2021年03月22日

しばらくブログを休みます

 「しばらく」とは、4月15日(木)までのつもりです。4月16日(金)からブログを再開できたらイイなあって思ってます。

 理由は「春休み」です…ってか、本業が繁忙期に入って、ブログを書いている時間が捻出できなくなったためで、ここ数年の恒例行事がやってきたってわけです。

 お正月も休んだので、本当は春は休みたくないのだけれど、春に関しては、ほんと無理なので、申し訳ありませんが、お休みをいただく事にしました。ごめんなさい。

 というわけで、三週間ちょっとのお休みをいただきます(その間にブログ記事もちょっと書き溜めてストックを作っておきます)ので、ご勘弁の程を…。

 緊急事態が起こったら突発的に記事の更新をするかもしれませんが…まあ、あまり期待せずに4月16日をお待ち下さいませませ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | その他

2021年03月21日

ペンの持ち方

 皆さんは、どんな感じでペンを持ちますか?

 実は先日、ちょっとチャンスがあって、試験会場の監督みたいな事をしました。で、その時に感じたのは「ペンの持ち方って、千差万別。本当に人それぞれだな」って事です。一応、正しい持ち方というのがあるのだけれど、なかなかそんなふうに持てている人って、少ないって事に気づきしました。

 ちなみに正しい持ち方はこんな感じです。

 私自身に関して言うと、ほぼほぼ正しいと言うか「ちょっと惜しいなあ」って感じのニアピンな持ち方でした。ペンを中指の左脇(いわゆるペンだこが出来る部分)に当てるのではなく、中指の腹で持っているのです。ペンは、親指と人差し指でつまむように持ち、それを中指の左脇で支えるのが正しい持ち方ですが、私は、親指と人差し指と中指の3本の指でペンをつまんで持つのです。

 二点支持よりも三点支持の方が安定性も運動性もいいし、ペンだこも出来ないし…。中指にペンを当てる位置を1cm程ずらせば正解なのに、うむ、惜しい。

 閑話休題。いやあ、それにしても、実に色々な持ち方があるもんだと思いました。

 そこそこの数の人がいて、目立っていたのが、ペンを立てて書いている人たち。指の置き方も独特で「へえ」と思っていたのですが、どうやら、それはペンではなく、小筆の持ち方のようでした。

 たぶん、書をやっている人なのかもしれません。というのも、この持ち方の人は、まあまあ美しい字を書いている人が多いからです。

 次に目立ったのが、パッと見で正しい持ち方をしているように見えるのだけれど、よく見ると、人差し指や中指が変な方向に曲がっているんですね。具体的に言うと、指の第一関節(指先の関節)って、内側にしか曲がらないですよね。少なくとも私はそうです。でも、これが大きく外側に曲げてペンを持っている人たちが結構いるんです。

 なぜ、こんなに、本来は曲がらない方向に指を曲げてペンを持っている人がいるんだ! 実は正直に言えば、私も指が背面にほんの少しだけ曲がります。ただし、左中指、左薬指、左小指の3本だけです。それも、ほんの少しだけ。かろうじて「曲がったかも?」って感じで曲がります。その他の指は、びくともしませんし、ここで指を曲げてペンを持っている人たちは、そんな“少し”だけではなく、ほぼ直角に近い角度で指を外側に曲げているんです。

 いやあ、私からすれば、ビックリ人間です。

 数はかなり減るのだけれど、ペンを人差し指と中指で挟んで、それに親指を添えて持つ人がいます。試しにやってみたのだけれど(普段、そんなやり方で持っていないので)違和感がありますが、まあ安定した持ち方かもしれません。まあ、一概にダメとは言えないかもしれません。

 とても数が減るのだけれど、中指と薬指でペンを持っている人もいます。中指と薬指と言うよりも、手全体でペンを包み込むように持っているのです。これも真似してみましたが、これはかなり書きづらいです。運動性悪いです。でも、いるんだよね。

 ほんと、ペンの持ち方って、色々あって、個性豊かです。正しい持ち方をしている人が一定数いて、その他が個性組って感じなのです。まあ、私も厳密には個性組に入るだろうから、偉そうな事は言えないのだけれど…ねえ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2021年03月20日

ランコが星になりました

 黒らんちゅうのランコが星になってしまいました(涙)。

 前日まで、極めて元気で、ずっとずっと水槽の中を勢いよく泳ぎまくっていた健康優良児でしたが、朝の食事の時間に現れなかったので、水槽の中を探したら、隅の方で、すでに虫の息でした。

 夜のうちに何があったのか、分かりません。特に外傷もないようでした。夜中に何かがあって、心臓がいかれてしまったのかもしれません。金魚にはよくある事です。虫の息とは言え、朝方はまだ命があり、回復に期待をしていたのですが…半日は持ちこたえたと思いますが、夜のふける頃に星になってしまいました。

 虚弱と言われていた黒ランチュウのランコでしたが、脳筋少女で健康優良児でしたし、怪我からの回復力も驚くほどでしたので、たった1日で状況が変わり、星になってしまうとは思ってもいませんでした。

 まさに急死でした。

 思えば、死の前日、元気は元気でしたが、左目が白濁していました。ランコは黒らんちゅうで、目玉も真っ黒だったので、どこに目があるのか分からない子でしたが、あの時は、左目が白濁して目の存在が分かりました。「おや、お前にも目があったんだねえ」なんて、のんきな事を言ってしまいましたが、死の兆候はその前日からあったのかもしれません。

 元気そうに見えたけれど、やはり虚弱な種類だったのでしょう。可愛さ満点だったので、実に残念です。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年03月19日

なぜかプラ子が治りました

 標題の通り、以前壊れてしまったと書いたプラスチック製のフルートであるプラ子が治ってしまいました。使用するのに何の支障もございません。

 では、一体何をしたのか? どんな修理をしたのか? という話ですが、実は全く何もしていません。ただ、フルートスタンドに立て掛けて置いただけです。それで治ってしまいました。いわば、プラ子自身の自然治癒力によって故障箇所が回復してしまったわけです。

 「そんな馬鹿な?」 そう、不思議でしょ? 可怪しいでしょ? 私自身も「???」な気分です。壊れてしまったと記事を書いた前後では、本当にプラ子は壊れていたのですよ。だから、私はプラ子の後継楽器を購入する覚悟を決めていたくらいですからね。

 次の練習フルートは何にしようか? やっぱりあまりお金を掛けられないから、安い中国製の楽器にしようか? だけど、扱いが面倒だったり、作りがいい加減だったりしたらイヤだなあ。じゃあ、やっぱり同じメーカーの新型のプラスチックフルートにしておいた方が無難かな? だけど、今回みたいに原因不明の理由で壊れちゃうのも、どうかなって思うし…とか考えて、しばらく放置していたのです。

 で、いい加減、放置して、何も考えずに普段どおりにプラ子を手にして、フルートの練習をしていた時に、プラ子が全快している事に気づいたわけです。

 塞がらなくなってしまったGisホールがしっかり塞がっているのです。Gisレバーもちゃんと動作して、開けるのも塞ぐのもちゃんとできます。別段息漏れもしません。すべての音がきちんと鳴ります。

 あれ? 一体何が起こったのだろうか?

