのです。そう考えて、結局ソニーのICD-UX570Fにしました。

 ICレコーダーとしての性能ではなく、電源部分の仕様で選んでしまえるなんて、ICレコーダーって十分成熟した製品分野なんだなあって思いました。

 一応、ソニーには音楽録音専用のPCM-A10という上位機種もあるのですが、こちらだと価格が倍になるし、そこまでのハイスペックなマシンは私には不要(ハイレゾ録音は私には不要)なので、PCM録音ができるICD-UX570Fにしたわけです。
 使い勝手は良いです。前の子よりも起動が速いし、充電池の取り扱いも手軽だし、録音品質もそんなに変わりません。何よりも、充電が速いのが良いですね。データをパソコンに移すなどの作業をしているうちに、勝手に充電して、いつのまにかフル充電になっていますので、使用する時は電気の残量を気にする必要はありません。操作体系は当然サンヨーとは違うので、最初は慣れが必要ですが、まあ大した問題ではないでしょう。置き換えで使うには、いい感じです。欠点があるとすると、録音を自動録音に設定しているので、無音の状態が続くと、録音レベルが上がり、エアコンの音とかをしっかり録音してしまう事でしょうか? 真面目といえば真面目なんだけれど、そのうち慣れるでしょうし、それがあまりにひどければ、録音の設定をあれこれイジってみます(笑)。

 不安があるとすると、ソニー製品なので、ソニータイマーが仕込まれていないかという不安かな? サンヨーの子が12年使えたので、せめて10年は使いたいなあと思ってますが、どうでしょうか?(不安)。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | その他

2020年07月21日

正しい音程で歌う方法

 …が分かればよいのに…と、歌を習い始めた頃はよく思っていました。

 まずは言葉の定義をしておきます。音程というのは、音と音との差であって、正しい音程で歌えれば、相対音感があると言えます。音高というのは、その音の絶対的な高さであって、正しい音高で歌えれば、絶対音感があると言えます。

 さて、本論に入ります。

 フルートだったら、ドならドの運指があって、その運指をして息を楽器に吹き込めば、まあだいたい正しいドが鳴るのです。自分自身がドの音がどんな音なのか皆目検討がつかなくても、ドの運指をして息を吹けばドが鳴るのですから、歌も同じように運指みたいなものがあって、それさえすれば、いつでも正しい音高…なんてぜいたくは言いません。せめて、いつも正しい音程で歌えればいいのに…って思ってました。

 願いは切実だけれど、考え方は浅はかです。

 今なら分かります。フルートだって、ただ万全と楽器に息を吹き込んだだけでは正しい音高にはなりません。運指が正しいのはもちろんですが、奏者がきちんと正しい音高をイメージして息を楽器に吹き込まないと正しい音高で楽器は鳴りません。

 歌も基本的には同じです。

 まずはイメージです。自分が歌おうとするフレーズの正しいイメージがないと正しい音程では歌えません。でもまあ、これに関しては、脳に障害でも無い限り、少なくとも音楽を趣味としたいと願う程度の人ならば、軽くクリアはしているわけです。自分が歌おうとしている正しい(あるいは、理想の)イメージはあるのだけれど、それを歌として表現できない…のが悩みなわけです。

 だから、歌にも運指があればいいのに…なんていう、頓珍漢な事を考えるわけです。典型的な運動性音痴の考える事です。

 結論から言えば、歌には運指はありません。ひたすら練習するしか手はありません。

 正しい音程で歌うための練習とは…ひたすら歌の基礎練習を地味に丹念にやるだけの話です。

 私がやった練習の中で、おそらく一番効果的だったのは、チューナーを使って、ひたすらハ長調の音階を階名で歌う練習です。とにかく、チューナーを見ながら「ドー、レー、ミー…」と歌っていく練習です。この練習で、歌の筋肉と耳の両方を鍛えていきます。「ドー」と声を出して、チューナーでその「ド」が正しいと確認していき、その時の筋肉の使い方を覚えます。同時に「ドー」と自分で出した声を聞いて、その「ド」を記憶します。ただ、それだけ。それの繰り返しで、一オクターブをマスターしていきます。

 これだけで数ヶ月かかります。でも、これをマスターすると、筋肉と耳が鍛えられて、階名と筋肉の感覚がつながり、正しい音程で歌えるようになり、同時に階名と耳の感覚もつながり、自分が歌ったフレーズが正しく歌えているかどうかが分かるようになります。

 これができると、ようやく簡単な歌が歌えるようになります。さらに上達するためには、ドレミ…と言った順次進行だけでなく、ドシラ…と言った下降進行もやらないといけませんし、ドミソ…と言った3度の音程とかもやらないといけません。こうなると、コールユーブンゲンの世界ですね。たぶん、コールユーブンゲンは有効だろうと思います。私はやってませんが…。だって、あんなにたくさんの課題曲をやらないといけないと思ったら、歌を辞めたくなっちゃうでしょ?

 ドレミの順次進行と、ドシラの下降進行、ドミソの3度の音程ができるようになったら、簡単な曲を楽譜を見ながら歌っていくと良いだろうと思います。それこそコンコーネの世界です。もっとも、私、コンコーネもちゃんとやってませんが(笑)。

 私が最初に行った、チューナーを見ながらの練習は、おそらく昔のやり方です。要は自分の出した声の音高をきちんと視覚化して確認できればいいのです。今なら、スマホのアプリで、もっと楽しくて効果的な音感トレーニングのアプリがあるでしょうから、そういうモノを使っても良いだろうと思います。

 大切な事は、楽譜にかかれている音符と、自分の筋肉の感覚と、自分の耳の感覚の3つをつなげる事です。この3つの感覚がつながった時に、正しい音程で歌う準備ができたと言えます。ちなみに、絶対音感を持っていなければ、ハ長調の音階をきちんと覚える事で、その他の調の歌にも対応できます。つまり、相対音感の獲得ってヤツですね。

 私もまだまだ修行中です。頑張っています。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 発声法のエッセイ

2020年07月20日

“With コロナ”の時代のオペラはどうなるの?

 先日(と言っても、ちょっと前)、PARCO劇場で行われている、大泉洋主演の「大地」という舞台(演劇)の報道がありました。ソーシャル・ディスタンスを保ちながらの舞台という事で話題になったようです。

 私もちょっとだけテレビで見たのですが、舞台上の役者たちが、本当に近づかないのです。ケンカのシーンも殴り合いではなく、枕の投げあいで表現していました。脚本と演出は三谷幸喜で、さすがだなあ…と思った次第です。

 で、ふと思ったのは、これからのオペラ上演は、一体どうなるのだろうか?って事です。もちろん、これは日本だけの話ではなく、世界的にオペラ業界としては由々しき問題だろうと思うわけです。

 例えば、愛の二重唱を歌うシーンは、たいていソプラノとテノールが寄り添って、場合によっては抱き合って歌うのですが、ソーシャル・ディスタンスを守るなら、そりゃあ無理なわけで、じゃあ、どのように歌われるかとか、いやいや二重唱に限らず、歌手が全然互いに近づけない状況で歌っていて、芝居が成り立つのかとか…心配になります。

 オペラには合唱が付き物です。日本の舞台だと、合唱はそもそも最小限の人数で行われる事もあり、さほどの問題ではないかもしれませんが、海外の歌劇場では、めっちゃやたらと大人数の合唱団員が舞台に上がる事もあります。あんなに大勢の人間が息を揃えて、観客に向かって大声で歌って良いものでしょうか? それこそ、歌と一緒に色々なモノがお届けされてしまいそうです。こわいこわい。

 それどころか、オケピって大丈夫? オケピって、狭い場所にぎっちりとオーケストラを詰めるわけでしょ? あそこに、ソーシャル・ディスタンスを守ってオーケストラを配置するのって…無理なんじゃないの? ぎりぎり可能なのは、オーケストラの小さい、モーツァルトまでの時代のオペラで、ヴェルディとかプッチーニとかワーグナーとかって…まずオーケストラをオケピに入れる事が無理だよね。でも、オケ無しのオペラってありえないので、どうするんだろ?

 んで、そのオケピの上から歌手たちの飛沫が降ってくるんだよ…。逃げられないよ。オケの労働組合から文句は出ないのかしらね?

 もちろん、ただでさえ赤字垂れ流しのオペラ公演なのに、客席に観客を通常の1/3〜1/4程度しか入れられないとなった時のチケット代金も心配です。えらく高価なチケットにならざるを得ないだろうなあ…。

 あるいは、そんなのは全部無視して、今までの演出通りに舞台で演技して、今までの慣習どおりにオケピにオーケストラを詰め込んで、観客も会場にぎっちり詰め込んで…という感じでオペラ公演をするかもしれません。で、そうやって、クラスターが発生した時、主催者はどうするんだろ?

 クラスターが発生して、観客に感染者が多数出た場合は、まだ良いのです。まあ、劇場名が社会的にさらされて、風評被害にあうくらいですから。別に感染した観客に見舞金を出したりする事は無いわけでしょ?

