2020年12月31日

今年もお世話になりました[2020年を振り返って]

 大晦日でございます。例によって例のごとく、今年一年を私なりに総括していきたいと思います。とは言え、今年はコロナ禍で、皆さんもそうでしょうが、私もあんまり活動していないんだよなあ…。緊急事態宣言とかもあって、3月下旬あたりから5月末まで、日常生活はほぼほぼ開店休業状態。まあ、私は給料をいただいている身ですから、お休みあざーすっ!って感じでしたが、自営業等の自分で日銭を稼がなければいけない人たちは、本当に大変だったと思うし、今も大変でしょうと同情いたします。ほんと、このままじゃ、日本は立ち行かなくなるし、世界もどうにかなってしまうと思います。

 オリンピックも延期になったし…ね。

 そんな私の2020年は…と言うと。


1)鴨川シーワールドに行ってきました

 実際に行ったのは、昨年末の話なので厳密に言えば2020年の出来事ではないのですが、昨年のまとめ記事に入っていないので、ここに書いておきます。

 いやあ、シャチはデカイよ。イルカとは比べ物にならないね。シャチを見るだけでも、行く価値はあるかな。うん、とても楽しかったです。


2)江ノ島のイルミネーションを見てきた

 お正月休みに行ってきました。江ノ島のイルミネーションはセンスがいいんですよ。楽しかったです。去年のイルミネーションランキングでは全国2位になったそうですが、それも納得のセンスの良さなのです。

 ちなみに今年も江ノ島ではイルミネーションをやるそうですが、前回(私が見たやつね)までは植物園とその周辺だけでイルミネーションをやっていたのですが、今年は江ノ島全島はもちろん、江ノ島海岸まで含めて、大規模にイルミネーションをやるそうです。なので、見るなら江ノ島水族館あたりから徒歩移動をしながら見ることになるんだろうけれど…ううむ、どうなんだろ? あまり規模が大きくなりすぎると、見る側の客がつらくない? でも、今年の江ノ島観光はコロナの影響を丸かぶりだったから、このイルミネーションで挽回しようって事なのかもしれません。


3)父が亡くなりました

 今年の春に亡くなりました。ちょうどコロナが流行りはじめたあたりですが、別にコロナで死んだわけではありません。なので、今年の私は喪中なのです。これで私も妻も両親を失ったわけで、親がこの世にいない、無条件で頼れる人がいないというのは、なんか変な気分です。


4)新しいICレコーダーを買いました

 使い心地等はこちらの記事に書きました。ソニーのICD-UX570FというICレコーダーですが、今のところ、特に大きな不満もなく使っています。


5)京都旅行に行ってきた

 ある意味、今年のメインイベントとも言えます。Gotoトラベルを利用して、お盆休みに京都に行ってきました。旅行記事はたっぷりと書きました。初日の記事はこちらですので、詳しい事はそちらを読んでいただけると幸いです。

 それにしても、個人的には良い時期に京都に行けたと思ってます。あれから半年経ちましたが、京都の観光産業は息を吹き返しましたでしょうか? とても心配しています。


6)大雄山の最乗寺に行ってきました

 こちらもお盆休みの話です。地元の観光地にも行きましょうって事で、大雄山の最乗寺に行ってきました。実に閑散としていました。それはそれでお参りする側からすれば味があって良いのですが、観光で生活している地元の人たちは大変だろうなあって思いました。


7)鉄道博物館&すみだ北斎美術館、江戸東京博物館に行ってきました

 シルバーウィークは、博物館巡りをしました。初日の記事はこちらですので、詳しい事はそちらを読んでいたたげると幸いです。

 博物館って、ほんと、楽しい場所です。私は大好きです。心残りは、江戸東京博物館をきちんと見られなかった事です。半日あれば十分って思っていたのですが、半日では全然時間が足りませんでした。丸一日かけて見るか、いっそ近所に宿を取って、二日がかりで見た方が良いかもしれません。それくらい、たっぷりと見るものがあるんだよね。


8)帝国劇場で「Beautiful」を見てきました

 観劇記事はこちらに書きましたが、今年のリアルな舞台はこれと某大学の大学オペラだけだと思います。それにしても、帝国劇場の本気というか、コロナに負けない気持ちは、応援したいと思います。頑張れ、帝国劇場!


9)金魚の入れ替わりについて

 昨年のお正月の段階での我が家の水槽には、ヤヨイ(三色琉金)、シズカ、アセビ、ベル(丹頂)、ルデン(雑種)の5匹が泳いでいました。このメンバーは結構不動のメンバーで、2年くらいはこのメンバーでした。

 それが今年になって、大きくメンバーチェンジをしました。

 まずは1月にベルとルデンが星になりました。翌2月には、代わりにアカリとランコがやってきました。10月にヤヨイが星になり、カナ(三色琉金)とナツキがやってきましたが、カナは翌11月に星になってしまいました。で、12月にロナとリタがやってきました。

 ってなわけで、現在、我が家の水槽にいる金魚は、シズカ(素赤琉金)、アセビ(更紗流金)、アカリ(素赤琉金)、ランコ(黒ランチュウ)、ナツキ(銀鱗オランダ)、ロナ(東錦)、リタ(更紗オランダ)の7匹です。7匹中、一年前にいたのはシズカとアセビの2匹だけで、残りの5匹はルーキーたちです。

 ちなみに、ウチの水槽の金魚の定員は5匹なのですが、そこに無理無理7匹突っ込んじゃいました(大丈夫かな?)

 ここ数年、金魚の入れ替わりが無かったのですが、そんなわけで、今年は大入れ替えの年になりました。

 ちなみに、それぞれの子がウチの水槽にやってきたのは、シズカが2015年9月、アセビが2016年8月、アカリとランコが2020年2月、ナツキが2020年10月、ロナとリタが2020年12月ってわけで、シズカやアセビのベテランぶりが目立ちます。

 ええと、ドジョウ関係の話をすると、正月の段階で3匹いた緋ドジョウは全部星になりました。残念。真ドジョウであるオボロだけがずっといます。緋ドジョウはいなくなりましたが、2020年からはカマツカが2匹います。ハゼみたいな外見でかわいいですよ。


10)今年もそこそこ幸せな私でした

 とまあ、私の2020年って、こんな感じでした。遊びに行っていない気分でしたが、こうして見ると、案外、出かけてますね(笑)。

 声楽の発表会には参加できましたが、フルート合宿は開催されなかったのでいけませんでした。昨年は個人的な事情で合宿に行けなかったのですが、今年はコロナ禍で行けなかったわけで、なんとかとても悔しいです

 映画もロクに見に行けず、オペラのライブビューイングも途中で終わっちゃいました。コンサートもほとんど行けませんでした。

 であっても、私や私の家族は大病もせず、なんとかやれているので、文句を言うべきではないのでしょうね。こんなご時世なので、大きく手を広げて「私は幸せです」とは言い難いのですが、まあ、そこそこは幸せな1年だったかなって思ってます

 それにしても、一日も早いコロナ収束を願ってます。2021年こそは、笑顔でオリンピックを開催できる年にしたいですね…なかなか難しそうですが。

 そんなわけで、来年もよろしくお願いします。

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2020年12月30日

今年の年末年始は手を抜いています[2020年12月の落ち穂拾い]

 実は、リアルな私は喪中でございまして、今年はお正月がありません。なので、この年始年末はコロナ禍もあって、かなり自粛な手抜きな日々を送ってます。例年なら、師走の忙しさに忙殺される私ですが、今年は仕事の忙しさだけに集中すればいいので、私生活的にはのほほんとしております。

 まあ、骨休めな年始年末なのでございました。



覚悟を決めよう

 新型コロナウィルスがまだまだ流行っていますね。

 そもそも新型コロナウィルスって、コロナウィルスである事には間違いなく、コロナウィルスがもたらす病気は“風邪”なんです。別に“新型コロナウィルス病”なんて病気があるわけではありません。あくまでも風邪なんです。ただ、新種のウィルスによってもたらされる“新型の風邪”なだけで、やっぱり風邪は風邪なんです。そこんところを国民はきちんと知らないといけません。

 ただ、風邪だから安心して良い…という訳ではなく、もちろん風邪は怖い病気です。風邪は万病の元と言われるくらいに、恐ろしい病気です。風邪そのものはたかがしれていると言えなくもありませんが、そこから派生する病気、とりわけ肺炎は恐ろしいです。

 実際、新型コロナウィルスに罹患して、それが病気の入り口となって死んでしまう人がいないわけではないでしょ?

 毎日毎日、ニュース等で感染者数が増えている事を恐ろしげに伝えていますが、新型コロナウィルスなんて、そもそもが風邪のウィルスなので、冬に流行るのは当然の話で、夏ですら、あれだけの患者数を出していたのだから、冬になれば、そりゃあ感染者数は激増するって。いや、むしろまだ少ないのかもしれません。

 手洗い、マスクが推奨され、三密は絶対悪として避けるような風潮が続いています。これらは、確かに風邪の予防には良いでしょうが、それさえ守っていれば感染が防げると思う方がおかしいです。これらをきちんと守っていても、感染する人は感染するんです。感染症なんて、そんなもんでしょ? だから人々はワクチンに期待を寄せるわけですが、そのワクチンだって、どれだけ効き目があるのか…と言えば、私はあまり期待していません。

 新型コロナウィルスによって、世界人口は明らかに減るでしょう。もしかしたら、このウィルスは増えすぎた人類を適度に間引く、見えざる神の手なのかもしれないなあ…なんて、最近は思わないでもないです。歴史を見ると、人口が増えすぎると、決まって戦争か疫病が発生しますもの。そう考えると、平和活動に力をいれて戦争を回避する今の時代には、戦争の代わりに疫病がやってきただけなのかもしれませんし、そう思うなら、単純に歴史が繰り返されているだけ…とも言えます。

 それなのに、いつまで恐怖と戦いながら不自由な生活をしていかなければいけないのでしょうか。

 要は、皆さんそれぞれ覚悟を決めて生きていけばいいだけって思いますよ。今は疫病の時代であると覚悟を決めて、通常の生活に戻せばいいだけでしょ? Goto? 大いに結構じゃない。みんなで旅行を愉しめばいいじゃない? いくら新型コロナウィルスが蔓延しようと、このウィルスが神の手ならば、ウィルスで人類が全滅する事は無いのだしね。ただ、ウィルスで死ぬ人と生き残る人の選別はあるだろうけれど、それはそれ、これはこれですよ。

 悲しいけれど、死ぬ人は死ぬのです。ならば、自分が死ぬ側の人間になる事を覚悟して日々を生きていけばいいだけの話ではないでしょうか? どうせ、早かれ遅かれ、人は死ぬんです。私もあなたも死ぬんです。



今月のお気に入り Goffin & King Songbook

 ええと、最近はキャロル・キングの作曲家時代の作品集をヘビロテにしています。私が買ったのは、以下のCDです。
 別にこのCDがお薦めってわけではなく、単純にコスパが良かったので購入しただけで、それなりにたくさんの曲が入ってますが、別にキャロル・キングの代表曲が全部網羅されているわけではありません。有名曲で言えば、アレサ・フランクリンに書いた「ナチュラル・ウーマン」とかは抜けているし、そもそも輸入盤なので、日本語解説も訳詞もありません。

 でもね、1960年代のアメリカン・オールディーズって、いいよね。難しい事なんて、これっぽっちもなくて、ただただ青空のような晴れやかな音楽なんです。聞いていると、なんか気分が軽くなるんです。ほんと、良い意味で作曲家が職人であった最後の時代の音楽なのです。クラシックで言えば、モーツァルトの音楽に通じるような、軽みがあるんです。

 コロナ禍でみんな気分が鬱々としているでしょう。だからこそ、こういう(良い意味で)脳天気な音楽って、大事だと思うのです。



今月の金魚

2020年12月14日 チャチャ(二代目)が星になりました。
2020年12月20日 カマツカ2匹と石巻貝が20匹、やってきました。
2020年12月27日 ロナとリタがやってきました。


