2021年02月28日

緊急事態宣言って、解除するのかな?[2021年2月の落ち穂拾い]

 1都3県に関しては、当初予定通り、3月7日のギリギリまで緊急事態宣言は解除されない見込みですが、その他の地域は2月いっぱいで解除となるそうです。よかったね、だってそうしないと、花見ができないじゃん? 歓送迎会ができないじゃん? 花見とか歓送迎会とか出来ないと、マジで外食産業がつぶれちゃうよ?

 まあ、1都3県は、まだしばらく解除されないようだけれど、それでも3月7日には解除になってほしいと思います。もっとも、7日になったからと言って、医療逼迫状態が改善されるとは全然思わないけれど、緊急事態宣言を延長して、花見や歓送迎会ができなくなると、マジでやばいからね。

 でも、花見や歓送迎会をやっちゃうと、また感染者数ってヤツが上向きになるわな…。つまり、感染者数が減ったからと言って、緊急事態宣言を解除して宴会始めちゃうと、感染者数が増えるんだよね。どうにも痛し痒しだよね。

 同じ事で、オリンピックはやるんだろうけれど、オリンピックが終わると、またまたコロナの感染者数が増えるんだろうね。頼みのワクチンはオリンピックには間に合いそうもないしね。


マスクより大切な事

 ウレタンマスクはダメで、マスクは不織布マスクがベストという、今回の話は、確かに富嶽のブランド力を利用したミスリードの結果ではないかと、私も思ってます。

 私はマスクの着用は「自分の健康のためではなく、他人の安心のため」と割り切って使ってます。自分の健康のためには、マスクの着用よりも、不特定多数の人と接しない事とか、他人に不用意に近づかない事とか、公共交通機関は基本的に利用しない事とか、睡眠の質とか時間とかを管理する事とか、ストレスをためない事とか、そういう事を大切にするようにしています。

 常日頃から、自分の周囲には結界を張るとか、A.T.フィールドを展開しておくとか、そういう備えが必要だと思ってます。

 最近では二重マスクと言って、不織布マスクの上に布マスクを着用するのが流行っているそうですし、これは一定の効果があるそうだけれど、息苦しそうだよねえ。布マスクだけでも、ちょっと動くと酸欠で目の前がクラクラするのに、その下に不織布マスクを着用するなんて、ほぼ動かないならともかく、日々の行動の妨げにしかならないのではないかと心配します。

 最近のアメリカの研究では、不織布マスクを着用した上にストッキングを頭からかぶると、医療用マスク並の性能を発揮するという事です。ストッキングをかぶるねえ…。さすがに、マスク警察の方もストッキングはかぶっていないけれど、もしも日本の街にストッキングをかぶって歩いている人がいたら、それはそれでちょっと変だよね。


注射が怖い

 たぶん、注射が怖い人って「痛いからイヤ」なのではなく「怖いからイヤ」なんだと思います。“虫が怖い”“ヘビが怖い”“ゴキブリが怖い”ってのと同列で“注射が怖い”んだと思います。「たかが注射ごとに、なんでそんなにビビるの?」と思うのは、その恐怖が理解できない一般人の発想であって、とにかく怖い人たちには理屈抜きで恐怖なわけです。

 立派なオトナであっても、注射を回避したがるのは、その根底に“注射恐怖症”という、おおっぴらに言えないモノがあるからだし、オトナなのに注射を怖がる自分が恥ずかしくてたまらないからだ…と私は思ってます。


昔の政治家さん

 森氏に関して言えば、彼は古いタイプの政治家なんだと思います。政治家とマスコミが忖度込みの阿吽の呼吸で世論を作っていた頃の政治家さんなんだね。それは別に森氏に限らず、あの世代の政治家さんたちはほぼ同じですね。

 なので、政治家さんが失言しても、番記者たちが忖度して発言をフィルタリングしていたので舌禍事件なんて簡単にもみ消していたし、番記者たちもオフレココメントとかで、あの手の発言を耳にして内情を知ったり、某政府高官発言として観測気球をぶっ放すお手伝いをしていたわけだし…。

 今のマスコミさんたちは、ネットの影響もあって、そういう忖度ができなくなっているんだよね。マスコミが政治家たちをかばっても、ミスった発言を誰かがネットに上げちゃうわけだから、政治家とマスコミの関係が昔と違って、そんなにユルユルの村社会的な雰囲気ではなくなったのです。

 森氏の人脈はすごいだろうし、その調整力は半端なくて、オリンピックの組織委員会的には必要不可欠な人材なんだろうなあって想像できるけれど、老害は老害であって、表に立って目立っちゃいけなかった…んだと私は思います。

>レーガン大統領、答えて曰く、「俳優でない者に、大統領が務まるのか!」

 うむ、名言ですね。大統領どころか、須らく人前に立つ立場の人は俳優であるべきだと、私も思ってますよ。素のままの自分で人前に出ちゃダメって、私は常に思っていますが、森氏あたりは、そのへんの覚悟はどれくらいあったのでしょうか(彼は舌禍事件が多いんですよね…)。

 川淵さんも、同じ世代の人ですからね…。森氏と大同小異だと思います。できれば、もっと若い人とか、いっそオバサンに任せちゃった方が良いかもね…なんて書きなぐっていたら、本当にオバサンに決まりましたね。そんなに世論に迎合していて、オリンピックなんて出来るのかな?


今月のお気に入り クラウン独和辞典 第4版 公式アプリ

 iPhone用のドイツ語辞典です。公式サイト(?)はこちらです。ネットで見ると、正直、あまり評判良くないです。三修社から出ている「アクセス独和辞典」の方が評判が良いので、ネットの評判を気にする方は、そちらを購入しても良いと思います(値段もそんなに変わらないし)。あるいはオンライン辞書にも独和辞典はあるようですから、そちらを使っても良いでしょう。でも私は三省堂の辞書が昔から好きなので、こちらを使用しています。実際、紙の辞書もクラウン独和辞典を使っていますし(へへへ)。学生時代に使っていたので、版はちょっと古いですけれどね。

 この辞典の、ちょっと不安なのは、2015年以降、バージョンアップをしていない事かな? 三修社の方は、今でもバージョンアップをしているようなので、新規購入をするなら、三修社の方が安心かもね。

 最近、ドイツ語の歌を歌うことが多いので、この辞典、勉強のためによく使ってます。使用していて、特に不便はありません。発音に関しては、発音記号はもちろん、カタカナ表記もあるのは嬉しいですし、電子辞書なので、実際に音声で発音してくれるのも良いです(この点は三修社のも同様です)

 電子辞書アプリって、紙の辞書と違って、ある日突然使えなくなるんですよね。OSが対応しなくなるんです。以前使っていた古語辞典のアプリも、ある日突然使えなくなって、涙ちょちょぎれた覚えがあります(安くなかったし…)。なので、バージョンアップが止まっている辞書は、いつまで使えるのか不安があります。そこは電子版の弱点だよね。

 とりあえず、使えなくなるまで使っていこうと思ってます。


今月の金魚

2020年2月14日 リタが星になりました。


今月のひとこと

 寒いですね。さすがは“冬”です。健康には気をつけているつもりでしたが、先日、風邪をひいたようで、ちょっぴり発熱してしまいました。例年なら、頑張って出勤したのですが、今年は発熱には世間も敏感なので、大事を取ってお休みしてしまいました。まあ、ちょっとでも具合が悪くなったらお休みをする…考えてみれば当たり前の行動ですが、それが今まで許されない空気のあった日本社会って、基本的にモーレツ社会なんだなって思いました。(2021年1月30日〜2月8日)

 本当の事は言っちゃいけないんだと思います。いくら内容が正しくても、いや正しいからこそ、それを言われた人たちは反論できなくて切れてしまうのだと思います。世の中を穏やかにしたいのなら、クチが曲がっても、正しい事や本当の事は言ってはいけないのです。何の話かって? 察してよ(笑)。(2021年2月8〜14日)

 コロナ禍ですね。ウチの職場では、今年のバレンタイデーは中止になりました(笑)。先日、そのように職場でお達しが回りました。さて、どれだけの人が空気を読んで、中止に賛同してくれるでしょうか?(2021年2月14〜15日)

 菅総理は、衆院予算委員会で、選択的夫婦別姓に関して容認する発言をしたそうな。選択的夫婦別姓とは、簡単に言ってしまえば“夫婦で別の名字を名のる制度”であり、当然“子どもたちは、父親(または母親)とは別の名字を名のる制度”となります。それを取り入れている国として、代表的なのは中国と韓国です。まあ、メリットデメリットあるようですが、今までの自民党の先生方は反対でありましたが、変わってきた…んでしょうね。“選択的”なので、今まで通り夫婦同姓でも良いわけですが…どうなんでしょうね。当人たちのメリットデメリットも考えないといけませんが、世の中の混乱とか差別とかに、どのように対処していくかも考えないといけないと、私は思います。(2021年2月15〜22日)

 東京オリンピックは、今年の夏に開催されると思います。主に、政治的&経済的な理由からですが…。それにしても、共同通信社の電話調査によると、日本人の約80%の人々がオリンピック開催に反対なんだそうです。まあ、私も消極的に反対かな…って思ってます、主にコロナ的な観点からの反対ですが。それでもきっとやるんだろうなあって思います。(2021年2月22〜27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2021年02月27日

白濁が取れません(涙)

 なんかねえ…水槽の水の白濁がちょっとも良くならないのですよ(涙)。

 最近、毎週のように水を替えているのだけれど、替えた直後すら、すでにうっすらと白濁していて、それが週の後半になると、かなり濃く白濁しちゃうんですね。

 別に白濁していたからと言って、金魚たちは元気なので、白濁の原因は金魚にとって有害なものではなさそうなのですが、水が濁っていると金魚が見づらいので、できればクリアで透明な水であって欲しいと願ってます。

 しかし、日を経るに従って白濁が濃くなる事から言えば、未だに白濁させている原因が水槽内にあるのだろうけれど、それが何なのか分かりません。あれほどひどかったランコの怪我も、今ではほぼ回復し、体液を出しているとは思えないのです。その他にも、大怪我をしている子はいませんし、死体の類も水槽内にはありません。

 バクテリアの異常繁殖? いえいえ、それほど水槽内の水には栄養があるわけではありません。あとは、水槽内に男の子がいて、それが放精している? でも、金魚たちの行動とか魚体とかを見ていても、男の子がいるようには思えないんだよねえ…。それに女の子たちも排卵していないし…。

 ううむ、なんで水槽が未だに白濁しているのか分かりません。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年02月26日

なぜ私はフルートを習い続けるのか?