 問題は、出演者に感染者が出た場合の話です。今回、我が国で発生した劇場クラスターの場合、詳細は報道されないので不明ですが、当然、出演者から感染者が出た場合、出演者たち全員、感染者または濃厚接触者になるわけで、その後の仕事はキャンセルになるわけだから、その補償を主催者はできるのかしら? 日本はともかく、海外のオペラ歌手たちのギャラって、目が飛び出るぐらいに高額よ。出演者たちの(たぶん)二週間分の仕事の補償って…もし補償をする事になったら、大変な事になるよ。

 そう考えると、オペラの主催者としては、出演者にも観客にも、万全の感染予防対策ってのを行なわないと、オペラ公演ができません。

 いやいや、万全の感染予防対策を取ったとしても、オペラの観客の大半は高齢者なわけで、そもそも彼らが歌劇場に来てくれるかどうかから心配しないといけません。

 私がオペラのマネージメント関係の人間だったら、ほんと、頭の痛い話です。経済的には、なんとかオペラ公演をしなきゃいけないけれど、リスクは背負いたくないし、悪い評判も今後に響くからなるべく避けたい。必要経費だって、必要最低限に抑えたい。

 ああ、頭痛い…。

 “With コロナ”の時代、オペラ公演は、本当にどうなのでしょうか?

蛇足 メトは当初2021年シーズンを9月21日から開始する予定でしたが、それは止めて、現在のところ12月30日までの公演をキャンセルしています。12月31日に大晦日ガラをやって、元日はお休みして、2021年1月2日の「ボエーム」でシーズンを開始する予定ですが…この予定だって、またまたキャンセルされちゃう可能性があるんだよね。ほんと、オペラ業界、どうなるんだろ?

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 歌劇

2020年07月19日

なんか、かわいそう…

 いわゆる医療従事者と呼ばれる方々の働きには感謝しています。

 年が明けたあたりから、コロナが流行りだし、あれよあれよと言う間にオオゴトになり、それはなんだかんだ言って、今も続いていたりします。特に春の頃は、コロナ関係の患者さんが増えて、緊急事態宣言も出て、病院は逼迫した状態になり、昼夜分かたずの激務の上に、自分自身も感染する危険性があるなか、本当によく働いてくださったと思ってます。ほんと、感謝感謝です。

 で、国(厚生労働省)は、そんな医療従事者に向けて「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金」というのを交付する事になりました。一人あたり最大20万円まで支給されるんだそうです。よかったよかった。

 ところが世の中、そんなよかった話ばかりではないのです。実は多くの病院で、夏のボーナスが大幅カットなんだそうです。いや、病院によっては夏のボーナスはカットどころか、無しというところも続出しているんだそうです。激務に耐え、感染不安とも戦って、それでボーナス無しとか…ふざけんなよって話です。

 一例ですが、東京女子医大病院では、全職員対象で夏のボーナスは全額カットなんだそうです。それと関係するかどうかは定かでは有りませんが、この病院では400人以上の看護師さんが退職を希望しているんだそうです。ボーナスが払えないほど、経営的に逼迫している中、看護婦さんの大量退職は、もしかすると病院にとって一時的に、ありがたいのかもしれないけれど、そんなに大勢の看護婦さんが退職してしまっても、病院って、きちんと回るの? 看護婦さんって一度仕事を辞めてしまうと、なかなか復職しない/できないとも聞きます。それもあってか、看護婦さんって、いつでも人手不足でしょ?

 新型コロナが流行り、人々は健康に気をつけるようになり、風邪などの日常的な病気にかかりづらくなり、町医者はめっきり患者さんが減ってしまったようです。また、リモートワークが増え、都会のオフィス街から人が大幅に減りました。オフィス街にある病院は閑古鳥が鳴いています。大きな病院はコロナ対応のために、コロナ以外の患者さんを断っています。その一方、コロナ以外の病気を受け入れている病院に患者があふれかえっているのかと言えば、みんな健康に気をつけているので、患者さんの数は少なめなんだそうです。また、慢性病の患者さんも、病院に行って院内感染になっても怖いので、薬をもらう間隔を広げて、なるべく通院しないで済むように気をつけているそうです。

 そういうわけで、どの病院も患者が減っているんだそうです。税金で運営されている公立病院はともかく、民間病院は患者さんが減ると収入が減ります。病院の世界にもコロナ不況の風が吹いているわけで、どこの病院も経営的に厳しいんだそうです。あまりに苦しい病院は、ボーナスカットに踏み切らざるを得ないってだけなのです。

 経済は大切です。健全な経営は社会の安全弁です。このコロナ禍で、多くの民間団体(会社・企業・病院等)が経済的な苦境に立たされています。失業者も大勢生まれました。まだ統計は出てませんが、おそらく経済的な理由による自殺者も増えていることだろうと思われます。

 ま、病院だけの話じゃないのかもしれません。

 Go to キャンペーンも東京が除外になり、国内旅行者の数もググと大幅ダウンだろうと思います。これまでも老舗旅館等が廃業してきましたが、その廃業速度が加速されていくだろうと思われます。小さな旅行会社もつぶれちゃうでしょうね。東京に限らず、全国的に団体旅行は控えて欲しいという話も出てますから、息も絶え絶えな観光バス会社は、これでトドメを刺されてしまうでしょう。

 貯金とか節約とかしている場合ではありません。みんなでお金を使い合って、経済を回していきましょう。バンバン浪費をしましょう。それが我々の生きる道であり、勝利への道です。死神に殺される前に貧乏神に殺されていては、まったく世話ありません。このままでは、北朝鮮からのミサイルを待つまでもなく、日本人がバンバン自殺してしまいます。新型コロナによる恐怖反応って、ほんとヤバいって。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年07月18日

ランコはアカリが大好き?

 ヤヨイとシズカは大の仲良しですが、最近はランコとアカリの仲良しっぷりが目に余ります。とにかく、この二匹は仲が良いですよ。どれくらい仲良しかというと、ランコはずっとアカリのお尻を追いかけて泳ぎます。まあ、追いかけっこをしているわけですが…一回始めると、軽く10分は続きますね。まるで、ヤヨイとシズカみたい(笑)。

 ランコは基本的に孤高な子なので、他の金魚たちとは余りつるみませんが、カラダの大きさが比較的近いアカリとはよく一緒にいます…ってか、アカリ以外とはつるみません。一方、アカリはお姉さんたちとよく一緒にいますが、ランコはアカリだけなんです。

 たぶん、アカリにとってランコは大勢いる金魚の一匹なんでしょうが、ランコにとってアカリは、唯一の遊び相手なんだと思います。つまりこれって、ランコの片思い?!

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2020年07月17日

落ちても止めない

 私がフルートでH先生からよく褒められるのは「音が良い」って事ですが、たまに違う事でも(数は少ないですが)褒められます。

 先日褒められたのが「落ちても音楽を止めないのはエライね」です。

 落ちる…指や読譜が音楽に追いつかずに演奏できずに無音になってしまうと定義しておきます。まあ私の場合、先生と合奏している時に、私のパートの音符が黒すぎて、きちんと譜面が読めずに、立ちすくんでしまい、フルートから音が出せなくなってしまう事が、ままあります。何しろ、変な音を出して音楽を壊してはいけませんから、音楽を壊すくらいなら黙ってしまうわけです。演奏を止めてしまうわけです。で、演奏から落ちてしまうわけです。

 でも私は、そこで音楽を止めることはしません。落ちてしまって、1拍程度は無音の状況を作ってしまう事はありますが、落ちた!と思った瞬間に、すぐに音楽に復帰するように心がけています。復帰ポイントなんてありません。フレーズの途中だろうが、拍の途中だろうが、落ちたと思った瞬間に、本来いなければいけない部分にいきなり入って、演奏を続けるわけです。

 実はこれ、さんざん笛先生に仕込まれた事なんですよ。

 笛先生曰く「バンドは止まらないから、落ちたらすぐに戻ってきてね」です。これが身に染みているので、合奏中は音楽を止めない事を最優先にしていますので、落ちたら即座に音楽に戻るようにしているわけです。なので、落ちてもすぐに復帰し、また落ちてもすぐに復帰するわけです。

 そうやって、ちゃんと吹けない曲でも、落ちては戻り、落ちては戻りを繰り返して、結局最後は先生と一緒に音楽を終えるわけです。で、褒められる…と。

 ちなみにレッスン中のソロ曲(フルート一本だけで演奏している曲)は、さすがに止まった箇所の直前まで戻って吹き直しをしますよ(汗)。だって演奏ではなく勉強だからね。

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2020年07月16日

なんかとっても疲れました

 声楽のレッスンの続きです。トスティ作曲の「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光から」です。

 いつも言われている事ですが、同音の連続では、同じ音程であっても、後になるほどノドを開けて音程高めに歌っていきます。また、この曲は音程の平均が高いので、声ではなく響きを重点において歌わないと歌いきれません。

 最後の決めフレーズ“il sole eterno”では、楽譜上は伴奏が途切れずに連続的に演奏されているけれど、実際の演奏では、このフレーズに入る前にピアノはブレイクしてしまうため、歌は一休みしてから、ゆっくりとこのフレーズの準備をしてから歌うべきなのです。インテンポでこのフレーズに特攻しちゃダメなんだな。

 ちなみに、この曲に限らず、この日はすべての高いBに失敗した私です。そんな日もあります。高いAまでは失敗せずに発声できるようになった私ですが、そこから半音高くなるだけで、途端に成功率が悪くなります。ダメだな。そして、ダメだなと思うと迷いが生じて、余計にダメになります。ダメからダメへの悪循環になってます。ほんと、ダメだな。

 この日もそうだったんだけれど、やはり調子がイマイチの日って、力みがちだよね。無意識のうちに、ヤバそうだと思うと力むんだな。悪い癖です。力んだら、絶対に高音なんて出ないわけで…本当は引っ張らないといけないんだけれど、ついつい引っ張らずに力んで固めてしまうわけだ。ダメだね。

 次はドニゼッティ作曲の「ランメルモールのルチア」より二重唱「Verranno a te sull'aure/そよ風にのって」です。この歌は、出だしが中音のFという事もあり、ついつい元気いっぱいに声で歌ってしまいがちですが、それをやると、あっという間に声が消耗してしまい、歌いきれなくなります。この曲は、ノドへ負担をかけないように、なるべく薄い声で歌わないといけません。ノドは鳴らしてはいけません。できるだけ響きで歌うようにしないといけません。どんなに重い声のプロのテノールも、この曲だけは、軽くて薄い声で歌っているのは、そういうわけのようです。ちなみにこの曲では、高いBは聞かせどころはもちろん、普通にメロディー内の音としても使われています。きびしいきびしい。

 最後はプッチーニ作曲「トゥーランドット」より「Non piangere, Liu!/泣くなリューよ!」です。最後の高いBの手前のF音で、どれだけノドを開いて、息を高いBの息にまで持っていけるかが勝負となります。声の前に息で高いBを掴まないといけません。なので、自宅練習では、息で高いBの音を掴む練習を100回やりなさいと宿題を出されました。そんな回数、できるかな?