今月のひとこと

 サーバーエラー?で、記事のアップが遅くなってごめんなさい(2020年11月30日)。

 11月30日のサーバーの調子が良くなかった件について分かりました。詳しい事は、12月6日(日)の記事に書いてアップします。(2020年11月30日〜12月5日)

 寒いねえ…寒い。朝起きたら、全身が氷のように冷たくなっていたよ。一応、布団は掛けているのだけれど、寝ているうちに暑くなって布団を剥いじゃうみたいなんだよね。なので、寒い日の朝は体が冷えるんだよね。まるで死体みたい。いやあ、寒い寒い。(2020年12月5日)

 うわっ〜、コメント欄のフォントが小さすぎて見えない! ううむ、どうしましょうか?(2020年12月5〜8日)

 ううむ、紅葉がきれいだ。湘南にもようやく秋が到来したらしい。もうじき12月も中旬になるんだけどな(笑)。あ、書き忘れていたけれど、コメントのフォントサイズを大きくしました。これで老眼にも優しいでしょ?(2020年12月8〜16日)

 本日(2020年12月16日)の記事のアップが遅れた件に関してはお詫び申し上げます。ええと、今回は私のヒューマンエラーでございまして、予約投稿をしていたつもりがしていなかったという情けない事情でございます。最近、仕事上でもちょこちょことチョンボをしてしまうこともあります。注意散漫な生き方はダメだよね。(2020年12月16〜23日)

 メリー・クリスマス! 毎日が忙しくてブログも丁寧に更新できず、誠に申し訳ないです。ごめんね、ごめんね。(2020年12月23〜26日)

 今年はコロナ禍でもあるので、この年末年始はどこにも行きません。去年の年末年始はあっちこっちに小旅行などをして楽しかったなあ…なんて思いました。ま、今年はどこにも出かけない分、読書でもして時間を潰そうかなって思ってます。あと、溜まったDVDやビデオも見ちゃおうっと。(2020年12月26〜29日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2020年12月29日

ロナとリタがやってきました

 本日は金魚の日ではないけれど、年内にアップしておきたい事があったので、今日も金魚記事をアップします。

 実は年末の忙しい最中に、新しい金魚を二匹迎え入れることにしました。だって、ウチの水槽が地味なんだもの。

 今のウチの水槽は、赤い琉金が2匹(シズカとアカネ)と、更紗流金のアセビと、黒ランチュウのランコと、銀鱗オランダのナツキの5匹です。まあ、更紗なアセビはまあ良いとして、赤い琉金ってのは実は案外地味な存在なのです。ましてや、黒ランチュウのランコや銀鱗オランダ(ほぼ緑かがった灰色の退色をしています)は地味なんです。

 地味、地味、地味…とにかく、水槽に華やかさが足りません。ああ、今までの我が家の水槽の華やかな部分って、三色琉金のヤヨイが担っていたんだよなあ、あの子の抜けた穴が大きすぎる…。

 というわけで、多少なりとも派手めな子を導入する事にしました。

 で、やっきたのが、ロナとリタの2匹です。

 ロナは東錦です。つまり三色金魚です。ヤヨイの跡継ぎとして入れた三色琉金のカナはあっという間に星になってしまったので、そのカナの代役としての登場です。今度は大きく育つといいなあと思ってます。

 リタは更紗オランダです。今までオランダ系の金魚は色々と飼ってきましたが、更紗(二色金魚の事です)は初めてです。この子が育つと、かなり派手な金魚になってくれると思います。

 ちなみに、二匹ともほんの子供なので、お値段はたったの399円ずつでした。いやあ、2匹合わせても、先日我が家にやってきたカマツカ1匹よりもお安いのですから、その程度の金魚ってわけです。二匹合わせても、シズカの頭部よりも小さいです。たぶん、アカリの頭部ぐらいしかないと思います。

 そうそう、今のウチの水槽の大きさランキングでは、第一位はシズカですが、第二位はアセビではなく、アカリになりました。いやあ、アカリの成長速度がすごすぎて、ビックリです。この調子で大きくなると、そう遠くないうちにシズカを抜いてしまうかもしれません。

 で、ロナとリタですが、リタはすぐに水槽に馴染んだようですが、ロナが全然水槽に馴染めません。ちょっと心配です。すぐに星になってしまったカナも水槽に馴染めなかったんだよね。いつまでも水槽に馴染めないと、ストレスが溜まって、それで星になってしまうので、ロナには早く水槽に馴染んでほしいと思ってます。

蛇足 一週間前に入れた浮草は、もうほとんどありません。ほぼ食べられてしまったようです。あれだけたくさん入れたのは、食べるとなると、本当に早いものですね。

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2020年12月28日

今年はベートーヴェン・イヤーだったはずなのに…

 …なのに、生の第九を全然聞いていない。もちろん、聞く予定も無い。

 あれ? おかしいな。毎年暮になると、あっちこっちで第九の演奏会があって、私もいくつか聞いているはずだし、年によると自分で歌っていたりもしていたのに、今年はパッタリと第九を聞かない。

 まあ、第九そのものは手持ちのCDやDVDを再生すればいつでも聞けるし、たぶんテレビではいくつか第九の演奏会の中継をしてくれるだろうけれど、今年の私には、生で聞くチャンスは無い。少なくとも地元には無い。まあ、東京まで出かければ、第九の演奏会があって、生で聞けるのかもしれないが、それこそ第九演奏会なんて「不要不急」の用事だよね。出かけちゃダメなパターンだろう。

 そもそも第九のコンサートは、日本中の演奏家の皆さんの年越し資金を稼ぐための大切なコンサートのはずだけれど、皆さん大丈夫かな?

 フルートのH先生は、しばらく仕事が無いらしいけれど、別にお金には困っていないようなので、全然問題ないでしょう。声楽のY先生は、なんだかんだと言っても仕事が忙しいみたいなので、大丈夫みたいです。つまり、演奏家の皆さんと言っても、大丈夫な人は大丈夫みたいなようです。おそらく、大丈夫じゃない人は、コロナ禍以前から大丈夫じゃないだろうから、それはコロナとは別問題でしょうね。

 たぶん、一番困っている人は、コロナ禍以前はギリギリ音楽で生活が成り立っていた人だちでしょう。コロナ禍で仕事が減ると、残った仕事は有名な人とか実績のあるベテランたちが持っていってしまうので、売出し中の若手とか隙間の仕事で食べていた人たちが干上がってしまうのだけれど…それでも、そういう人は裕福な家の人だったりするので、仕事があろうとなかろうと生活自体には困ってないはずなんだよね。

 そもそも音大には苦学生なんていないもんね。

 はあ、聞けないとなると、無性に聞きたくなるよね、第九。カラヤンのDVDでも取り出して聞いちゃうかな。それとも、日本人の演奏で、小林研一郎の第九にするか。ううむ、迷う迷う。

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2020年12月27日

カマツカがやってきた

 いつも金魚記事は土曜日にアップしてますが、今週はキリスト教の話を書いていたら土曜日になってしまったので、金魚の話は一日遅れで今日アップします。ごめんね。

 さて、皆さんは、カマツカという魚を知っていますか? 私は知りませんでした。

 実は先日、星になってしまったチャチャの代わりの緋ドジョウを購入しに金魚屋に行ってきたわけですが、ここ数年、緋ドジョウって常に品薄で、私達が店に行ったときも緋ドジョウはいませんでした。残念。まあ、仕方ないです。想定内です。

 ただ、ドジョウは水槽のお掃除当番なので、オボロ一匹だけでは手不足です。ドジョウは数匹いないと困ります。ニューフェイスは必要です。

 まあ、店には真ドジョウが数匹いますので、緋ドジョウがいなければ、この子たちでも構わないかなって思っていました。

 で、店員さんに緋ドジョウの有無を尋ねました。もしかしたら、店頭に出ていないだけで店の奥にはいるかも知れないからね。でもやはり緋ドジョウの在庫はありませんでした。で、やむなく(だって真ドジョウはペットではなく食用だからね)真ドジョウをくださいと頼んだら、水槽の掃除係なら、他にもいますよと教えてくれました。その中でも興味をひいたのが、カマツカでした。大きさは10cm程度で手頃だし、ドジョウと同じで水底のエサを食べるので、水槽の掃除係としては十分です。そもそも日本の淡水魚だし、性格もおとなしいので、金魚と混泳はOKという話です。ならば飼ってみるしかないでしょう。

 カマツカは1匹900円でしたので、2匹お願いしました。そもそも緋ドジョウを2匹欲しかったので、緋ドジョウの代わりと言えば代わりです。初めて飼う魚なので、どんな感じになるのか、今から楽しみです。ちみなに2匹の個体判別は難しいので、今のところは名前はありません。

 水槽に入れたところ、底砂と保護色な体色なので、いやあ目立たない。地味すぎるくらいに地味な子たちです。まあ、可愛らしい顔つきだけれどペット向きじゃないかも…って調べたら、本来はペットではなく食用な子たち(!)のようです。今は10cm程度だけれど、成長すると20cm程度になるみたいです。ウロコが硬いので、ウロコの処理は必要だけれど、それさえ処理すれば、塩焼きにしても良し、てんぷらにしても美味という白身魚で、なかなかイケるらしいです。

 水槽の掃除係と言えば、ガラスの掃除係である貝類も少なくなってきたので、石巻貝を20匹お願いしました。価格は20匹で約1000円。まあ、いい感じです。あとは、ガボンバと、これも店員さんに勧められたので、浮草(ドワーフフロッグビット)を少々買いしました。浮草は金魚体調管理用で。ガボンバと浮草で合わせて1500円弱でした。

 ちょっぴり散財しました。

 そんなこんなで、新しくカマツカを迎えた、我が家の水槽でした。

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2020年12月26日

そもそもキリスト教って多神教の側面があるよね

 ええと、キリスト教について書き始めたら、止まらなくなったので、今日も書きます(笑)。たぶん、今日が最後です。

 キリスト教が一神教であると誤解される(?)理由の一つに、キリスト教では神様が一人しかいない…なんて事が言われるからだろうと思います。

 確かに公的にはキリスト教では、彼らが信仰するべき神様は一人しかいないと言い切ります。でも、ちょっと待った。イエス・キリストは分かるけれど、聖書の中でイエス・キリストが拝んでいる“父なる神”ってのは何だい? イエス・キリストが昇天された後にしばしば登場する“聖霊”ってのは何だい? あれらは神様じゃないのかい?

 それを説明するために「三位一体」という教理がキリスト教で発明されました。簡単に説明すると、父なる神(ヤハウェ)とイエス・キリストと聖霊は、異なる人格を持った同一神であり、人間の目からは異なって見えるけれど、実は同じ一人の神様…なんだそうです。

 まあ、彼らがそう言い張るなら、それはそれで良しとしましょう。それこそ信仰の領分の話になりますからね。

 で、三位一体の神の存在を認めたとしても、まだまだキリスト教には多神教の側面があると思います。

 有名な例が、マリア信仰ですね。イエス・キリストの実母であるマリアを礼拝する信仰です。聖母マリア信仰と呼ばれます。聖母マリアは三位一体の神とは明らかに違いますが、キリスト教会には根強く聖母マリア信仰があります。

 聖母マリアに限らず、キリスト教会には聖人と呼ばれる人たちがいます。その数、約1万人だそうです。ああ、多いねえ。

 彼らは人であるけれど、我々凡人と三位一体の神様を取り次ぐ存在であって、彼らに祈る事で、彼らを通して三位一体の神へと繋がっていく…わけだから、聖人は神様の眷属みたいなもので、三位一体の神が上位神であるならば、聖人は下位神とか式神のような存在なのかなって思います。こういう存在がいるってことも、多神教っぽいよね。

 ちなみに、マリア信仰とか聖人信仰は、大半のキリスト教会で受け入れられていますが、いわゆるプロテスタントと呼ばれる宗派のキリスト教会では受け入れられていません。プロテスタントでは三位一体の神様までがOKで、聖母マリアはもちろん、大勢いる聖人たちもNOなのですね。そういう意味では、日本に多いプロテスタント系のキリスト教会は、キリスト教的には、なかなかユニークな宗派なのかもしれません。

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2020年12月25日

キリスト教における一神教とは?