 まあ、結果オーライなので、良しとする事にしました。それにしても、プラ子はメンテフリーが特徴な楽器なわけですが、故障箇所も自然治癒力で回復してしまうとは、メンテフリーにも程があるって話です。

 気に入っていた楽器だけに、今後も吹き続けられると思うと、ちょっぴり安心しました。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2021年03月18日

とどのつまりは「コロナ退散!」

 声楽のレッスンの続きの続きです。

 次は「エリア」の39番「Dann werden die Gerechten leuchten/その時正しい者は」を歌いました。この曲はリズムが跳ねます。付点八分音符と十六分音符の組み合わせがよく出てきますが、その時の短い方の十六分音符を大切に歌いましょうと言われました。十六分音符を短くしすぎて、その音の存在感が無くなるのはダメだし、十六分音符を長めにして、付点八分音符との差が感じられないのもダメです。ちょうど良い感じで跳ねているように歌わないといけません。私の場合、しっかり歌おうとすればするほど、十六分音符が長くなってしまうので、きちんと跳ねるように歌わないといけません。

 “Gerechten”“Leuchten”“Sonne”などを歌う時、語尾の“-ten”や“-ne”等をあまりはっきりとは歌わないようにしないといけません。つまりはアクセントの問題であって、軽く添えるように歌い、決して声で押してはいけません。単語の中の強弱は、歌の中であっても、しっかりと守る事が必要です。

 この曲にも高音A♭が出てきます(むしろ登場回数は4番よりも多いのです)が、こちらの曲ではA♭は4番ほど苦労がありません。その前で噛まずに、その前で力む事がなければ、まず歌えますので、決して気負わない事が大切です。

 この曲を歌うたびにY先生から「すとんさんはこの曲が好きでしょ?」と言われます。うむ、大好きです。と言うのも、この曲は歌っているだけで、幸せな気分になれるからです。たぶん、テノールなら皆が納得してくれるし、皆が大好きになれる曲だと思うのです。…まあ、それほど有名な曲ではないのですが(ゴホゴホ)。

 自然なメロディラインで、歌っていて無理なところはなく、メロディーの平均値はやや高めかもしれませんが、自然に歌える高さだし、ドイツ系の曲なのに、声をひけらかす箇所がしっかりあるし…。なかなかに好みの曲です。

 それほど大好きな曲だし、一応発表会に向けて準備している曲なのだけれど、もしも発表会で二重唱が歌えるようになったら…この曲と二重唱を差し替えにするのだろうと思うと、ちょっぴり残念です。二重唱を歌うのは好きだし、勉強になるので、積極的に取り組みたいのですが、この曲を発表会で歌えなくなるのは、ちょっぴり残念です。

 「だったら、この曲を発表会で歌えばいいじゃない?」 そうすると、今度は3番&4番と差し替えになります。3番&4番も決して嫌いな曲ではないし、知名度で言えば、3番&4番の方が39番よりも上だし、レパートリーに入れるなら3番&4番かなって思ってます。

 まあ、レッスンで学んでも、発表会に持っていかない曲なんて、たくさんあるのだから、そんなに気にする必要はないのだけれど、昨今は人前で歌える機会もコロナのおかげで減っているので、余計に寂しく感じるのかもしれません。

 結局、昨年は地元のクラシックコンサートは無くなってしまったし、一時期は素人向けの声楽コンクールに出場してやろうかという野望も、コンクール自体が無くなっているので潰えてしまいましたし、ほんと、歌は聞くのも歌うのも、機会が無くなってしまいました。それだからこそ、自分たちの発表会は大切にしたいと思うし、ちょっぴり気持ちが入り込んでしまうのかもしれませんね。

 とどのつまりは「コロナ退散!」

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2021年03月17日

ドイツ語は難しい…

 声楽のレッスンの続きです。まずはメンデルスゾーンの「エリア」の3番と4番です。 3番の「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」では、もっと流れるように歌いましょうと言われました。別に歌詞を噛んでいるわけでもなく、音程が間違っているわけではなく、ドイツ語も(今までよりは多少ながらも)しっかり歌っているのだけれど、この曲はレチタティーヴォなのだから、流れるようなレガートで歌うべきなのですが…どうもまだドイツ語を読むのに忙しくて、そういう音楽的な流れを作り出すには至っていません。もっと歌い込まなければいけませんね(溜息)。

 歌に出てくる“g”の発音は、いわゆる濁音なのだけれど、これをどうしても私は鼻濁音で読んでしまいがちです。と言うのも、“g”の発音って、日本語では文頭の“g”は濁音だけれど、文中の“g”は鼻濁音にするわけですが、ドイツ語では“g”は常に濁音なのです(だからドイツ語はゴツゴツした印象なんだろうなあ…)。そんな日本語の癖がドイツ語で歌う時にも出てしまうようで、私は“g”を(無意識に)鼻濁音で発音しているようです。ダメじゃん、ダメダメじゃん。でも、意識して文中の“g”を濁音で発声するのは……できないわけじゃないけれど、なんかとっても抵抗があるし、心理的なハードルを感じます。ううむ、私って、根っからの日本語話者なんだろうなあ(当然か!)。

 まあ、“g”を鼻濁音で発音してしまうのは、日本語訛りのドイツ語…って事になるのだろうけれど(例えしゃべれなくても)訛りの無い発音でドイツリートは歌うべきなんだろうなあって思うと、ちょっとは頑張らねばと思う私なのです。

 4番の「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」はアリアです。A♭等の高音の直前にある低音をどう歌うべきか? 一つには直前の低音は捨ててしまって、次の高音に集中して発声するというやり方があります(よくキング先生がおっしゃっていました)。それはそれでアリなのだろうけれど、Y先生は直前の低音は、むしろしっかりと歌うべきだと教えてくれます。で、その直前の低音を踏み台して、そこからピョンと跳ねる感じで次の高音を歌いましょうって教えてくれます。

 この曲の、B♭〜A♭への7度の跳躍を歌う時を例に出せば、最初のB♭を捨てて、ほぼほぼ音程の無い声で歌って、A♭へ全力投球するのが前者のやり方で、最初のB♭をしっかり歌って、そこへ下がる力の反動を利用して、B♭を歌っている時に、声の響きをA♭まで持ち上げてからA♭を歌うのが後者のやり方です。低音を歌っているうちに、高音へ至るエネルギーを溜めて、そのエネルギーを一気に開放して高音へ向かうわけで…高く跳ねるためには、一度思いっきり沈む必要がある…って考えるわけです。

 最初から高みを目指して歌うのも、手前で一度沈み込んでから歌うにしても、どっちも難しいと言えば難しいのだけれど、今まで前者のやり方をして、さんざん撃沈してきたので、今は後者のやり方で高音にトライしています。少なくとも、A♭ぐらいまでなら、後者のやり方の方が安定しているような気がします。もっと高い音になれば、どうなるかは自分でも分かりませんが…。

 ドイツ語は子音が多い言語なのだけれど、その子音の数に負けない事も大切です。例えば“spricht”は[“s+p+r”+“i”+“ch+t”]なのですよ。たった一つの母音に、前3つ、後ろ2つの子音がくっついているわけで、たった1音節なのに5つも子音を発音しないといけないわけで…そんなの、日本語にもイタリア語にもありゃーしねーぜ、って話ですよ。はあ、ドイツ語では子音を丸めて発音するのは厳禁なので、これらの子音一つ一つを明確にはっきりとしゃべって歌わないといけないわけです。

 ドイツ語って、ちょっぴり意地悪な言語なのではないかと、最近は思うようになりました(涙)。

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2021年03月16日

今年は布マスクなので、多少は調子が良いみたいです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは、ハミング練習からです。感覚的に鼻腔の奥を広げて、そこに息を一度通してから声を前に回して出します。いわゆる「息を一度後ろに回してから前に出す」ってヤツです。これをやると、声に深みが出ます。

