2020年11月03日

何のために音楽を学ぶのか?

 オトナが趣味で音楽(に限らないけれど)を習っていると、たまに言われることです。

「一体、いい年して音楽なんて習って、どうするの?」

 さらにこの言葉には(直接言われないけれど)続きもあるようです。「…そんな暇があるんなら、もっと仕事を頑張りなさい」って感じでしょうか?

 確かに子どもの習い事なら、もしかすると将来プロになる道が開けるかもしれませんが、オトナがいくら頑張っても、今さらプロにはなれないし、そもそもそこまで上達する事もありません。ある意味「いくら熱心に音楽を習っても、何の役にも立たないし、何にもなれない」わけです。それを時間とお金のムダと考える人からすれば「一体、いい年して音楽なんて習って、どうするの?」という問いにつながってくるんだろうと思います。

 考えが浅いなあ…。

 オトナも子どもも基本的には一緒だと思ってます。

 習い事をしている子どもだって、そのほとんどはプロにはならないし、プロになれるほど上達もしません。音楽ならば、熱心に練習をして、子ども時代を音楽に捧げたとしても、せいぜい音楽大学に進学する子が出るくらいでしょ? でも、音楽大学に進学したからと言って、プロの音楽家になれるわけではありません。学校の音楽の先生になれれば上等な部類で、大半の子は一般企業に就職するか、派遣やアルバイトや家事手伝いになるのが関の山です。

 音楽大学に進学したとしても(音楽の先生になる人を除けば)先の人の言い方をすれば「何の役にも立たないし、何にもなれない」事になります。

 そうかな…?

 音楽なんて社会の役にはたたない…すごく乱暴の言い方ですが、私はその考え方について理解しないわけではありません。少なくとも、音楽はライフラインには含まれませんし、生命維持活動に不要なものです。無ければ無いでも、生きる上で大きく困る事はありません。

 そんな、不要なものを、わざわざ時間とお金を費やして、それほど上達しないと分かっているのに習うのはなぜなのが?

 それは「好きだから」です。「楽しいから」です。好きで楽しいから、時間とお金を掛けてまで学ぶわけなんです。私にとって音楽とは、いわば“精神の嗜好品”なんですね。そういう意味で言えば、タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだり、お酒を嗜んだり…ってのと同じレベルで、音楽を楽しんでいるわけです。

 考えてみれば、趣味なんて、そんなモンでしょ? 精神の嗜好品であり、忙しい毎日の気休めであり、ストレス解消のための道具に過ぎません。それ以上でもなければ、それ以下でもないわけで、だからプロになる必要もなければ、上達しなくてもいいのです。もちろん、上達できた方が出来ないよりも、ずっと楽しいですけれどね。

 そういう意味では、オトナの習い事は幸せだと思うのです。やってて、楽しくて仕方がないわけですから。

 むしろ可哀想なのは、子どもの習い事かな? その子が音楽を好きで習っているならいいけれど、中には、音楽が嫌いで、親の押しつけで仕方なしに習っているような子もいるわけで、そんな子にむりやり音楽を習わせても、音楽が心の底から嫌いになるだけで、何も良いことはないと思うのです。楽しみというものは、他人から強制されるものではないからね。どんなに楽しげな事でも、強制された途端に、苦痛なモノになってしまうものだからね。

 なので「何のために音楽を学ぶのか?」との問いに対しては「楽しい」からと答えます。これで答えとしては、十分じゃないの?

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posted by stone at 04:00| Comment(6) | 音楽一般