 発表会用の歌は、どれもこれも難しいです。難しい歌をたっぷりレッスン受けたので、べっとりと疲れてしまいました。ああ、シンド。

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2020年07月15日

声はなるべく楽に発声する

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発表会の件ですが、発表会の出演人数は、ひとまず10人に達したのですが、なんか最近の情勢もあって辞退する人が出そうなのです。一度「出ます!」と言っても、状況が変われば欠席もやむなしです。(特に東京在住の人たちが、東京から出てはいけなくなるのではないかと恐れているわけです)そこでY先生、欠席者を見越して、発表会の出演者を8人として、その人数で必要経費を割ることにしたそうですが…辞退者が増えて、出演者が8名以下になってしまったら、発表会が赤字になってしまうので、なんとか出演者が減らない事を期待しています。ほんと、そうならない事を祈ってます。

 さて、ハミング練習からです。声をしっかり鼻にのせて歌うことが大切です。思えば、そんな事をしたらキング先生にはきつく叱られたのに、今は叱られたことをやると褒められるので、なんか複雑な気分です。声をしっかり鼻にのせたら、そこから声を、一回後ろにまわしてから、最終的に前に出していきます。これ大切です。

 支えは(常に)しっかりとし、ノドは楽にします。これはハミング練習も発声練習も共通です。

 発声練習はそこそこに、今回はさっそく曲の練習に入りました。ドゥランテ作曲「Danza, fanciulla gentile/踊れ、優しい娘よ」です。

 歌は常にレガートに、メロディーの行方を常に予感させるように歌っていきます。そのためには、息のコントロールが大切です。息の流れで、次の音程を予感させる…ってわけなのです。ですから、デジタル的な歌い方はダメで、アナログ的と言いますか、一つの音程の中で、息の速度を変えていくわけです。つまり、声に色気を加えて、楽に歌うって事です。

 歌って、あまり一生懸命に歌ってしまうと、歌が単調になるわけで、もちろんある程度の一生懸命さは必要なんだけれど、それだけではダメなんです。楽に歌う事は絶対に必要です。なにしろ、オペラの舞台なら、3〜4時間歌うことは当たり前ですから、そのためにも普段から楽に歌う癖を付けておく必要があります。(ま、私にオペラの舞台で歌うチャンスが巡ってくるかどうかは…はなはだ疑問ですが、備えよ常に…です)ただ「楽に歌う」と「(力/気を)抜いて歌う」は違うわけで、ノドは楽にしつつも、お腹はいつもしっかりと動かしていないといけないのです。

 つまり、体幹が弱いと歌は歌えないのかもしれません。逆に言えば、体幹がしっかりしていれば、楽に歌が歌えるのかもしれません。

 何事も一生懸命にやる事は大切だ…というのは、普通の日本人の感覚ですが、歌に関しては違うようです。

 一生懸命に歌うことで、カラダは疲れてしまい、精神的な達成感は得られるかもしれませんが、ノドへの負担は増え、声が減ってしまいます。理想は、いくら歌っても減らない声で歌い続ける事です。そんな事はもちろん無理なわけで、ならば楽に楽に歌って、なるべく声を減らさないようにして歌い、歌える時間を少しでも伸ばす事が大切で、それもあって、一生懸命に歌うのは、むしろ良くない事だったりするわけです。

 なので「最初から最後までクライマックス」な歌い方をしていたキング先生時代の私は、全然ダメなわけなのです。あんな歌い方をしてちゃ、自殺行為だよね。声が壊れちゃいます。それでも声が壊れなかったのは、単純に私のノドが強かっただけで、普通の人なら、とっくの昔に声を壊されていたと思います。くわばらくわばら。

 とにかく楽に歌わないといけません。そのためには、声ではなく、響きで歌わないといけません。そのために、声は鳴らしてはいけません。しっかり鼻にのせないといけないのです。

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2020年07月14日

東京の感染者数が急増って事で、みんな慌てていますが…

 もう少し落ち着いて冷静になった方が良いと思うし、マスコミ等の、いたずらに不安をあおる報道にのせられないように気をつけた方が良いと思います。

 マスコミが新型コロナで我々を不安にさせる理由の一つに、政治問題があります。新型コロナでやいのやいのと騒いで、我々を不安にし、世間を不安にし、日本の政治をふさぶり、我々の経済を痛めつけ、国力をそぐ狙いがある…かもしれません。ま、日本が弱体化する事で喜ぶ人たちがいますし、マスコミはそういう人たちの味方だったりしますので、その手に乗ってはいけません。

 数字がどうこう言う人のために、東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトへのリンクを貼っておきます。数字が気になる人は、こちらのページをご覧ください。

 最近、新規感染者数が毎日200人を超えたという事でマスコミは大騒ぎしていますが、東京都の人口って何人だか知っていますか? 約14000000人です。200/14000000と言うのは、1/70000であって、0.000014285…であって、統計的にはほぼ“0”です。油断していはいけませんが、大騒ぎする数字ではありません。

 それに感染者というのは病人とは限りません。無症状者(つまり健康な人、普通の日本語で言えば“保菌者”と呼ばれます)も含まれた数です。我々が気にしないといけないのは、入院患者数とか重症患者数ってヤツですが、これもリンク先に数字が出ているので見てくれれば良いのですが、入院患者数が約600人、重症患者数が約5人です。前日比の数は、その時々で見てくれれば良いですが、東京都の人口14000000人から考えれば、気をつけないといけないのは当然だとしても、大騒ぎをして不安をあおる数ではないと思います。

 新型コロナの死亡者数は、累計で300人(東京都)を超えましたが、インフルエンザでの年間死亡者数が、約200〜1800人(全国)だそうですから、新型コロナによる死亡者数は、インフルエンザと同等か、それ以下と言えます。

 新型コロナはインフルエンザ並みに怖い病気かもしれませんが、逆に言えば、インフルエンザ程度の病気であるので、注意はしなければいけませんが、過剰に恐れる心配はないとも言えます。

 そうそう、新型コロナの治療薬の開発は、たぶんうまくいかないので期待しない方が良いです。新型コロナが引き起こす病気は風邪です。別に新型コロナ病という病気があるわけではありません。コロナウィルスが引き起こす病気は風邪と呼びます(このページに主な風邪ウィルスの一覧があります)。

 そして風邪には治療薬がありません。一説によれば、風邪の治療薬が開発されたら、それはノーベル賞モノの快挙なのだそうです。それくらい風邪の治療薬の開発は難しいのです。一般的に我々が風邪薬と呼んでいるものは、治療薬ではなく対処療法のための緩和薬であり、風邪を治しているのは、薬ではなく我々の免疫と体力なのです。同様に、ワクチンも期待しない方が良いです。開発に時間がかかる上、開発されても、せいぜいインフルエンザワクチン並の効力しかないと思っていれば良いでしょう。現在のインフルエンザワクチンって、接種しても、それなりの確率でインフルエンザに罹患します。そんな程度のワクチンなんですよ。

 では、新型コロナは風邪だから、気にしなくていいのか…と言えば、それは違います。風邪は万病の元です。風邪は肺炎を引き起こします。実際、新型コロナによる死亡者と呼ばれている人の多くは肺炎になって死んでいます。インフルエンザの死亡者だって、その多くは肺炎になって死ぬんです。

 風邪の症状の一つに上気道炎があって、炎症が上気道に収まっているうちは良いのですが、それがだんだん下に下がっていって、気管支を経由して肺に炎症が移動すると肺炎になります。ヤバいのです。

 肺炎という病気は老人の病気のようで、若者はなかなかかかりませんが、年寄は簡単にかかります。また肺炎で死ぬ老人は毎年たくさんいます。老人の死亡原因で言えば、肺炎って、毎年3〜5位ぐらいにいる怖い怖い病気なのです。

 新型コロナウィルスが流行り始めた時、多くの老人が死にましたが、それは新型コロナウィルスによる風邪になって、それが肺炎に移行して死んでしまったわけで、肺炎が怖いのは、別に新型コロナだから怖いのではなく、老人の風邪はすべからく肺炎に移行する可能性があるので、常に怖いのです。

