2020年07月09日

メトのライブビューイングで「アグリッピーナ」を見てきた

 これは超おすすめです。オペラ初心者でも、手練のペラゴロでなくても、間違いなく楽しめると思います。ほんと、オススメ。

 スタッフ,配役等は以下の通りです。

指揮:ハリー・ビケット
演出:デイヴィッド・マクヴィカー

アグリッピーナ:ジョイス・ディドナート(メゾソプラノ)
ポッペア:ブレンダ・レイ(ソプラノ)
ネローネ:ケイト・リンジー(メゾソプラノ)
オットーネ:イェスティン・デイヴィーズ(カウンターテナー)
クラウディオ:マシュー・ローズ(バス)

 一番の功労者は、演出のマクヴィカーでしょう。とにかく、演出が素晴らしいです。

 そもそも、ヘンデルのオペラって、演出次第というか、演出で遊べる余地がたっぷりあるオペラなのです。基本、ファンタジーベース(アグリッピーナはローマ帝国が舞台なので、西洋人にとっては時代劇みたいなものです)だし、ヘンデルが作曲した当時から奇抜な演出で上演される事が多かったようだし、話は深刻ぶっていてもコメディだし、そんなオペラに現代の凄腕演出家が演出すれば…そりゃあ、面白くならないはずはないよね。

 マクヴィカーの演出の基本方針は「もしも、ローマ帝国が滅びずに現代まで残っていたら…」という世界観なんだそうです。まるでドリフのコントみたいな設定です。なるほど、だから見ていて、すんなり受け入れられたんだね。あと、出演者は全員、死亡しています…ってか、たぶん、幽霊なんです。オペラの最初に墓から出てきて、オペラの最後に自分たちの墓に戻るんだから。つまり「生々しい現実の話ではなく、幽霊たちの思い出話」ってわけで、それなら何でもアリだよねってなるわけです。

 ちなみに、台本は案外しっかりしています。オペラの台本って、あってもなくても別にどっちでも良いようなモノもありますが、このアグリッピーナは、ストーリーが割とちゃんとしていますので、オペラに馴染みがなくても、楽しめると思います。

 作曲はヘンデルですから、歌は…超激ムズです。どの声部にもアジリタを求めます。まあ、ソプラノはいいとして、バスにもアジリタを求めるってのは、結構きついよね。もちろん、ソプラノのアジリタだって、めっちゃ楽譜真っ黒になるヤツだけれどね。ちなみに、アジリタってのは、コロラトゥーラみたいなものです。コロコロ音を転がしながら歌っていくヤツです。

 そもそも、コロラトゥーラの技法ってのは、カストラートの歌唱技法なんだそうです。カストラートが絶滅した現代、その歌唱技法の一部はソプラノに引き継がれているわけで、それがコロラトゥーラソプラノだという説があります。

 このオペラは、本来、カストラートが3人必要です。アグリッピーナの息子であるネローネと、次期皇帝候補の将軍であるオットーネと、ちょっと頼りない解放奴隷のナルキッソスです。このうち、ネローネはメゾソプラノがズボン役として歌い、残りの二人はカウンターテナーが演じています。ま、現代にはカストラートがいないので、カストラートの役は、メゾソプラノかカウンターテナーが歌うわけですが、どちらが歌うかは、演出家や音楽監督が決めていくわけです。

 この3人のうち、ナルキッソスはカウンターテナーの繊細さを利用して、その頼りなさ具合をうまく表現していて、良い感じでした。

 ネローネは…このオペラ一番の見どころであり、このオペラはネローネを演じたケイト・リンジーを見るためのオペラである、とすら言えるほどに素晴らしい演唱でした。とにかくリンジーという歌手はすごいです。

 本来の彼女は、普通に美人なのですが、ネローネという役に入ると、全然女性に見えないのです。まんま、悪ガキ。クソ生意気な尖ったアンちゃんなんですよ。すごい演技力です。ちなみに、役に入ると、顔認証ではスマホが使えなくなるんだそうです(つまり、スマホ的には別人だと認識されてしまうのです)。それくらいに、別の人になっています。この演技力は“百聞は一見にしかず”で、本当にリンジーの演唱を見るだけでも、十分に価値ある上演なんですよ。

 それに、女性なのに、青年特有の素早くて力強い動きを難なくこなしているリンジーの筋肉量って、すさまじいんだろうなあって思います。オペラ歌手と言うと、ぶよぶよの肥満体ってイメージがあります(し、実際、そんな感じの人が大半です)が、リンジーはスマートだし(おそらく)筋肉質だろうと思われます。こういう人が新しい世代のオペラ歌手なんだと思います。こういう人を見ちゃうと、日本のオペラ界は、まだまだだなって思うのです。

 それに比べると…オットーネを演じたカストラートのデイヴィーズは…私的にはミスキャストだと思いました。将軍の役なのに演じる歌手が、あまりに小柄で、あまりに非力なんです。こんなのが、ポッペオ(ヒロインです)に惚れられたり、次期皇帝候補だとか、ありえないわな。どうせなら、サラ・コノリーあたりの力強いメゾのズボン役にやらせれば面白いのに…って思ったくらいです。あ、でも、コノリーは「アグリッピーナ」では主役のアグリッピーナが持ち役だから無理か(笑)。

 さて、ポッペアを演じたのは、ブレンダ・レイというメト・デビューの若手のソプラノさんだけれど、彼女、舞台上で生着替えをするんです。が…顔は小柄で華奢なので、服を着ているとかわいいタイプの人なんだけれど、服を脱いじゃうと…補正下着を身に着けていても、どこもここも太くてビックリ! おまけに上背も男性並みにあるので、体格は…ほぼゴリラ(笑)。まあ、メトの大舞台で歌えるんだから、それくらいの体格をしていて当然なんだけれど、だったら、そんな人を舞台上で生着替えをさしちゃダメだよな。ここは、演出失敗だと思います。でも、ここのシーン以外のポッペアは、実に素晴らしいです。ほんと、デカイけれど、美人でかわいいんですよ。

 主役のアグリッピーナを演じたディドナートは、歌も演技もすごかったのだけれど、周りがみんなすごいので、そのすごさがあまり目立ちませんでした(残念)。むしろ、ネローネ役のリンジーに食われ気味だったかもしれません。

 とにかく、約1名を除いて、みな、歌もうまければ、演技も抜群という出演者たちでした。見なきゃソンソンな「アグリッピーナ」です。

蛇足 「バロックって、思ったよりロックだね」とは、アグリッピーナを見終えた妻の感想です。実にダンサブルなオペラでしたよ。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 歌劇
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