 発声練習です。E♭までは絶対に声を曲げない事。Eになれば少しは声を曲げても良いけれど、それでもなるべくなら曲げないで歌いましょう。できればFまでは声を曲げずに歌えると…Aまで歌えるようになるので頑張る事。私は無意識だと、E♭あたりから声を曲げてしまうらしいです。意識していれば、少なくともFまでは声を曲げずに歌えますが、絶対音感が無くて、今自分がどの高さの音程で歌っているのかが分からないために、Fまで声を曲げない…ってのができません。で、何も考えずに発声していると、E♭あたりから声を曲げてしまうようです。ダメですね。そんなに早く声を曲げてしまうと、高音発声が大変になるので、なるべく声を曲げないように歌う事が大切らしいです。

 いつも目の前にチューナーがあって、今自分がどの音程の音を出しているのかが分かると便利なのにね。さらに言えば、その音がどれくらいピッチが正しいのかも分かると、ほんと便利なんだけれどなあ…。絶対音感を持っている人は、これが分かるんだろうから、実にうらやましいです。

 実際の発声練習では、フレーズの出だしの音は(たいてい低めの音ですが)この時点ですでに声の響きだけは高めに置くようにして歌わないといけません。さらに上昇音形の時は、声を上向きに飛ばしていくつもりで歌っていきます。それくらい腹圧で息を支えていく事って大切なんですね。

 春と言えば花粉症です。私も結構重篤な花粉症患者です。ひとまず薬で症状を抑えていますが、それでもノドは腫れているし、涙は流れっぱなしです。幸いな事に、鼻水の症状は無いわけではないけれど、さほど悩まされていません。今年は、ノドと目に来てます。ほんと大変です。

 まあ、花粉が目にやってきて、涙が流れっぱなしでも、楽譜が見えないだけで、歌うには支障ありません。しかし、花粉症でノドが腫れている時は、かなり厳しいです。私の場合、ほんとノドが腫れ上がってしまい、ひどい時は、気道に何かが詰まってしまったのではないかと錯覚するほどに腫れます。一度その症状が出ると、息は苦しいし、咳は止まらないし、ノドは咳で痛くて仕方ありません。

 肝心なのは花粉を吸い込まないようにする事です。まあ、原則的にマスク着用ですが、マスクだけで完全に花粉をシャットアウトできるわけもありませんので、この時期はいつもノドが多少なりとも腫れています。ですから、無理に声は出さないように気をつけています。歌う時に、声を鳴らしたり、声を押したりするのは厳禁です。声が出づらい時ほど、しっかりと腹圧で息を支えて、ノドに負担を掛けないように発声するのが大切です。

 歌い始めは、声が小さかったり、響きが弱かったり、高い音低い音が出づらくても、無理はしない事です。小さな声でも少しずつ息を通して歌っているうちに、やがてノドが温まってきます。そうすれば、多少ノドが腫れていても、声が出るようになるものです。そこを焦ってしまうと声を壊してしまう原因になりかねないので、注意深くしないといけません。

 ちなみに私、マスクは、昨年までは使い捨て不織布マスクを使い、今年は布マスク(洗濯可)を使っています。今年は昨年よりも花粉が多く飛んでいるそうですが、昨年よりはノドの状況が良いです。私の場合、不織布マスクよりも布マスクの方が顔にピッタリとフィットする感覚がありますので、花粉もよりシャットアウトしてくれていそうです。ビバ! 布マスク!

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2021年03月15日

知らなかったけれど、おかしいよね

 刑法92条には、以下のような事が書かれています。

>外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

 これをひとことで言うと“外国国章損壊罪”というそうです。つまり、外国の国旗を壊したり、外したり、汚したりしちゃダメという法律です。具体的に言うなら、例えば中国や韓国の国旗を燃やしちゃいけないのです。まあ、当たり前だね。

 ただ、ここで問題になっているのは外国の国旗であって、この法律は、日本の国旗、日の丸には適用されないって事です。つまり、日本の国旗である日の丸を、壊したり、外したり、汚したりしても、罰せられる事はないって事で、日の丸を燃やしても、罪に問われることはないのです。

 なんか、おかしいよね。外国の国旗を尊重して、燃やしちゃいけないのは分かるけれど、日本の国旗を燃やしてもいいってのは、変だよ。それを法律で決めている日本の国会や法曹界も変だよ。

 先進国途上国問わず、多くの国で、自国を侮辱するのは罪になります。国旗を燃やせば、実刑をくらう事も多いです。ですから、外国でその国の国旗を燃やしながら、その国の元首をバカだアホだと叫べば、罪になります。例えば、中国の赤の広場で、習近平氏の悪口を叫びながら中国の国旗を燃やせば、すぐに逮捕されて痛い目にあうでしょう。でも日本では、皇居前広場で天皇陛下の悪口を叫びながら、日の丸を燃やしても、それ自体は罪になりません。

 世界標準で考えても、やっぱりおかしいよね。

 どこの国にもある「自国を侮辱したら罪」という法律が日本には無いけれど、もしもそんな法律があったら、かなり多くの日本人が罪に問われるかもね。何しろ、日本では左翼教育や反日教育が広く普及し、我々の間にも深く浸透しているから、結構、日本大嫌いな日本人がいるでしょ? 特に悪気も無しに無意識で「何となく、日本、嫌い」って人、結構いるからね。だから、この手の不思議な状況が放置されているのかもしれません。

 やっぱり、おかしいよね。

 それにそんな法律を作ろうとしたら、たぶん、マスコミと国会議員が真っ先に反対するでしょう。それも変な話だけれどサ。

 自国を愛せない人は、自分の家庭を愛せない人と同じだと私は思います。つまり“ちょっとこじらせちゃった人”だね。こじらせちゃった理由は人様々だと思うけれど、そんなこじらせオトナが多すぎる日本って、かなり変な国だと思います。原因解明&状況正常化をするべきだろうと思うんだけれど…なあ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2021年03月14日

歌舞伎と宝塚に共通する不自然さ

 それは異性の役を演じるという不自然さです。歌舞伎では女形と言って、男性俳優が女性の役を演じます。一方、宝塚歌劇団では男役と言って、女優が男性の役を演じます。当然、両方とも、いわゆるラブシーンは同性の役者同士で演じられます。

 これがねえ、下手な役者が演じていると、とても気持ち悪いんだよね。

 歌舞伎の女形にせよ、宝塚の男役にせよ、登場シーンでは違和感があったとしても、やがてその演技力に魅せられ、演じている役者の本来の性別など気にせずに観劇できる時もあるけれど、あまり上手ではない役者が演じていたり、容姿に難がありすぎて、芝居に没入できない時は、不自然さ…あるいは不気味さばかりが目について、観劇どころの騒ぎではなくなります。

 どうも私は、女形とか男役とかを、文化としては受け入れられないようです。

 宝塚の場合、主役をやるような男役さんは割と平気なのだけれど、脇役の男役さんの中には、どうみても若い女の子にしか見えない人が舞台にいたりします。そんな若い女の子が男装して髭はやしても、男性には全然見えないんだよね。そういう人って、動作がキャピキャピしていて、いかにも女の子の動作だったりするんだよね。男の動作をするための筋力が不足しているんじゃないかしら?