 このブログを読んでいる方なら、もはやお分かりでしょうが、私は基本的に声楽の人です。歌が好きなのです。それは演奏だけでなく、聞く方もそう。子どもの頃から歌ばかり聞いてきました。歌の入っていない演奏曲は、すぐに飽きてしまいます。ベートーヴェンの交響曲だって、聞けば即座に爆睡する自信があります。それくらい、器楽に興味も感心もない人です。

 ガキの頃はロックバンドをやっていました。担当の楽器は…歌以外は、何でもやっていました。最初はドラムス(劇的に下手でした)で、次はエレキギター(ソロが弾けなくて、リズムギター専門でした)。ベース(まあまあイケました)に移ったり、キーボード(片手弾きしかできません)をやってみたり…。楽器以外にも、バンドの作詞作曲も手掛けていました。ヴォーカルに憧れはあっても、ヴォーカルには花形だから、私以外のメンバーが担当していました。かなり残念。それでもバンドがやれて、うれしかったのです。

 社会人になって、市民合唱団に誘われて、下手くそなりに歌を歌って、そこから本格的にソロがやりたくなって、個人レッスンを受けるようになったけれど、先生が海外留学に旅立ってしまったので、しばらく音楽から離れる期間があったりして、中年を越えて、再び歌を学ぶようになって…って感じで、私の音楽人生を大雑把に語っていくと、全然フルートの要素がありません。困ったものです(笑)。

 ああ、そう言えば書き忘れていましたが、中学生の時、私はバスケット部だったのですが、担任の先生が吹奏楽部の顧問だった事もあって、よく吹奏楽部にトラとして参加していました。担当楽器は、主にパーカッションで、フルートとは全く無縁でした。

 私がフルートを始めたのは、このブログを書き始めるよりも後の話なので、私のフルート人生のすべてがこのブログには書かれています。で、最初のフルート関係の記事がこの記事なのです。

 これを見ると分かる通り、別にフルートが吹きたくて始めたわけでもないし、フルートに憧れがあったわけでもない。楽器店で、なんとなくフルートが目について、妻に「買っちゃえば…」と言われて、衝動買いをしたのがきっかけで、今に至っているわけです。

 こんないい加減なきっかけでフルートを初めて良かったのだろうか? もう、あれから12年…どころか、そろそろ13年の年月が過ぎようとしています。やめるチャンスなんて、いくらでもあったのに、なぜか今に至るまで、コンスタントにフルートを学び続けている私です。まあ、腕前はキャリアには全然ふさわしくなくて、まさに道楽レベルなんだけれど…。

 なぜ私はフルートを習い続けるのか? ううむ、答えに窮します。

 歌は好きだから習い続けてますが、フルートは好きなのか? 少なくとも、聞く方は好きじゃないです。フルートのコンサートに行っても、瞬時に爆睡できる自信があります。

 おそらく、フルートを吹く事が好き…みたいです。もっと言うと、フルートが私に吹かれるのが好きなのかもしれません。フルートが私に吹いて欲しいとささやくから、私はフルートを吹いているんだろうと思います。

 だから、フルートの声が聞こえなくなったら、たぶん私はフルートの学びを辞めてしまうと思います。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | フルートのエッセイ

2021年02月25日

リエゾンしてはいけません

 声楽のレッスンの続きの続きです。

 曲の練習に入りました。

 まずは、メンデルスゾーン作曲の「エリア」、3番「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」と4番「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」です。

 発表会に持っていくかもしれない…というので、ちょっとレッスンが厳しく(?)なりました。今まで許されていた“雰囲気ドイツ語”を注意されるようになりました。きちんとドイツ語として発音しましょうってわけです。

 私の“雰囲気ドイツ語”は、もちろん読み間違いとか、舌が回らずにごまかすとか、色々あるのですが、一番ダメなのが、あっちこっちでリエゾンしてしまう事と、母音が日本語っぽい事です。

 リエゾンしてしまうのは英語の癖ですね。別に英語が得意とは言わないけれど、苦手ではないし、アルファベットを見ると、ついつい英語式に発音してしまいがちなので、ドイツ語であっても、どうにもあっちこっちでリエゾンしてしまいます。

 でも、ドイツ語って、リエゾンしない言語なんですよね。だから、割とスペル通りに発音するわけで(日本語も江戸弁以外は基本的にリエゾンしない言語なので)一般的には日本人と親和性が高いのですが、私は(江戸弁話者だし、その上)英語に引きづられて、無意識であっちこっちでリエゾンしまくって発音してしまうのです。ダメじゃん。

 なので、意図的にリエゾンしないように発音するのですが…リエゾンしないと、本当に発音しにくい…と感じる私がここにいます。

 母音が日本語っぽいってのは、頭の中でドイツ語をカタカナに変換しながら歌っているからだろうと思います。ドイツ語には母音が8個あるけれど、日本語には5個しかないから、日本語脳では処理しきれない音があるんだよなあ…とぼやいてみます。

 とにかく“雰囲気ドイツ語”から脱却するためには、丁寧に歌詞を読み込んでいくしかありません。頑張りましょう。

 上昇音形の時に顕著ですが、歌いながら響きを上げていくようにしましょう。

 ドイツ語の子音の処理を素早く行う事。そこをモタモタしていると、歌がぶつ切れになってしまうので、きちんと息を流しながら、パキパキと子音を処理していく。とにかく、滑舌良くドイツ語を歌わないと、発表会にはあげられません。

 最後に残った時間で、39番「Dann werden die Gerechten leuchten/その時正しい者は」を試しに歌ってみました。まあ、いい感じです。絶対的に歌い込みが足りてませんが、そこをクリアすれば、なんとか発表会に持っていけそうです。

 先生曰く「すとんさん、この曲、好きでしょう。声がいい感じで出ていますよ」との事です。バレてるなあ…。

 ひとまず、コロナの様子見ですが、発表会は、このメンデルスゾーンの「エリア」で行けるように準備を進めたいと思います。

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2021年02月24日

三密ならぬ三怖だね

声楽のレッスンの続きです。

 ハミング練習は、いい感じでした。声の立ち上がりがふらつき気味なのは、しっかり息を腹筋で支えていないからです。最初っから、しっかりと息で支えましょう。

 発声練習で注意された事は、声をまっすぐ前に出してはいけないという事です。必ず、一度声を後ろに回してから前に出しましょうという事です。そうする事で、声に立体感が生じます。

 さてコンコーネの6番です。まずは母音唱法です。歌いながら(特に白玉音符)響きを上げる練習をしました。音程は替えずに響きだけを高くするのです。今までも何となくはやっていました。それを能動的に意思的に行いましょうって話です。

 やり方は、声を出しながら、軟口蓋を上にクイっと上げるだけです。字で書くと簡単ですが、軟口蓋なんてろくに神経が通っていないので、クイと上げるだけでも結構大変です。とにかく、クイって上げるのです。

 クイっと上げるためには、最初っから軟口蓋が上がっていてはいけません。歌い始めはあくまでもニュートラルで、歌い始めてから軟口蓋をクイって上げます。上げる高さは、次の音符の音程の響きまでです。で、次の音に入ったら、一度軟口蓋はリセットしてニュートラルに戻します。そこからまた次の音に向けて軟口蓋をクイって上げるわけです。

 うむ、忙しいです。でも、それをやらないといけません。

 無論、軟口蓋をクイっと上げると、その瞬間に声がふらつきますので、しっかりと息で声を支えないといけません。そのためには腹筋がグイっと動かないといけません。

 それにしても、ちょっとノドがヒリヒリします。忙しくて自宅練習もままならないため、全体的な歌い込みの量が激減しているので、少しノドが弱くなっているかもしれません。筋肉なんて、使わないとすぐに劣化するからねえ。もちろん、花粉症は関係するでしょう。ほんと、煩わしい。

 そう言えば先日、まだそんなにたくさん花粉は飛んでいなかった頃、朝の通勤の時にマスクをしていたら、ちょっと息苦しかった(私は喘息患者でもあります)ので、マスクを外して歩きました。「まだ花粉なんて、ほんのちょっと」と見くびっていたのがいけなかったのでしょうね。10分ほど歩いてから、急にノドにモノが詰まったような感覚がし、咳が止まらなくりました。その時は「ヤバイ」としか思わなかったのだけれど、あれは花粉症でノドが腫れて、それで異物感を感じていたのだと思います。花粉症、なめたらあかん。

 その時は、ひとまずマスクをして、しばらく休憩していたら収まりました。コロナも怖いし、花粉症も怖いし、喘息も怖い。ああ、三密ならぬ三怖だね。

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2021年02月23日

え! 二重唱はダメなの?

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発表会の相談からです。

 曲目を決めなければいけません。今回の発表会で妻は大曲(椿姫の1幕終のアリア)を歌う事にしたので、今回は妻との二重唱は無しです。いやあ、妻の曲は10分超えなんだよね。ほぼ持ち時間を使い切ってしまうし、そんな大曲を歌うので、妻自身に二重唱を歌う余力が無いのです。仕方ないです。

 ちなみに妻の歌には影歌を歌うテノールが必要なので、二重唱ではないけれど、妻が歌っている時に舞台袖から、ちょっと歌うつもりです。

 さて、そんなわけで、今回は妻との二重唱は無しなので、その代わりと言ってはなんですが、Y先生との二重唱を希望したのですが…今の所、発表会では、夫婦や家族以外の組み合わせの二重唱はやらない予定なのだそうです。ホール側の基準が二重唱を許さないのです。一応、4月まで様子を見て、ホール側が二重唱を歌ってもいいですよと許可が出たらやってもいいけれど、出なければ今回は二重唱は無しなのだそうです。

 二重唱は、私もやりたいのですが、ソプラノのお姉さま方が、プロのテノールの助演歌手さんとの二重唱強く強く希望しているので、もしも可能になったら、是非に二重唱を実現したいのです。が…ホールの許可は、とても厳しそうだよね。あまり期待せずに待つしかないでしょう。

 なので、私は例年どおり、歌曲・アリア・二重唱という組み合わせで発表会に臨むつもりでしたが、歌曲・アリア・アリアの組み合わせで行くしかないのが、現状です。

 じゃあ、アリアは何を歌いますか? という話になりました。一応、あれこれ希望を言ってみたところ、今やっているメンデルスゾーンの二曲が有力候補となりました。なので、ひとまずこの二曲の練習をしながら、様子を見て、二重唱を加えるかどうかって話になります。

 ちなみに今やっているのは、以下の3曲です。

メンデルスゾーン作曲「エリア」
 3番「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」
 4番「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」
 39番「Dann werden die Gerechten leuchten/その時正しい者は」

 このうち、3番と4番は連続して歌うので1曲扱いとなりますので、演目的には、3&4番と39番となります。ちなみに先生に申し込んだ二重唱は、ヴェルディ作曲の『ドン・カルロ』の有名な男同士で歌う、あの二重唱です。実際、歌うとなると、かなり大変な曲です。

 一応、歌曲は歌いたいから、二重唱をやるとなったら、どちらかのアリアを止めるのだけれど、どっちを止めるべきかはなかなかの悩みです。歌の形としては、3&4番の方が整っているし、有名なのですが、メロディとしては39番の方が好きだったりするのです。ああ、選ぶのが難しいなあ。やっぱり2曲とも歌いたいなあ。で、二重唱も歌いたいし、歌曲も歌いたいです。

 で、歌曲だけれど、せっかくドイツモノも歌えるようになったので、今回はドイツリートを歌いたいです。今、シューベルトの『美しき水車小屋の娘』を学んでいるけれど、できればアンコールピースにもなりうるほどの有名曲を歌いたいと思ってます。作曲家的には、シューベルトを第一候補とし、モーツァルトとかシューマンとかを視界に入れて選曲したいと思ってます。Y先生は『白鳥の歌』から選ぶと良いとおっしゃいますが…ううむ、選択肢は無限にあるよね。

 次回までに、何曲か候補を上げてみたいと思いました。

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2021年02月22日

最近はドイツ語に対する忌避感が薄れてきたように感じています

 忌避感というか苦手意識というか回避したいとかいう気持ちですね。それらが薄れてきたように感じています。もちろん、薄れてきただけで、無くなったわけではありません。私にとって、歌うための言語としては、日本語や英語は「ウェルカム!」で、イタリア語は「まあ良し」って感じです。ドイツ語は、以前は「パス!」って感じでしたが、今は「仕方ないなあ…」って程度になりました。

 やっぱり勉強はするものだね。すれば、稚拙ながらも何とかなるもんだね。だいたい、ドイツ語は、一回、大学で学んでいるのだから、思い出しさえすればいいんだよね。でも、それがなかなかに難しくて億劫なわけなんだけれどサ。

 ちなみに、私の場合、第一外国語は英語で、第二外国語は中国語(北京語)で、ドイツ語は大学院受験のために第三外国語として勉強したんだよね(中国語じゃ大学院は受験できないのよ:涙)。というわけで、大学院受験レベルまでドイツ語は勉強したのに、オジサンになったら、すっかり抜けちゃっているんだよなあ。やはり試験のための勉強は身につかないのしから?