 タイトルは何やら小難しそうですが、私が書くので、そんなカタい話にはなりません(笑)。

 キリスト教は一神教だと言われていますし、実際そうでしょう。で、一神教の対義語が多神教だと学校で習うわけです。「この世に神様は一人しかいないのが一神教で、たくさんの神様がいらっしゃるのが多神教」って習うわけです。

 私は、この一神教と多神教を対立させる事が間違いなのではないかと思うわけです。だって、この定義に従えばキリスト教は多神教って事になってしまうからです。

 キリスト教の世界には、実は大勢の神様がいます。それは聖書を読めば一目瞭然です。キリスト教の神様に対抗する他の神様として、有名な神様としてはバアル神がいます。もう、やったらめったら聖書の中に登場します。もはや、主要キャラと言っても言い過ぎではありません。その他にも、ダゴン神とかモレク神とかまだまだたくさんいます。つまり、キリスト教の世界の中にはたくさんの色々な神様が存在していて、その中の一人であるヤハウェ(またはエホバ。どっちにしてもキリスト教の神様です)だけを信仰しなさい、他の神様を信仰してはいけません…というのが一神教なんだと思います。

 なので、整理して言うと、

 1)この世にはたくさんの神様がいる。

 2-1)それぞれの神様を自由に信仰していくのが多神教。
      ->神様同士が仲が良くて、神様社会が出来上がっている。

 2-2)その中から一人の神様を選び、その神様だけを一心不乱に信仰していくのが一神教。
      ->神様同士は仲が悪く嫉妬深い。良くも悪しくも個人主義(個神主義?)

 ま、こんな感じ? 実際、聖書の中で神様自身が「私は嫉妬深い」って言っちゃっているしね。

 なので、学校で教えてくれる一神教の説明って、違うなあって思うわけです。で、なんで、そんな勘違いが生じるのかと言えば、聖書を読んだことの無いのに分かったふりをしているから…って思うわけです。聖書を読めば、そんなつまらない間違いなんてしないもの。

 ちなみに、キリスト教信仰の有無に関わらず、聖書は読んでおいた方がいいと思います。なぜなら、キリスト教のみならず、ユダヤ教やイスラム教など、世界の大半の人々が信仰している宗教の聖典は聖書(またはその類書)であり、世界中の人々の行動原理や価値基準の根本にあるのが聖書だからです。

 世界の主要国の中で、聖書の価値観に基づかない人って多くないです。いわゆる仏教徒がそうですが、仏教国って、タイ、ミャンマー、スリランカ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ブータン…ええと、まだあるかな? 日本と中国を無理やり仏教国に数えたとしてもそんなモンです。あの韓国ですら、実は仏教徒よりもキリスト教の方が多くて、アジアにありながら仏教国とは言えません。あえて言えばキリスト教国なのです。

 とにかく、世界には200国ほどありますが、その中で非キリスト教国は少数派であり、非キリスト教徒は少数派なのです。地球人類的には、聖書を知らない人の方が少ないわけです。

 なので、我々日本人的には、聖書の教えを信じる信じないは信仰の問題だから横に置いておくとしても、知識としてはキリスト教や聖書を知らないというのはマイナスでしかありません。

 少なくとも、クラシック音楽の鑑賞にはキリスト教に基づく教養は不可欠だと思いますよ、マジでね。だから聖書は読んだ方が良いと思います。聖書なんて、本屋に行けば売っているし、有料無料さまざまなアプリもあるしね。読もうと思えば、いつでも読めるのが聖書です。聖書の内容って、世界の常識だから、常識を知っている事って大切だと思うわけです。

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2020年12月24日

ってなわけで、メリークリスマス!

 メリークリスマス! 今日は12月24日、クリスマスでございます。パフパフパフ〜。

 「ええ、24日はクリスマス・イブであって、クリスマスは25日じゃないの? クリスマス・イブって“クリスマスの前日”であって、クリスマスじゃないでしょ?」

 おそらく多くの日本人はそう思うでしょうが、それは間違っています。“イブ”には「前日」なんて意味はありません。“イブ”は“イブニング”の省略形であって、“クリスマス・イブ”は“クリスマスの夜”って意味です。

 「夜って…それって前夜って意味でしょ? だからクリスマス・イブはクリスマスの前夜祭でしょ?」

 ううん、それも違います。これって日本人には分かりづらいのだけれど、一日の区切りが日本とあちらでは違うのです。

 古来の日本人にとっては、日の出が一日の区切りです。お天道様が昇ると新しい一日が始まります。太陽神である天照大神が顕現する事で全てが新しくなるのです。だから朝が新しい日の始まりなのです。近代社会になって、時間感覚を時計という器械に委ねるようになったなった日本人にもDNAレベルでその感覚が残っていますから、朝目覚めると新しい日になったと思うわけです。

 でも、あちらの人たちは違います。日没が一日の区切りなのです。太陽が西に沈むと、その日は終わりなのです。「ふう、やれやれ今日も無事に終わった終わった…」と言うのが彼らの感覚なのです。だから、一日は夕方に終わるのです。夜は休息の時であり、解放された時間なのです。昼と夜は全然違うわけで、夜は新しい一日のための準備の時間であり、だから翌日(?)は夕刻から始まるのです。朝〜朝を一日として感じる日本人に対して、あちらの人たちは夕〜夕を一日として感じるわけです。

 だから“クリスマス・イブ”はクリスマスなのです。クリスマス当日なのです。「クリスマスが始まったぜ、ひゃっほう!」がクリスマス・イブなのです。

 クリスマスというのは、そもそも生誕祭なんですよ。キリスト教の神様であるイエス・キリストがお生まれになった事をお祝いするお祭りです。イエス・キリスト自身は歴史上の実在していた人物ですし、彼が生まれた時刻は正確には分かりませんが、夜に生まれた事は聖書に明記されています。だから、クリスマスは夜が本番なのです。だから、クリスマス・イブは特別な日なのです。

 とは言え、彼が生まれた日が本当に12月24日の晩なのかは正確には分かりません。何しろ生まれた当時は無名な庶民ですから記録が無いんですよ。

 実はキリスト教の中にも色々な宗派があって、イエス・キリストの誕生日を別の日に設定して、そちらでお祝いしている国や宗派もありますが…どちらにせよ、どこかでイエス・キリストの誕生日をお祝いするなら、ひとまず12月24日にしておこうぜ…という暗黙の了解みたいなものがあって今に至っているんだろうと思います。

 ま、12月24日のお祭りと言うのは、あちらの世界のキリスト教以前での話では、その日は冬至のお祭りをしていたらしいので、キリスト教を土着化させる際に、その冬至のお祭りを神の御子の生誕祭にスライドさせたという説がありますし、たぶんそれが本当なんだろうなあって私は思ってます。

 何はともあれ、めでたい事にはかわりが無いわけです。ってなわけで「メリークリスマス!」で良いんじゃないかなって思います。

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2020年12月23日

医学の進歩はすごいんだろうなあ

 …って思ってます。

 何に対して感心しているのかと言えば、私、この歳になっても、歯が全部あるんですよ。すごいでしょ?

 もちろん、あっちこっち虫歯の治療跡はあるわけで、私の歯が完全無欠ってわけではないけれど、入れ歯も差し歯もインプラントも使ってません。ひとまず全部自分の歯。ふふん。

 なんで、こんな事を自慢しているのかと言うと、我々の親世代の人って、入れ歯の人、多いよね。これが子供の時に見ていた爺婆世代になると、ほぼほぼ入れ歯だったと思うんですよ。

 子供の頃は、人間は誰でも年を取れば、腰が曲がって、耳が遠くなって、入れ歯になる…そう思ってました。

 ところが、私自身が子供の頃に見ていた爺婆の年齢になったにも関わらず、私の腰は曲がっていないし、耳も遠くなっていないし、何と言っても、一本も入れ歯じゃない! これってすごくない?

 とは言え、全部が自分の歯である事は、別に私の努力の賜物ではありません。いや、むしろ私は歯科衛生に関してはガサツな方です。一応、日に1回程度は歯磨きをするけれど、正直言うと、たまには…というか、しばしば歯磨きを忘れて寝ちゃったりします。一年に360回も歯磨きしていない事は確実です。なぜなら、私は入浴時に歯を磨く人なので、面倒くさくて入浴をサボった日とか、温泉に行ったり、銭湯に行った時は、さすがに現地で歯磨きできないので、そういう時はサボっちゃったりするので、毎日必ず歯磨きしています…とは言えないわけです。

 それにだいたい、数年に一回、歯が痛くなって歯医者に行くと、歯の治療よりも歯石を取る方に時間がかかっちゃったりするほど、ちゃんと歯磨きできない、いいかげんな野郎です。毎食ごとに歯磨きしている人を見ると、尊敬する…と言うよりも、別の種類の人間なんだろうなあって思っちゃうくらいです。

 こんなにいい加減にしか歯科衛生について考えていないのに、入れ歯じゃないのは、やっぱりたまにしか行かないけれど、歯医者さんのおかげなんだろうと思います。

 歯が痛くなって、こりゃたまらんとなってから病院に駆け込む、ダメ患者であるにも関わらず、その都度、丁寧な治療をしてもらっているから、この歳になっても、保険治療しかしていないにも関わらず、入れ歯を回避して、自分の歯なんだろうと思います。

 たぶん、私、自分の爺婆の世代に生まれていたら、今頃は間違いなく総入れ歯だよね。親の世代であっても、数本は入れ歯か差し歯になっていると思うわけよ。ほんと、そういう意味では、医学の進歩はすごいんだなって思います。

 ちなみに、虫歯は舐めちゃいけません。今でこそ、虫歯で死ぬ人はいなくなったけれど、時を二百年くらい遡ると、虫歯で死ぬ人がいたようです。つまり、昔々虫歯は死病の一つだったわけで、だからやばいと思ったら、虫歯を抜いていたんだよね。これはガンになったら、ガンの部位を切除するのと同じなわけで、そういう意味では、二百年前の虫歯は今のガンみたいな病気だったのかもしれません。

 いや、別に大げさではなく、結構真面目にそう思っていたりするんですよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年12月22日

結局、自分の免疫力に頼るしかないのか?

 ようやく…と言うか、ボツボツと言うか、新型コロナウィルスのワクチンがいくつか完成し、世界のアチラコチラでワクチン接種が始まったようです。日本は自国製のワクチンが無く、外国のワクチンの余りを貰う予定なので、白人の皆さんへのワクチンが行き届いた後に、ありがたくいただく事になるようです。

 まあ、彼らが自分たちの身をもって人体実験をしてくれるんですから、むしろ有り難いなあと私なんかは考えます。彼らが自分たちにガンガン打って、その危険性やら有効性やらを洗い出した後に我々の順番が回ってくるわけですから、ほんと有り難いですよ。

 世間の一部の人でしょうが、ワクチンさえ接種すれば、今のストレスフルな生活から解放される…と信じている人がいますが、そうなるといいですね。みんながワクチンを接種する事で、この世から新型コロナウィルスが無くなって、以前のような生活が戻ってくると、本当にいいなあって思います。

 まあ、無理だろうなあって私は考えてますけれど。

 たぶん、みんながワクチンを接種しても、今とあまり変わらない世界にしかならないと思うんだよね。

 と言うのは、世の中には感染症ってたくさんあるけれど、ワクチン接種で撲滅できたのって天然痘ぐらいなんだよね。ポリオはまだだけれど、ワクチン接種で撲滅しつつあるから、これも仲間に入れてもいいけれど、大半の感染症では、実はワクチンって撲滅と言うよりも、一時しのぎでその場しのぎの治療にしかならないみたいです。

 身近な例で言えば、インフルエンザウィルスだよね。私なんか毎年ワクチンを接種しているよ。なぜかと言うと、インフルエンザのワクチンって防御免疫の持続期間が約五ヶ月程度って短いんだよね。だからワクチンを一回打てば終わりではなく、毎年接種しないと意味がないわけです。一時しのぎと言うか、今年限りなワクチンなわけです。