 歌舞伎の場合も、ヒロイン役を演じるような女形さんは割と平気なのだけれど、モブとして出てくる女形さんたちは、もう単純に容姿で受け入れられません。いくら派手な衣装を着て、白塗りをしても、顔がオジサンだから、もうその段階で私的にダメです。まあ、女形の全員が美人にならなきゃダメとは言いません。でも、せめてオバサンに擬態しようよ。顔の骨格がオッサンなんだから、もっとメイクを頑張ろうよ。

 もっとも歌舞伎の場合は、DVD等の映像ではなく、生の舞台で見ると、女形の不自然さはあまり感じられません。そもそも遠目で見る前提で演じられているわけだから、昨今のハイビジョンやら4Kやら8Kやらが残酷なのかもしれません。宝塚も生の舞台で見れば…って、宝塚を生で見る勇気は私にはないなあ(残念)。

 実は、歌舞伎にせよ宝塚にせよ、女形や男役で、最も不自然に感じるのは、私の場合、声なんです。いくら頑張ったって、女形の声は女声ではないし、男役の声は男声ではありません。もうこれは仕方がない。この点に関しては、いくら頑張っても、ホルモンの違いがあるから、どうにもならない。なので、私は声に関しては、目をつぶる事にしています。

 声って、とても性差が現れるんだと思います。

 で、声に関して目をつぶっているうちに、やがて慣れてきます(笑)。ああ、この世界での女性/男性は、こんな声をしているんだと自然と感じられるようになります。で、声には慣れるのだけれど、動作や容姿には慣れない…ってわけです。

 この手の不自然を含めて、歌舞伎や宝塚を受け入れられるようになると、ご贔屓さんって呼ばれるようになるんだろうけれど…私はまだまだ無理だなあ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌舞伎

2021年03月13日

水槽の水がきれいになりました

 あれだけ水槽の中が、白濁している白濁していると書いていましたが、その白濁が嘘のように無くなり、水槽の水がとてもきれいに透き通るようになりました。

 何をしたのか? もちろん、水替えはしたし、ポンプやフィルタを始め、あちこち掃除もしたし、水草も投入しましたが…決定打は、バクテリアの大量投入です。

 白濁した水槽を見ながら、ある日、ふと思いついたのです。「バクテリアが不足していないか?」

 そこで、水替えをした時に、いつも投入しているPSB(バクテリアが入っている液です)を、普段の約3倍ほどの量、水槽にぶち込んで数日様子を見てみました。これまでは、水替えをした直後から、みるみる白濁していった水槽でしたが、3倍量のPSBを投入したせいか、白濁する速度が目に見えて遅くなりました。

 これは効果があるかもしれない。そう思って、さらに3倍量のPSBを導入して数日様子をみました。白濁の悪化が止まったようです。白濁が取れる事は無かったけれど、より白濁する事はしなくなりました。うむうむ、効果があるようです。

 さらに3倍量のPSBを入れて数日したところ、水槽の水がキレイに澄み渡り、無色透明な水になりました。

 やったね! 本来の規定量の約9倍ものPSBを導入して、以前通りのキレイな水槽の水に戻りました。どうやら、よっぽどバクテリアが不足していたようです。

 今回、大活躍したPSBというのは、これです。
 それにしても、なぜバクテリアが不足したのでしょうか? きっかけは、カマツカが星になったり、ランコが大怪我をしたりして、大量のタンパク質(金魚の体液です)がたくさん水槽内に流れた事ですが、金魚の体液って、バクテリアの天敵…だったのでしょうか? そんなはずは…無いと思います。じゃあ、何が原因だったのか…分からないなあ。

 ただ、最初の濁り以降、結構頻繁に水替えをしたので、それでバクテリアが少なくなってしまったのは確かですが、そもそも、水が濁りだした時にはバクテリアはそれなりにいたはずなのですが…。

 考えられる白濁の原因としては、最初の白濁は金魚の体液による水の汚れが原因であって、それを解決しようと、水替えを頻繁にしているうちに、最初の水の汚れは解決したのだけれど、水槽内のバクテリアが不足して、今度はバクテリアの不足が原因で水が白濁するようになった…というように、白濁の原因が途中で交代した…とも考えられます。

 まあ、原因ははっきりしないけれど、水槽の水が濁ったら、PSBを大量に投入すると、改善する可能性があるって事が分かりました。まあ今回は、それで良しとしましょう。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年03月12日

ベートーヴェン的なものには親しみを感じません

 フルートのレッスンに行ってきました。

 先生から「久しぶり」と言われてしまいました。実際、久しぶりだけどね。ちなみに、この後もしばらくレッスンに通えない日々が続く予定なのが、ちょっと心苦しかったです。フルートのレッスンのある曜日って、めっちゃ仕事が忙しい曜日なんだよねえ…(私の都合でレッスン日は変更できないのです)。

 ロングトーン練習は、吹き過ぎを警戒しつつ行いました。吹きすぎると、音色と音程の両方に悪影響が出るし、管体も全然振動してくれなくなるので、この適量の息を吹き込む事を(今更ですが)私の体に染み込ませなければいけません。

 息をたくさん吹き込んだからと言って、フルートって楽器は、大きな音が出るわけじゃないんだよね。

 ちなみに、息の適量については、管体がとてもよく振動する息の量が適量であると、私は判断しています。これがまた、実に少ない息なんだよね。少ない息で良い感じの速さで吹き込むと、管体がブルブル震えるんですよ。

 さて、エルステユーブンゲンは例によって、25番と26番ですが、暗譜は全く出来ていないどころが、所々ブローミスをしてしまいました。なんかね、ダメだね。

 旋律的練習曲は8番です。今回が2度目のレッスンですが、ひとまず合格しました。曲との相性が良かったのかな? この曲は9/8拍子なのですが、別にワルツの中にワルツを入れれば良いだけのリズムなので、私的には別に難しくなかった事が早期合格のポイントだったのだと思います。ワルツのリズムって、年を取ってから音楽を始める人には、苦手とする人が多いし、ワルツの中にワルツをいれる9/8って、生理的に無理って人も大勢いらっしゃると聞きます。そういう点では、ワルツを苦手としない私は、変わったオッサンなのかもしれません。

 8番が合格したので、次は9番ですが、こういう真っ黒系の楽譜の方が、私は苦手です(困ったな)。

 40リトルピーセズは39-1番です。単純なメロディなのですが、どうにもあっちこっちでミスブローを連発してしまい、うまく吹けません。ベートーヴェンって、よく分からないんだよね。

 そんなわけで、レッスン後の雑談では、作曲家ごとにメロディに癖があるって話になりました。だからベートーヴェンなんて簡単でしょ?ってのがH先生の言い分です。

 H先生もそうだけれど、ピアノをきちんと習った人は、バイエル〜ソナチネ&ソナタと、ベートーヴェン的な音楽をしっかりと学んでくるそうです。だから、ベートーヴェン的なメロディは得意なはずなのです。先生曰く「ピアノが上達してきて、モーツァルトを弾くようになった時は、かなり戸惑ったよね」って事です。

 私はピアノをきちんと勉強していないからなあ。バイエルもたぶん前半の両手弾きを始めたあたりで終了しています。大学生の時に、ほんの三ヶ月間やっただけだから、そんなに進めなかったのよ。で、その後は、別段、ピアノの個人教授を受けたわけじゃないから、そういう意味では全然ピアノは弾けないし、ベートーヴェン的な音楽にも触れずに済ませちゃったわけです。

 鑑賞の方だって、ベートーヴェンの交響曲は教養的に知っているけれど、楽しむ程には聞いていないし、自分の心の糧にもなっていないから、私の中にはベートーヴェン的なものって、ほんとに希薄なんだよね。だから、今更、ベートーヴェンのメロディに、つまらないミスを繰り返すわけだ。

 たぶん、私の中で音楽の基礎になっているのは、ビートルズだろうなあ…。おそらく、マッカートニーの音楽が私の中には一番しっかりと染み込んでいると思います。

 クラシック的な音楽と言えば、やっぱりイタリア系の音楽だよね。ヴェルディ、プッチーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、トスティあたりのメロディーがしっかり染み込んでいるんだろうなあって思います。モーツァルトとか(今声楽で学んでいる)メンデルスゾーンとかは、やっぱりちょっと様子が違っていて、違和感を感じながら、その違和感を楽しみながら学んでいるくらいですからね。ベートーヴェンに至っては、違和感を感じながら、楽しいというよりも戸惑いを感じています。

 39-1番を合格するには、まだもう少し時間が必要かもしれません。

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2021年03月11日

麻酔は怖い?