 逆に言えば、若者はめったな事では肺炎になりません。なっても大抵治ります。肺炎で死ぬ人の98%以上は65歳以上の老人という説もあります。そもそも肺炎は怖いのてす。

 肺炎の怖さと、新型コロナの怖さをゴッチャにしちゃいけません。老人は、新型コロナはもちろん、旧型コロナもインフルエンザもあれもこれも、とにかく風邪には気をつけないといけないのです。老人が風邪になると肺炎になる可能性があり、肺炎になると、死んでしまう可能性があるからです。

 今現在の200人を超す新規感染者の大半は若者だそうです。彼らは普通にしていれば、発症しなかったり、発症しても、やがて治ってしまいます。だから大きな問題ではないのです。

 ただ、彼ら自身は風邪の症状が問題でなくても、彼らがキャリアとなって、ウィルスを老人に伝染してしまう事があって、それが怖いのです。心配はそこだけです。これに関しては、そういう若者たちにあれこれ言っても無駄なので、老人たちが自衛しないといけないでしょうね。彼らから病気をもらわないように気をつけて生活してください。

 休業要請は…やるんでしょうかね? やっても意味ないと思われます。いわゆる夜の商売の方は、休業要請が出れば、他府県に移動して仕事をします。彼らは無店舗経営の個人事業主ってヤツですからね。それくらいやって当然です。これは前回の緊急事態宣言の時がそうでした。下手に休業要請を出すと、今は東京に収まっているウィルスが、彼らによって全国にばらまかれるだけじゃないかなって思います。ウィルスを東京に封じ込めておくためにも、休業要請は出さない方が良いのではないかと私は考えます。

 それに休業要請を出して、ふたたび一般の店も休業させたら、今度はどれだけの人が自殺してしまうのでしょうか? 私はそれが怖いです。今ですら色々とギリギリなのに、これで休業したら、張り詰めていた心の糸がプツンプツンと切れまくるでしょう。店の経営者も首をくくるでしょうし、解雇された非正規労働者の皆さんも首をくくるでしょう。今はのほほんとしている正社員の皆さんだって、会社やお店が無くなれば、そんなにのんびりしてはいられないんですよ。

 簡単に「感染者が増えたんだから休業要請を出せ」という人は、他人の痛みが分からない人なんだろうなあって思うわけです。

 結論 マスコミの報道にいたずらに不安にならずに、それぞれがきちんと感染症対策をして、自分がウィルスに罹患しないように気をつけて生活をしていく事が大切です。まずは、うがい手洗いです。運が悪く、発症してしまったとしても、肺炎にならないように治療をしていけば、大きな問題にはならないはずです。年寄りで肺炎になってしまったら…まずは標準的な治療を受け、それでも良くならなければ、それが天寿だと思って、あきらめましょう。私も、もしそうなったらあきらめます。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年07月13日

メトのライブビューイングで「さまよえるオランダ人」を見てきた

 標題の通り、見てきました。スタッフは以下の通りです。

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演出:フランソワ・ジラール

オランダ人:エフゲニー・ニキティン(バス・バリトン)
ゼンタ:アニヤ・カンペ(ソプラノ)
マリー:藤村実穂子(メゾソプラノ)
ダーラント:フランツ・ヨーゼフ=ゼーリヒ(バス)
エリック:セルゲイ・スコロホドフ(テノール)
操舵手:デイヴィッド・ポルティッヨ(テノール)

 いつも私はメトのライブビューイングに関しては、基本的にお薦めをしていますが、今回のヤツはお薦めしません。ぜひぜひ見たい、と思う人だけで良いと思います。オペラ未経験者とかオペラ初心者には薦めないのはもちろん、かなりの手練で無いでないと厳しいでしょうね。歌やオーケストラは素晴らしいので、歌の勉強のために見る人以外にはお薦めできません。あと、ヨーロッパの歌劇場にたまにある“こじらせ演出”が好きな人向けにも良いかもしれませんが…。

 そもそも「さまよえるオランダ人」というオペラそのものが、有名な割には、実は大して面白いオペラだと思ってます。ワーグナーの作品だけど、まだそんなにワーグナーっぽくなくて、まだまだ普通にドイツオペラなんですよ。普通にオケ付きレチタティーヴォとかアリアが交代してオペラが進行していきます。物語もほとんど歌詞で説明しちゃっていて、オケはあくまでも歌の伴奏だったりします。あえてワーグナーぽいところを探すと…ストーリーが中二病全開なところ?かな(汗)。

 まあ、これは最初っから分かっている事だし、そんな面白くないオペラであっても、今は演出の時代ですから、演出次第では、むっちゃくっちゃ面白くなる可能性もあるのですが、この演出に関してはハズレです。説明不足にも程があるわけで、むしろオペラを分かりづらくしていますし、つまらなくもしています。これなら、目をつぶって歌だけ聞いていた方がマシかもしれません。実際、私は何度も目をつぶってしまいました(笑)。

 とにかく、演出は見事にハズレです。ここまで観客を置いてけぼりにした演出は却って清々しいくらいです。

 とにかく画面が暗いです。最初っから最後まで、ほぼ真っ暗。ハイビジョン収録とは言え、ここまで暗いとほんと厳しいですよ。きちんと撮影できてません。何度も何度も光量不足のために画面がブレたり、ピンぼけ起こしたりしています。こんなに見苦しい画面の連続は、メトのライブビューイングで初めて見ました。これ、商業レベルの撮影じゃないよね(苦笑)。

 画面が暗く、ライトも暗いのに、登場人物の衣装は皆、黒か灰色。もう笑っちゃうくらいに闇に溶け込む保護色! ヒロインのゼンタだけが赤い衣装。意図があるのは分かるけれど、見えなきゃ意味が無いです。

 ちなみに、あまりに画面が暗すぎて、字幕(白色です)が、まぶしくて目に刺さります。目が痛くなります。演出がヒドすぎるだけでなく、この字幕がまぶして、まるで光源を見つめているような錯覚すら起こしてしまいます。あまりにまぶしすぎて、私は何度も目をつぶってしまいました。こんなに画面が暗いなら、字幕も灰色にして、明るさを抑えてくれないと、健康に良くないです。

 それに音も良くないです。音質そのものはいつも通りなのですが、不要なノイズ音があっちこっちからしますし、不快な重低音も終始鳴っていました。なんか、収録現場にスキがあるというか、いつものスタッフではない人が関わっているのでしょうか? とにかく、いつものメトとはかなり違います。一体、何があったのでしょうか?

 あと、メトのライブビューイングと言えば、幕間のインタビューが見どころの一つですが、この上演にはインタビューが一つもありません。オペラの開始時に、オペラのタイトルと、スポンサーの紹介があっただけです。これなら、市販のオペラDVDと何も変わりません。さらに言うと、このオペラは、本来3幕なのですが、これを一挙に幕間無しに上映しています。一説にはこれが作曲家ワーグナーの望んだ上演方法なのだそうだけれど、2時間半近くもトイレに行けないのは、結構キビシイです。せめて、二分割にして欲しかったです。

 せっかく、日本人歌手(藤村実穂子)がメトのライブビューイングに初お目見えなので、もっとあれこれ褒めそやしたいのが本音なのですが、これほど褒めるポイントの無いオペラも珍しいくらいです。とにかく、良かったのは、歌とオケだけです。別に映画館で見る必要はないです。それこそCDやネットラジオで充分な上演なのでした。

 前回の「アグリッピーナ」が素晴らしかっただけに、その落差に目がくらんでしまいましたよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇

2020年07月12日

カメラで写真を撮った

 契約先から電話がかかってきました。この時期は契約更新の時期なので、例年ならば直接顔を合わせて、あれこれと世間話をして契約更新をするのだけれど、今年はコロナ禍で、先方はまだテレワーク中という事で、契約先の訪問すら自粛している状態なのだそうです。

 で、話そのものは電話で済んだのだけれど、クライアントに送っている写真を、例年なら彼らが撮影するのだけれど、今年はこちらでそれを撮影して送ってほしいと言われました。つまり、彼らの仕事の肩代わりをするわけです。

 ま、いいけど。

 で、写真を撮って、メールで送ったわけです。

 で、その時にふと思ったわけです。私はカメラを使って写真を撮ってしまった…。

 そう言えば、契約先の人は、スマホで写真撮ってたよなあ…ってか、今どき、たいていの人が写真を撮る時、使うのはスマホだよな。カメラを使う人なんて、いないよなあ。

 ちなみに私が使ったカメラは、Panasonic LUMIX DMC-FZ200 と言う、もう10年近く前の大きなデジカメです。何回か買い替えていますが、ずっと同じ系列のカメラを仕事で使ってきました。いわば私の相棒的存在のカメラで「写真を撮ってきてください」という依頼に、無意識で使ってしまったカメラでした。

 今どき、写真を撮るのに、カメラを使う人なんて、どれだけいるんだろ? 実際、性能的には、私のLUMIXよりも、iPhoneのカメラの方が、スペックいいし(涙)。LUMIXがスマホに勝っているのは、レンズ性能ぐらいだけれど、それと写真の出来は全く関係ないからねえ。

 レンズが良いので、奥行きが感じられる良い写真が撮れた…と自負しているけれど、それって自己満足に過ぎないんだよね。仕事の写真に奥行きなんて感じられなくてもいいわけだし。