 全然勉強していないイタリア語の方が親しみを感じるんだから、人間不思議なものです。

 でも、ドイツ語に対する苦手意識が無くなってきたのは、自分にとって良い傾向だと思います。と言うのも、ドイツ語で歌えるようになると、一挙に歌える曲の候補が広がるからね。今まで避けていた、ドイツオペラやドイツリートに手が出せると思うと、いやあ、嬉しいです。

 ワーグナーは声の問題があるから、まだ難しいけれど、シューベルトやシューマンやモーツァルト(ドイツ語の曲)が選曲できるようになったのは、地味に嬉しいですよ。

 後は、フランス語だよなあ。フランス語も歌えるようになれば、もっともっと世界が広がるんだけれど…やっとドイツ語への忌避感が薄れてきた今、フランス語まで望むのは贅沢ってモンだよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ

2021年02月21日

たぶん、新型コロナは終息しないでしょう

 やっと我が国日本でも、新型コロナウィルスのワクチンの接種が始まりました。ヨーロッパやアメリカでは、昨年の12月から接種を開始しているのに、日本は3ヶ月遅れで、ようやく始まりました。まずは医療関係者から始まり、次に65歳以上の高齢者や介護関係者。それから基礎疾患の持ち主に接種して、最後は65歳以下の普通の人々…という順番だそうです。

 先日、私の主治医と話したところ、基礎疾患の持ち主を優先する…という話は、自治体ごとに対応が違うそうです。で、私が住んでいるところは、誰が基礎疾患を持っているのかという情報をお役所が把握していないので、基礎疾患持ちだからと言って接種が優先される事はなく、単純に年齢だけで接種の順番が決まりそうだ…という事です。まあ、そうかもなあ。むしろ、お役所が市民の病歴を知っていると考える方がおかしいよね。他所はどうなっているんだろ?

 なので、今の所、ウチの市が作っているタイムスケジュール的には、私の接種順番は、6〜9ヶ月後になりそうとの事です。つまり、早くても今年の秋以降って話です。うむ、オリンピックには間に合わないね。年末までに接種できるだろうね…程度の予定で、つまりこの夏は、まだまだ人混みに行けそうもないし、旅行も無理っぽいかも。残念。

 もっとも、先生に言わせると、6〜9ヶ月後という予定は、あくまでも目安であって、実際問題としては、ワクチン接種に応じない人が大勢いるだろうから、その分、順番が繰り上がるだろうから、もっと早く接種できますよ…との話でした。まあ、そうだろうね。もっとも、それは今の世論であって、日本人はすぐに付和雷同する性格だから、一度“接種した方が良い!”という世論が作られれば、あっという間に全員接種を希望するだろうから、そうなると、順番はかなり遅くなりそうです、との話でした。

 ちなみに、今回のワクチン接種に費用はかからないそうです。国としては「無料でワクチン接種できますから、なるべく多くの人に接種してもらいたい」という事なのだと思います。ただし、ワクチン接種が無料なのは今年限りの話で、来年以降は有料になりそうなので、何とかして今年中にワクチンの順番が回ってきて欲しいと思っている私です。

 で、ワクチン接種自体は、我々の自由意志に任されています。別に接種は無理強いされていません。接種してもしなくてもいいのです。まあ、副反応の可能性もあるしね。嫌な人はやんなくてもいいのです。

 我々は、世界の流れからみると、3ヶ月ほど遅れています。そのために、すでに世界中では多くの人の接種が終了しているわけで…初期段階の人体実験は終わっているとも言えます。

 海外の治験から分かる事として、程度の差こそあれ、ワクチン接種に伴う副反応はボチボチあるようです。かなり軽微なものから、かなり重篤なものまで様々です。

 そう言えば、私はインフルエンザワクチンを接種すると、たまに副反応が出ますよ。注射したところが固くなって、ちょっと熱を帯びます。まあ、一週間もすると、気にならなくなりますけれど。そんな体質なので、きっとコロナワクチンを接種すると、何かしらの副反応が出るかもしれないけれど、それは私の健康や快適な生活とのバーターと考えて、受け入れるつもりですよ。

 でもね、ワクチン接種による副反応はあるにせよ、ワクチン接種による死者は、ほぼゼロであるようです。厳密に言えば、アメリカでは0.003%の人が、ワクチン接種後に亡くなっていますが、それはワクチンを接種したから死んだというよりも、たまたま寿命が尽きる前に接種しただけの話じゃないかな? それくらいに小さな数値です。それに、もしもワクチン接種後の死亡率が0.0%だったら、そりゃあワクチンじゃなくて、不老不死の妙薬なわけで、そんなのはありえません。なので「ワクチン接種しても死なない」と言えるでしょう。

 つまり、ワクチンの有効性を信じるとして、ワクチンを打たない時はコロナにかかるかもしれないし、コロナにかかれば死んでしまう可能性もあるわけですが、ワクチンを打てば、副反応に苦しむかもしれないけれど、まずコロナで死ぬことは無くなるわけです。

 生きるか死ぬか…という選択で考えるなら、ワクチン接種一択ですが、苦しむか苦しまないか…という選択で考えるなら、ワクチンを打たないという選択もアリです。私としては、死ぬ方が苦しむよりも何倍もイヤなので、たとえ苦しくても死なない方を選択しますが、自分は絶対に死なないと信じている人たちは、苦しむのがイヤなので、ワクチンを打たない選択をするのでしょうね。ちなみに、こういう人たちは、自分がコロナになるはずがないって思っていたりします。

 根拠のない自信の持ち主には、何を言っても説得できないので、私はそういう人たちに、どうのこうのとは言いません。まあ「そうだといいね」と声を掛けるだけです。

 でも結局、そうやってワクチンを打たない人々がいると、新型コロナウィルスは、そういう人たちの体内で生き続けるわけです。そういう人たちが一定数いると、彼ら同士で伝染したり伝染されたりして、ウィルスはこの世界に居続けるわけです。つまり、そういう人がいる限り、新型コロナは終息しないってわけです

 なんて事を書くと、まるでワクチン接種を拒否する人を悪者扱いしているようですが、別にそんなつもりはありません。と言うのも、ヒトにはワクチン接種しても、ペットのイヌネコにはワクチン接種しないでしょ? で、新型コロナは、どうやらイヌネコにも感染するようです。ただし、今のところ、ヒトからイヌネコへの感染は確認されていますが、イヌネコから人間に感染したという事例はまだ見つかっていないようです…が、人からイヌネコに伝染るなら、イヌネコから人に感染っても不思議ありません。時間の問題です。

 なので、多くの人がワクチン接種したとして、ウィルスはペットたちの体内で生き続けるわけで、新型コロナウィルスは、なんだかんだ言って、今後の世界には生息し続けるのではないかって思うわけです。つまり、人類全部がワクチン接種しても、新型コロナは終息しない…って事になるわけです。

 さらに心配は、ワクチンの有効期限ですね。一度打てば一生その効果が持続するのなら良いのだけれど、インフルエンザワクチンのように、効果は数ヶ月となると、毎年ワクチン接種しないといけないわけだけれど、来年以降のワクチン接種が有料なら、ワクチン接種率は当然下がるわけで、そうなるとますます新型コロナは終息しない…って思うわけです。まあ、私は毎年ワクチンを接種するだろうけれど…。

 結局、新型コロナが終息するなんて事を期待するのは、甘々な考えだと思います。なので、今後はコロナが流行っていても、気にせずに、以前のような普通の生活をしていく事を考えていかないといけないなあ…って事です。だって、コロナは終息しないんだからサ。

蛇足 いつまで経っても終息しないのなら、“新型”コロナという呼び方は変えないといけないよね。一応、COVID-19という正式名称はあるけれど、そんなの、日本語的に呼びづらいですね。やっぱり、中国風邪とか武漢風邪とか言うんじゃダメなのかな? それともいっそ、ただの風邪に分類するんじゃダメ? コロナウィルスによる病気って、風邪なんだよね。今でも風邪って、いろいろな種類の病気の総称だから、その中に今回の新型も入れちゃうってのは、ダメなのかな?

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2021年02月20日

リタが星になりました

 2021年2月13日(土)の深夜に、大きな地震があったじゃないですか? 我が湘南地方でも大きく揺れましたよ。震度4だそうで、いやあビックリしました。

 その時間はまだ起きていて、テレビを見ていたので、地震発生と同時にテレビのチャンネルを切り替え、それから金魚水槽を見ました。と言うのも、結構揺れが大きかったもので、水槽から水があふれる事を心配し、金魚たちの安全が気になったからです。

 地震の揺れは、大きくゆっくりとしていましたので、水槽の水はかなり激しく揺れました…が、一応、水槽にフタをしてあったので、水があふれる事はありませんでした。良かった良かった。

 金魚たちは、経験したことのない水の揺れに、ちょっとビックリしていたようですが、すぐに諦める…と言うか、慣れてしまったようで、揺れる水と一緒にザップンザップンしておりました…一匹を除いて。

 そう、リタは地震の揺れに過敏に反応し、水槽の中を(金魚なのに)目にもとまらぬ素早さで、それこそ直線的&鋭角的にクイクイと泳ぎまくり、実にパニくっているのが良く分かりました。

 やがて地震が収まり、水も落ち着き、金魚たちも何もなかったかのように落ち着いていました。リタも落ち着いている…と言うよりも、リタの場合は、なんか呆然としていました。よっぽと地震が怖かったのでしょうね。あまりの怖がりようで、リタの心臓は大丈夫かな?と心配しました。

 で、翌日、リタが星になって水槽に浮かんでいました。やはり、昨夜の地震のショックで心臓がもたなかったみたいです。ビックリしすぎて死んじゃったみたいです。実に魚なのにチキンなヤツだったようです。イヌネコなら、地震で怖がっても、その後、抱きしめてあげて安心させる事もできますが、さすがに金魚相手に抱きしめるわけにもいかず、飼い主としては、どうにも手のうちようがありませんでした。

 リタは紅白の更紗オランダで、最近はよく育ってきていて、先行きが楽しみだった子でした。そもそも、アセビが体調がとても悪くて「明日にでも星になりそうだ!」という時に、アセビの後継金魚として我が家にやってきた子なのに、そのアセビよりも早く星になってしまうとは、大誤算です。ちなみにアセビは、リタがやってくるまでは、本当に毎日毎日、これでお終いかも…という程に体調が悪い日が続いていたのですが、リタがやってきた途端にシャキっとして、今ではごく普通に暮らしています。何かに気づいたのかな?