 3日ほど前の話ですが、歯医者に行って虫歯の治療をしてもらいました。歯をガリガリ削るので、麻酔を歯茎に打たれました。まあ、治療そのものには文句はありません。ただ、上の前歯を治療したのだけれど、麻酔がなかなか覚めなくてねえ…。

 歯医者治療の麻酔なんて、治療後、せいぜい2〜3時間で覚めるものでしょ? それが今回は、麻酔が覚めるまで、ほぼ丸一日掛かりました。治療は夕方に行ったのですが、翌朝になっても、まだ麻酔から覚めず、それどころか倦怠感とか頭痛とか発熱とかがありました。なので、その日は仕事にならず、家でずっと寝ていました。で、夜になって、ようかく歯茎の感覚が戻ってきて、その翌朝に倦怠感とかも取れたので、仕事に行ったのですが、仕事中も注射をした歯茎に違和感(ってか、痛み)があるし、何となく熱っぽいし…。

 このブログを書いている現在でも、まだ違和感が残っています。

 なんかねえ…。今まで、何度も歯医者で麻酔は打たれてますが、こんな感じになったのは今回が初めてです。

 だからどうって事ではないのだけれど、記録のために書いてみました。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | ダイエット&エッセイ

2021年03月10日

音楽用マスクって?

 ネットを見ていると、各種音楽用マスクが販売されているようです。歌用のマスクであったり、楽器用のマスクであったり…と、主に歌手と管楽器奏者に向けて販売されているようです。

 まあ、ピアノとか弦楽器とか打楽器とかって、普通のマスクで十分だものね。

 音楽用マスクにも色々ありますが、私が見る限り、タイプとして3種類あるようです。1つは、マスクの内側に楽器(少なくとも頭部管や歌口)を入れて演奏できるタイプ。もう1つが、薄い布地を通して楽器に息を吹き込むタイプと、そのハイブリッドタイプの3つです。

 マスクの内側に楽器を入れてしまうタイプは、マスク自体が大きくなり不恰好にもなりがちですが、息が出る部分をマスクの中に入れてしまえという発想は理解できます。もっとも、息は歌口以外の管体のホールなどからも出るので、完璧からはだいぶ遠いと思いますが、それでも「マスクをしてます」アピールにはなると思います。ただ、どうしても楽器をマスクの内側に入れるため、マスクを人間に密着させる事は難しいので、飛沫そのものはマスクの横から出入り自由だと思いますが、どうなんでしょうね?

 歌の世界で使われる、俗に言う“コーラスマスク”というは、アゴの下の部分に布が垂れ下がるようにして、アゴの動きを邪魔しないように出来ていて、これもある意味“楽器を入れてしまうタイプ”のマスクになるようですが、これって、ブレスをした時に、マスクを飲み込んだりしませんか? あと、アゴ下はフリーになっているので、飛沫はアゴ下からダダ漏れですよね。

 薄い布地を通して楽器に息を吹き込むタイプは「楽器に息を入れても、飛沫は入れません」って発想なんだと思います。発想は素晴らしいし、マスクを密着させて着用する事もできるけれど…息苦しくありませんか? あと、息を吹き込む部分がビチョビチョになりませんか? マスクって、濡らしちゃいけないんじゃなかったっけ?

 まあ、難癖つけているだけに思えるかもしれませんが、私は、マスクと歌、マスクと管楽器の両立って無理難題なんだと思ってます。歌にせよ管楽器にせよ、マスク無しで演奏するのが本来の姿であって、それらとマスクの両立は、いかにも無理難題だと思ってます。

 このままマスク文化は定着するのかしら? だとしたら、今の人はともかく、これからの人は、歌ったり、管楽器を演奏する時に、常にマスクの事を頭に入れて「マスクをすると息苦しいなあ」とか「マスクを外して演奏するなんて怖いなあ」とか思うようになるなら、やがて音楽を演奏する人が減ってしまうかもしれません。

 実際、この1年で、あっちこっちの学校の吹奏楽部の生徒さんの数が減っているという話を聞きます。まあ、このコロナ禍でまともな練習が出来ないのですから、仕方ないと言えば仕方ないですが、この状況が3年続けば、あっちこっちの学校で吹奏楽部が廃部になってしまうかもしれません。

 コロナ禍とは関係ありませんが、学校から合唱部が無くなって久しいです。やはり学校の部活が無くなると、若い人たちの合唱界への参入が減りますから、今のように町の合唱団が老人クラブみたになってしまいましたが、吹奏楽も老人クラブ化するようになってしまうかもしれません。

 まあ、学校の部活に限らず、こんな事が続いていくと、音楽を演奏する人の数が減り、音楽業界の裾野が狭くなってくるから、頂きの高さも低くなってしまいます。つまり、音楽を楽しむ人が減るし、演奏も下手になって、やがて音楽という文化が衰えてしまうようになるかもしれません。

 恐るべし、コロナ禍。

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2021年03月09日

集中力の大切さ

 何事にも集中力は大切だと思います。特に学習においては顕著です。

 例えば、1時間ダラダラと勉強するよりも、10分間だけでも集中して勉強した方が身に付くし、実は勉強量が増えたりします。

 でも人間って、無意識でいるとダラダラする生き物です。で、大抵の人は、大抵、ダラダラしがちです。集中して事に当たれるのは、私は立派な才能だと思っています。

 例えば、映画のDVDを借りてきて家で見る時って、どこかリラックスしてしまい、途中でトイレ休憩を入れたり、おつまみを用意するために中座したり、ドリンクのおかわりなんて、しません? ウチの妻なんかは、映画見ながら読書したりゲームしていたりします。でも、映画館で映画を見る時は、映画だけに集中して見ています(たまに睡魔にやられて寝ちゃいますが…)。

 私個人の感想ですが、映画館で見た映画は、結構しっかり心に刻まれますね。一方、家で見た映画は、たとえ名画であっても、それほどでもありません。その違いは、映画館での一期一会の鑑賞と、DVD鑑賞(何度でも見直せる)の違いと、やはり集中力の違いだと思います。映画館って、映画に集中するしか無い環境だもの。

 いわゆる勉強だって、たった10分でも頭から湯気が出るほど集中して行うと、学習効果は抜群ですが、その10分間が、気を散らしながらだと、大した効果は生まれません。

 よく音楽を聞きながら勉強する人がいますが、それって「私は勉強に集中していません」って事を態度で表明しているわけで、実際、集中して勉強する人の耳には、音楽はおろか、あらゆる外界の音は耳に入ってこないので、音楽なんて不要だし、音楽を聞きながら勉強なんて、ありえない事ですから。

 友達と一緒に勉強する…これってどうなんでしょうね? そのお友達とおしゃべりはしないのでしょうか? 他人の存在が気にならないのでしょうか? 私には集中を妨げる行為にしか思えません。

 「分からない事を教え合うんだよ」 分からない事は友達ではなく、先生に尋ねるべきです。だいたい、その友達がちゃんと正しい事を教えてくれる保証はないでしょ? だいたい、友達というのは、あなたと同じ程度の人なんだから、同じようなところが同じように理解不足なんだよね。でしょ?