 とまあ、愚痴っている私だけれど、それでもまだまだ写真撮影の依頼があれば、きっと大きなデジカメ持って、撮影しちゃう私なんです。なんか、スマホで写真を撮ると、自分をごまかしているような、手を抜いているような気がしてしょうがないのです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | ダイエット&エッセイ

2020年07月11日

アカリの赤いおへそと、ランコの金のアゴ

 アカリは素赤琉金です。つまり、真っ赤な琉金ですね。

 素赤琉金にも色々なタイプがいて、シズカのように全身真っ赤な子(ルデンに食べらたヒレは再生しましたが、色がのらずに白くなってまいました)もいますが、腹部が金色になるタイプの子もいて、アカリは後者のタイプの素赤琉金です。

 そんなお腹が金色なアカリなのですが、よく見ると、人間で言うと“おへそ”のあたりに、ポチッと赤い色が付いてます。まるで、おへそ…それもでべそみたいなのです。なので、我が家では、この色を称して「アカリの赤いおへそ」と呼んでいます。

 このおへそが、なんともキュートなのがアカリなのです。

 ちなみに、黒らんちゅうであるランコは、我が家にやってきた時は、まるで炭のように、どこもかしこも真っ黒だったのですが、最近は、アゴのあたりが暗めの金色になってきました。全身が真っ黒だと、水槽の中にいても、全然目立たないのですが、最近はアゴの金色がピカっと光るので「ああ、ランコだな」と気づくようになりました。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年07月10日

タブレットって、便利だよね

 フルートのレッスンに行ってきました。ロングトーン練習は…ブログに書くほどの事もなく、順調でした。

 さて、エルステユーブンゲンは25番と26番。毎度のとおり、暗譜してなくて、申し訳ないです。

 旋律的練習曲は新曲の6番です。いやあ、難しいね。完成まで、まだまだ遠いよ。先生から「初めてにしては、よく吹けている」と誉められたけれど、自分じゃまだまだだよ。だいたい、規定の速度よりもだいぶ遅く吹いているから、何とか音がつながるけれど、規定の速度では、全然吹けません。だって、速いし黒いし…(涙)。

 40リトルピーセズも新曲で34番のガボットです。バッハです。三声の音楽なんだそうです。とにかく、こちらもまだまだ。それどころか、どれがメロディーなのかすら、つかめていない状態です。とにかく、楽譜に書かれた音を忠実に吹こうとしているだけで、フルートの音には私の意思は込められていない状態だったりします。いやあ、全然ダメじゃん。

 先生からの報告(?)は2つ。新調したメガネは、思ったほどしっくり来なくて、ちょっと凹んでいるんだそうです。まあ、まだカラダが新しいメガネに慣れていないのでしょうから、そのうちメガネに慣れれば、バッチリになるんじゃないかしらと、無責任に慰めました。人間が使いやすくするために道具を調整する事は大切だけれど、人間の方から道具に歩み寄るのも大切だと、私はマジで思っています。

 もう一つの報告は、いよいよH先生もタブレット・デビューをしたそうです。いやあ、便利そうです。ただ、大した問題ではないけれど、ご自分のタブレットのOSが、Windowsなのか、Androidなのか、iOSなのかは、ご存知なかったようです。まあ、そこが気になるのはヲタクだけだから、別にいいんだけれどね。

 ちなみに私の、スマホと2台のタブレット(私用と仕事用)は、iOSです。別にマック野郎でもなけれど、リンゴファンでもないのだけれど…なんとなくiOSなんです。

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2020年07月09日

メトのライブビューイングで「アグリッピーナ」を見てきた

 これは超おすすめです。オペラ初心者でも、手練のペラゴロでなくても、間違いなく楽しめると思います。ほんと、オススメ。

 スタッフ,配役等は以下の通りです。

指揮:ハリー・ビケット
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

アグリッピーナ:ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ)
ポッペア:ブレンダ・レイ(ソプラノ)
ネローネ:ケイト・リンジー(メゾソプラノ)
オットーネ:イェスティン・デイヴィーズ(カウンターテナー)
クラウディオ:マシュー・ローズ(バス)

 一番の功労者は、演出のマクヴィカーでしょう。とにかく、演出が素晴らしいです。

 そもそも、ヘンデルのオペラって、演出次第というか、演出で遊べる余地がたっぷりあるオペラなのです。基本、ファンタジーベース(アグリッピーナはローマ帝国が舞台なので、西洋人にとっては時代劇みたいなものです)だし、ヘンデルが作曲した当時から奇抜な演出で上演される事が多かったようだし、話は深刻ぶっていてもコメディだし、そんなオペラに現代の凄腕演出家が演出すれば…そりゃあ、面白くならないはずはないよね。

 マクヴィカーの演出の基本方針は「もしも、ローマ帝国が滅びずに現代まで残っていたら…」という世界観なんだそうです。まるでドリフのコントみたいな設定です。なるほど、だから見ていて、すんなり受け入れられたんだね。あと、出演者は全員、死亡しています…ってか、たぶん、幽霊なんです。オペラの最初に墓から出てきて、オペラの最後に自分たちの墓に戻るんだから。つまり「生々しい現実の話ではなく、幽霊たちの思い出話」ってわけで、それなら何でもアリだよねってなるわけです。

 ちなみに、台本は案外しっかりしています。オペラの台本って、あってもなくても別にどっちでも良いようなモノもありますが、このアグリッピーナは、ストーリーが割とちゃんとしていますので、オペラに馴染みがなくても、楽しめると思います。

 作曲はヘンデルですから、歌は…超激ムズです。どの声部にもアジリタを求めます。まあ、ソプラノはいいとして、バスにもアジリタを求めるってのは、結構きついよね。もちろん、ソプラノのアジリタだって、めっちゃ楽譜真っ黒になるヤツだけれどね。ちなみに、アジリタってのは、コロラトゥーラみたいなものです。コロコロ音を転がしながら歌っていくヤツです。

 そもそも、コロラトゥーラの技法ってのは、カストラートの歌唱技法なんだそうです。カストラートが絶滅した現代、その歌唱技法の一部はソプラノに引き継がれているわけで、それがコロラトゥーラソプラノだという説があります。

 このオペラは、本来、カストラートが3人必要です。アグリッピーナの息子であるネローネと、次期皇帝候補の将軍であるオットーネと、ちょっと頼りない解放奴隷のナルキッソスです。このうち、ネローネはメゾソプラノがズボン役として歌い、残りの二人はカウンターテナーが演じています。ま、現代にはカストラートがいないので、カストラートの役は、メゾソプラノかカウンターテナーが歌うわけですが、どちらが歌うかは、演出家や音楽監督が決めていくわけです。

 この3人のうち、ナルキッソスはカウンターテナーの繊細さを利用して、その頼りなさ具合をうまく表現していて、良い感じでした。

 ネローネは…このオペラ一番の見どころであり、このオペラはネローネを演じたケイト・リンジーを見るためのオペラである、とすら言えるほどに素晴らしい演唱でした。とにかくリンジーという歌手はすごいです。

 本来の彼女は、普通に美人なのですが、ネローネという役に入ると、全然女性に見えないのです。まんま、悪ガキ。クソ生意気な尖ったアンちゃんなんですよ。すごい演技力です。ちなみに、役に入ると、顔認証ではスマホが使えなくなるんだそうです(つまり、スマホ的には別人だと認識されてしまうのです)。それくらいに、別の人になっています。この演技力は“百聞は一見にしかず”で、本当にリンジーの演唱を見るだけでも、十分に価値ある上演なんですよ。

 それに、女性なのに、青年特有の素早くて力強い動きを難なくこなしているリンジーの筋肉量って、すさまじいんだろうなあって思います。オペラ歌手と言うと、ぶよぶよの肥満体ってイメージがあります(し、実際、そんな感じの人が大半です)が、リンジーはスマートだし(おそらく)筋肉質だろうと思われます。こういう人が新しい世代のオペラ歌手なんだと思います。こういう人を見ちゃうと、日本のオペラ界は、まだまだだなって思うのです。

 それに比べると…オットーネを演じたカストラートのデイヴィーズは…私的にはミスキャストだと思いました。将軍の役なのに演じる歌手が、あまりに小柄で、あまりに非力なんです。こんなのが、ポッペオ(ヒロインです)に惚れられたり、次期皇帝候補だとか、ありえないわな。どうせなら、サラ・コノリーあたりの力強いメゾのズボン役にやらせれば面白いのに…って思ったくらいです。あ、でも、コノリーは「アグリッピーナ」では主役のアグリッピーナが持ち役だから無理か(笑)。

 さて、ポッペアを演じたのは、ブレンダ・レイというメト・デビューの若手のソプラノさんだけれど、彼女、舞台上で生着替えをするんです。が…顔は小柄で華奢なので、服を着ているとかわいいタイプの人なんだけれど、服を脱いじゃうと…補正下着を身に着けていても、どこもここも太くてビックリ! おまけに上背も男性並みにあるので、体格は…ほぼゴリラ(笑)。まあ、メトの大舞台で歌えるんだから、それくらいの体格をしていて当然なんだけれど、だったら、そんな人を舞台上で生着替えをさしちゃダメだよな。ここは、演出失敗だと思います。でも、ここのシーン以外のポッペアは、実に素晴らしいです。ほんと、デカイけれど、美人でかわいいんですよ。