 閑話休題。これで我が家の金魚たちは、シズカ(素赤琉金)、アセビ(更紗流金)、アカリ(素赤琉金)、ランコ(黒らんちゅう)、ナツキ(銀鱗オランダ)、ロナ(東錦)の6匹になりました。アセビはまだまだ元気だし、5匹が定員の水槽に、すでに6匹の金魚がいるので、リタの後釜は入れずに、しばらくはこの体制で行くつもりです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 金魚

2021年02月19日

フルートは習い始めが一番難しい

 …と言う人が少なからずいます。私も同意見です。

 私の知り合いの小学校の先生は、音楽専科の先生で、音楽大学のピアノ科を卒業した方で、なかなかピアノがお上手な方です(ある意味、当たり前だか、今の御時世、ピアノがロクに弾けないピアノ科卒もいるので、立派なモンなのだ)。

 で、この先生の音大時代の副科がフルートだったそうです。フルートに憧れがあって、大学入学と同時に、ムラマツのEXを親に買ってもらって、ワクワクした気持ちでフルートの授業に臨んだそうです。

 4月から毎週授業…と言うか、フルートのレッスンがあったそうですが、いくら吹いても、全然音が出なかったそうです。無音のまま夏休みを迎え、やっと音が出るようになったのが、秋になってからだそうです。無論、夏休みの間も、ピアノの練習の合間を縫って、毎日毎日フルートの練習もしていたそうですが、それでも音が出るようになるまでに、半年かかってしまったそうなのです。

 「フルートって、なかなか音が出なくてね、ほんと難しい楽器だね」

 そんな感じで、音が出るまでに半年もかかってしまいましたが、その後の成長はあっという間で、3月には、大半の曲がフルートで吹けるようになってしまったそうです。まあ、ピアニストですからね。指なら自由に動くし、楽譜だって瞬時に読んでしまうわけで、最初の音出しの壁さえ乗り越えたら、後はらくらくだったそうです。

 ううむ、すごくうらやましい。けれど、色々な人の話を聞いてみると、大抵の人が、この人のような成長曲線を描いているようです。最初の音出しに苦労はしても、その後は、その人の音楽の素養とか実力とか才能に応じて、バンバン成長していくようです。

 私はフルートを手にした瞬間から、音は出ちゃったけれど、その後の成長は亀さんだからなあ…。ほんと、うらやましいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2021年02月18日

楽譜は読めないよりも読めた方がいい

 楽譜が読めない人には、楽譜が読めると、どれだけ音楽の世界が広がるかが分からないし、楽譜が読める人には、楽譜が読めない人がどうやって音楽と接しているのかが分からない、と私は思います。

 器楽の場合、楽器が何であれ、楽譜が読めないと楽器の演奏はかなり難しいです…ってか、まず無理かな? 一部の天才肌の人を除くと、やはり楽譜が読めないと楽器の演奏はどうにもならないです。特に再現音楽である、クラシック系の音楽は楽譜が読めないと、本当に大変です。ですから、楽器を学んでいるうちに、演奏に困らない程度には楽譜が読めるようになるものです。

 しかし、器楽の人には想像もつかないかもしれませんが、歌(独唱、合唱問わず)の人って、楽譜が読めなかったり、読めてもかなり怪しい人が大勢います。と言うのも、この世界は、楽譜が読めなくても、なんとかなっちゃう世界だからです。

 歌って、楽器と違って、耳で覚えても行けちゃうんです。なので、歌の練習をいくらしても、楽譜が読めるようになるとは限らないのです。

 皆さんも、カラオケを楽しむと思いますが、カラオケで歌う時、わざわざ楽譜を見ながら歌ったりしませんよね。テレビや配信で耳馴染んだ曲をカラオケで歌うわけで、楽譜なんて見ないで歌う方が普通です。そう、歌って、須らく、そんな感じなんです。

 独唱の人は、プロの音源を聞いて、メロディを覚えて歌ったりするし、合唱だと、多くの団で“音取り音源”が用意されていて、その音源を聞いて自分のパートのメロディを覚えて歌うんです。だから、楽譜がちゃんと読めなくても、歌は困らない。よほど耳が悪くなければ、なんとかなるのです。

 なんとかなる…と言えば、なんとかなるのだけれど、実は耳で聞いて覚えると、タモリの空耳アワーじゃないけれど、細かい箇所がいいかげんになります。間違って覚えたり、丸めて覚えたりしがちです。そして、それに気が付かないのが、耳で歌を覚える欠点です。

 細かなリズムの刻みを正しく歌ったり、細かな音程の移動をきちんと理解して歌うためには、楽譜が読めないとできません。

 合唱などでは、自分のパートは耳で覚えられても、その時に他のパートがどんなふうに歌っているかは、楽譜が読めないと分かりません。つまり、楽譜が読めないと、音楽を横に捉えられても、縦に捉えるのは、かなり難しいのです。

 それに、独唱などでは、とりわけオペラアリアがそうですが、プロの歌手って、実は楽譜通りに歌っていない事が多々あります。それはその歌手の個性なのですが、その個性の部分まで耳で覚えて歌ってしまっては、ただの劣化コピー歌手になりさがるだけです。個性的な表現と言うのは、きちんと楽譜通りに歌えた上で加えるものです。でも、それをするには、きちんと楽譜が読めるか(海外のプロの場合は)きちんと楽譜が読める人(コレペティさんだね)に教えてもらう必要があります。

 というわけで、歌の人は楽譜が読めなくても歌は歌えますが、歌をきちんと歌おうと思った時(特にクラシック系)は、楽譜が読める必要があるし、その楽譜を自分で読んで、ピアノ等で音取りができる程度にピアノも弾ける必要があると思います。

 「自分でピアノが弾けなくても、パソコンで楽譜通りに音を出してもらえば…」と言う人もいると思いますが、それでは合唱団の音取り音源と同じ事で、そんなに精密に音取りをするのは無理かなって思います。音取りは、自分でピアノを叩きながら、1音1音確認しながらやらないとダメって部分がありますからね。

 というわけで、音楽を趣味にしているなら、楽譜は読めないよりも読めた方が良いと思います。で、楽譜を読めるようになるには、ソルフェージュを学ぶのが王道でしょうが、私は器楽を学ぶのも良いと思います。ピアノやギターのような、和音が奏でられる楽器を楽しむのが良いと思います…って、単音楽器のフルートを学んでいる私が言っても、説得力ないか(笑)。

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2021年02月17日

オペラをやりたい!

 オペラ、やりたいです。私が「やりたい」というレベルは、私と同じようなアマチュアシンガーが集まって、オペラの諸役を歌って演じるという、ほぼほぼ“ままごとレベル”の話です。別に市民オペラに参加したいとか、オペラの自主公演をしたいとか、そういう壮大なレベルの話ではありませんし、そういうレベルになると、アマチュアシンガーが参加できるとしても、せいぜい合唱でしょ? 私がやりたいのはオペラの役ですから、自分の身の丈を考えると、ままごとレベルにならざるをえません。

 現実的な話をすると、教室の発表会レベルでのオペラ演奏を希望するわけです。このレベルなら、探せばボチボチあるわけで、Y先生の発表会でも、たまにオペラをやっていましたし、私も他の人の演奏を見に行ったりしていました。

 でも、そういうのが、現在すべてコロナで吹っ飛んでおります。

 プロの方は生活がかかっていますから、コロナに負けずにオペラ公演をしていますが、アマチュアシンガーにとっての、オペラ公演なんて、それこそ“不要不急”の“三密”じゃないですか? やれるわけがない!

 実は、私にとっては黒歴史になった昨年の発表会なんて、企画段階では「そろそろオペラをやりましょうか?」なんて話が出ていたのですよ。それがコロナでオペラが吹っ飛んで、通常の形式になったわけです。

 今年の発表会でも、オペラは無しです。助演のプロ歌手さんもいませんし、私たちも自分のピアニストを連れての出演は…まあ無理です。全部、コロナのせいです。

 コロナ感染予防の観点で言えば、歌は危険らしいです。密室で一人きりでアカペラ(あるいはカラオケ)で歌っている分には問題ないみたいですが、それ以外は、基本的に濃厚接触になってしまうようです。

 舞台の場合は、各ホールごとに基準があって、その基準を守った公演しか許可されません。多くのホールでは、舞台の上に複数の歌手がいて、観客に向かって歌ってしまうオペラは、まだまだダメなんです。

 「ほんとにダメなの? 十分な距離を保っていたり、換気をちゃんとしても危険なの?」 思わず尋ねたくなります。

 私は感染予防対策をしっかりして、十分に気をつけて行えば、特に問題はないと思ってますが、そうは思わない人もいるわけだし、「万が一、感染したら、お前責任取れるのかよ!」と言われても、責任なんて取れるわけない(だって、感染症じゃん、誰が悪いとか悪くないとか、そんなの言えるわけ無いじゃん)し、そういう人とつきあうのも、面倒くさいので、オペラを自粛しちゃうしかないのです。

 でも、オペラやりたいなあ。

 ちなみに(歌手の人数の多さで言えば)オペラ以上にヤバいのが合唱ですが、合唱団の皆さんは、いかがしてらっしゃるのでしょうか? 非常事態宣言が発出している最中はさすがにお休みしているでしょうが、それ以外の時期は、色々な工夫をしながら練習をしているとかしていないとか聞きます。

 歌も危険ですが、同じように危険視されているのが管楽器です。具体的に言えば吹奏楽はヤバイです。学校の吹奏楽部などは、個人練習はOKですが、合奏練習はダメと言われて、個人の技能を高めることに邁進している学校もあるそうですが、そもそも吹奏楽なんて合奏が楽しいわけで、それを禁じられたら、みんなイヤになってしまうよね。それでも学校の部活は、顧問の先生方のコントロールの元で活動しているので、なんとかなっているのでしょうが、問題はオトナの集まり(オトナってわがままですからね)である市民吹奏楽団ですね。日々の練習はどのように工夫されているのでしょうか?