 音楽の練習もそうです。毎日決まった時刻に決まった時間ずつ練習できるなら、それに越したことはありません。でも、社会人はなかなかそんなわけにはいきません。勢い、生活のスキマ時間に練習せざるをえないし、そのスキマ時間が、10分単位だったりするわけです。でも、そのスキマ時間に集中して音楽の練習ができたら、それはとても良い練習習慣の持ち主だと言えるでしょう。

 もっとも、私などは、その10分のスキマ時間があったら、練習する以前に、ぼーっとしてしまって、その10分を無為に過ごしていまう事が多いです。うむ、残念です。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 音楽一般

2021年03月08日

なぜ私はレッスン記事の連載ができるのか?

 私は、声楽にせよ、フルートにせよ、過去にはヴァイオリンでさえ、レッスン記事の連載をしています。なぜ、レッスン記事の連載ができるのかと言えば、きちんと先生方に許可を頂いているからです。

 町の音楽教師の中には、自分のレッスンをネットに書かれるのを嫌がられる人もいます。もしも私がそういうタイプの先生に習っていたら、すぐさまここのブログは閉鎖です。だって、あれこれ色々な記事をブログに書いていますが、ここのブログの主な目的は「レッスンの忘備録」なんです。もちろん、自分用ですが、レッスン記事がアップできなくなったら、ここのブログのレゾンデートルが犯されるわけですから、ブログは閉鎖せざるをえなくなるか、全く別物のブログに転向しなければいけません。まあ、別物のブログを書く余裕は私には無いので、そうなればブログ閉鎖でしょうね。

 自分のレッスンをネットに書かれるのを嫌がる先生方の言い分としては「手の内をネットにさらされるのは、うれしくない」のひと言に尽きるようです。つまり、ネットにレッスンの様子を書かれることは、商売の邪魔ってわけです。

 以前、声楽のY先生にそんな事を話した事がありますが、Y先生はそんな事をちっとも気にしていませんでした。と言うのも、ブログ記事はもちろん丁寧に書いていますが、だからと言って、それを読んで、レッスンで教えている事が伝わるかと言うと、それはかなり微妙なのをY先生は知っているからです。

 例えばブログ記事に「響きは倍音構成であり、もっと響きを高くする事で音程の幅の広い声になる」と私が書いたとして、私自身はこの文章を読めば「ああ、あの事だな」と察しが尽きますが、第三者がこの文章を読んで、果たして内容がつかめるでしょうか?って話です。この文章を読んで「ははん、あの事だな」と察する事が出来て、自分でそれを再現できる人は、すでにこのレッスン内容が自分の身になっている人であって、出来上がっている人でしょう。一方、これからこのような事を習うレベルの人にとっては、この私の文章では、何が書かれているのかチンプンカンプンになるしかありません。だって、何が書かれているのか、分からないからです。

 声楽に限らず、音楽の学習って、体験の積み重ねだと思うのです。決して、知識の積み重ねではないと思います。だから、音楽を座学で学ぶのは無理です。実技として、練習を積み重ね、レッスンで正しく方向付けられる…という体験を積み重ねていかないと、学べないのだと思います。

 そういう意味では、ブログの記事を読むのは、読書体験ではあっても、音楽体験ではないので、そこから何か音楽的なノウハウを学ぶのは、まず無理なのです。すでに得ているものの確認なら、十分できると思いますが。

 ってな事を、ずっとずっと昔にY先生から聞かされて、深く感じ入ったので、未だに覚えている私なのです。

 ちなみにフルートのH先生は「ネットの記事を読んで、フルートが上達するわけないから(ネットにレッスンの様子や内容をアップしても)かまいませんよ」と簡単に言ってましたが、おそらく内容的には声楽のY先生と同じような事だろうと思います。

 なんて事を書くと、ブログ記事等を読んで、独学で音楽を学んでいる人を全面否定してしまいますが、私の経験を踏まえても、独学で音楽を学べるのは、ごくごく初歩レベルまでであって、そこから先に進むためには、自分自身にあふれるほどの才能を持っているか、あるいは良き師匠との出会いが必要だと思います。独学だけでプロになった人は歴史を見ればいないわけではありませんが、その人たちのその後の活躍を見ても、そもそもが天才であって、音楽の才能にあふれている人なのであって、そこは我々凡人とは違います。我々凡人が、あるレベルよりも上達しようと望むなら、良き師匠との出会いはぜひ必要なのだと思います。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 音楽一般

2021年03月07日

全然映画を見ていない!

 そうなんですよ。もう3月なのに、まだ年が明けてから、一本の映画も映画館で見ていないのです。こんな事、たぶん初めてです。

 私は別段、自分が映画好きとは思っていないけれど、それでも毎年それなりの数の映画を映画館で見ているので、客観的には映画好きになるんだろうと思ってます。そんな映画好きな私、年が明けて以来、まだ1本の映画も映画館で見ていないのです。

 ほんと、異常事態ですよ。

 で、なんで見ていないのかと言うと、映画館で見たくなるような作品が上映されていないからです。

 いつも見ている映画と言うと、メトやロイヤル・オペラの、いわゆるオペラの“ライブビューイング”ですが、今年はロイヤル・オペラは中止ですし、メトは過去の名作のリバイバル上映をしていますが、メトに関して言えば、今回リバイバル上映される上演は、今までに見た上演なので、もう一回お金を払って見るのは…どうかな?って考えて、見に行ってません。見たことのある上演を見に行く時間があったら、家にある未視聴のオペラDVDを見たほうが良いかな?って思ってます。

 いわゆる一般の映画も、私の興味をそそるような作品が上映されないんですよ。

 私の好きな映画と言えば、日本語吹き替えのハリウッド映画。それも派手派手なアクションシーン満載の“見る遊園地”系の映画が好みです…が、コロナ禍の今、ハリウッド系の映画が全然上演されないのです。

 邦画のしっとり系の映画とか、ホラー系の映画とかは上映していますが、それはねえ…って感じです。せめて、大作アニメ映画(具体的に言えば、エヴェンゲリオン)でもやってくれれば、喜んで見に行きますが…ねえ。

 というわけで、近所に映画館があるにも関わらず、全然映画館には行けていない現状なのです。

 つまらない(ごめん)新作を上映するくらいなら、過去の名画でも上映してくれれば、映画館に足を運ぶのになあ…なって夢想しています。いやほんと、結構見逃している名画ってあるんだよね。名画は配信を使えば、自宅のテレビでも見れるんだけれど、映画館の大スクリーン&神音響で見たいものです。ちょっと遠くの映画館まで行くと、そんな感じの名画を上映している映画館もあるのだけれど、ウチの近所の映画館は、全然名画を上映しようという気配がありません。ちょっと企画力が不足しているみたいで、だから、いつも客足が少なくてスカスカなんだと思ってます。

 本音を言うと、映画館に行きたいです。大きなスクリーンで映画を見たいのです。でも、見たい作品が上映されていないのです。ガッデム! ほんと、どうにかして欲しいのです。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | ダイエット&エッセイ