 主役のアグリッピーナを演じたディドナートは、歌も演技もすごかったのだけれど、周りがみんなすごいので、そのすごさがあまり目立ちませんでした(残念)。むしろ、ネローネ役のリンジーに食われ気味だったかもしれません。

 とにかく、約1名を除いて、みな、歌もうまければ、演技も抜群という出演者たちでした。見なきゃソンソンな「アグリッピーナ」です。

蛇足 「バロックって、思ったよりロックだね」とは、アグリッピーナを見終えた妻の感想です。実にダンサブルなオペラでしたよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇

2020年07月08日

高音は引っ張って出すんです

 声楽のレッスンの続きの続きです。

 実はここまでで私のレッスンは終了で、次は妻のレッスンになりましたので、私はしばし休憩に入りました。で、妻の発声練習がひととおり終わったところで、ドニゼッティ作曲「ランメルモールのルチア」の二重唱「Verranno a te sull'aure/そよ風にのって」になりました。

 曲の出だしをどうしましょうかという話になりました。この曲は1幕の一番最後の曲なのですが、ここに至るまで、実はオペラでは、二重唱が何曲も連続しているのです。で、前の二重唱とこの二重唱の間に、つなぎの歌(レチタティーヴォみたいなものです)があるのですが、そのつなぎの歌から歌ったら、どうでしょうって事になりました。13小節プラスです。時間にして約30秒増えました。おまけに、ほぼレチタティーヴォなので、無伴奏です。

 最初は「どうせソプラノだけだから」と安心していた私でしたが、実はテノールも4小節ばかり歌う箇所がありました。ほぼ無伴奏で5小節歌うのか? 音程外して、音が繋がらなかったら恥ずかしいなあ…と思ったものの、この部分での主役はソプラノなので、ソプラノが歌うと決めれば、それに従うだけなんだよね。

 あ、やっぱり歌うんだ。はい、そうですか。じゃあ、私も練習しないと…。

 さて二重唱のレッスンに入りました。全般的に音程が高くて、結構必死な思いで歌ってます。あんまり必死になっているので、細かいところが雑になっているようです。特に、無意識で息がキレギレになっているそうなので、意識してレガートに歌わないといけません。無駄にゴツゴツしてちゃダメなんだよね。

 曲の終盤は、まだ戸惑いがあります。あっちこっちカットしているし、バリエーションもあるし、何より、目から火花が出ちゃくらいに音程も高いし…もっともっと練習して、無意識でも歌えるくらいに歌いこんでおかないと、絶対失敗しそうです。

 最後に控える最高音Bは、比較的出しやすい音なので、勢いで無茶して出すのではなく、しっかりとノドを引っ張ってテクニカルに出せるように頑張りましょう。

 そう、高音って引っ張って出すんだよ。そんな単純な事、単純だから理屈としては知っていたけれど、本当の意味では全然分かっていなかった私です。なんか、勢いとか力づくで出すものだと(そんな事は誰も言っていなかったにも関わらず)そう思って、長年やっていたわけです。

 高音は引っ張って出す…これって本当に昔々から知っていました。そう言えば、最初に(20代の頃)歌を習ったT先生のところでは、よく注意されていました。ああ、だから知っていたんだな。

 知識として知ってはいけれど、当時の私は全然できませんでした。筋肉をどうやって動かすのかが分からなかったわけです。で、分からないまま、合唱をやってみたり、キング先生のところで学んでいたわけです。分からないから、高音は力づくで出していたわけだから、よく失敗していたわけですね。

 で、Y先生のところで学ぶようになって、少しずつ筋肉の動かし方を学んで、ようやくここまで来ました。まだうまく引っ張れない時もあるんだけれど、力づくで高音に臨むことはだいぶ減りました。ああ、自分の声帯を引っ張るだけなのに、私ったら、何年もかかっているわけで、ほんと、嫌になっちゃうよ。

 と、まあ頑張って練習しています。これだけ一生懸命に準備をしているんだから、発表会はできるといいなあって思います。ほんと、頼むよ、マジです。やりたいんだよ、発表会。

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2020年07月07日

プッチーニは、やっぱり難しいと思うんだよね

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、イタリア古典歌曲の「Danza, fanciulla gentile/踊れ、優しい娘よ」です。

 発声練習代わりに歌いましょうって観点で選んだ曲なので、特に難しい事はありませんし、以前レッスンでやっている(2014年ですから6年ほど前です)ので、何となく覚えていたりもします。

 先生から注意された事は、子音の息の速度をもっと上げる事です。この曲は音程の平均値が割と高い曲なので、曲の冒頭部から高音部でメロディーを歌うので、それに合わせて、息の速度をもっと上げて歌いましょうって事です。

 白玉音符のところは、次の音符の音程を見据えて、それが感じられるように、前の音符を歌いなさいと言われました。つまり、次の音符は、今の音符よりも高いのか低いのか、それによって音符の歌い方が変わるわけだから、それを明確に示しながら歌いましょうってわけです。高くなるなら、高くなるなりの緊張感が必要ですし、低くなるなら、低くなるなりに声をしぼって狙う緊張感が必要です。ま、どっちにしても緊張感が必要で、ただただ脳天気に頭をからっぽにして、声を出していればいいというわけではないのです(汗)。

 一本調子になりやすい曲だからこそ、一本調子で歌うのは避けましょう。明確にメリハリをつけて歌いましょう…というわけで、音程が低めのフレーズと、高めのフレーズでは、歌い方を変えるのも、一つのやり方だなって思いました。低めのフレーズを無理無理に歌っても、声が疲れてしまうだけだものね。歌い飛ばすなら、曲の最後の部分で歌い飛ばせばいいわけで、そこまでは我慢我慢で参りましょう。

 歌う順番で行くと、次はトスティの「L'alba separa dalla luce l'ombra/暁は光から」になりますが、今回はパス。何しろ、レッスン時間には限りがありますからね。

 というわけで、次はプッチーニ作曲の「トゥーランドット」の「Non piangere, Liu!/泣くなリューよ!」です。

 Y先生が気にしていたのは、この曲を遅めに歌ってしまわないという事でした。確かに、白玉音符も多く、全体にゆったりとした構成になっているし、その一方で細かい譜も多く、ついついゆっくりめに歌いたくなりますが、きちんとテンポをキープして歌えば、そんなに遅くなることは無いのではないかと、私は考えています。少なくとも、ピアノの左手をしっかり聞いて歌えば、無用に遅くなることはないのではないかと思ってます。

 まだうまく出来ないし、もちろん説明も出来ないのだけれど、声には開いた声と閉じた声があります。いやいや、それ以前に未熟な声ってのもあるなあ。で、私は未熟な声から、ようやく開いた声になりつつある段階なわけで、歌うと、声が開きっぱなしになる傾向があるそうです。もちろん、声は基本的には開いている方が良いのだけれど、全部が全部開きっぱなしでは、おバカちゃんにしか聞こえないので、ところどころで声を閉じた方が良いわけだし、特に高音部は適度に閉じた方が楽に歌えるので、開きっぱなしではなく、ところどころ閉じた声で歌う…というか、声を閉じなさいと言われて、やってみました。

 閉じる閉じると書いてますが、感覚的には私の場合、閉じるというよりも被せるって感じかな?

 とにかく、言われた時はできるのだけれど、言われないと、やっぱり開きっぱなしになってしまいます。いや、それどころか、開きを抑えようとすると、閉じる前に、声が未熟な状態になりがちなので、しっかりした声で歌おうとすればするほど、声って開いていくものなのですね。まだまだ色々未熟です。

 この曲、最高音は高いBなんだけれど、Bを発音するのは難しいです。先生も「Aまでは簡単に行ける。Bから上は1音ずつ」と言ってますが、まさにそのとおりです。

 そんな高いBでも、その前の音の時に、しっかり立ち止まって、ノドを下に引っ張ってから、ノドを被せて、息を思いっきり吐くと…割と簡単に出せちゃうんだな。これ、不思議。準備がいかに大切かという事なのですが、焦りからその準備を怠って、失敗してしまうのだな。そこが問題なのです。

 高音の準備、いつも忘れずにしっかりできるようにしないと…ね。

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2020年07月06日

私はたぶん、恵まれていたんだと思う

 声楽のレッスンに行ってきました。

 発表会についてアレコレ話をしました。ウチの門下の発表会は、参加は希望制なので、ある一定数の希望者がいないと発表会が成り立ちません。で、今回はコロナ禍もあって、参加者が揃うかどうか、ちょっと心配だったのですが、どうやら最低実施人数をクリアしたようなので、会場の都合が付けば(以前書きましたように、まだ歌は不可なんですが…ね)発表会を行われる事になりました。ひとまず安心です。これで練習にも気合が入るというモノです。

 そこで聞いた話ですが、私はレッスン場の近隣に住んでいますので、自粛期間中も徒歩で臨時練習会場(いつもの教室でなく、民間音楽ホール)に通うなどして、途切れずにレッスンを継続していたわけですが、生徒さんの中には遠方からY先生のレッスンに通っている人もいます。遠方の中には、本当に遠方で、他県からの人もいるわけで、そういう人たちは、この自粛期間中、レッスンに来たくても来れないという状況があったんだそうです。なにしろ、つい最近まで、県境は封鎖されていましたからね。

 なので、そういう遠方のレッスン生さんたちは、ようやく最近レッスンに復帰されたわけで、発表会の話もやっと聞いた状況なので、もしかすると、発表会の参加人数も増えるかもしれません。参加者が増えると(発表会の経費は割り勘なので)一人あたりの参加料が減るのでうれしいのですが、その分発表時間がタイトになります…が、今回は1人10分は確保してくれるという約束があるので、もう少し人数が増えるとうれしいなあと思ってます。

 さて、レッスンに入りました。

 まずはハミング練習や発声練習からです。前回より、レッスン室のレイアウトが変わりました。以前はピアノを挟んで、先生とは対面状態で歌っていたのですが、前回より我々は先生の背中側で歌っています。背中側で歌うと、先生の手元がよく見えるわけで、今歌っている音は、何の音なのか…なんて事も、ちょっと注意してみると、よく見えたりします。

 どうも、私の発声練習などは、フレーズによるみたいですが、高いGisか、Aまでを練習しているようです。結構、上まで攻めているんだなあって感じです。

 さて、今回の発声練習の目標は「音と音の間の音程を少し広めに取ってみよう!」でした。ん? つまり、いつもの私は、音程のとり方がやや♭気味って事?