 とにかく、コロナが終息しなけりゃ、まともに音楽で遊べないよね。ほんと、一刻も早くコロナが終息してくれないかな。 私の理性は「たとえワクチンが開発されても、終息までは10年以上の時が必要だよ」って言ってます。いやー、そんなに待てないって。は

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇

2021年02月16日

新型コロナウィルスよりも怖いのが、スギ花粉です

 花粉症の季節がやってきました。私は花粉症患者です。1月半ばから、抗アレルギー剤を飲んで、目薬とティッシュを用意して、スギ花粉に備えています。

 今年は、コロナ禍下における初めての花粉シーズンなわけで、困った事に、どこもかしこも換気換気で開けっ放しなので、室内にも花粉が飛び回っているようで、居心地が悪くて、居場所がありません。ほんと、困ってます。

 「花粉が入ってくるから、窓閉めてくれ!」と、去年までは言えましたが、今年はとてもそんな事が言える状況ではありません。「花粉じゃ死なないけれど、コロナは死ぬんだよ」と言われたら、それが極端であっても、全く間違っているわけではないので、花粉症患者である私は黙るしかないのです。

 ああ、困った。

 でも、その一方で、コロナが流行ったおかげで、布マスクが普及した事はうれしいです。去年までは、マスクと言えば不織布マスクしか無かったからなあ…。不織布マスクって、あっちこっちに隙間があって、ちゃんと花粉を防げなかったけれど、布マスクは顔にぴったり張り付いて、案外隙間が無いんだよね。私の実感としては、不織布マスクよりも布マスクの方がマスクとしては上等だと思うんだよ。おまけに布マスクは洗濯可能でコトスパフォーマンスが良いのも嬉しいです。不織布マスクは使い捨てだから、心が痛むんだよね。

 それにしても、今年は、花粉症患者だけでなく、みんなみんなマスク着用なので、マスク着用の不快感を思い知れ!と、ちょっと黒い気持ちになっている私でした。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2021年02月15日

大人の新曲視聴(笑)

 最近の私は、たどたどしいながらも、なんとか楽譜が読めるような感じに、なんとな〜くなりつつあります。

 もちろん、まだ読めるのは単旋律(つまり、歌とかフルートとかの楽譜です)であって、オーケストラ譜はもちろん、ピアノ譜もまだまだです。合唱譜も、各声部ごとに分けて書かれていれば何とかなりますが、複数の声部を一つにまとめて書かれてしまうと、お手上げ状態です。

 でもね、全然楽譜が読めなかったのに、ここまで成長した事が、とてもうれしいです。

 私が楽譜を読めるようになったのではフルートのH先生のおかげです。H先生のレッスンを通して、楽譜が読めるようになりました。

 正直、声楽を学んでいても、楽譜が読めるようになるかどうかは微妙です。少なくとも、私は読めませんでした。と言うのも、声楽はレコ勉しちゃうんですよね。つまり、耳で覚えちゃう部分が結構あります。耳で覚えちゃったり、そもそも知っていたりする曲を歌うので、楽譜は大雑把に読める程度でも、どうにでもなっちゃったりします。それじゃあ、楽譜なんて、いつまで経っても読めるようにはなりません。

 そこへ行くとフルートは全然違いました。

 もちろん、フルートだってレコ勉はできますが…レコ勉では細かい部分は分かりません。フルートの曲って、耳で聞いて分かる範囲を超えて、細かいんだよね。だから、レコ勉して、大雑把に曲を理解したとしても、細かい部分は、結局、楽譜を読まないとダメなんだな。それに、声楽と違って、私が学ぶような曲は、レコ勉するには、あまり有名ではなくて、音源も市場に豊富に出回っているわけではないので、必死にお手本CDを探して入手しないといけなかったりするので、それも面倒で、だったら「直接楽譜を読んでやる!」という気持ちになります。

 もっとも、最近はYouTubeなる便利ものがありますので、丹念に検索すれば、いくらフルート学習とは言っても、YouTubeを使ってレコ勉できないわけでもありません。とは言え、YouTubeの音源は玉石混交なので、勉強対象にならないような演奏もヤマのようにあります(笑)。ってか、石のような音源ばかり見つかります(涙)。

 閑話休題。ええと、私なりの新曲視聴のやり方を書いてみます。おそらく、プロの方とは全然違いますが、私のようなアマチュアの方の参考になるとうれしいです。

 まず、新曲を最初に手にしたら、リズムを読みます。リズムだけを読みます。テンポは楽譜通りが理想ですが、別にゆっくりしたテンポで読んでも問題ありません。この時は、まだ楽器は使いません。足で拍子を取りながら、音程に関しては、軽く無視をして、リズムだけを読んでいきます。

 リズムを読んで、なんとなく曲の感じを掴んだら、次は階名唱をします。階名唱はしても、音程の正確さにはこだわりません。調性も気にしません。「ラララ〜」で歌っていたのを、ドレミで歌うだけです。

 階名唱で、さらに曲の感じを掴んだら、ようやく楽器の登場です。フルートなら、ここからフルートを手に取って吹いてみます。声楽なら、ピアノの前に移動して、音取りを始めます。

 こんな感じで、私は新曲視聴をしています。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 音楽一般

2021年02月14日

マスクは二枚重ねが良い?

 新聞の記事によると、米疾病対策センター(CDC)の発表では、不織布マスクの上に布製マスクを重ねたり、不織布マスクを顔に密着させる事で、新型コロナウイルスの感染リスクが大きく減るのだそうです。そのリスク減少は、マスクの二枚重ねの場合でも、不織布マスクのひもを根元で結び、たわんだ布の端を内側に折り込んで顔に密着させて着けた場合でも、約96%にもなるそうです。

 約96%と聞くと、単純に「すげえなあ!」と思うものの、よくよく記事を読んでみると、マスクの二枚重ねが有効…って言うよりも、不織布マスクって隙間だらけだから、その隙間を上から布マスクを被せて減らしたり、息が漏れやすい脇の部分を縛ったりして、なるべく不織布マスクの隙間を無くしていこうって話なんだなあって気づきました。

 つまり、不織布マスクの不織布の部分って、マスクとしては実によく出来ているってわけです。問題は、マスクの形態なんだよね。そこがダメなんだ。

 でもね、こういう記事が新聞に載ると、マスク警察の方々が、マスクを1枚しか着用していない人々を取り締まるのではないかと、心配になります。実際、某テレビ番組の街頭インタビューで、マスクの二枚重ねの人たちにインタビューしていたのを聞くと「絶対にコロナになりたくないからマスクを二枚着けてます」という、まあ分かる理由の人もいる一方「マスク警察の人が怖いから、二枚着けてます」という人もいました(ほんとだよ)。今や、不織布+布マスクじゃないとマスク警察の標的になるようで、ダメみたいです。もはや、ウレタンマスクは論外で、不織布マスクであっても、1枚では足りないようなのです。

 どうなんだろうね?

 ちなみにこんな記事を見つけました。

>マスクを2枚装着している人をみかけます。これは効果を2倍にすることを目的としているのかもしれません。しかし、そのような単純計算とはなりません。マスクを2枚装着すると抵抗が増すので、空気がマスクを通過できなくなり、やはり、マスクの周辺から空気が漏れこんでくるようになります。そのため、マスクは1枚のみを装着することをお勧めします。

 私もそう思うよ。マスクって、1枚だけでも十分に性能が発揮できるように作られているんだから、屋上屋を架しても仕方ないと思うんだよね。それでも、心の平安のためにマスクの二枚重ねが必要なら、そうすればいいだけの話であって、他の人がマスクを2枚していないからと言って、マスク警察の方々が活躍されるのは止めて欲しいと思います。

 それにしても、どんだけ不織布マスクを売りたいんだろ? 地球環境の事を考えれば、使い捨ての不織布マスクよりも、何度も使える布マスクの方が地球に優しいだろうに…。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | ダイエット&エッセイ

2021年02月13日

どうしても水の濁りが取れない(涙)

 水の濁りの原因の多くは、タンパク質系の汚れです。死んだ子や大怪我をした子がいると、どうしても水槽の水は汚れます。我が家の水槽の水の濁りも、そもそもはカマツカが一匹、星になってしまい、それにしばらく気が付かなかった事と、ランコが背中に大怪我を負っている事が原因で、水が濁っていたと思います。

 カマツカは水槽から取り除き、ランコも少しずつ怪我が良くなり、水槽の水も毎週のように取り替えているのですが、それでもなかなかキレイになりません。

 カマツカを取り除いた後、2日連続で水を取り替えた時は、だいぶ水がきれいになったのですが、その後、一週間と立たずに水が濁りました。まあ、ランコが怪我をしているから仕方がないと思います。

 で、その後も一週間後に水を取り替えるものの、一週間も経たずに水が濁ってしまいます。で、また水を替えても一週間もちません。ううむ、ランコの怪我もなかなかのモンだね。それにしても、あの小さなカラダから、水槽の濁りを起こすほど、多量の体液が出ていると思うと、よくぞランコは元気に泳ぎ回っているものだと感心します。

 とにかく、ランコの背中の怪我がきちんと治るまでは、水槽の水は濁ったままなのでしょうね。ふう。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年02月12日

久しぶりにファイフを吹いてみた

 まず、ファイフって何?と思っている人へ。ファイフは横笛です。ソプラノリコーダーを横笛にした…とイメージすればだいたい正解です。実際、音色もソプラノリコーダーっぽい素朴な音色です。ただ、横笛なので、縦笛であるリコーダーよりも音域は広そうです。
 ソプラノリコーダーは、私が吹くと、下のドから上のファぐらいまで使えます。音域は1オクターブと4音って感じでしょうか? 最大11度ぐらいです。でも、ファイフだと、軽く2オクターブは行きます。たぶん、3オクターブ目も行けるのでしょうが、運指が分からない(たぶんフルートの運指で行けると思います)のと、音色が美しくなくなるし、大抵の曲は2オクターブあれば吹けるので、あまり積極的にチャレンジしたいとは思いません。

 あと、基本的にC管なので、ハ長調の曲を吹くのは楽ですが、いわゆる黒鍵の音は苦手です。リコーダーの運指で半音を出せばいいのでしょうが、ちゃんと覚えていないので、トーンホールを半分塞ぐ(開ける)事で半音階に対応しています。つまり、ファ♯なら、右人差し指でトーンホールを半分だけ塞ぐ(開ける)事で出します。そういう原始的なやり方で対応していますので、臨時記号の多い曲や♯や♭が多い調の曲は大変です。

 難しい曲や、現代的な曲を吹くには向いていないかもしれないけれど、遊びでハ長調やト長調の曲を吹くには良いかもしれません。

 ファイフはそもそも鼓笛隊用の楽器なのだそうです。音域的にはピッコロとほぼ同じですが、ピッコロよりも音色は優しいです。

 楽器としてはゆるゆるで楽しいのですが、ちょっとだけ不満があるとすると…これは手の小さな人向けの楽器ですね。子供や女性には良いかもしれませんが、私ぐらいの巨体になる、楽器が小さすぎて、ちょっと大変です。でも、演奏できないほどではありません。 フルートの練習に煮詰まった時に、ちょっと気晴らしで吹くのに、ちょうど良い感じですね。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2021年02月11日

半音は0.5音ではない

 全音が“1”なら、半音は“1/2”だから“0.5”でしょ? 少なくとも、ピアノの黒鍵は、その右の白鍵からも左の白鍵からも、同じ位の差のある音程になっていて、まさに「半音は“0.5”って感じです。

 ピアノは確かにそうだけれど、歌とかフルートとかヴァイオリンとか、自分で音程を作る楽器では、半音を0.5音と考えるのは、ちょっと違うようです。

 実際のところ、半音は「半分とちょっと」です。「まあ、だいたい半分なんだけれど、その半分を強調するために、ちょっと多めに行く」のが半音です。だから、半音は“0.5”というよりも“0.6”とか“0.55”ぐらいかなって気がします。ただし“0.7”だと、やりすぎだろうと思います。と言うのも“0.7”なら“0.75”にかなり近いでしょ? おそらく“0.7”だと、半音というよりも3/4音って感じになると思います。

 とにかく、半音は半分よりもちょっと多いのです。だから、♯が付いた音は、ピアノの黒鍵よりもちょっと高いし、♭が付いた音は、ピアノの黒鍵よりもちょっと低いのです。だってピアノの黒鍵は、ちょうど半分ですからね。

 要は、変化記号は強調のための記号だという事なのです。強調だから、きちんと強調しないとダメなのです。山椒は小粒でピリリと辛いのです。

 次に、普段はまずめったにお目にかかれませんが、♯♯(ダブルシャープ)とか♭♭(ダブルフラット)などは、半音が二つなので、ほぼ1音と考えがちです。つまり、D♯♯はEと同音で、D♭♭はCと同音って考えるでしょ? 特にピアノだったらそうです。でも、実際のところは、ちょっと違うみたいです。

 半音が0.6音くらいだという理屈で考えると、半音二つは1.2音となり、D♯♯はEよりもちょっと高くなるし、D♭♭はCよりもちょっと低くなります。でもね、Dxxという表記である以上、その音はDの範囲と言うか、テリトリーにあるはずで、隣の音を越してはいけないわけで、変化記号が2つ並んでいるから1.2音だと言うのは、さすがに言い過ぎです。D♯♯はDやD♯よりも高い音なのだろうけれど、あくまでも“D”の音なので、Eではありませんし、Eに届いていないからD♯♯って表記されるのです。

 と言うのも“♯♯”は“♯”よりも高いけれど、次の音に届くほどではない…という程度の意味なのです。ならば“♯♯”は0.9音とか0.95音ぐらい? つまりD♯♯とは、Eに限りなく近いけれど、ちょっと届かない音…って感じです。D♭♭も同様で、Cではないけれど、Cに限りなく近い音…ってわけです。

 つまり変化記号ってのは、それを付ける事で「次の音までの半分くらいの音程に変化させる」わけで、そういう意味ではピアノの白鍵黒鍵の関係は正しいのだけれど、ちょうど半分では人間の耳では物足りないので、ちょっと強調するくらいでちょうど良いので、半音は0.6音ぐらい? 変化記号が二つ並べば0.9音ぐらいになるわけです。

 ああ、難しいね。だから、調性によって音階の色合いが変わり、昔の作曲家が調性にこだわりを持っていたのは、こういう理屈なんだと思いますよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 音楽一般

2021年02月10日

私はワクチンを打ちますよ

 新型コロナワクチンの話です。もちろん今すぐではなく、接種可能になったら、私はさっさとワクチンを打ってしまおうと思ってます。

 問題は、いつ打ってもらえるのか?