2021年03月06日

ランコの怪我が治りました

 ランコが大怪我をした事は以前書きましたが、そんなランコの怪我が治りました。

 あれほどひどい傷を負い、他の子ならそのまま死んでしまっても不思議はなかったのですが、そこからランコが復活しました。

 ランコは黒らんちゅうです。らんちゅうって品種は、基本的に虚弱です。他の金魚たちと比べると、育てるのが難しい、厄介な品種なのです。そんならんちゅうの中でも、特に黒ランチュウは弱い事で有名なのですが、そんな虚弱中の虚弱な黒ランチュウなのに、ランコは大怪我から回復し、元気になってしまいました。

 黒らんちゅうは虚弱な品種の金魚かもしれないけれど、ランコのその中では、健康でカラダの強い、体力が有り余っている脳筋系の運動系金魚だったわけです。今では、本当にキレイに治ってしまい、どこにも怪我の跡などありません。

 よく怪我をする&怪我が治って元気にしている…という点ではシズカも同様ですが、シズカの場合、怪我は治っても、傷跡は残っています。だから、シズカは、あっちこっちがボロボロになっています。そんなボロボロになっても、元気に生きているシズカは丈夫で元気な金魚だなって思いますが、ランコの回復力はシズカの比ではありませんでした。

 カラダが強い事は、良いことです。ましてや、品種的に虚弱な子が壮健である事は飼い主的にはとてもうれしいです。

 このまま大きく育ってほしいと願っています。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 金魚

2021年03月05日

プラ子が壊れました

 プラ子とは、私が所有しているNUVO社のプラスチック製のフルートの事です。

 壊れた原因は不明です。いつも書斎のフルートスタンドに掛けたままなので、たぶん上から本でも落ちてぶつかったのかもしれません。

 ある日、プラ子を吹こうと思ったら、Gisレバーが本体に食い込んでいました。もちろん、力づくで戻しました(笑)が、なんかそれ以降、調子が悪いです。具体的に言うと、Fより下の音がスカーとして出ません。よく見ると、Gisレバーと直結しているGisのホールがちゃんと塞がっていないのです。

 オープンGisのフルートだったら、何の問題も無いんだけれどね…。私のプラ子は、普通にクローズドGisのフルートなのです。

 出ない音をちゃんと出そうと、あれこれチャレンジしてみましたが、ちゃんとした音は、いくらやっても出ません。いっそ輪ゴムで縛ってGisホールを塞いでしまおうかとも考えたのですが、そうすると今度はGisホールが開かなくなるので、それはそれで困った事になります。

 結局、プラ子を諦めて、アゲハ(総銀フルート)を吹きました。

 アゲハに文句はないのだけれど、私は案外、プラ子の音が好きだったみたいです。吹けなくなると残念です。

 フルートが故障した場合、普通は修理に出しますが、プラ子は1万5千円で買った格安のフルートなので、たぶん修理代の方が高くなります。修理は現実的ではありません。

 プラ子を使い始めたのが2012年の8月なので、もう8年半も愛用しています。練習用フルートなので、たぶんほぼ毎日吹いていたと思います。1万5千円のフルートを8年以上も使っていたので、道具としては使い切ったかなって感じはしないでもないです。

 買い替えかな? でも、もうこのモデルのフルートは無いんだよね。今販売されているのは、新モデルで、あっちこっち改良されているようなのです。金型から違うのかもしれません。

 ううむ、楽器って改良されれば良くなるってもんじゃないもんねえ。それにちょびっと値上げして、新モデルは約2万円するんだよね。最近金欠なので、ちょっと悩んじゃう。

 フルートの練習だけなら、アゲハがあれば十分なので、新しいプラ管フルートなんて不要と言えば不要なんだけれど、プラ管フルートって、扱いがザツでも良いので、そこがとても嬉しいんだよね。練習用楽器としては問題ないし、音色も深くて好きだし、ああ、やっぱり無いと寂しい。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | フルートのエッセイ

2021年03月04日

練習は出来ないところをちょびっとだけやるのが良い

 私の自宅練習の方針です。自宅練習は先生がいないところで行う練習ので、あまり自分を追い込まないようにしています。と言うのも、追い込む過程で、失敗経験をして、それが身に付くことを恐れています。練習では、自分に良い癖を付けたいと思ってます。でもそれは自分ひとりの練習ではなかなか難しいので、せめて悪い癖を付けないように心がけています。

 よく、出来ない箇所ばかりを集中的に練習する人がいます。「出来なければ、出来るまでやれ」というやり方ですね。ま、根性論です。キング先生がよく言ってましたし、当時の私もなるべくその方向で頑張っていましたが、今となっては、このやり方は良くないと思っています。と言うのも、このやり方では上達しないんですよ。むしろ、練習すればするほど下手になります。真面目な生徒ほどドンドン下手になっていきます。

 というのも、出来ないから「出来るまでやれ」でしょ? つまり、出来ない状態を何度も何度も繰り返すわけです。で、その出来ない状態を何度も繰り返せば出来るようになるのか? それはスポ根漫画の世界であって、現実の世界の話ではありません。現実世界では、出来ない状態を何度も何度も繰り返すと、その出来ない状態が身についてしまいます。つまり、悪い癖が身に付くわけで、そんな事をしていても決して出来るようにはなりません。そして、才能ある人も、このような間違った練習法のためにつぶされてしまいます。

 だから、出来ない事はやらない方が良いのです。もちろん、練習量が欲しい時は、ガンガンやれば良いのです。でもテクニカル的に出来ない事は、無理にやらない方が良いです。ちょいとやってみて「こりゃダメだ」と思ったら、むしろやっちゃダメです。で、出来ない自分を受け入れるわけです。

 繰り返しますが、根性とか努力とかで、どーにかなるのはマンガの世界だけですよ。

 じゃあ、出来ない事はどうやって身につけるのか? それは、基礎練習あるのみです。どんな基礎練習をするべきなのかは、先生と相談ですね。

 直接、城攻めを考えちゃダメです。とにかく、遠回りをしても、外堀を埋めていくのです。場合によっては、籠城攻めも辞さない覚悟で臨みます。そうやって、時間を掛けて手間掛けて、テクニックってのは身につけるもののようです。

 逆にテクニック的には出来るはずなのに、うまくいかないのは、練習量の不足が大きな原因だから、それはもう、馬鹿になったつもりで、ガンガン練習していくしかないです。ただし、1日は24時間なので、曲の頭から最後までの通し練習ばかりやっていたら、効率が悪いので、うまくいかない箇所を、フレーズ単位とかで取り出して、そこばかりをガンガン練習していきます。

 つまり、練習では、出来る箇所は確認程度に弾いて、出来るはずなのにうまくいかない箇所はガンガン練習して、まだ出来ない箇所はちょっとだけ弾いて出来ない事を確認したら、あとは基礎練習をガンガンやる…って方針で、出来たら良いなあって思ってます。

 いやあ、クチでは何とでも言えるんだけれど、実際の生活の中では、練習時間をひねり出す事自体が難しいのよ(涙)。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 音楽一般

2021年03月03日

人が感じる音程って、機械で測定できる音程とは違うのです

 声楽のレッスンの続きの続きです。

 コンコーネの7番です。階名唱です。半音の音程の幅を広めにとって歌うように…つまり、半音を強調して歌うように言われました。“F-F♯-G”というメロディーで、“F-F♯”の音程幅を広めに取り“F♯-G”の音程幅も広めに取るのです。広めと広めを重ねたのだから、最初と最後の“F-G”の音程幅は、めっちゃ広くなりそうですが、実はそうではないというのが、音程の不思議な話です。“広め”+“広め”→“普通”となります。