 おまけに、インフルエンザは簡単に変異しちゃうから、仮に昨年接種したワクチンが長期間有効だったとしても、今年のウィルスと昨年のウィルスは違うウィルスなので、昨年のワクチンでは効果がないようで、毎年毎年新しく変異したウィルスに対応した今年度版のワクチンを打たないとダメなわけです。で、これは実際に流行する前にワクチンを作り始めるわけで、つまり予測で作るわけだから、その予測が当たれば良いけれど、ハズれればワクチンを接種していてもしていないのと同じ状況になってインフルエンザにかかる訳です。これをワクチンの有効率って言うわけだけれど、インフルエンザワクチンの有効率で約50%だから“当たるも八卦当たらぬも八卦”って気分でワクチン接種をしているわけだ。

 新型コロナウィルスもインフルエンザ並に簡単に変異しちゃうウィルスだよね。春に非常事態宣言が出た時には、日本には3種類の新型コロナウィルスが入り込んでいて…なんていう報道が毎日ありました。今は何種類のウィルスが入り込んでいるのかな? それに最近の報道では、イギリスで新しい新型コロナウィルスの変異種が発生して猛威を奮っているわけだけれど、それもやがて日本に入ってくるんだろうなあって思うわけです。

 そんなに簡単に変異しちゃう新型コロナウィルスに、本当にワクチンって有効なの?って思うわけです。おまけにワクチンって、副作用やら副反応やらも激しい劇薬だからね。本来は、そんなにほいほいと気軽な気分で接種して良いはずはないんだよね。

 薬ってのはマジックアイテムではなくて、基本的には毒物だから、効果の高い薬は、効果の高い毒でもあるわけです。そこんところを良く考えないといけないわけです。ネットで、ワクチンの副反応とか副作用とかをググれば、色々分かるよ。

 だから、ウィルスの有効率やら、副作用の有無や程度などを、白人の皆さんが人体実験してくださって教えてくれるわけだから、我々はそれを待ってから考えればいいわけなのです。

 まあ、基本的に新型ウィルスに罹患しても、その大半(約80%と言われています)は軽症なのだから、自分の免疫力だけで治せるわけだし、二週間なら二週間安静にしていればいいと思います。まあ、発熱やら息苦しさに対する対処療法は必要だろうけれど、まあそんな感じでしょ? それは一般的な風邪の治療と同じです。ビビる必要は全くないわけです。

 ただ、残りの20%になっちゃった場合は、そうはいきませんが、その場合は覚悟を決めればいいだけでしょ? 人は必ず死ぬんだし、自分もいつかは死ぬんだから、それはもう諦めるしかないよ。天寿? 人にはそれぞれ与えられた生の時間があって、それは個人個人でみんな違うわけだから、他人と比較しても始まらないよ。自分の寿命が終わる時が来たら、それを受け入れるだけよ。そうでしょ?

 ワクチンは有り難いし、実際問題としては、私も接種するかもしれないけれど、それはあくまでも数ある選択肢の一つであって、基本は自分自身の免疫力が大事だなって思ってます。だから、なるべくストレスをためないような日常生活を送りたいと思っているし、睡眠時間もなるべく多めに取ろうと思ってます。

 いや、マジで。それが一番だと思っているからね。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | ダイエット&エッセイ

2020年12月21日

使えない外国語の歌を歌うことについて

 私はクラシック声楽を習っているので、使えない外国語の歌を日々歌っています。私の場合は、主にイタリア語とドイツ語と英語だ。よく歌っているくせに、言語としては、ほぼ使えない。英語なんて、学校で10年以上も学んだのに、ろくに使えない。況や、イタリア語をや。ましてやドイツ語なんて!

 ちなみに、ここで私が書く「使える」「使えない」は、その言語を母語としている人から見て違和感無く言語コミュニケーションが取れる状態を「使える」しています。つまり、その言語をその国の人と同程度に話せる事…が「使える」の合格ラインなのです。

 日本語で考えてみると良いです。日本語をろくに話せない外国人が日本語の歌を歌っているのを聞くて、なんか変でしょ? 違和感あるよね。 なんか微笑ましいよね。でも、日本語を普通に話せる人の日本語の歌は、自然すぎて違和感ないよね。要はそういう事。

 外国語の歌を歌うなら、変な違和感なんて無いほどに自然に歌えないとダメじゃないかと思ってます。少なくとも、メロディの美しさや詩の素晴らしさではなく「なんか変な発音だな」「舌っ足らずだな」「なまっているなあ」と感じさせてはいけません…って話です。

 じゃあ、使えない外国語の歌は歌っちゃいけないのか…と言えば、それとこれは別の話です。別に私は自分の楽しみのために歌っているので、ド下手な「使えない」外国語の歌であっても、好きなら歌うし、私が歌うことに文句を言われる筋合いもありません。だって、道楽だもの。それが道楽なんだから。

 私の歌を聞きたくない人は聞かなきゃいいんだし…、それ以前に、私の歌を聞けるような場なんて無いんだから、自由に歌えばいいと思うよ、の世界です。

 ただ、プロやプロの卵さんは別ね。彼らはお金をいただいて歌うのだから、最低限のマナーとして、自分が使える外国語の歌を歌うべきでしょう。変な訛った発音で歌っては、お客様に失礼だと思います。

 だから、プロの声楽家さんたちは留学するのだろうし、海外で数年を暮らすのだろうと思います。やはり言語の習得って、その地で暮らすのが一番だもの。別に留学経験の無い人をディスるつもりはないけれど、歌は言葉と共にあるのだから、留学経験の有無は、プロに取っては大切な事だろうと思います。

 私は日本人で日本語しか使えないのだから、日本歌曲に絞って歌うべきだ…と思われる人もいらっしゃるかもしれないけれど、私は日本歌曲ではなく、外国の歌が歌いたいんだから、下手の外国語で歌っちゃうのも、仕方ないよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 声楽のエッセイ

2020年12月20日

だんだんモノが見えなくなる

 モノが見えなくなる…と言っても光を感じられないわけではありません。盲の方向で見えないわけではありません。パソコンの画面の解像度が低くなるように、あらゆるものがボケて見え、モノの輪郭が分かりづらくなり、すべてが滲んだようにしか見えないのです。

 ひとことで言えば「老眼」ってやつですね。

 この老眼が進行して、どんどん程度が激しくなるわけです。対処法としては、老眼鏡をより強いものへと取り替えていくわけです。前回、老眼鏡を買い替えたのは、そんなに前の話じゃなかったと思うんだけれどなあ。でも明らかに楽譜は見づらくなっていて、フルートの記事の方には書いたけれど、日常使いのメガネではなく、フルートのレッスンの時は、もっと度の強い老眼鏡(普段は自宅の書斎でパソコン用に使っているメガネ)を持ち込んでいるくらいです。

 どうも老眼が進んでいるようです。

 自分の目が見えなくなってきている事は自覚しています。私、外では日常使い用のメガネ(遠近両用)を使用していますが、自宅にいる時は、基本的に裸眼です。で、必要に応じて老眼鏡(度の強い近距離専門の、いわゆるリーディンググラス)を使っていますが、最近はその読書用の老眼鏡を使用する頻度が高いのです。

 ほんと、世界がどんどんぼやけて見えてくるようになっているんだよね。

 私は若い時は、めっちゃ目が良かったんですよ。とても分解能の高い、良い視力を持っていたのです。だからこそ、今の老眼に不足と不満をより強く感じています。ほんと、若い時には何でも見えていたのに、年をとった今、色々なモノにピントが合わなくなって見えなくなってきた事にストレスを感じざるを得ません。

 仕方のないことだとは思っているけれど、なんか鬱々としてしまうのです。あれだけ活字中毒で毎日毎日文字を読まなければいられなかった若い日々が懐かしいです。今は活字を見るのが辛くて、紙の本なんてほとんど読めません。今読めるのは、文字を大きく表示できるパソコンとかタブレットを利用しての電子書籍ですからね。スマホの文字なんて読めない読めない。ましてや、文庫本や新書本なんて…あれだけ愛していたのに、もう手に取ることすらためらうほどです。書斎にあふれる本たちだって、正直、読みたいと思わないもの。もはや、老眼の私にとっては。

 見えなくなるって、こんなに辛い事だとは思わなかったし、ましてや今はまだ底にたどり着いたわけでもなく、これからますます見えなくなってくるのだと思うと、もはや憂鬱でため息しか出ませんよ。

 パソコンのモニターを見るのも億劫になったら、ブログもやめざるを得ないのかな?…と何となく思っている今日このごろです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | ダイエット&エッセイ

2020年12月19日

チャチャ(二代目)が星になりました

 チャチャは緋ドジョウです。マッチ棒程度の大きさで我が家にやってきて、普通サイズのドジョウになるまで成長した子です。その日の朝まで、元気いっぱいの子でした。ふと、気づくと水槽の片隅で星になっていました。それも発見までに少々の時間が経ってしまったようで、すっかり体色が白くなっていました。外傷は特にありませんから、怪我ではなく、病気が死因でしょう。金魚なら心臓破裂が疑われますが、ドジョウはそこまでチキンではありませんから、おそらく違う原因でしょう。

 とにかく、突然死です。チャチャを可愛がっていた妻は大きく落胆しています。「ドジョウの可愛らしさは、他の人には、なかなか分かってもらえないよね」 大いに同感です。

 これでまた、我が家の水槽から緋ドジョウがいなくなりました。今は、体中がボコボコになっている真ドジョウのオボロ(それにしても、この子は障害魚ですが長生きです)がいるだけです。

 ああ、かなり悲しいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年12月18日

うん、知ってる

 フルートのレッスンに行ってきました。ほんと、久しぶりのレッスンです。だって、本業が忙しすぎてレッスンの時間になっても働いていたんだから、レッスンに行けなくても仕方ないよね。

 ってなわけで、ロングトーン練習からです。息を少なめに吹くと良い…と前回気づいたので、かなり息を少なめにして吹いてみました。まあ、音は割れない程度で、別段そんなに美しくはないけれど、吹き過ぎではない…という事が大切なんだね。

 エルステユーブンゲンは相変わらずの25番と26番です。もちろん暗譜なんてしてません。それどころか、ここ数週間は吹いていないからね、もう新鮮な気分でまるで新曲を吹いているような感じで…ミスブローを連発しました。まあ、そんなモンだよね。

 旋律的練習曲は7番です。実は久しぶりのレッスンなので、何番だっけっかと思って記憶を探ったところ、6番じゃないかな?って思って、少ない自宅練習時間を6番に捧げていたのだけれど、レッスン前日になって「あ、もしかして7番じゃね」って気づいた愚か者は私です。ううむ、なので、あまり練習できないままレッスンに行ってしまいました。先生からも「前回の方がずっと吹けてた」とか言われちゃいました。残念ですね。とにかく、どこがダメとかではなく、絶対的な練習量が足りないと言われました。うん、知っている。

 40リトルピーセズは、38番のブーレーなのに、レッスンに行く直前まで37番のムゼッテが課題曲だとばかりに勘違いしていました。こちらは、レッスンに向かう道の途中で間違いに気づきました。気づいた時には後の祭りってわけです。「新曲なのに、譜読みすらしてないよ…」というのが、レッスンに行く直前の私のセリフです。仕方がないので、お教室に着いて、入室する前に2〜3回メロディーを口ずさんで、だいたいの感じを掴んでからレッスンに行きました。もちろん、フルートでは吹いていません。

 ですから、レッスンではほぼ初見状態です。一応、楽譜そのものは歌っておいたので、音楽としては、だいたいは掴めてますが、フルートには触っていないので、指が動かねーのよ。そりゃあそうだよね。とにかく、こっちも「絶対的な練習量不足です」と言われました。うん、それもよく知っている。

 今回の雑談は、いよいよ先生が白内障の手術をしようかと気持ちを固めつつあるという話です。やっぱり見えないのは不便だし危険だし、音楽家としては仕事にも差し支えるわけなのです。幸い、今年は全然仕事がなくて時間があるので、決心さえすれば何時でも手術ができるようなのですが…なかなか決心はつかないよね。だって、開いたままの目にメスを入れるんだよ。私なら死んでもイヤだよね。うわー、こえー。

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2020年12月17日

必要なのは息の鋭さ

 さて、声楽のレッスンの続きの続きです。曲の練習です。フロトー作曲の「M'appari Tutt'amor/夢のごとく」です。

 例によって、最後の高いAとかBのところまでは問題無しです。いや、真ん中のスイッチがうまく押せてないという指摘はたびたび受けましたが…もうレッスンも後半なので、私の意識どおりに筋肉が動かないだけで、私が怠慢をかましているわけではないのです。やはり、必要なのは筋力、腹筋周りの筋力なのです。

 今回、重点的に注意されたのは、高いBの発声です。この部分の歌詞は“Si!”なので、子音の発声を見てもらいました。

 コンコーネの階名唱でも“Si”の発音は散々やりましたが、今回もこの“S”の発音で注意を受けました。結果を言っちゃうと、私が高いBを苦戦している理由の一つに、この部分の“S”の発音がダメなのです。

 高いBを“i”の発声で歌うのは、実際男声にとっては難しいです。まだ“a”とか“e”とかで歌う方がマシなくらいに難しいです。だからこそ、子音を利用して発声しないと歌えない…ってわけです。

 “L”等の有声子音ならば、子音の音程を高いBまで持ち上げてから母音を発声するという方法がありますが、“S”のような無声母音の場合は、子音の音程を上げて…というやり方ができません。

 ではどうするのか?