 音程を少し広めに取るのは、技術的には、そう難しくはありません。ノドを十分に脱力して、息をしっかりと送れば、目標としている音程が楽に出るので、音程は少し広くなります。逆に、ノドに力が入っていると、目標としている音程に届かずにフラットしてしまう事も多く、結果、音程を広げようと思っても広がらないわけです。それくらい、ノドの脱力って大切だし、私はついついノドに力が入ってしまう体質ってわけだな(涙)。でも「ノドの力を抜きましょう」と言われるよりも「音程を広めに取りましょう」と言われる方が、結果は良いです。Y先生、教え上手!

 でもまあ思うに、ノドの脱力ができると、音程も安定するし、音程の精度も上がるし、高音も出しやすくなるし、聞きやすい声で歌えるし、良いことだらけなんだよね。それくらい、ノドの脱力は大切。その一方で、日本的(ってか邦楽的)な発声って、ノドにウンと力を入れて、声を詰めて歌うわけで、声楽発声って、我々のDNA的に真逆な発声なんだろうとつくづく思ってます。だからこそ、声楽発声を身につけるためには、しっかり先生について学ばないと難しいわけで、それを見様見真似で出来ちゃう一部の天才はともかく、多くのパンピーには、ほんと、西洋的な歌って難しいんだなって思う私です。

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2020年07月05日

東京オリンピックは…たぶん、出来ないんじゃないの?

 東京オリンピック2020年大会は、翌年2021年に延期となりました。新しい日程は、オリンピックが2021年7月23日〜8月8日、パラリンピックが8月24日〜9月5日です。つまり、来年の夏に実施する事になったわけです。で、その実施の判断については、おそらく今年の例も考えると、来年3月あたりに判断する事になるでしょう。

 で、来年の3月の判断で、夏にオリンピック開催が無理という判断が出れば、東京オリンピックは中止になり、次のオリンピックは、2024年パリ大会になります。

 ちなみに、開催時期を真夏以外にする選択肢は無いそうです。また、オリンピックには無観客試合という選択肢も無いそうです。無観客にするくらいなら中止にしてしまおうというのが、今のところのIOCの考えのようなのです。やるならやる、やらないならやらない。実にきっぱりとした考えです。

 つまり、来年の3月の段階で、日本のみならず世界中で新型コロナの感染が収まっている必要があります。でないと、開催なんて出来ないでしょ? 

 オリンピックをするには、日本でコロナが収まっているのは当然だけれど、世界中で収まっていないと…あそこの国はコロナが収まっているから選手団を受け入れるけれど、こちらの国はまだまだコロナが流行っているから選手団の受け入れは無理です…ってのは、オリンピック精神に反するでしょ? すべての国の選手団&スタッフ、報道陣、観客たちを受け入れる覚悟がないと、オリンピックの開催は無理なわけで、そんな事は出来ない…でしょ?

 で、ここからは私の推測なんだけれど、コロナの第2波は、日本を始めとする北半球の諸国では、今年の秋から冬にかけて来るんじゃないかって思ってます(今また、感染者数が増えているのは、第1波の続きであって、本当に怖い第2波は、この先にやってきます)。つまり、今年の秋にコロナの第2波がやってくる…と私はにらんでいます。だって、いくら新型と言えども、コロナはコロナ。つまり風邪なんだよね。風邪は秋〜春に流行するものです。実際、今年も流行したのは冬以降だったでしょ? で、今は夏だから、感染者が少なくて当然なのです。少ないはずなのに、この程度なのです。だから、第2波がこんな程度で済むはずがないのです。

 秋にコロナが再流行して、短期間で終息してくれればいいけれど、たぶんそれは無いでしょ? インフルエンザだって、秋頃から流行が始まり、翌年の3〜4月ぐらいまでは猛威を奮っているじゃない? たぶん、新型コロナも似たような感じになると思うんだ。そうならば、3月時点で判断をすると言うなら、東京オリンピック中止って言わざるを得ないんじゃないかな? 第2波をナメちゃいけませんよ。スペイン風邪の時は、第1波よりも第2波の方が圧倒的に死者数が多かったんだそうです。第2波、怖いです。なので、冬にコロナ再流行があれば、ほんと大変な事になってしまうと思います。

 そして北半球でコロナが再流行すれば、それに引き続いて、その半年後…つまりオリンピックシーズンに南半球で再流行するでしょうから、当然、オリンピックは開催しなくてよかった…となるんじゃないかって思うんです。

 なので、個人的には東京オリンピックは是非とも開催して欲しいと願ってますが、たぶん、東京オリンピックは出来ないんじゃないかと思う私なのです。

 だからと言って、自分たちから「オリンピックを止めよう」と決めるのは、違うと思ってます。出来ないかもしれないけれど、最後の最後まで望みを捨てずに諦めずに、オリンピック実施に向かって準備していくべきだろうと思います。最後まであきらめずに頑張り続ける、というのが、日本人の美徳であり、他の民族にはなかなか真似できない我々の特質だからです。そして、祈りましょう、世界を新型コロナの恐怖から救ってくださるように。

 であっても、たぶん、オリンピックは出来ないよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年07月04日

赤い金魚はいじめても良い?

 …というルールが、我が家の水槽にはあるようなのです。

 以前から、ヤヨイ(三色琉金)によるシズカ(素赤琉金)のいじめには困っていましたが、最近では、それに加えて、ランコ(黒らんちゅう)によるアカリ(素赤琉金)のいじめが発生しています。もう、まったく困ったもんです。

 いじめが発生しているとはいえ、普段は、ヤヨイとシズカ、ランコとアカリは仲が良いのです。ただ、何かに刺激されて興奮すると、ついついヤヨイはシズカを、ランコはアカリをいじめてしまうようなのです。

 なんなんでしょ? これって「好きな女の子のスカートはめくってよし」とかいう、男子小学生のようなノリなのでしょうか?

 まったく、金魚たちの考えている事なんて、全然分からないよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年07月03日

では、フルートの消毒は?

 いわゆる金属管のフルートは、その表面をアルコール(消毒用エタノール)で拭くのは、全然OKです…ってか、楽器屋さんでも普通に行われていますが、フルートにはアルコール除菌はオススメです。もっとも、今の時代、個人が消毒用エタノールを入手するのが、まずは難しいよね。(私は職業がら、結構たくさん持ってます:笑)。

 ただ、タンポにエタノールはダメね。タンポにエタノールが付いてしまうと、タンポを傷めます。気をつけましょう。

 木管フルートやプラスチックフルートにエタノールはダメです。楽器を傷めてしまいます。木管フルートは…まず消毒できないと思った方が良いみたいです。プラスチックフルートは…タンポがシリコン製なら、単純に水洗いでいいじゃん。ザーっと流水でウィルスを流しちゃえば問題なし(笑)。旧来式のタンポを使っていたら、水洗いはできません。その代わり、本体を中性洗剤で拭けば良いと思います。もちろん、拭き取りと水拭きは必要になりますが…。

 ちなみに、フルートをアルコール消毒をする時は、消毒用として販売されているエタノールを使わないといけません。よく、燃料用として販売されているメタノールも同じアルコールですが、こちらは絶対に楽器に使ってはいけません。エタノールと違って、メタノールは人体に有害なアルコールだからです。楽器に無害でも、人体に有害なら、意味無いでしょ? でも、その代わり、メタノールって、とっても安いアルコールではあります。ほんと、タダみたいな値段なんですよ。

 ダメ、絶対、メタノール。

 メタノールは、別名、メチルアルコール。つまり“目散るアルコール”です。一応、劇薬指定されていますが、案外簡単に買えちゃうから困りものです。昔は、このメタノールを飲んで、失明してしまった人が多数いたとかいないとか…。それと、エタノールにしても、わざわざ“消毒用エタノール”を選ばないといけません。消毒用と明記されているものは、ひとまず安全です。というのも、世の中に流通しているエタノールの中には、エタノールをメタノールで割ったモノ(つまり粗悪品)もあるからです。なぜ、エタノールにメタノールを混ぜるのかと言うと、原料費を抑えるため…なんですね。なので、多少高くても消毒用エタノールを使いましょう。むやみに安いエタノールの使用は慎重にしないといけません。

蛇足 エタノールは人体に無害だからと言って、飲むのは止めた方がいいですよ。消毒用エタノールはアルコール純度と濃度が高いので…お酒としては美味しくないそうです。飲用だったら、焼酎等を購入した方が安くて美味しいそうです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2020年07月02日

ピアノは汚い!?