 つまり、人が感じる音程って、機械で測定できる音程とは違うのです。機械で測定できる音程は、基音の部分の音程であって、人が感じる音程と言うのは基音+響きの音程なのです。つまり「半音の音程を広め」に取るというのは「半音先の音程の響きをうんと高くする」という事であって、基音部分の音程は、あくまでも正しく半音なのです。なので“広め”+“広め”→“普通”が成り立つわけです。

 器楽の世界じゃ、ありえない話だよね(笑)。

 歌の世界には、正しい音程の中にも様々な音程があるわけです。音程幅の狭い音もあれば、音程幅の広い音もあるわけです。それは倍音構成の違いであり、響きの高さの違いなのです。歌で使う音程は、なるべく音程幅の広い音を使うべきであって、それは同時に響きの高い音を使っていく事になるわけです。

 リズムは(コンコーネですから)正しく歌いましょう。細かいリズムが多いですが、リズムを溜めたり流したりせずに、オンタイムで歌いましょう。クラシック音楽であってもビート感は大切です。

 さて、曲の練習です。まずは、メンデルスゾーン作曲「エリア」の3番「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」です。

 とにかく、急がない事。楽譜通りに忠実に歌おうとすると、細かい音符も多くて、ついつい早めのテンポになりがちだけれど、あくまでも音価は相対的なものであって、急いで歌っては忙しないだけです。たっぷりと余裕を持って、じっくりと歌いましょう。なにしろ、オラトリオですからね。歌っているのは、オバデヤという預言者であり、神の使いですから、貫禄を持って歌わないといけません。とにかく、指揮者が指揮を振りやすく感じるように歌うのがベストです。

 この3番&4番は、歌手にとってお休みが無い曲なので、歌いながら休んでいく事が大切だし、3番は歌い方によっては、自然に休みを入れながら歌えるので、急いで歌っては自分が損するだけなのです。

 あと、レチタティーヴォですから、自然にしゃべるように歌えるのが良いのです。

 4番「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」です。白玉音符は音程を変えずに、響きだけを上げ続けて歌うのが吉です。音を止めない、固めないのです。

 歌手はヴォーカル譜を見て歌いがちだけれど、歌う時は、ピアノ譜(オーケストラ譜)を横目で見ながら歌うことも大切です。特に、ヴォーカル譜には書かれていない表現記号がピアノ譜にだけ書かれている事もあります。そんな表現記号を大切にして歌いましょう。

 最高音A♭は、その前の1オクターブ近く低いB♭から、十分に声に反動をつけて、鉄棒であふる感覚で、ピョンと登っていけたら美しいです。

 しっかり歌っていたら、時間切れで39番は歌えませんでした。ちょっと残念。

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2021年03月02日

腹圧と響きの高さが、目下の私の課題だな

 声楽のレッスンの続きです

 まずはハミング練習から。とにかく響きを高くします。響きを高くするためには、歌うポジションを高くすると同時に、しっかりと息を支えて息を吐き続ける事が必要です。高声歌手はたくさん息を吐かないといけないのです。フルートだって、低音域よりも高音域の方が息をたくさん使います。きっとアレと同じなんだと思います。

 響きが高めなのは大切な事です。同じ音程でも響きが高い声の方を人は好みます。響きが低い声は、たとえ機械的な音程が正しくても、人の耳には♭しているように聞こえるし、下手くそに聞こえます。音痴と呼ばれる人って、たいてい、声の響きが低いんだよね。

 私のように響きが足りなくて♭しているように聞こえる声は、腹筋が弱くて、しっかり息が支えられていない事が多いようです。反省。

 ちなみに、声がうわずってしまう人も、声がしっかりと支えられていない事が多いようです。ただし、弱いのは腹筋と言うよりも背筋ですね。背筋が萎縮して動かなくなると、声がすっぽ抜けて、うわずるようです。まあ、私には経験がないので、よく分かりません(笑)。

 発声練習です。とにかく全身を使って、しっかり歌う事。無駄な力は力みにつながるので不要だけれど、必要な筋肉はしっかりと動かして歌う事。私の場合は、腹筋をしっかり動かす事が大切です。

 上行音形は音程が上がるたびにしっかりと腹筋を入れていきます。下降音形は出だしの音のポジションと腹圧をキープしたまま、音程は下がっても、しっかり声を支えて歌っていきます。

 とにかく、楽をしない。肉体的な辛さに耐える。ノドだけで音程を作らない。腹筋を常に意識する。腹圧高めに歌い続ける。…ううむ、大変だ。

 さて、コンコーネ6番です。母音唱法です。響きを意識して、高め高めにキープしながら歌います。ブレスをすると、あれこれリセットして響きが低くなりがちですが、むしろブレスをした時に、隣の高めの響きの車線に入るつもりで歌っていきます。ブレスをするたびに、ポジションを高く取り直していくのです。

 腹圧と響きの高さが、目下の私の課題だな。

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2021年03月01日

ひとまず「歌の翼に」です

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発表会の曲決めです。

 まだコロナ禍の状況がどうにかなるか分からないので、とりあえず二重唱はペンディングで「歌曲、アリア、アリア」の組み合わせで、発表会に臨む事にしました。で、アリアに関しては、今学んでいる、メンデルスゾーンの「エリア」のテノールアリアを2曲歌う事にしました。

 で、問題は歌曲を何にするべきか…ですね。

 アリアが2曲ともメンデルスゾーンなので、歌曲もいっそ、メンデルスゾーンにしてしまおう。メンデルスゾーンの歌曲と言えば…「歌の翼に」ですから、それにしてしまおう…と考えて、先生に提案しました。

 「『歌の翼に』? あれは最後にノドが締まるんだよ…」と言って、難色を示されました。なので、私は原調のオリジナルの楽譜を先生に見せたところ「この譜面なら大丈夫かな? むしろ、テノールには歌いやすい楽譜ですね」との事です。なんでも、この曲はソプラノが歌う事が多く(確かにその通りです)、その際は、高く移調した楽譜を使う事も多く(音域がE♭〜F。ソプラノが歌うには全体の音程が低めなんですよ)、さらに曲の最後にバリエーションを加える事も多く(メロディーが素朴なんです)、それらのために“最後はノドが締まる”事になるようです。

 歌曲は、自分のノドに合わせて、好きに移調して歌うものだし、伝統的なバリエーションがあるなら、それを歌う事にやぶさかではないけれど、私はたとえ歌曲であっても(可能であるなら作曲家が作曲した)原調で歌いたいと考えているし、バリエーションはあくまでもバリエーションであって、自分が歌えるなら歌えばいいけれど、難しいなら無理に歌う必要もないと考えています。そこはオペラアリアとは違うかな?って思ってます。

 なので、メンデルスゾーン作曲の「Auf Flügeln des Gesanges/歌の翼に」は、メンデルスゾーンが作曲したままの姿で歌いたいと思います。知らない人はいないと思うけれど、音源を貼っておきます。
 この曲はソプラノが歌う事が多いけれど、歌詞の主人公は男性なんだよね。音域的にも男声向けだし、このように男声で歌う方が曲本来の味が出るんだろうなあって思います。で、歌っている人ですが…ブレンダン・キーフ・オさん。オさんは黄さんなんだろうと思うと、中国系のテノールさんなんだろうと思うけれど、よく知りません。知らないけれど、良い歌唱なので参考音源としてアップしておきます。

 あとはやっぱり二重唱が歌いたいかな? でもこれはコロナ次第なので、今しばらく様子見です。もし可能になれば、歌います。

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