 実は“S”の場合は、“S”を発声する時の息の速度が音程によって違うのです。これはフルートで考えてみれば分かりますが、フルートならば低い音域の音はゆっくりとした息で吹き、高い音域の音は鋭い息で吹かないとダメですよね。同じ運指でオクターブを吹き分けるのは、専らフルートに吹き込む息の速度なわけです。

 “S”の子音の時は、そんなフルートと同じような状況なのです。高い音を出したければ、息を鋭く吐かないとダメなのです。ま、声帯だって笛の一種だからね。

 ううむ、そんな事に気が付かなかった私はアホだね。確かに言われてみると、そうかもしれません。しかし実際問題としては、高いBを目の前にすると、無意識に臆してしまい、息が弱くなって緩くなってしまっていたのは確かです。息を鋭く吐くためには、メンタルを強くしないとダメかもしれません。

 そんなわけで、ひとまず“S”を発音する時の息の速度を上げてみました。一度や二度の試みでは、全然足りません。自分でかなり速い息を吐いているつもりでも全然足りません。「ええ? こんなに鋭く吐かないとダメなの?」と思うほど吐いてみて、ようやく高いBが発声できました。

 こりゃあ、練習でできても、歌になると厳しいかも。だって、歌っている時は、ヘトヘトの状態になって、やっとこの部分にたどり着くわけで、そんな状態でこんなに鋭く息を吐けるのか…と言えば、頭を抱えちゃいますよ。いやあ、やっぱりプロはすごいなあって思うわけです。

 歌に関しては、筋力も不足しているけれど、スタミナも不足していると思い知らされたわけです。

 高音発声は…力づくじゃダメだけれど、筋力が無くてもダメみたいです。パワーは不要だけれど、必要なパワーは必要ってわけで、カラダが歌手になっていないとできないみたいです。私にはまだまだ難しいです。ううむ。

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2020年12月16日

どうせバカなんだから…

 声楽のレッスンの続きです。

 コンコーネです。最初は5番を階名で歌います。今回言われたのは、イタリア語の階名で歌うことです。つまり「ドレミファソラシド」ではなく“Do Re Mi Fa Sol La Si Do”です。特に気をつけないといけないのは、日本語とはかなり違う“Sol”と“Si”です。うっかりカタカナの“ソ”とか“シ”とか言ってはいけないのです。特に“シ”と“Si”は似ていても子音が違うわけで、子音の違いは影響大きいのです。

 日本語の“シ”の子音は息漏れ音が基本で流れる感じの子音ですが、イタリア語の“Si”の子音は息を貯めて圧縮してから摩擦させる子音ですから、違うんです。特に冒頭部の息を貯めるか貯めないかは大きく違い、歌う時は“Si”の息を貯めて圧縮する事を利用して響きを上に持っていけるので、是非是非イタリア語で歌う事が推奨されるわけです。

 階名唱の次は母音で歌います。“ア”で歌いました。

 “ア”と言っても、実は色々な種類の“ア”があります。明るい“ア”、暗い“ア”、開いた“ア”、閉じた“ア”、“オ”に近い“ア”、“エ”に近い“ア”。またそれらの中間的な性質を持った“ア”や複数の特徴を持った“ア”など、ほんと、同じ“ア”と言っても色々あるわけです。そこで、母音で歌う時は、音符毎に“ア”の発音を変えると歌いやすいと言われました。

 息の流れもそうだけれど、とにかく歌の時にダメなのは、留まる事であって、推奨されるのは動く事であり流れる事なのです。だから、息も声も常に流れ続け変化し続けていかないといけません。

 私はこの動き続けるというのが苦手です。どちらかと言えば、下腹に力を入れて腹筋を固めて歌う方が楽なのだけれど、これはノドを痛めやすいのでダメと言われています。とにかく、息も声もカラダも固めちゃダメなのです。

 いっそ歌っている時は、どこかカラダを動かしているくらいの方が良いようです。

 次は6番です。やはり最初は階名唱です。今度は真ん中のスイッチを意識して歌います。ロングトーンの時は、息をグルグル回しながら歌います。ほんと、大変。母音でも歌ったら、また5番に戻ります。

 苦手の低音をどう歌うか…です。色々な歌い方がありますが、大切な事は、音程が下がっても響きを落としてはいけない事です。それをどうやるかで…今までは低音になる時に、声を被せて閉じ気味にして歌っていましたが、これがどうにもやりづらいのです。で、音色は悪くなるけれど、今まではとは逆に、声が低くなる時に声を開けて歌ってみました。バカっぽい声になりますが、どちらかと言えば歌いやすい感じがします。

 格好良いけれど大変な閉じた声で低音を歌うべきか。バカっぽいけど楽に歌える声で低音を歌うべきか。ここは大いに悩むところですが、ひとまずバカでやってみようと思いました。どうせ、テノールなんてバカとしか思われていないのだから、バカっぽい声でも良しとしようと思いました。

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2020年12月15日

真ん中のスイッチ

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。息をしっかり支える事と、ノドを開く事。この二つができると、響きが高くなります。ハミングを“鼻”歌としてしか感じられないようならば、まだ支えが弱く、響きの位置が低いのでしょう。今の私は、しっかり息を支えると、響きの位置が目の辺りに来ます…というか、目の辺りに来るまで頑張ります。

 これは息を支える事にも関連しますが、息はしっかりと流さないといけません。息は声に先んじていなければいけません。まず息が流れはじめ、安定した流れになってから、声を出します。通常の会話での発音のように“微妙に息が早い”程度ではいけません。常に明らかに息が先行していなければいけません。そうでないと、しっかり支えられた声にはならないのだそうです。

 さらに言えば(ハミングでは子音は使いませんが)言葉を発声するなら、母音よりも子音が優先していなければいけません。日本語は子音と母音がほぼ同時に発音されますが、クラシック声楽ではヨーロッパ言語で歌う事もあり、子音が先で、その上に母音を載せて発音します。

 一番最初に息を流し、息がしっかり流れたら、それに乗せて子音を発声し、その子音を利用して、その上に母音を乗せて発声する…のです。難しいね。

 発声練習です。今回のレッスンで学んだのは“真ん中のスイッチ”って奴です。

 真ん中のスイッチとは…感覚的には胃袋の下あたりに下向きに設置されている早押しボタンのようなスイッチで、そのスイッチを腹筋で下から突き上げるようにして押すのです。分かりますか?

 で、このスイッチを、フレーズの最高音の一つ手前でグイって押すのです。で、押し続けてフレーズを歌い終わり、一度リセットしたら、次のフレーズの最高音の一つ手前でグイって押すのです。いやあ、大変よ。

 だから、最高音の手前の音と、最高音では声色は同じでも響きが変わります。真ん中のスイッチが押される事で、響きの位置がグンと高くなって、響きもきらびやかになります。これはどんな音型でもどんな音域でもそうなります。

 ただ、私的にはかなりハードな動きになりますので、レッスンの前半早々には腹筋が疲れきってしまい、ほぼ動かなくなりました。ダメじゃん。

 どうも腹筋に求められるのは、ダンサーのような軽やかに動く筋肉のようで、格闘家のような力強さは求められていないようです。パワーよりもスピードですし、力強さよりも軽やかさのようです。…どちらも自分には遠いなあ。

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2020年12月14日

メトの今年のラインナップ

 今年のメトロポリタンオペラの日本におけるライブビューイングのラインナップが先日発表になりました。ちなみに、本国アメリカでの2021-22年シーズンの公演はすべて中止で、その代わり、本国サイトでは日替わりでオペラの無料配信をしています(日本語の字幕がついていないのが残念です)。

 で、今年のメトのライブビューイング(当然日本語字幕付きです)のラインナップですが、当然過去の作品となります。2月から始まって、月イチペースで7月までの6本で、以下の作品が上映予定となっています。

 2月 2010年版「カルメン」
 3月 2014年版「メリー・ウィドウ」
 4月 2011年版「ワルキューレ」
 5月 2018年版「椿姫」
 6月 2006年版「セヴィリアの理髪師」
 7月 2018年版「アイーダ」

 私、すべて見ています(笑)。過去ログを漁ると、当時の感想が出てきます。ちなみに「カルメン」「メリー・ウィドウ」「椿姫」「セヴィリアの理髪師」はどなたにでも安心してお薦めできるほど、良い上演です。

 残りは…と言うと、「ワルキューレ」は…演出が智に走りすぎていて難解です。音楽も長いし、メトでは珍しくデボラ・ヴォイトやヨナス・カウフマンが歌っていて貴重な上演と言えば貴重なのですが…通向け過ぎで、あまりお薦めできません。

 「アイーダ」はネトレプコを見たい人にはお薦めですが、オペラを見たい人には向きません。ほぼほぼネトレプコの一人舞台です(笑)。配役のバランスの良い舞台で見たいものです。

 今年の私は…どうするかな? 全部見ているし、案外覚えているので、激安価格での上演ならともかく、通常価格での上映なので触手が伸びないんだよね。見るとしても「カルメン」と「ワルキューレ」ぐらいかな? いや、でも分からないよ。オペラ見るためには、都会とか繁華街とかに行かなきゃいけないからね。コロナ禍もあるから、人混みの中にはあまり行きたくないという本音もあるしね。

 さて、今年はどうするかな? 大いに悩んでいます。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 歌劇

2020年12月13日

みんなイライラしている

 最近気づいたのだけれど、なんか皆さん、イライラしていない?

 私自身は気持ちも安定し、ストレスも無く、毎日元気に暮らしている…と思ってました。少なくとも例年はそうでした。実は今年だって、そのつもりでした。

 職場でストレスチェックなる心理テストがあって、毎年それを受験しないといけません。毎年毎年それを受け、いつも低ストレス状態で良好であることを確認していました。で、今年もそうなるはずでした。

 でも、今年の結果はそうではありませんでした。私自身は全く自覚が無かったのですが、テストの結果、今年の私はストレスフルのようで、そのストレスの影響が身体面に向かっているという結果が出ました。ううむ、虚弱という程ではないけれど身体は決して強い方がないからなあ…と嘆くよりも、精神がタフで良かったというべきか(笑)。

 自分自身を見つめ直して見るに、確かに身体は弱ってます。ストレスはともかく疲労は確実に溜まっているし、その溜まっている疲労を強く感じます。おまけにここ数ヶ月も休日出勤が続き、ロクに休めてないんだよねえ…。サービス残業なんて当たり前だしなあ(嘆)。まあ、過労死ラインを超えるほどの残業時間では無い事に感謝するべきか(涙)。

 とにかく今年の私はストレスフルなのです。ちょっとヤバいのです。そう思って、周囲を見回して気が付きました。明らかに、部下たちは私よりもストレスフルです。その症状が身体に出ている者もいますが、多くは精神面に出ている者もいます。

 なんか、みんなイライラしているせいか、職場がギスギスしているんだよね。

 仕事自体は例年よりも大変なのに、順調に回っています。いや、順調に回すために、あれもこれも抱えているのかもしれませんし、例年ならばストレス解放できていた事ができなくなっているとか、それでみんなイライラしているとか?