 …なんて事を書くと叱られてしまうかもしれませんが、お叱りを覚悟で書いちゃいます。とは言え、これに思いあたったのは、あるピアニストさんと話していた時です。

 私は主に歌とフルートを学んでいます。歌は自分のカラダを使うし、フルートは自分専用の楽器を使うので、別にきれいだの汚いだのなんて考えた事はありません。コロナ以前も以後も、同じようなお手入れしかしていません。

 でも、ピアノって違うんですよ。練習用の自宅のピアノは…もしかしたら自分しか弾かないかもしれませんが、他所で弾く時は、もちろん他所のピアノを弾くわけです。で、他所の楽器は、たいてい不特定多数の他人と共用しているわけです。他人の息や飛沫を存分に浴びた楽器に触れて演奏するしかないのです。

 先生のお宅でレッスンの時に弾くのは、先生並びのその家族とお弟子や生徒さんたちと共用しているピアノを弾くわけだし、演奏会場で弾くピアノは、それこそ不特定多数のピアニストたちと共用しているピアノを弾くわけだし、今流行りの駅ピアノなんて…本当に不特定多数の人たちと共用しているわけです。

 汚いよね?

 じゃあ…と言うので、ピアノを消毒する…と言っても、実はそんなに簡単ではないみたいです。まず、単純に楽器自体が大きいので、消毒と言っても、結構手間がかかります。その上、消毒液として一般的なアルコールはダメです。楽器を傷めてしまいます。手厳しい人は、手指消毒用のアルコールで、手を消毒してしまったら、その手でピアノを触ってはいけない…とも言います。手指消毒アルコールで消毒したら、しっかりアルコールが揮発して無くなるまでピアノに触ってはいけないんだそうです。ううむ、面倒。アルコールの揮発じゃ不十分で、必ず水洗いが必要って言う人もいるようです。そんなにアルコールってダメなんだね。

 今流行の次亜塩素酸ナトリウム溶液は、鍵盤に無害ですが、その他の金属部品やフェルト部品は傷めてしまうし、必ず拭き取りと水拭きが必要なので、三度手間がかかって面倒です。

 案外、入手の容易さと金属部品への影響を考えると、食器洗い用の中性洗剤の方が、消毒のみならず、汚れも落ちてマシかもしれませんが、これもフェルト部品を傷めてしまうし、洗剤の拭き取りと水拭きが必要ですから三度手間という点に於いては同じ事です。

 それに、どちらも拭き取りはともかく、水拭きは固く絞った布でないとダメで、楽器の内部に水分を入れてしまうとピアノがダメになってしまうので、困ったものです。

 ピアノに限らず、木製の楽器ってのは、適度な湿り気と適度の乾燥の両立が必要なわけで、水分の扱いって慎重にならざるをえないわけげ、そう考えると、ピアノって、そうこまめに丁寧に消毒されているとは考えづらいわけで、それも考えると、今の時代的感覚では“不潔な楽器”って言われても仕方ないのかもなあって思っちゃいました。

 でも、一部のプロを除き、ピアノはマイ楽器を持ち運ぶなんてありえないわけだから、常に他人との共用が前提になってくるわけで、それを考えると、ピアノを弾くのは怖い…って、私の知り合いのピアニストさんはボヤいていたわけなのです。でもまあ、きっと…喉元過ぎれば、なんとやら…、しばらくしたら、平気な顔して、音楽ホールのピアノを弾きまくるんだろうけれどなあって思ってます。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ピアノ

2020年07月01日

メトのライブビューイングで「ポーギーとベス」を見てきた

 本来4月上旬に上映予定だった(ってか、一部地域では上映した)「ポーギーとベス」が再上映されたので、見てきました。ウチの地域では、当初の上映期間だと、新型コロナの影響で映画館がお休みになっていたので、初めての上映なんだけれどね。

 まず“Black Lives Matter”の時代である今に「ポーギーとベス」を見るのは…刺さりますねえ。私なりに、黒人社会とか黒人の命の重さとかを、ついつい考えてしまうオペラでありました。実際、オペラの中で、白人は威張りくさっているし、黒人たちの行動原理は刹那的で暴力的で無教養で貧乏で野蛮だし、主役は足萎えの乞食だし、ヒロインはヤク中だし、黒人たちの命は軽いし、殺人を犯しても罰せられる事もないし…。まあ、今の時代と照らし合わせてしまうと、あまりにセンシティブなので、私の感想も簡単にはブログには書けないかな…って気がします。

 この「ポーギーとベス」というオペラは、世界的には、あまり上演の機会が少ないオペラなのですが、それは決して内容がダメだからではありません。いや、むしろ、音楽作品としては、実に名曲揃いで、すごいオペラだと思います。いや、ほんと、捨て曲無いんですよ。さらにストーリーもしっかりしていて、芝居としても上出来です。

 ただ、キャストのほぼすべてが黒人でないと難しい事(ってか、作曲家ガーシュウィンの指定として、黒人以外が歌う事は禁じられているそうです)と、音楽的には現代オペラであるため、クラシックとポピュラーの両方が得意でないと難しいために、なかなか上演されないのだろうと思います。実際、黒人である…という制限を取っ払ったとしても、日本のオペラカンパニーで「ポーギーとベス」を上演するのは難しいと思います。音楽的には、実に様々な種類の音楽要素が必要なので、クラシック畑出身者が多い日本だと、かなり難しいオペラだろうと思います。少なくとも、ジャズ・ヴォーカル(黒人音楽ですね)にも、キャバレーソング(白人音楽ですね)にも、オペラ(言わずとしれたクラシック音楽だ)にも堪えうる歌い手でないと、このオペラは難しいだろうと思います。実際、アメリカでも、オペラハウスでの上演よりも、ミュージカル劇場での上演の方が多いくらい、歌手たちにポピュラー音楽の技量が必要な作品です。

 キャストはこんな感じでした。

指揮:デイヴィッド・ロバートソン
演出:ジェイムズ・ロビンソン

ポーギー:エリック・オーウェンズ(バス・バリトン)
ベス:エンジェル・ブルー(ソプラノ)
クララ:ゴルダ・シュルツ(ソプラノ)
セリア:ラトニア・ムーア(ソプラノ)
マリア:デニース・グレイヴス(メゾ・ソプラノ)
スポーティング・ライフ:フレデリック・バレンタイン(テノール)
クラウン:アルフレッド・ウォーカー(バス・バリトン)
ジェイク:ライアン・スピード・グリーン(バス・バリトン)

 ポーギー役のエリック・オーウェンズとマリア役のデニース・グレイヴス以外は、ほぼ新人さんなんだそうです。つまり、トップレベルの歌手たちの中には「ポーギーとベス」をレパートリーにしている人がほぼいないという状況なのでしょう。実際、メトですら、30年ぶりの上演なんだそうです。いやあ、本当に上演が稀なオペラなんですわ。

 ちなみに、ポーギー役のオーウェンズは、この日、ひどい風邪をひいていて、病気をおしての出演だと、劇場支配人のピーター・ゲルブスがアナウンスしていましたが…それって大丈夫なの? 収録日は2020年2月1日って事で、この時、すでに新型コロナウィルスは世界的に猛威をふるっていたわけで、我々日本人的には、例のクルーズ船プリンセス・ダイアモンド号が横浜に来ていた時期と言えば「ああ、あの頃か」と分かっていただけるだろうと思います。

 アメリカ的には、新型コロナのための都市のロックダウンは、3月から始まりましたが、その時すでに「ロックダウンが2週間遅かった」って言われていたわけだから、「ポーギーとペス」が上演された2月の時期、アメリカ国内にも新型コロナウィルスが流行り始めていたわけです。主役のオーウェンズがコロナに罹ったというニュースは無いので、たぶん大丈夫だったのでしょうが、出演歌手に風邪症状があって高熱があって…となったら、今なら「病いをおしての出演、ありがとう」ではなく、彼が楽屋入りした段階で劇場封鎖で全館消毒をしなければいけないでしょう。まだまだアメリカ人たちが「コロナウィルスなんて、貧乏で不潔なアジア系の病気。我々には関係がない」というナメた人種差別的な考えをしていた証拠です。

 このオペラを見終えて私が思った事は、たぶん、私達日本人には、アメリカにおける黒人たちの生活とか社会状況なんて、ちっとも分かっていないんだろうなって事です。オペラの随所から感じられる無力感と刹那主義は、黒人たちの抱える心の深い闇なのだろうなあって思うわけです。その闇の存在をうすうす感じる事はできても、闇の深さには到底理解が及ばないと思った私でした。

 このオペラには8人のバレエダンサーたちが参加していて、劇中、要所要所でアフリカンなダンスを踊るのですが、私にはそのダンスが目障りで不要なモノにしか見えませんでした。しかし、おそらくあのダンスは、我々には理解できない“黒人たちの怒り”を言葉や音楽では無く、今の時代だからこそ、身体表現として表現しているんだろうなあって思いました。

 オペラ「ポーギーとベス」は、アメリカ人が書いたアメリカオペラであり、演じているのもアフリカ系アメリカ人キャストで、メトはアメリカのニューヨークにあるわけで…やっぱり、アメリカは我々日本人にとって、外国だし、我々とは異質な文化社会なんだなって感じたわけです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