 今のところの予定では、2月(今月だね)の下旬から、医療従事者対象の接種が始まり、その後、65歳以上の高齢者が打ちます。その後は、基礎疾患を持っている人(私はここに入ります)とか高齢者施設で働いている人が接種し、最後に一般の方が打ちます。こういう順番です。

 ワクチンは、今のところすべて輸入品なので、海外の状況に振り回されざるを得ません。みんな自分が可愛いし、まず優先すべきは自国民だし、同じグループの友好国の人たちだよ。日本は…同盟国はアメリカしかないし、アメリカは自分のところで精一杯で日本にかまっている余裕はあまりないし、某中国とか某ロシアとかはワクチンを外交の材料にしているわけだし…。ほんと、日本は立場が弱いです。昔から、外交下手というか、外交では割食ってばかりいるのが日本であり、犠牲になるのは日本人です。

 だから、当初計画よりもワクチンの輸入時期が遅れたり、輸入量が減らされたりするのは、当然あるでしょうし、そういう報道もチラホラ耳にします。ですから、私のところにワクチンが回ってくるまで、予定よりも、かなり多くの時間が必要だろうなあとは推測しています。

 今年中に接種できれば、良いかな?くらいの気持ちでいます。当然、オリンピックまでには、日本人全員のワクチン接種が完了しているなんて…夢にも思ってません、へへへ。

 無論、ワクチン接種は義務ではないので、打たない自由もありますが、打たない人がいる限り、理論上はウィルス撲滅なんて出来ません。ウィルスは未接種者を媒介にして繁栄し続けるからです。

 もっとも、ワクチン接種には副反応もあり、ワクチン接種したために、重篤な障害が残ったり、死亡するケースもあるでしょうが、それは道を歩いていて交通事故に遭うようなものなので、交通事故が怖いからと言って道を歩かないわけにもいかない…と私は考えます。ワクチン接種のチャンスがある以上、副反応や障害になったとしても、それは運が悪かったと諦めるしかないだろうなあって思っている私です。世の中、何事にもリスクが生じるわけで、そのリスクを怖がっていたら一歩も前には進めないわけです。でも、ちょっとでも危険があるのは怖くてたまらない…と考える人もいて、それでワクチン回避行動に出たとしても、自由を重んじる我が国では仕方がない事なのかもしれません。

 ただね、ワクチンにどれだけの有効性があるかはまだ分からないし、それだけ免疫が継続するかも分からないので、副反応の危険性も考えるなら、ワクチンを打ちたくないと考える人も理解できます。そういう慎重さも人生では必要でしょうし…ね。

 なので現状では、ワクチン接種は、ウィルス撲滅のため、コロナ禍収束のため、と言うよりも「私個人はコロナに罹患したくないため」という側面が強くなります。だからこそ「さっさとワクチンを打っちゃえ!」と私は考えるわけなのです。

 でもワクチン接種って注射なんだよね。注射って、一定数の人が忌避感を感じる(つまり“注射が怖い”)わけで、私は「私はワクチンを打たない」と公言している人の中には、偉そうに理屈を上げていても、実際は単純に注射が怖いだけの人がたくさんいるだろうと思ってます。

 かわいいなあ…。注射なんて年に何本も打っちゃう私にとっては(今日も一本打ってきたよ)注射なんて、ただの日常であって、怖いとかそういう感情すらないので、そういう人を見ると、強がりばかり言って、本当にかわいいって思いますよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | その他

2021年02月09日

楽しくない練習はしたくない…よね

 音楽趣味には日々の練習が付き物です。音楽趣味が長続きをする秘訣は、ずばり「毎日(のように)練習する」であり、そのためには「練習が好き」という資質が必要です。

 とは言え「練習なら何でも好き」というのは一部の天才(あるいは変態)だけであって、多くの凡人の場合は、練習が好きであっても「楽しい練習は好き」であって「楽しくない練習はしたくない」が本音だろうと思います。

 子どもにピアノの練習をさせるのに苦労をしているお母さん方がいらっしゃると思いますが、その子にとって、ピアノの練習が楽しいのかどうか、一度考えてみると良いと思います。練習が楽しければ、放っておいてもピアノの練習をすると思います。なかなか練習をしてくれないのなら、その子にとって、ピアノの練習は楽しくない…のか、あるいはピアノの練習よりも楽しいものが他にあるのです。

 だからそんな子に、ピアノの練習をさせたいと思うなら、ピアノの練習を楽しいと感じるように工夫して与えるべきです。それが出来ないのなら、ピアノをやめさせてあげるか、恐怖を持ってピアノ練習を強いるべきのどちらかでしょう。ま、私としては前者を強くお勧めしますが…。

 これはピアノを習う子どもだけでなく、道楽で音楽をしている大人たちも同様です。むしろ、子どもにとっての母親のような“ピアノ練習を無理強いする強者”がいない分、より楽しくないと継続しないと思います。

 という事は、音楽教師ならみんな知っているわけだから、大人の学習者には基礎練習をさせない…という教育方針もあるわけです。私の場合は、声楽のY先生がその方針の人です。まあ、それでも最近は私の練習好きな事も理解してもらい、ようやくコンコーネ(声楽の基礎の基礎教本ですね)を教えてくれるようになり、私も楽しく学んでいます。

 そんな私も天才ではないので、練習なら何でも好きかと言われるとNoです。私にも楽しくない練習はあります。

 例えば、フルートのエルステユーブンゲンの課題曲がいつまでたっても覚えられないのですが、これは私にとって暗譜作業という練習が正直楽しくないので、きちんと自分を追い込んで暗譜してからレッスンに臨むという事が出来ていないためだろうと思います(ってか、それしかないよね)。楽譜を見て吹けば吹けるのに、暗譜をしなきゃいけないというのが、私にとって楽しくないのです。

 声楽曲の場合は、楽しくて練習しているうちに、歌詞もメロディも自然と暗譜してしまえるのですが、フルート曲の場合は、楽しく練習していても、ちっとも暗譜できないんですね。フルート曲の場合は、フルート曲とは別に、声楽曲として階名唱で暗譜しないと私の場合はダメだし、ハ長調以外の曲だと、臨時記号が付く音、付かない音も、別に歌詞にして覚えていかないといけないし、替え指とかがあると、それも別に覚えていかないといけないし…って感じで、いわゆる“指で曲を覚える”ってのがほぼほぼ出来ません。

 その上、階名唱で歌いながらフルートを吹くというのが、何とも楽しくないんですね。雑念が入るんですよ。楽譜を見て、ダイレクトに音を出すのが楽しいのです。でも、それじゃあ、暗譜は出来ない。ああ、難しい。

 なので、フルートを吹いてるだけでは、全然暗譜できず、フルートを手放して、真剣に声楽曲として暗譜に取り組まないと覚えられない上に(この部分が楽しくないのです)、暗記作業とは別に、その曲をフルートで吹けるように練習もしないといけないわけで、声楽曲の暗譜と比べると、やるべき事が多すぎて、正直、そこまで自分を追い込めないのです。

 特に今取り組んでいる曲は、以前、自分を追い込んで、暗譜した曲なんですね。それをレッスンに行けないうちに忘れてしまい、それをまた追い込んで、でもレッスンに行けないうちに忘れ…を繰り返してしまい、すっかりその曲に飽きちゃったって側面があります。飽きちゃった課題と向き合うのも、楽しくないよね。

 そんなわけで、正直、エルステユーブンゲンの暗譜は楽しくないんだよねえ。

 とまあ、正直なところをぶっちゃけちゃったけれど、そんな理由で「楽しくない練習はしたくないよね」という話でした。

 でも、前に進むために、楽しくなくても、やんなきゃいけない事は分かっているんだけれど…ねえ。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 音楽一般

2021年02月08日

腹式呼吸とはなんぞや?

 ネットで歌関係の記事を見ていると、特に初心者の方々を中心に定期的に取り上げられるのが「腹式呼吸とはなんぞや?」という問いです。どうも、腹式呼吸が難しくてできないとか、腹式呼吸って何だかよく分からないとかで、悩んでいるようです。

 この腹式呼吸というのは胸式呼吸と対になっている言葉のようです。ですから、すごく乱暴な言い方をすれば「胸式呼吸ではない呼吸が腹式呼吸」と言えそうです。

 で、腹式呼吸が難しいとか分からないとか言っている人は、おそらく普段は胸式呼吸で呼吸をしている人なのだろうと思います。一般的に男性は日頃から腹式呼吸を、女性は胸式呼吸を行っているそうですから、もしかすると女性の皆さんには腹式呼吸って、難しいのもしれないなあって思います。

 でも、男性が無意識にやっている呼吸なんだから、たぶん、そんなに難しいものではないと思います。ただ、こういう事って、難しく考えちゃうと思考の袋小路に入って分かりづらくなるかもしれませんから、単純に考えないといけないと思います。

 おそらく、腹式呼吸の感覚をつかめると、できるようになるんじゃないかと思います。では、どうやって腹式呼吸の感覚をつかむのか…というと、肩を動かさずに息をすればいいと思いますよ。

 誰かに肩を軽く押さえてもらって息をすると…自然に腹式呼吸になると思いますので、その感覚を自分のモノにすれば、腹式呼吸が分かるようになります。それでも分かりづらければ、肩を押さえてもらったまま、深呼吸をすれば、さらによく分かるようになると思います。

 肩を押さえてもらって…で、分からなければ、他にも、仰向けに寝っ転がって腹部に手を当てながら呼吸するとか、逆立ちしながら呼吸するとか、色々とやり方あるようです。おそらくどれも似たりよったりの効果しかないと思いますので、自分に一番分かりやすい方法を学べば良いと思います。

 それでも分からなければ…もうブログ記事を読んで、どうこうできるものではないと思うので、リアルな世界で先達に教えてもらうしかないと思います。

 腹式呼吸が出来る…というのは、呼吸法のほんの入口でしかないと思います。でも、その入口で迷っている人には「そこはさっさとクリアして、中にお入り」って言ってあげたいです。

 でもって「そこから先も色々と大変なんだよ、一緒に頑張ろうね」と声がけしたいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 発声法のエッセイ

2021年02月07日

定員内不合格って何?