 私だって、例年なら秋はコンサートシーズンで、週末ごとに色々なコンサートに出かけていたのに、今年は家でテレビを見るか、ふて寝するぐらいだもの。ストレス、溜まるよなあ。発散、出来てないよなあ。

 やっぱ、原因はコロナだよなあ。

 日頃のストレスを飲みで発散している連中は、居酒屋等に行く頻度が減ってしまって、あれこれ溜まっているようだし、大勢が狭い部屋に集まってワイワイするのも禁じられているので、休憩時間もみんなクチをきかずに静かにしてますが…ストレス溜まるよねえ。おまけにリモートだとかICTだとか、慣れない機材を手に、慣れない作業をせざるを得ないわけだし…ああ、これはほんと、ストレスフルだ。

 コロナという死神も怖いけれど、コロナのために経済的苦境に陥って貧乏神に取り憑かれるのも御免だし、ストレス溜め込んで悪魔に魂を操られるのも勘弁です。

 そういう意味では、コロナ、侮りがたしです。

 ああ、南の島にバカンスに行きたい(行けないけど)。

 疫病退散!

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年12月12日

食べ物の恨みは恐ろしい…

 先日、焼き芋を金魚たちにあげた時、シズカはお昼寝中で熟睡していました。他の子たちで焼き芋を食べ終わった頃に目覚めたシズカは、なんかとってもイキリ立っていました。自分が焼き芋を食べそびれた事を瞬時に理解したようです。

 しばらくは荒々しく水槽内を泳ぎ回っていました。よほど腹に据えかねる事だったようです。でも、所詮は金魚ですからね。怒りが持続する事はありません。あっという間に忘れてしまうのです。

 そう、忘れてしまうはずだったのです。

 しばらくは荒々しく水槽の中を泳ぎ回っていたシズカでしたが、やがてエサを投入する場所にやってきて、じっと人間を見つめるようになりました。これがなんとも、力強い目ヂカラで睨むんですよ。シズカの心の声が聞こえます。「焼き芋を入れてください。私はまだ食べていないのです…」って声が聞こえるのです。

 無い袖は振れません。それでもしばらくずっと睨んでいました。

 翌日になれば忘れる…と思っていました。朝のエサを普通に食べました。でも、人間が食事をすると思い出すのでしょうね。エサの投入口にやってきて「食事をしているんでしょ? 焼き芋を入れてください」というシズカの声が聞こえるんですよ。

 これが毎日毎日続きました。物事をあっという間に忘れてしまうはずの金魚なのに、シズカは焼き芋を食べ損なった事を絶対に忘れないのです。食べ物の恨みはほんと、恐ろしいのです。

 ちなみに、あれから十日ほど経ってから、焼き芋を入れました。今度はきちんとシズカが起きて活動している時にです。頭のネジが吹っ飛んだのかと思うくらいに、狂気を含んだ異様な動きを何度もしながら焼き芋を食べていました。それからは、ジト目で人間を睨みつける事はなくなりました。やっぱり焼き芋を要求していたみたいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年12月11日

私の楽器は吹きづらい

 私は二本のフルートを常用しています。練習用のヌーボ(プラ管)とレッスン用のアルタスA1307R(総銀)です。アルタスの方は、アゲハという名前を付けて愛でています。

 さて、ヌーボとアゲハですが、実は両方とも吹きづらい楽器です。どう吹きづらいのか言うと…

 ヌーボはウワバミです。息をいくらでも飲んでしまいます。ですから油断していると、あっという間に息が無くなってしまいアップアップになってしまいます。ヌーボを吹く時は、しっかりと腹筋を意識してブレスコントロールをしないと吹けません。ヌーボはいくらでも息を飲みますが、別段、少量の息では鳴らない…なんて事はありません。この楽器を吹くのに必要な息の量は、他の楽器とほぼ同じです。ですから同じように吹けばいいだけなのですが、いくらでも息を飲んでしまうので、ガンガン吹き込んでいくと、あっという間に息が足りなくなってしまうのです。危険だね。ブレスコントロールの大切さを身にしみて知らされます。

 ですから、値段が安価なので、初心者向けの楽器と思われやすいのですが、こんなにきちんとブレスコントロールをしないと吹けない楽器なんて、絶対に初心者向けではありません。

 アゲハは…と言うと、スイートスポットとでも言うのかな? 良い音で鳴る場所がやたらと小さい上に、少しでも乱暴に吹くと、すぐに音がダメになります。これ、何気にキツイですよ。アゲハをオーバーホールに出した時に、別のメーカーのフルートを代替器として借りたのですが、その楽器の吹きやすかった事…ほんと、涙がちょちょぎれちゃうほどでした。ああ、世間一般のフルートって、こんなに奏者に優しいんだ…と思いました。とにかく、息を吐き出す量と方向を常に意識していないと、ちゃんとした音色で鳴ってくれない楽器なんて、かなり手強いと思います。

 そんなわけで、私が常用している二本のフルートは、二本とも吹きづらいのですが、決して嫌いなわけではありません。二本とも、私には良いコートであり、トレーナーです。だって、これらの楽器を吹いているだけで、ブレスコントロールが上達するんですよ。他の楽器を吹いた時に、ビックリするくらいに簡単に吹けるんですよ。すごいでしょ?

 あと、ヌーボはそれほどではありませんが、アゲハは音色が素晴らしいのです。私の耳には鈴が鳴るような美しい音色なのです。世間一般のフルートって、見かけはキラキラしていますが、アゲハは見かけだけでなく、その音までもキラキラしているんですよ。

 だから、多少吹きづらくても、頑張って吹いちゃうんだよね。だって、フルートを吹いているだけで、お耽美な気分になれるんだよ、そりゃあ吹いちゃうよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2020年12月10日

合唱と独唱は発声方法が違う?

 これもプロの話ではなく、アマチュア歌手の話です。おそらくプロの方々は、合唱も独唱も同じ発声方法、同じ声で歌っていると思われます。

 でも、アマチュア歌手…と言うか、アマチュア合唱団で活躍している人と、趣味で独唱の勉強をしている人とでは、どうやら発声方法が違うようだし、声もだいぶ違うような気がします。それゆえ、プロの方々は、同じ人が独唱を歌ったり、合唱を歌ったりと、自由自在にやっていますが、アマチュアの場合、合唱の人が独唱を歌えば声が貧相だし(ごめんなさい)、独唱の人が合唱を歌うとうるさくて迷惑(ごめんなさい)です。

 そんな状況を見ていると、合唱と独唱では発声方法が違うんだろうなあって思うわけです。

 なぜそういう事が起こるのかと考えてみると、要は未熟なアマチュア歌手たちが、合唱をやっていたり、独唱を歌っているから、そうなるんだろうと思います。逆に言うと、プロの歌手は、歌も声も完成されているから、合唱も独唱も両方イケちゃうわけです。

 合唱団は、声を合わせて歌わないといけません。つまり、一人や二人だけ上手くてもダメで、その団の声の平均点(あるいは中央点)に合わせて声を出して揃えていく必要があります。で、その平均点は…アマチュアの集団ですから、そんなに高得点ではないわけで、そういう環境にいると「まあ、それくらいでいいか」という事で、その程度の声に固まってしまうわけです。

 で、そんな「まあ、それくらいでいいか」の声で独唱を歌えば、大抵の場合は貧相な声にならざるをえないわけです。

 日頃、独唱を歌っているアマチュア歌手の場合は、もっと話は簡単で、単純に未熟だし、あからさまに言えば下手です。独唱は独唱として歌い、合唱に入ったら、その団の平均点な声に合わせて声を出せればいいのだけれど、未熟で下手くそだから、自分なりの歌い方しかできなくて、それで合唱団で浮いてしまうわけです。そりゃあダメだよね。

 求められている事に応じる事すら出来ない程度のテクニックしか持っていないのですから、うるさいし迷惑なわけです。

 というわけで、アマチュアの場合、合唱と独唱では発声方法が結果として、自然と違ってしまうというのが私の私感です。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 発声法のエッセイ

2020年12月09日

高音を出そうとすると、ノドにフタがされる感じがする

 発声の事を考えると、いつも思いやられるのが、かつては「高音を出そうとすると、ノドにフタがされる感じがしていた」事です。無論、今はその感覚はなく、なんとも懐かしい気さえしますが、当時はだいぶ悩んでいたものですし、師事していたキング先生にも何度も何度も困っている事を訴えたものです。

 「フタがされる」で分かりづらければ「ノドが閉まる」「ノドが不通になる」「声が出なくなる」「息が吐けなくなる」と言えば、多少は想像がつくでしょうか? 当人的にはかなり辛いです。

 例えば上行音形のフレーズを歌っている時、上に行くほど、声が出づらくなり、ある時点で、まるで店先でシャッターを降ろされたかのような感じで、いきなり声が出なくなります。無理してひねり出そうとすれば、悲鳴にしかなりません。さらに高い音を出そうとすると、悲鳴にすらならず、声はもちろん、息すら出なくなります。

 肩甲骨周辺の筋肉がうまく使えていないからだ…とキング先生に言われて、肩甲骨周辺筋肉のストレッスを散々やった事もありますが、特に効果はありませんでした。

 結局、解決したのは、Y先生のところに移って、発声方法を根本的に変えてからです。もっとも“変えた”と書きましたが、正しくは「世間で普通とされている発声方法に戻した」からです。キング先生のところで習った発声は、少し(いや、かなり)特殊なメソッドに基づく発声法でした。まあ、私は平凡な人間なので、世間で普通とされているようなやり方の方が合っていたのだろうと思います。特別なやり方は私には合わなかったんだと思います。

 今なら、色々と分かります。なぜ、あの頃の私が高音を発声しようとすると、ノドにフタがされたのか? 

 まずはメンタルの問題があると思います。メンタル…つまり意識です。

 キング先生のところでは、発声は高音中心であって、中低音はあまり考えることはありませんでした。つまり、歌っている時は、中低音は比較的リラックスしながら歌い、音が高くなるにつれ、覚悟を決めて、高音に差し掛かると全力で発声するわけです。そういうやり方だったのです。

 つまり、高音って特別な音だったんですよ。で、特別だから、ついつい力んでしまったのです。つまり、ノドに全力を込めて歌っちゃったわけです。

 これ、ダメだよね。これじゃあ、出るものも出ないよ。ノドに全力込めちゃダメだね、むしろノドは脱力しないとダメだ。

 でも私がいくらノドに全力を込めて歌っても、キング先生は、それには注意をしなかったのです。なぜなら…キング先生はノドの脱力をあまり重要視していなかったから…です。もちろん、ノドに力を入れすぎるのは良くないとは思っていたようですが、ノドにはある程度力が入っている方が良いと思っていたわけです。例えば、妻はノドが脱力した歌い方をしていたので、キング先生からわざわざノドに力を入れて力んで歌うようなレッスンを受けていたからなあ…まあ、これもキング先生が教えてくださる発声方法が一般的なそれとは違うからなんだけれど(で、妻はノドを壊して、声楽専門のノドの医者通いをするようになりました)。

 今の私は、高音は中音の延長として、なるべく特別な意識をしないで発声するように指導されています。高音なんて、特別視しなければ、案外たやすく出るのです。何か特別な事をしなければ出ないものは、とりあえず出ないのです。

 出るものは出る。出ないものは出ない。そういう割り切りというか、自分の限界を知る事が大切なのです。もっとも、今は出なくても、体を作っていけば、将来的には出るようになるかもしれません。でも、それは将来の話であって、今の話じゃないのです。

 高音だからと言って、無理はしない。力まない。特別視しない。そうする事で、もしも高音発声の際に、ノドにフタする感覚があったとしても、やがてそれはきっと解消される事でしょう。

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2020年12月08日

声種と声域には相関関係がある?

