2020年01月13日

歌曲はなぜ移調して歌ってもいいのだろうか?

 作曲家は、あれこれ考えて歌曲の作曲をしていると思うのです。調性だってデタラメに決めているわけではないでしょうし、最高音最低音だって、考えた上で、その音域で作曲していると思うのです。

 で、考え抜かれて作曲された歌曲であっても、移調してしまえば、調性が変わるわけで、調性が変われば、音楽の雰囲気が変わってしまいます。歌手の声の切り替えの場所(いわゆるチェンジ)とメロディの関わりも変わってしまうわけで、移調する事で、作曲家が表現したかったモノが失われてしまう可能性もあるかもしれません。

 例えば、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」は、中声用の歌曲であって、テノールやソプラノ歌手にとっては、ちょっと歌い足りない音域の曲です。ですから、以前の私は、この曲の高声版の楽譜を使って歌っていましたが、最近は、やっぱりオリジナルの中声版の楽譜を使って歌った方がいいんじゃないかと思うようになりました。その理由は、月を歌った歌曲なので、あの月光の穏やかさを歌い方の中でも表現しないといけないのではないかと思うからです。で、あの曲を自分の声に合わせて、高声用で歌ってしまうと、ちょっと音楽がギラギラしすぎるかなって思うんです。そうなると、音楽的には、月の光ではなく、星の輝きになってしまうような気がして、あの曲は、自分的には物足りないのだけれど、オリジナルの中声版で歌った方がいいなと思うし、その方が、作曲家のベッリーニの作曲意図に近いのではないかと、勝手に考えているからです。

 なので、歌曲であっても、その曲の音楽性を尊重すれば、移調せずに、オリジナルの調性で歌った方がいいかなと思ってます。まあ、そんな事は、私がうだうだ書かなくても、世の中の音楽家の皆さんは承知している事だろうと思ってます。

 それでも、世の中では、歌手の声に合わせた調性に移調して歌われているケースが非常に多いです。それはなぜか?

 良い歌曲だから、ぜひ歌いたい。聞きたい。単純にそれだけの話だと思います。

 作曲家の意図は尊重した上で、それでもこの歌曲を歌いたい。でも、自分の声には合わないとなった時に「じゃあ歌うのをやめよう」と思える曲なら、たぶん歌手は最初っから歌おうとは考えません。歌おうと思った時点で、移調をしてでも歌おうと考えます。

 良い音楽はみんなで共有したい。

 移調とは違いますが、同じような事は器楽曲でもあるように思います。

 例えば、歌曲はもちろん、ヴァイオリンの曲とか、ピアノの曲とかには、名曲が溢れていますが(残念な事)フルートの名曲というのは、数えるほどしかありません。歌曲やヴァイオリンの曲、ピアノの曲をアレンジして、フルートで演奏する事が多々ありますが、あれもそうなんじゃないかと思ってます。良い音楽はみんなで共有したいですものね。

 ある意味、歌曲を移調して歌う事は、演奏家のエゴであり、観客の欲であり、それらが作曲家の意図を越えてしまっているのかもしれませんが、歌手の声に合わせて、歌曲は移調されて歌われることが、常識化しているのは、そんな事なんだろうと思います。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ
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