 先日ネットニュースを見ていて、ひっかかった言葉があります。それは「定員内不合格」って言葉です。

 沖縄のローカルニュースだけれど、沖縄には“中卒進路未決定者”が社会問題になるほどたくさんいるそうな。中卒進路未決定者というのは、中学校を卒業した時点で、進学も就職も決まっていなくて行き場のない人の事を言うようです。まあ、卒業に向けて当初から就職活動していた子は、卒業時に就職先が見つかっていないというのはレアケースだろうから、そのほとんどは高校等に落ち続けて進学先が無く、来年も高校を受験するべきか、それともこのまま就職してしまおうかと迷っている子の事でしょう。これがもし中卒の高校受験でなく、高卒の大学受験なら“浪人生”で片付いてしまうのでしょうが…。

 ニュースによれば、中卒進路未決定者が10年で4081人もいて、全国(平均)の4倍とか2倍とかのワーストの状況が続いているそうです。で、その原因として、子どもの貧困や定員内不合格が考えられるってのです。

 子どもの貧困? つまり、お金がないので進学できない…ってのなら、進学なんか考えずに、最初っから就職を目指していけばいいだけの話なので、私的には「???」ですが、それよりも「???」なのが“定員内不合格”って奴です。

 定員内不合格とは、高校の定員に空きがあるのに不合格となるケースの事らしいです。つまり、定員100名の学校に、受験生が100名集まったら、100名とも合格にすればいいのに、90名に合格を出して、10名に不合格を出して、合格者が定員を満たしていないのにも関わらず、不合格にしてしまうって事です。

 そんな事って、していいの?

 定員が100名の学校だったら、通常は合格者を100名以上(120名とか、140名とか、もうちょっと多くだね)出すのが、私の知っている普通の学校です。と言うのも、合格者が全員入学手続きをしてくれるわけではないから、どんな学校でも定員以上の合格者を出すものです。学校側としては、歩留まりを勘定にいれて、何とか定員を確保しようとするわけです。それでも、結果として定員を満たさない事もあるわけです。そんな時は、二次募集ってのをかけて、頑張って定員をみたそうとするわけです。

 それなのに、定員内不合格ですか? 最初っから、覚悟の上の定員割れですか?

 記事によると、そうなってしまう理由として(生徒側の)素行不良や無断欠席、学力不足等があげられるそうです。つまり、定員は満たしていないけれど、当校の入学可能レベルに達していない生徒に関しては、受験しても不合格にしちゃうって事ですか?

 だったら最初から受験させなきゃいいじゃん…ってわけにはいかないの?

 で、…。

 ん? 素行不良が原因? 最初っから素行不良な生徒が来ると分かっているのなら、荒事が得意な教員を揃えた上で受け入れればいいだけじゃん。無断欠席が原因? 生活指導を強化し、メンタルヘルス面で援助できる体制を作ればいいじゃん。学力不足? 勉強を教えるのが、そもそもの先生の仕事じゃん?

 首都圏方面じゃ、そんな理由で世間に中卒者を放り出すなんて、理由にならないよ。

 おそらく、沖縄の人口の少なさが原因なんじゃないかって思います。首都圏じゃあ人口が多いから、こういう色々とはみ出した子どもを受け入れる体制を作った学校(不良ばっかりいる学校とか、通信制高校が充実していたりとか、補習や補講に力をいれている学校と)があっちこっちにあって、適材適所? 子どもたちの個々のニーズに合わせた学校に入学する事で、そんな問題にならないのだろうけれど、沖縄では、全体の人数が少なくて、一つの学校に、普通の生徒もいれば、そういう子たちも受入れざるを得ない事情があるのなら、どうしても手間のかかる生徒を排除してしまう方向になってしまうのも理解できます。

 さらに言えば、定員内不合格者が「九州他県の2〜6倍」と記事にあるので、問題は沖縄だけでなく、九州地方やその他の地方にもある事が分かります。

 実際、子どもの学力差って、都会と地方では、無視できないほど大きいからね。都会の子どもは普通に大学教育まで受けて育ち、地方ではせいぜいが高卒で、少なからずの数の子どもが中卒で学校が終わっちゃうわけで、これって世代を重ねる事に、取り返し付かなくなると思うんだよね。学校に行く行かないは、その子の個人的な問題だけれど、それが地域ごとに世代を重ねていくと、もはや個人の問題ではなく、地域的な問題に昇華されて、やがては国家的損失につながっていくと思うんだよね。

 こういう問題は、地方では解決できないと思うんだよ。だからこそ、国が手を差し伸べていかないと、やがては手に負えないほどの問題に育ってしまうと思いますが…国というか、都会の役人たちから地方が見えないのだから、このままでは何時まで経っても、この手の問題が解決されないんだと思います。

 何のために、各地方から選出された国会議員という人たちがいるんだろ?って、私は思うんですよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2021年02月06日

ランコの背中が剥がれています(涙)

 ランコは黒ランチュウです。脳筋系金魚(笑)です。

 とにかく、いつもいつも全力で泳いでいます。全力なので、色々なモノにぶつかっています。ガラスの壁面にぶつかったり、水草の塊に突っ込んでいくくらいなら可愛いのですが、他の金魚にぶつかっていったり、ぶつからなくても、すぐ目の前を通り過ぎたりしています。他の子からすると…かなり目障りでウザイ存在かもしれません。

 ですから、ランコは時折、怪我をしています。たぶん、他の子たちにやられるのでしょう。つい先日も、黒い金魚なのに全身が白くモヤッていました。白雲病にでもなったのかしら? と思いましたが、よくよく見てみると…これは全身に広くかすり傷を負って、人間で言えばかさぶたが出来ちゃったような感じ、人間ならかさぶたですが、金魚なので白いモヤモヤになっているのだろうと思いました。実際、数日でモヤモヤは治りました。

 おそらく、あんまりウザイので、他の子たちに体当たりをされて怪我したんだろうなあって思います。

 さて、そんなランコですが、前日、背中の皮が裂けていました。他の子なら背びれが生えている場所です(ランコはランチュウなので背びれがありません)。ん? どうしたのだろうと思いました。どこかにぶつかって切れたのかもしれませんが、大きさ的には、他の子に噛まれたのかもしれません。

 で、ちょっとだけ皮が裂けていたのですが、しばらくすると、裂けた傷口がどんどん大きくなってしまいました。今では、かなり大きく黒い皮が剥がれてしまいました。ちょうど大きな子たちのクチのサイズ程度に皮が剥がれてしまったのです。

 まあ、“皮”と表現していますが、実際は黒いウロコが数枚剥がされたようです。そのウロコが剥がされた後は、それこそウロコが剥がされた魚のような金色の(タイあたりのウロコを取った後のような網目状の)皮膚が見えています。

 これはちょっとひどい傷かもしれません。もっとも魚には痛覚がないし、本人(本魚)は平気な顔をして泳いでいるし、金魚に外用薬は使えないので、自然治癒を待つしかないのでしょうが、それにしてもひどい傷です。

 …という話は、だいたい二週間ぐらい前の話で、今は、ほんの少しですが、良くなっているようです。少しずつウロコが生えてきたみたいです。よかったよかった。

 それにしてもランコ…だいぶ嫌われているなあ。周りの空気を全然読まずに、泳ぎまくっているランコにも責任はあるのだけれど、ここまで大きな怪我をさせる必要はないと、飼い主的には考えます。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年02月05日

ベートーヴェンには慣れてない

 フルートのレッスンに行ってきました。まずはロングトーン練習からです。寒いせいでしょうか、どうも音が下がり気味です。頭部管を思いっきり深く差し込まないとダメみたいです。

 エルステユーブンゲンは、いつもの25番と26番です。先生から「よく吹けているよ。後は暗譜するだけ」と言われました。ま、そうっすね。

 旋律的練習曲は8番です。新曲です。9/8拍子に、ちょっと迷いました。でも、練習を重ねれば慣れてきて問題は無くなると思います。練習を重ねれば…ね。

 40リトルピーセズは39番です。譜面上は簡単なんだけれど、ちょっと吹きづらいです。おそらく、ベートーヴェンの音階に慣れていないせいだろうと思います。なので、先生との合奏も、うまく吹けない部分は適当に作曲してごまかしてしまいました。ジャズライブならOKでも、クラシックのお稽古ではアウトですね(汗)。もうちょっと練習しておかないとダメっすね。

 今回のレッスンが終わると、しばらくレッスンがありません。私の本業が忙しくて、レッスンに来れない事と、先生が手術をするので、そのためのお休みが連続するのです。そうです、先生がいよいよ目の手術をするのです。手術が終わると、クリアな世界が先生を待っているわけで…別に私の視界は曇ってませんが、ちょっぴり羨ましい感じです。

 最近は、老眼鏡を付けても、細かい字が読めないんだよね。困ってます。もっと度の強い老眼鏡が必要なのかな? とちょっぴり思ってます。思っているだけで、買いに行ってません。だって、老眼鏡なんて、不要不急でしょ? それになんか買いに行くのも億劫だしさあ。

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2021年02月04日

発表会が楽しみな私です

 声楽のレッスンの続きの続きです。曲練習に入りました。メンデルスゾーンの「エリア」です。

 まずは3番「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」です。レチタティーヴォです。前回のレッスンでも言われましたが、指揮者の事を考え、指揮者が指揮棒を振れるように歌わないと、歌が破綻します。

 そのためには、曲のテンポは大きく揺らしても可だけれど、フレーズの拍感は大事にしないといけません。つまり、4分音符の長さは、曲のあっちこっちで違っていても全然問題ないのだけれど、直前や直後の4分音符同士の長さは同じじゃないといけないし、直前直後の8分音符や16分音符との音価も正しくないといけません。それが拍感です。

 マクロ的に自由に歌って良いのだけれど、ミクロ的には楽譜通りにビシッと歌わないといけません。特に私の場合は、高めの音を長めに、低い音は短めに歌うという傾向が(無意識だけれど)あります。まあ、バカなテノールなので、高音を歌うと、ついつい気持ち良くなってしまうのが原因なんだけれど、そんな感じで、自分に酔うことなく、しっかりと理性的に歌っていかないといけないわけです。

 いやむしろ、高い音ほど、意識的に短めに歌わないと、全体の帳尻が合わないような気すらします。

 4番「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」です。アリアです。こちらも拍感を大切に歌わないといけません。アリアと言えども、ドイツ系オラトリオのアリアであって、イタリアオペラのアリアではないので、端正に清潔に禁欲的に歌わないといけません。基本的に、声のひけらかしは無しです(残念)。ま、そもそもがオラトリオのアリアですからね、宗教曲ですからね。世俗っぽい事はダメなんです。

 この曲の最高音である高いA♭の音も、声をひけらかすように歌ってはいけません。あくまでも、フレーズの中の1音って感じで歌います。で、問題はそうなると、この音は8分音符なので、音価的にとても短くて、発声的にあれこれ間に合わず、薄い声になりがちです。声をひけらかして良いのなら、長めに歌う事で、声の厚さもキープできますが、正しい音価で、なおかつ、普通に厚い声で歌うというのは、案外難しい事です。