 プロ(つまり、完成された歌手)の場合、強い相関関係があると思いますが、未完成な歌手…つまり、趣味レベルのアマチュア歌手の場合は、相関関係は無いと考えたほうが良いかもしれません。

 ここで言う、相関関係の有無とは…

 「ソプラノだから高音が得意。アルトだから低音がよく出せる」または「高音がよく出るからテノール。低音がよく伸びるからバス」とかの話です。つまり、高音歌手(ソプラノ&テノール)は高音がバンバン出る声を持っていて、低音歌手(アルト&バス)は低音がバンバン出る声を持っている…って話です。

 …だといいよねえ…というのが、私の偽らざるを得ない感想です。

 プロなら、そうだと思うのですよ。でも、我々アマチュアは必ずしもそうではありません。アマチュアの場合、音域だけで考えれば、男声はバリトン、女声は上の無いソプラノ、またはメゾソプラノになってしまう人がたくさんいます。

 つまり、未熟な歌手の声域は、中音域を中心とした狭い音域しかないのです。これが歌を歌い始めた人の初期状態なのです。ここから訓練を重ねていって、自分の声(つまり声種)に合った声域に広げていくわけです。

 声種というのは、簡単に言ってしまえば、声の音色の傾向です。つまり、声色です。人はそれぞれ声色が違うでしょ? その声色によって声種が決まるってわけです。もちろん、この場合の声色は、話し声の声色ではなく、歌声の声色であるのは、言うもがなですよ。ざっくり言えば、軽やかな声の人は高音向きであり、渋い声の人は低音向きなのです。

 それぞれの声色の特徴から声種を判断したら、ソプラノやテノールの高音歌手は、高音へ音域を広げていくわけだし、アルトやバスは低音へ音域を広げていきます。中音歌手であるメゾソプラノやバリトンの人たちは、上下に音域を広げつつ、声の美しさに磨きをかけていきます。そうやって、それぞれの声種にふさわしい音域を後天的に獲得していって、歌手として完成をめざすわけです。

 なので、最終的には、声種と声域には相関関係が生じます。高音歌手は高い音が得意でしょうし、低音歌手は低い音が得意になります。でもそれはあくまでも完成した姿であって、未熟な段階では高音歌手であっても高音は苦手だったりするし、低音歌手であっても低音は全然響かないかもしれません。でもそれは、未熟さゆえ、仕方がないのです。

 で、私が思うのは、私自身がそうだったけれど、アマチュア合唱団に入る時に、音域を調べられて、それで自分のパートが決まるわけだけれど、その時に「あなたは○○まで出るからテノール」って言われ方をされたのが、未だにちょっと心に引っかかってます。「君の声ならテノール」と言われたのなら納得ですが「○○まで出るから…」ってのは、声色ではなく声域で判断されたわけで、結果的にテノールだったので良かったけれど、一歩間違えば、危ういことになっていたわけです。

 くわばらくわばら。いやあ、やばかったよ。

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2020年12月07日

イタリアオペラとドイツリートでは発声法が異なるのか?

 本当の話はプロの方々に尋ねてください(笑)。ここでは趣味のオジサンの私見を書きます。

 よく…と言うか、少し古い書物等を見ると、イタリアオペラとドイツリートでは、音楽の種類も違うし、発声法も違うと書いてありました。いわゆる、ベルカント唱法とドイツ唱法の違い…ってやつでしょうね。なので、今でもたまに、そんな事をおっしゃる方もいらっしゃいます。

 たぶん、昔は違っていたのかもしれません。昔は、イタリアとドイツの違いって大きかったのかもしれません。なにしろ、ドイツ系の歌手のLPに収録されているイタリアオペラのアリアがドイツ語歌唱が標準だったりした時代もあったわけですからね。ちなみに当時、イタリア系の歌手はドイツリートとかドイツオペラのアリアは…滅多に歌っていなかったと思います。つまり、分業というか、棲み分けがあったわけです。であれば、両者に多少の違いがあっても不思議ではありません。

 でも今は…この棲み分けは無いですよね。プロの方なら、イタリアオペラのアリアも歌えば、ドイツリートも歌います。私のようなアマチュアさんだって、その両方を学びます。もちろん、イタリア語とドイツ語は違う言語ですから、当然、言語に伴う違いはありますが、基本となる発声法は同じです。ってか、同じ発声法でないと対応が難しいと思います。なぜなら、同じ人が同じジャンルの音楽を歌っているわけですから。

 音楽のジャンルが違えば、当然各種テクニックが異なってきますし、歌系であれば発声法が違ってきます。ざっくり言えば、オペラの発声で演歌を歌うバカはいないって話です。でも、同じジャンルの音楽であれば、基本的なテクニックは同じだし、歌系であれば発声法は同じになります。レディ・ガガとマドンナの発声方法は同じでしょ?

 ですから、イタリアオペラのアリアとドイツリードは、地域は違うけれど、同じクラシック声楽の音楽ですし、同じ歌手がその両方をレパートリーにするのは当たり前の時代だし、その両方を歌う以上、同じテクニックで歌うのが当然と言うか、省エネなわけです。博多民謡と秋田民謡には多少の違いはあっても、同じ歌唱テクニックで歌う…ってのと、同じレベルの話です。

 というか、同じ発声法で歌えるから、同じ歌手がこの両方をレパートリーにできるわけで、明確に発声法が違うのなら、この両方をレパートリーにする歌手は激減します。オペラと演歌の両方をレパートリーにしている歌手なんて、まずいないですよね。そういう事です。

 例えば、民謡歌手で演歌を歌う歌手さんは、民謡の発声で民謡も演歌も歌っていますでしょ? 人間って、そんなに器用じゃないし、極めた人ほど、極めた技を使います。

 なので、イタリアオペラとドイツリートでは発声法が異なるのか? と言えば、今の時代、同じ発声法で歌っているでしょう…と言えます。では、それは昔で言う、ベルカント唱法なのでしょうか? それともドイツ唱法なのですか?

 たぶん、ベルカント唱法寄りの発声だと思います。と言うのも、今のクラシック声楽の発声法って、いわゆるベルカント唱法でしょ? もっとも、今のベルカント唱法とかつてのベルカント唱法が同じかどうかは私には分からないので、ベルカント唱法“寄り”って表現をさせていただきますが、少なくともドイツ唱法ではないですよね。今の時代、ドイツ唱法って、かなり少数派なのではないかと思うのです。

 ちなみに私の理解では、ベルカント唱法は腹筋を動かし続けて歌う唱法であり、ドイツ唱法は腹筋を固めて歌う唱法だと理解してます。間違っていたら、ごめんなさい。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 発声法のエッセイ

2020年12月06日

たぶん“終わり”が始まったのだと思います

 先日…2020年11月30日の事ですが、私が使っている“さくらのブログ”の管理画面が激烈に重くなりました。翌日の記事がうまくアップできないし、当日の記事へのコメントさえ無理。別に他のサイトは通常通りに動きますから、この不都合に関して、私のパソコンが原因ではないわけで、そうなると“さくらのブログ”のサーバーに異常が生じている…と考えざるを得ないわけです。相手側のサーバーが原因ならば、私には出来ることは無いので、その日は、あれこれ諦めて翌日待機をしていたわけです。

 翌日になったところで、ブログの管理画面は通常の速さで使えるようになりました。前日にあれこれ色々トラブりながら設定した箇所は、全部アウトでした(まあ、そんなもんだよね)。

 それと同時に“さくらのブログ”から発表がありました。なんでも、来年(2021年)3月2日以降、“さくらのブログ”の新規アカウント受付が終了するというのです。簡単に言うと、3月以降“さくらのブログ”のユーザーにはなれないよって話です。新しい人が“さくらのブログ”で新しくブログを作成することはできませんって話です。

 で、そのためにサーバーの設定を色々といじっていたので、11月30日はブログの管理画面がうまく動かなかった…というわけです。

 ちなみに今回の件で、今現在のユーザーは、現在のブログをそのまま継続できるそうだし、今現在のユーザーなら、新規ブログの作成もできるそうです。つまり、現役の“さくらのブログ”のユーザーである私には何の影響もありませんって話です。

 でもね、ちょっぴり不安は不安です。

 なぜこんな事になったのかと言うと“さくらのブログ”のユーザーが減ったからなんだそうです。ユーザーが減ったので、サービスの見直しを検討した結果、新規アカウントの受付を終了する事にしたのだそうです。まあ、ブログサービスのユーザーが減っているのは、全世界的な傾向なので、仕方ないと言えば仕方ない話です。もう、ブログはオワコンなのかもねえ…。

 他の会社だったら、ブログサービスの中止になっても、全然不思議じゃない案件だよね。

 当面は、新規アカウントの受付をやめるだけで、今いるユーザーには何の影響もないと公言しているけれど、それがいつまで続くことやら。私的には一生…とは言いません。せめて、あと数年は続けてくれるとうれしいなあと思ってます。それでも、必ずブログというコンテンツの終わりは来るわけで、いずれは“さくらのブログ”も終了するでしょう。

 “さくらのブログ”はレンタルサーバー会社のおまけサービスで、別にさくらはこのブログで儲けているわけではなく、あくまでもサーバーを貸するのが商売なわけで、その貸したサーバーの利用方法の一つとしてブログを提案しているわけです。なので、ブログサービスに関しては商売っ気がないわけで、私はそういうところが好きなのです。

 で、そんな“さくらのブログ”が終了する頃は、他社のブログサービスもほとんど残っていないだろうと思われます。だから、ここが終わるなら、私は…引退だね。世の中、色々SNSはあるけれど、私はブログ以外の媒体には魅力を全く感じないんだよね。少なくとも、一社が全部を抱え込んでいるようなサービスは拒否します。ブログがいいのは、ワールドワイドでオープンなところなんだよね。

 たぶん、今回の件は、ブログサービスの終わりの始まりなんだろうと思います。ならば、それはそれとして、きちんと楽しんでいけばいいのかなって思ってます。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2020年12月05日

とにかくシズカがデカイ!

 標題の通り、ふと気づけばシズカがデカイ事に気づきました。シズカが我が家にやってきたのは、2015年の9月ですから、すでに5年超です。ううむ、ご長寿だ。

 この子は基本的にいじめられっ子なので、常に満身創痍なのですが、それでもカラダが丈夫で強いせいか、今でも元気なのです。今でもかつての古傷が残っているし、目は白内障で濁っているし、右の尾びれは無いし…いやあ、とにかくキズだらけの子なのです。

 ウチの水槽はヤヨイ以前の時代は、私が日に2度ずつエサを与えていたので、みんな巨大魚だったのですが、ヤヨイ以降は妻がエサやりを担当し、エサは日に1度だけ、それも案外ちょびっとだけになり、そのせいもあって、金魚たちの成長がゆっくりになりました。まあ、金魚って、あまり大きくない方が健康面から見ても良いのだよね。

 で、今のウチの子たちは、ゆっくりゆっくりと大きくなっていきました。ヤヨイなんて、体長はかなり長くなりましたが、全体的にスリムで大きいという印象がありませんでした。

 シズカって、いじめられっ子のせいもあって、常にどこか物陰に隠れていて、飼い主の目に触れる事が少ない子だったのですが、ヤヨイも星になり、シズカをいじめる子がいなくなった事もあってか、最近は水槽の前面に来ることも増え、飼い主にもよく姿を見せるようになりました。

 で、そんなシズカを見てみると…こいつ、いつの間にかデカくなっている。

 ヤヨイは長さだけは長かったけれど、厚みが無かったので、そんなに大きくは感じませんでしたが、シズカはとにかく、分厚いのです。おまけに長いし、背も高いです。つまり、縦にも横にも上にも長いのです。おそらく、手に持ったら、かなりずっしりするんだろうなあって感じです。かなり重そうです。

 いつのまにか、かつての巨大魚クラスの大きさにまで成長したようです。そりゃあ、5年も元気でいたら、それくらいの大きさにもなるよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2020年12月04日

黒い譜面が吹けません(涙)

 フルートの話ですが、私、黒い譜面が苦手です。

 黒い譜面…というのは、細かい音符がたくさん詰まっている楽譜です。十六分音符とか三十二分音符とかがずらずら並んだような楽譜は、ほんと苦手なんです。ちゃんと吹けずに間違えちゃうんですね。

