2020年12月21日

使えない外国語の歌を歌うことについて

 私はクラシック声楽を習っているので、使えない外国語の歌を日々歌っています。私の場合は、主にイタリア語とドイツ語と英語だ。よく歌っているくせに、言語としては、ほぼ使えない。英語なんて、学校で10年以上も学んだのに、ろくに使えない。況や、イタリア語をや。ましてやドイツ語なんて!

 ちなみに、ここで私が書く「使える」「使えない」は、その言語を母語としている人から見て違和感無く言語コミュニケーションが取れる状態を「使える」しています。つまり、その言語をその国の人と同程度に話せる事…が「使える」の合格ラインなのです。

 日本語で考えてみると良いです。日本語をろくに話せない外国人が日本語の歌を歌っているのを聞くて、なんか変でしょ? 違和感あるよね。 なんか微笑ましいよね。でも、日本語を普通に話せる人の日本語の歌は、自然すぎて違和感ないよね。要はそういう事。

 外国語の歌を歌うなら、変な違和感なんて無いほどに自然に歌えないとダメじゃないかと思ってます。少なくとも、メロディの美しさや詩の素晴らしさではなく「なんか変な発音だな」「舌っ足らずだな」「なまっているなあ」と感じさせてはいけません…って話です。

 じゃあ、使えない外国語の歌は歌っちゃいけないのか…と言えば、それとこれは別の話です。別に私は自分の楽しみのために歌っているので、ド下手な「使えない」外国語の歌であっても、好きなら歌うし、私が歌うことに文句を言われる筋合いもありません。だって、道楽だもの。それが道楽なんだから。

 私の歌を聞きたくない人は聞かなきゃいいんだし…、それ以前に、私の歌を聞けるような場なんて無いんだから、自由に歌えばいいと思うよ、の世界です。

 ただ、プロやプロの卵さんは別ね。彼らはお金をいただいて歌うのだから、最低限のマナーとして、自分が使える外国語の歌を歌うべきでしょう。変な訛った発音で歌っては、お客様に失礼だと思います。

 だから、プロの声楽家さんたちは留学するのだろうし、海外で数年を暮らすのだろうと思います。やはり言語の習得って、その地で暮らすのが一番だもの。別に留学経験の無い人をディスるつもりはないけれど、歌は言葉と共にあるのだから、留学経験の有無は、プロに取っては大切な事だろうと思います。

 私は日本人で日本語しか使えないのだから、日本歌曲に絞って歌うべきだ…と思われる人もいらっしゃるかもしれないけれど、私は日本歌曲ではなく、外国の歌が歌いたいんだから、下手の外国語で歌っちゃうのも、仕方ないよね。

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posted by stone at 04:00| Comment(4) | 声楽のエッセイ
この記事へのコメント
こんばんは

sebben crudeleを今習っているのですが、楽譜上の息継ぎについて教えられました。
それまであんまり見てなかったのですが、ある箇所で中途半端な所に息継ぎの記号があり不思議だなーと思っていたところ、言葉の意味を考えると、ここが自然と言われました。
すとんさんが言われている通り、まず言葉があっての歌だから、言葉の都合で息継ぎ等のことで制限が出てくるんだよと教わりました。
そういったことからも歌においては、イタリア語でもドイツ語でも言葉って大事だなと感じました!
Posted by ショウ at 2020年12月21日 21:32
大学時代に合唱を始め、最初に歌ったのが第九、次いでドイツ語の曲を歌っていたのですが、
第一外国語に選択したのはドイツ語でした。
授業で、音読だけはスムーズにできました。
ドイツ語の歌詞を歌っていてよかったと思いました。

和訳もパズルみたいで面白かったです。
今はさっぱりですけど(笑)
Posted by とも at 2020年12月21日 22:00
ショウさん

 そう、言葉の意味を考えてブレスをするのは、とても大切。これは日本語に置き換えても分かることです。でも、やはり苦手な外国語だと、なかなか意味も分からないと言えるし、大体たいていの楽譜にはブレスの位置なんて書いてないからねえ…。そんな時に私が参考にしているのはスラーの切れ目や歌詞のカンマやピリオドの位置です。それらを気にしながらブレスをしていれば、あんまり大きく間違えることはありません。

 とは言え、それらの位置って、必ずしもブレスのしやすい位置になるとは限らないので、なかなか苦労は絶えないわけだけれどね。

Posted by すとん at 2020年12月22日 22:17
ともさん

 ともさんはドイツ語でしたか。私は第一外国語が英語で、第二外国語は中国語(北京語)、第三外国語がドイツ語だったのですよ。第一から第二、さらに第三へと勉強時間はどんどん減るわけで、第三外国語のドイツ語なんて、大学院受験のために必要だからやっただけで、実際問題、音読に毛の生えた程度しか身につきませんでした(それは今も同じ)。せめてドイツ語を第二外国語として学べば、多少は違っていたのかもしれませんが。今思えば、イタリア語もフランス語も学べたのだから、英語や中国語ではなく、それらの言語を学べば良かったと思うのは、後の祭りってやつですね。

Posted by すとん at 2020年12月22日 22:24
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