2020年10月22日

クルーン唱法と藤山一郎

 クルーン唱法という歌い方があります。正しくは、クルーナー唱法。または、クルーニング唱法、というらしいのだけれど、日本ではクルーン唱法というのが一般的のようです。

 このクルーン唱法が流行っていたのが昭和前期で、その代表者が藤山一郎という、当時を代表する大歌手なのでした。

 どんな歌い方なのかと言えば、こんな歌い方です。


 優しい声でささやくように歌いかけるという唱法です。え? とてもそんなふうには聞こえないって? そりゃあまあ、比較の話ですから。

 昭和前期までの歌手の歌というのは、今で言うオペラ歌手のような、声を張って大声で歌うのが主流だったそうです。流行歌手であっても、マイクが無い場所で歌わなきゃいけなかった事もあり、歌手の歌声そのものが大きくないと話にならない…という事情があったそうです。

 やがてだんだんとマイクが普及してきて、その普及期が昭和初期であり、普及し始めたマイクに対応するべく、世界中の歌手たちがあれこれ工夫した結果、生まれた歌い方がクルーン唱法なんだそうです。だから、マイク前提の歌唱法といえます。

 そもそもの発祥はアメリカで、ビング・クロスビーとかフランク・シナトラの歌い方を思い浮かべれば正解です。

 日本では藤山一郎がクルーン唱法を日本に持ち込み、これを普及させたわけです。

 ではなぜ、藤山一郎はクルーン唱法で歌い始めたのか? 彼はそもそも現在の東京芸術大学の卒業生であり、当時的にはオペラ歌手であり、クラシック音楽エリートだったわけです。あの時代は、今とは違って、きちんとクラシックを学んだ人が流行歌の歌手をやる事が多かったのです。なにしろ、大声で歌えないといけないからね。

 だけど、この大声で歌うのは、ライブでは良いんだけれど、普及し始めたマイクには都合が悪かったそうです。当時のマイクはまだ性能が悪くって、大声で歌うと、声が割れて録音されてしまったのだそうです。なので、当時の歌手はマイクから離れて、大声で歌っていたそうで…つまり、常に叫び声で歌っていたわけです。

 叫び声が似合う曲ならいいのだけれど、そうでもない曲でも叫び声で歌っていたらしいのです。

 そこに登場したのがクルーン唱法です。マイクを信頼して、叫ばずにささやくように歌う。声を張り上げずに、甘い声でため息交じりに低めの声で歌う。マイクが無ければ、絶対に聞こえない。だけどマイクがあればお客の耳に届く歌い方であり、レコード録音との親和性の高い歌い方だったようです。

 そういう意味では、現在のポピュラーソングの歌い方に通じるよね。一部の歌手を除き、ポピュラー歌手の歌声って(驚くほど)小さいもんね。マイクがなければ、何を歌っているのか分からないもんね。でも、マイクを通せば、それは魅力的な歌声になるわけです。

 なぜ、マイク前提の歌い方をクルーン唱法と言ったのか、これはベルカント唱法と対になる言葉だからのようです。つまり当時、音楽大学で習う歌い方をベルカント唱法と呼び、流行歌に特化した歌い方をクルーン唱法と呼んだようなのです。

 もっとも、当時の日本の音楽大学で教えていた歌い方は、21世紀の現代の我々から見るとベルカント唱法とはだいぶ違っていたと思います。俗に言うドイツ唱法なんだろうと思いますが、そこは深く掘り下げません。

 つまり、藤山一郎の中には、ベルカント唱法とクルーン唱法の2つの歌い方があって、それを使い分けていたわけで、流行歌の歌手としての藤山一郎はクルーン唱法を名刺代わりにしていた…という話です。

 ちなみに、クラシック歌手としての藤山一郎はバリトン歌手だったそうです。ふーん、私の耳にはバリトンと言うよりも、テノールに聞こえるんだけれどなあ…。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 声楽のエッセイ
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