 で、全体的に声のひけらかしはNGなアリアですが、曲の最後にあたる47小節にある二つのフェルマータ部分だけは、声のひけらかしが許されるというか、やるべき箇所です。たった1小節の中に入っている二つのフェルマータ部分の歌い方は、先生と調整しながら考えました。言葉を大切にするドイツ系のアリアですから、声のひけらかしがOKであっても、イタリアのアリアのような脳天気なひけらかしはダメなんですね。はい、難しいです。

 というわけで、3番も4番もまだまだなのですが、そろそろ次の39番のアリア「Dann werden die Gerechten leuchten/その時正しい者は」の予習に入るように言われました。というのも、これらメンデルスゾーンの曲は、3月中には終わりにしようと、先生と決めたからです。

 なぜなら、4月から…そうです、発表会の準備に取り掛かる予定だからです。

 今年のY門下の発表会が内定しました。7月上旬に横浜で行う予定です。こんな状況ですから、まだ本決まりとは言い切れませんが、発表会に向けて、あれこれ準備をしていかないといけません。まずは選曲だね。なんか、わくわくします。選曲を3月までに終えて、4月から練習に入ります。で、4月5月でだいたい歌えるようにしたら、6月は暗譜作業とピアノ合わせで、7月早々に本番って流れになるわけです。ううむ、楽しみ楽しみ。 7月の段階でコロナがどうなるか分かりませんし、もしかすると無観客の発表会になるかもしれません。以前のように、発表会でオペラの場面をやるような事はできないでしょうが、全力を尽くして発表会に備えていきたいと思ってます。少なくとも、昨年のような黒歴史にしないように努力していきたいと思ってます。

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2021年02月03日

コンコーネは緻密に正確に

 声楽のレッスンの続きです。

 コンコーネの練習です。まずは6番です。これは母音唱法で歌いました。

 フレーズが変わっても、声のポジションは変えずに歌う事。フレーズが変わって、声の場所が変わるのは、聞いていると、ちょっと違和感が生まれるので、同じ場所で歌い続けていく事が大切です。それをする事で、フレーズとフレーズがつながっているように聞こえます。

 音程はなるべく腹圧で作ります。ノドでも音程は作れるけれど、それはなるべくやめて音程はなるべく腹圧で作ります。つまり、小さな筋肉で音程を作るのではなく、大きな筋肉を使って音程を作っていきましょうって事です。では小さな筋肉は何のために使うのかと言えば、細かな装飾的なフレーズを歌う時に使えばいいわけです。だって、大きな筋肉は細やかな動きができませんからね。逆に言えば、小さな筋肉はすぐに疲れてしまうし、大きくパワフルに動くこともできません。だから、両者のいいとこ取りをしないといけないわけです。

 音程には十分に気をつける事。特にフレーズが♭しないように、しっかりと息を吐いて、響きを高くして歌う事が大切です。フレーズに変化記号(半音)が出てきたら、しっかりと広めに音程を取って歌います。いわば、その変化記号をちょっと強調する感じで歌うわけです。

 6番は、前半が短調で後半が長調になります。もちろん、正しい音程と適切な音色で歌えばいいわけだけれど、歌う人の表情も大切です。特に長調を歌う時は、にこやかな表情で歌うことが大切です。

 歌う時に表情筋をしっかり使う事は大切な事です。私はキング先生に無表情…というか、発声と表情を切り離して歌うように言われ続けてきたので、歌う時は無表情になりがちなのですが、無表情な顔から出る声は無表情になり発声的につまらなくなるので、明るい曲調の時は明るい表情をして歌う事が必要です。もっとも、だからと言って、暗い曲調の時に暗い表情をしては、声が内向きになってしまうので、それはダメなのですが…ねえ。

 次は7番です。こちらは階名唱です。棒歌いにならないように気をつけないといけません。例えば、音程ひとつとっても、常に和音の中で一番収まりの良い音程で歌わないといけません。ロングトーンを歌っている時に、伴奏の和音が変わったら、歌の方の音程も微調整するくらいの融通が歌には必要って話で、それが棒歌いから離れる事につながります。

 声は常に次の音を予感させながら歌わないといけないし、それが“歌”らしく歌う事であり、人間らしさを感じさせる歌につながっていきます。そこが歌と楽器の違いです。

 緻密に正確にコンコーネは歌っていかないといけません。だいたい、歌えたからいいやでは、コンコーネを学んでいる意味はない…と言われちゃいました。つまり、事前の練習不足が指摘されちゃったわけです。反省。

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2021年02月02日

息はしっかりと吐く、ずっと吐く

 声楽のレッスンに行ってきました。まずはいつものようにハミング練習からです。

 今回は、自分的にはあまりうまく行っていないような気がしました。本業が忙しくて、あまり自宅で練習していなかったので、あれこれ歌う感覚を忘れてしまっているようでした。ですから、ハミングにしても、なんか恐る恐るだった事を白状します。と言うのも、歌おうとして、息を吐いたところで、どんな声が出るか、自分でも分からなかったのだもの。いくらハミングであっても、息と声の関連性が何となく不安に感じていたのです。

 そんな事もあって、ちょっと違和感を感じながらのハミング練習となりました。

 注意された事は、しっかりと鼻から息を吐く事。腹圧をしっかりと掛ける事。響きをしっかり高く保つ事。まあ、いつも言われている事ですが、こういう基本的な事が大切なのだろうと思います。

 次は発声練習です。いつも甘い音程ですが、今回はさらに悪かったようで、音程の注意が多かったなあ…。“1-3-5-3-1”とフレーズがあったとします(数字は音程ね。1がドなら、3がミで、5がソです)。“1-3”の音程はまあ良しであっても、“3-5”の音程はちょっと狭いのです。“5-3”はちょっと広くて、“3-1”はかなり広い。つまり、上は届かず、下は下がりすぎ…というのが、今回の私の歌なのです。狭い“3-5”は音程の幅を広げる…と考えるよりも“5”の響きを高くする方が解決できるようです。“5-3”は“3”を、“3-1”は“1”をしっかり(腹圧で)支えることで下がりすぎるのを回避できそうです。

 響きと支えが足りない…んだなあ。響きも支えも、要は腹圧なんだよね。結局私の場合、腹圧不足がすべての原因のようです。

 フレーズの歌い方も注意されました。レガートが大切です。

 私は無意識ですが、発声する時、一音ずつ、ポンポンと置くように発声するそうです。いや、置くように…と言うよりも、一音ごとに息を出したり引っ込めたりして歌うようです。よく言うとマルカートで歌っているとも言えますが、そんな上等な感じではありません。息の出し入れをしたり、一音ごとの強弱などはつけずに、吐いている息は切らず、ずっと同じ勢いで吐き続けながらフレーズを歌っていかないといけません。それがレガートです。で、そのレガートが無意識にできないといけないのです。無意識にできるようになるためには、練習時に意識して行い続ける事です。頑張りましょう。

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2021年02月01日

なぜ楽譜のコピーは無くならないのか?

 楽譜をコピーして配布する事は著作権法で禁止されています。もちろん例外はあって、コピーして使えるケースもあります。詳しくはこちらの文化庁のページを見れば解説してくれます。

 実は私、コピー譜を使ってます。もちろん、書籍としての楽譜をきちんと購入し、そこに直接書き込みをしたくないため、使用するページをコピーして、それを利用しています。もちろん、書き込みなどはコピー譜にします。

 これは「私的使用のための複製(第30条)」で

>家庭内で仕事以外の目的のために使用するために,著作物を複製することができる。

 と定められているので、法的に問題が無いはずです。

 まあ、私の場合、道楽目的でコピーをしているので無問題ですが、プロの音楽家が同じ事をした場合は、仕事という目的のためにコピーをしているのだから問題となるのでしょうか? それとも、元々の書籍の楽譜をきちんと購入しているので無問題なのでしょうか? 私的には適法だろうと思うけれど、プロの法曹家の方々はどう考えるのかしら?

 アマチュア合唱団等で、団で購入した一冊の楽譜をコピーして団員のみんなで使用する場合は問題になるのかな? さすがに“家庭内”とは言い切れないし、それぞれの団員が当該楽譜を購入すればいいのだから、違法コピーであると言われそうだね、ってか、たぶんこれは、それぞれが楽譜を購入するのが正解であって、コピーしちゃえばアウトなんじゃないかと思います。

 無論、プロの合唱団等が同じ事をすれば、彼らは仕事で楽譜を使うわけだから、明らかにアウトだよね。

 学校の合唱部が同じ事をしたら、どうだろう? 「教育機関における複製等(第35条)」に、学校での著作物の複製は認められているけれど、

>ただし,ドリル,ワークブックの複製や,授業の目的を超えた放送番組のライブラリー化など,著作権者に不当に経済的不利益を与えるおそれがある場合にはこの例外規定は適用されない。

 とも書かれているんだよね。楽譜がドリルやワークブックに相当するものだとすれば、コピー譜の使用はやはりダメで、部員全員に楽譜を購入させないといけない事になるわけだ。

 10人しかいない合唱団で楽譜を10冊買って、演奏会が終わったので、それらの楽譜を合唱団で保管する事にして、その最初の演奏の10年後に、同じメンバーでそれらの楽譜を使うなら、無問題だと思うけれど、その10年間でメンバーが入れ替わってしまって、別の10人がその保管された楽譜を使う場合は、どうなのでしょうか? 楽譜は団のモノだから無問題なのかしら? それも人が変わったのだから、新しい10人はそれぞれに新しく楽譜を購入しなくても違法にならないのかしら? また使用するのが現物でなくコピー譜だったら、どうなるのか?

 色々なケースがあるし、適法が違法かも分かりづらい例もあるけれど、現実を見れば、世の中にはコピー譜がはびこっていると私は考えます。

 楽譜にお金を使いたくない…というケチくさい人もいるだろうけれど、わざわざ購入するよりも、手元にある現物をコピーした方が楽だからという怠け者思考の人も大勢いると思われます。あるいは絶版となった楽譜で、もはや入手不可能だからコピー譜を使うとか、音源を耳コピして自分たちで譜面起こしをして作った楽譜だから、それをコピーしたって平気だよって考えているとか…。

 私も正義マン面して、世間の皆さんを断罪したいわけではありません。ただね、著作権法って、普通に暮らしていると、あんまり馴染みのない、よく分からない法律で、これを遵守しなさいって言われても、ピンと来ないと言われると、まあそうだよねって思うんです。

 あと、罰則が明確ではないのも問題かもしれません。楽譜を無断コピーしたら、刑務所に一週間入らないといけない…とかいう罰則が付いていたら、みんな守るだろうけれど、実際は、手元の楽譜をコピーして友人に配ったとしても、何のお咎めも無いのが日常だから、抑止力なんて全く無いに等しいわけだ。

 ただ、楽譜のコピーがはびこれば、作曲家とか編曲家と楽譜出版社とかにお金が入らないわけで、お金が入らなければ彼らの生活が苦しくなるわけで、作曲家や編曲家が食えなくて廃業してしまったり、楽譜出版社が潰れてしまって楽譜が買えなくなるかもしれません。

 それは音楽を道楽している身にとっては困る事だけれど、世間一般の人たちにとっては、たぶん“どうでもいい事”なんだと思います。

 だから、楽譜のコピーは無くならない…って私は思うのです。何か良い解決方法はないものでしょうか?

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posted by stone at 04:00| Comment(1) | 音楽一般