 「ああ、もう年寄りだから、指が回らないのかな?」なんて考えて、ちょっぴり諦めちゃった時期もあります。加齢が原因で出来ないのは、もうどうにもならないものね。

 でもね、練習を重ねて、吹けなかったフレーズが吹けるようになるにつれ、分かってきた事があります。多分私「指が回らないから吹けない」という事はないんじゃないかな? 少なくとも“指が回らないほどにテンポが速くて細かい曲”には対峙した事はなく、私が苦労してきた曲、たとえ譜面が黒くても、そんなに速くもなければ細かくもない曲であって、だからそれらの曲が吹けないのは、決して指が回らないのが原因ではない…のです。

 では、なぜ吹けないのか? 譜面がきちんと読めていなくて、それで吹けないのです。

 譜面がきちんと読めていない…とは? 色々な現象が考えられます。

 例えば、老眼のために譜面がぼやけて見えていて、それで読み間違えているので吹き間違える…とか。

 例えば、五線から上にはみ出しているような音の場合、きちんと見えていても、とっさにその音が何なのか分からずに、数えているうちに吹き間違えてしまう…とか。

 例えば、ちょっと面倒くさいリズム(付点系ですね)に迷ってしまって、パニクっているうちに間違えてしまう…とか。まあ、そんな感じです。

 おそらく、これらの諸問題は、きちんとしたメガネをかけて、読譜能力が向上すれば解決するんだろうと思います。だから、指の問題ではないのです。

 メガネに関しては、レッスンの時は、通常使用の老眼鏡よりも度の強い眼鏡をレッスン用として持ち込む事で改善されつつあります。読譜能力に関しては…ほぼ譜面が読めなかった私が、ここまで読めるようになった事をまず喜びたいと思います。でもまだ足りないんだよね。だから、さらに一層の上達を望むだけです。

 つまり、指がトロくて黒い譜面が演奏できないのではなく、脳みそがトロくて黒い譜面が演奏できない…ってのが、どうやら事の真相のようです。

 え? それって、ジジイだから吹けないのではなくて、バカだから吹けない?って結論になるのかな? バカは…ダメだよねえ。バカは死ななきゃ治らないもの、チクショー。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | フルートのエッセイ

2020年12月03日

フェイスガードをしていないオペラの舞台を見に行きたいなあ

 声楽のレッスンの続きの続きです。さて「M'appari Tutt'amor/夢のごとく」です。この歌は発声に良いらしいので、未だに歌ってます(別に嫌ではありません)。

 なるべく軽い声で歌う事。息よりも高く、声を出す事。感覚的には、息の上に声が乗っかる感じで歌うと良いみたいです。

 高い音程になると、声が開き気味になる傾向があるので、十分に注意する事。声が開くぐらいなら、むしろ閉じていった方が良いので、高くなるほど、声を閉じていくつもりで歌って、ちょうど良いのかもしれません。

 高いAは、子音を利用して、なるべく楽に出す事。高いBは(まだ私では)子音を利用するだけでは難しいので、いっその事、母音を変えて( i -> e )歌っても可との事です。いやあ、最後の高いBは本当に難しいのよ。

 ああ、歌って、難しいですわ〜。

 さて、昨今、私は老犬ブログにも書いてますが、コロナ対策オペラを目にする事が多いです。今のオペラ界では、こんなコロナ対策オペラばかりなのでしょうか?と、ちびっとグチったところ、決してそんな事はなく、オペラカンパニーごとに、色々と頑張っていますよという話を聞きました。

 帝国劇場でのミュージカルのように、オペラ公演でも、万全の体制で通常の演出のまま公演しているオペラも少なからずあるようです。ううむ、そういうオペラを見に行きたいです。

 その手のオペラ公演では、オペラのリハーサル等は常に歌手の皆さん、マスク着用で、マスクしたまま歌うのだそうだけれど、これがとっても苦しいんだそうです(そうだろうなあ…)。で、PCR検査をして、ゲネプロ以降はマスクを取って、通常のスタイルで歌うのだそうです。もし、この段階で、PCR検査の結果、出演者やスタッフの中から陽性反応者が出たら…この公演そのものがポシャっちゃうわけで、ううむ、リスキーだね。その後も、公演の節目節目でPCR検査をしていって、安全を確認しながらオペラ公演を続けていくのだそうです。

 先生もその手の公演に参加した事があるそうで、もう何度も何度もPCR検査を受けたんだそうです。そういう意味では、オペラを始めとする舞台公演は、PCR検査を頻繁に行っているようですから、今の時代、観劇はむしろ安全なのかもしれませんね。あ、舞台が安全でも客席が安全とは限らないか。

 ちなみに、オペラ見るなら、今がチャンスなんだそうです。と言うのも、今は補助金が潤沢に出ているので、どの団体も公演しさえすれば確実に黒字になるので積極的にオペラ公演をしているのだそうです。ちなみに、この補助金は、そろそろ打ち切りの予定みたいです。で、補助金が打ち切られてしまうと(会場の半分程度しか客が入らないと)今度は確実に興行利益が見込めなくなる(つまり赤字公演になる)ので、オペラを始めとする舞台公演は、当面の間寂しくなるそうなのです。まあ、お金がからめば、そうなるよね。オペラ関係者も霞を食べて生きているわけじゃないでしょうからね。

 でもでも、フェイスガードをしていないオペラの舞台を見に行きたいなあ…と心が動く私でありました。問題は…そんな時間をなかなか捻出できないって事かな。

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2020年12月02日

声は軽やかに…ね

 声楽のレッスンの続きです。まだまだ発声練習は続きます。

 クチを縦開きにする事が大切です。私は、まだまだ無意識ですが、クチを開こうとすると横に開いてしまうようなのです。なので、クチは縦開きです。無意識にクチを開くと横開きになってしまうなら、常に意識的にクチを縦に開くようにするだけです。でも、これが難しいのよね。

 さらに出来れば…クチを縦に開いた時に、ノドは下ではなく、上に開くように心がける事も大切です。上アゴを開く感覚です。これも私には難しい。

 さらにもう一つ。声は高い音域でも低い音域でも、同じ声色で歌い続けること。これも難しい。まあ、高音はあるところ以上でピヤッと音色が変わるけれど、これはアクートへの道筋だから、まあよしとします。私にとっての問題は低音の方かな? うん、低音は難しいね。ほんとは難しい。気を許すと、声が胸に落ちてしまいます。でも、それはダメ、絶対にダメ。いやあ、難しいです。

 さて、コンコーネです。常に腹筋を動かし続けるのです。決して、腹筋を固めてはダメです。腹筋を固めたら、負けです。常に動かし続けます。いや、腹筋に限らず、カラダは常に緩めておくこと、固まったり、硬くなったりはダメです。リラックスしながら歌うのが肝心なのです。

 息の支えは早め早めに、クチの開きも早め早めに。声の音程が変わる前に、息の支えやクチの開きは、すでに次の音程のモノになっていないとダメなのです。つまり、歌い始めたら、声は常に次の音の予感をさせながら歌っていかないとダメって話です。いやあ、難しいね。

 音程はカラダの色々な箇所で作る事が可能だけれど、ここでは腹圧と息のスピードで作るようにします。決して、ノドで締めたり、声を落としたり、胸を固めたりとかで作らないようにする事。

 声は軽やかに、音程は高めに…が、お約束だよ(笑)。

 階名唱で歌う時は、子音を存分に利用して歌うこと。子音が有声音の時は、子音の音程を次の母音の音程にまで上げてから歌うこと。その際、音程を上げるためにノドの開きを活用すること。子音が無声音ならば、次の母音に必要な息の速度にまで上げてから歌うこと。(階名唱には無いけれど)ア行のような子音が無いケースでは、mやnなどの子音を付け足して、あたかもハミングから歌い出すような感じにして、子音の音程を先達として歌います。そうやって、子音を活用して歌う事が大切です。

 だから、コンコーネも階名唱で歌うよりも、母音だけで歌う母音唱法の方が、ずっと難しいわけです。百人一首などの歌詞を付けて歌えば、さらに簡単に歌えるようになるわけです。歌詞一つで難易度が変わるというのも歌の特徴だね。

 次回から6番に挑戦します。

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2020年12月01日

鼻の通りは良いのです

 声楽のレッスンに行ってきました。まずはハミング練習です。

 常に息を流し続ける事を意識付けるようにしました。しっかりと息を支えて、鼻腔にもたっぷりと息を流し続けます。ハミングなのでクチを閉じています。ですから、息の全ては鼻腔に流れます。しっかりと息が鼻腔に流れ込み、鼻から息が常に出ている状態で声を出します。

 これは割と快適。問題ないです。と言うのも、ここ数年、鼻の通りが抜群に良いからです。鼻の通りが悪いと、ハミングって、案外不快なんですよね。

 実は、キング先生時代の私は、ハミングが不快でした。まあ、キング先生はあまりハミングをやらなかったので、不快な行いであっても我慢できたので、まあ良しです。

 なぜ、あの頃、ハミングが不快だったのかと言えば…原因は色々ありますが、その一つに、あまり鼻の通りが良くなくて、私自身の状態も良くなかったというのがあります。鼻呼吸は出来ていましたが、常に両側の鼻が快適…であったわけではなく、かろうじて鼻呼吸が出来る程度で、鼻が完全に詰まる事はありませんでしたが、すかっと抜けが良かったわけではありませんでした。まあ、たいてい、片側の鼻は詰まっている事も多かったです。

 なので、あの頃にこれを求められていたら、ちょっと厳しかったです。

 今は…なぜか鼻の通りが快調です。数年前からこれは感じていました。私はアレルギー性鼻炎の持ち主なので、生まれてからキング先生時代まで、鼻は不調なのが当たり前だったのですが…Y先生に習うようになってから、鼻が快調なのです。もちろん、アレルギー体質が治ったわけではなく、花粉の時期になれば、鼻が腫れてしまうのですが、それ以外の季節はほぼほぼ快適なのです。

 なぜでしょ?

 とりあえず、今は快適ですよ。で、鼻の通りが良いから、ハミングは快適です。

 さて、発声練習です。発声練習でも息をたっぷりと流して、鼻腔からも常に息が流れるようにします。で、これが出来るのかと言えば、Noですよね。クチを開けて歌うと、息の大半がクチから出てしまいます。鼻腔にはほとんど行きません。ダメじゃん。

 で、そこで頑張って息を鼻腔に送ろうとしても、なんか感覚的に難しい(涙)。つまり、鼻腔にうまく息が流れていかないのが、今の私の問題点…って事でしょうかね。ううむ、鼻の通りは良いのだけれどね。

 さて、次の課題です。息を支えて腹圧を高めてから、声を出す事を意識します。声を出すと同時に息を支えようとしたり、腹圧を高めようとするのでは遅すぎるのです。声を出す前に息を支えて腹圧を高めておかないといけません。でも、私は発声と同時に腹筋を動かす癖があるので、とにかく動作が遅いわけです。

 つまり、歌い出しの時に声がしっかりと支えられていないのです。では、歌い出しの時は、腹圧ではなく、何が声を支えているのかというと、どうもノドなのです。ノドの力で声を支えているようなのです。つまり、喉声? ノドをちょっと強めに締める事で、声を支えているみたいなのです。

 実はこれをやってしまうと、音程が微妙に下がります。そりゃあ、ノドを締めるって事は、ノドに力が入るわけで、力が入れば声帯が固くなるわけで、固くなれば振動しづらくなるよね。で、音程が下がるわけだ。うむ、実に論理的な説明だ(笑)。

 腹圧が弱く、声の支えも遅いので、ノドの力みがしゃしゃり出て、それでフラットシンギングになってしまっているようなのです。

 でもね、ノドが全く締まらなければ、声帯は振動しないので声は出ません。要は、軽い力で軽く軽くノドを柔らかく締める事が肝心であって、力を入れすぎてノドをガチガチにしてはいけないわけです。だから、ノドに余計な力が入らないように、しっかり腹圧でノドを支える事を考えないといけないわけです。

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