2021年02月08日

腹式呼吸とはなんぞや?

 ネットで歌関係の記事を見ていると、特に初心者の方々を中心に定期的に取り上げられるのが「腹式呼吸とはなんぞや?」という問いです。どうも、腹式呼吸が難しくてできないとか、腹式呼吸って何だかよく分からないとかで、悩んでいるようです。

 この腹式呼吸というのは胸式呼吸と対になっている言葉のようです。ですから、すごく乱暴な言い方をすれば「胸式呼吸ではない呼吸が腹式呼吸」と言えそうです。

 で、腹式呼吸が難しいとか分からないとか言っている人は、おそらく普段は胸式呼吸で呼吸をしている人なのだろうと思います。一般的に男性は日頃から腹式呼吸を、女性は胸式呼吸を行っているそうですから、もしかすると女性の皆さんには腹式呼吸って、難しいのもしれないなあって思います。

 でも、男性が無意識にやっている呼吸なんだから、たぶん、そんなに難しいものではないと思います。ただ、こういう事って、難しく考えちゃうと思考の袋小路に入って分かりづらくなるかもしれませんから、単純に考えないといけないと思います。

 おそらく、腹式呼吸の感覚をつかめると、できるようになるんじゃないかと思います。では、どうやって腹式呼吸の感覚をつかむのか…というと、肩を動かさずに息をすればいいと思いますよ。

 誰かに肩を軽く押さえてもらって息をすると…自然に腹式呼吸になると思いますので、その感覚を自分のモノにすれば、腹式呼吸が分かるようになります。それでも分かりづらければ、肩を押さえてもらったまま、深呼吸をすれば、さらによく分かるようになると思います。

 肩を押さえてもらって…で、分からなければ、他にも、仰向けに寝っ転がって腹部に手を当てながら呼吸するとか、逆立ちしながら呼吸するとか、色々とやり方あるようです。おそらくどれも似たりよったりの効果しかないと思いますので、自分に一番分かりやすい方法を学べば良いと思います。

 それでも分からなければ…もうブログ記事を読んで、どうこうできるものではないと思うので、リアルな世界で先達に教えてもらうしかないと思います。

 腹式呼吸が出来る…というのは、呼吸法のほんの入口でしかないと思います。でも、その入口で迷っている人には「そこはさっさとクリアして、中にお入り」って言ってあげたいです。

 でもって「そこから先も色々と大変なんだよ、一緒に頑張ろうね」と声がけしたいです。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 発声法のエッセイ

2020年12月10日

合唱と独唱は発声方法が違う?

 これもプロの話ではなく、アマチュア歌手の話です。おそらくプロの方々は、合唱も独唱も同じ発声方法、同じ声で歌っていると思われます。

 でも、アマチュア歌手…と言うか、アマチュア合唱団で活躍している人と、趣味で独唱の勉強をしている人とでは、どうやら発声方法が違うようだし、声もだいぶ違うような気がします。それゆえ、プロの方々は、同じ人が独唱を歌ったり、合唱を歌ったりと、自由自在にやっていますが、アマチュアの場合、合唱の人が独唱を歌えば声が貧相だし(ごめんなさい)、独唱の人が合唱を歌うとうるさくて迷惑(ごめんなさい)です。

 そんな状況を見ていると、合唱と独唱では発声方法が違うんだろうなあって思うわけです。

 なぜそういう事が起こるのかと考えてみると、要は未熟なアマチュア歌手たちが、合唱をやっていたり、独唱を歌っているから、そうなるんだろうと思います。逆に言うと、プロの歌手は、歌も声も完成されているから、合唱も独唱も両方イケちゃうわけです。

 合唱団は、声を合わせて歌わないといけません。つまり、一人や二人だけ上手くてもダメで、その団の声の平均点(あるいは中央点)に合わせて声を出して揃えていく必要があります。で、その平均点は…アマチュアの集団ですから、そんなに高得点ではないわけで、そういう環境にいると「まあ、それくらいでいいか」という事で、その程度の声に固まってしまうわけです。

 で、そんな「まあ、それくらいでいいか」の声で独唱を歌えば、大抵の場合は貧相な声にならざるをえないわけです。

 日頃、独唱を歌っているアマチュア歌手の場合は、もっと話は簡単で、単純に未熟だし、あからさまに言えば下手です。独唱は独唱として歌い、合唱に入ったら、その団の平均点な声に合わせて声を出せればいいのだけれど、未熟で下手くそだから、自分なりの歌い方しかできなくて、それで合唱団で浮いてしまうわけです。そりゃあダメだよね。

 求められている事に応じる事すら出来ない程度のテクニックしか持っていないのですから、うるさいし迷惑なわけです。

 というわけで、アマチュアの場合、合唱と独唱では発声方法が結果として、自然と違ってしまうというのが私の私感です。

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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 発声法のエッセイ

2020年12月09日

高音を出そうとすると、ノドにフタがされる感じがする

 発声の事を考えると、いつも思いやられるのが、かつては「高音を出そうとすると、ノドにフタがされる感じがしていた」事です。無論、今はその感覚はなく、なんとも懐かしい気さえしますが、当時はだいぶ悩んでいたものですし、師事していたキング先生にも何度も何度も困っている事を訴えたものです。

 「フタがされる」で分かりづらければ「ノドが閉まる」「ノドが不通になる」「声が出なくなる」「息が吐けなくなる」と言えば、多少は想像がつくでしょうか? 当人的にはかなり辛いです。

 例えば上行音形のフレーズを歌っている時、上に行くほど、声が出づらくなり、ある時点で、まるで店先でシャッターを降ろされたかのような感じで、いきなり声が出なくなります。無理してひねり出そうとすれば、悲鳴にしかなりません。さらに高い音を出そうとすると、悲鳴にすらならず、声はもちろん、息すら出なくなります。

 肩甲骨周辺の筋肉がうまく使えていないからだ…とキング先生に言われて、肩甲骨周辺筋肉のストレッスを散々やった事もありますが、特に効果はありませんでした。

 結局、解決したのは、Y先生のところに移って、発声方法を根本的に変えてからです。もっとも“変えた”と書きましたが、正しくは「世間で普通とされている発声方法に戻した」からです。キング先生のところで習った発声は、少し(いや、かなり)特殊なメソッドに基づく発声法でした。まあ、私は平凡な人間なので、世間で普通とされているようなやり方の方が合っていたのだろうと思います。特別なやり方は私には合わなかったんだと思います。

 今なら、色々と分かります。なぜ、あの頃の私が高音を発声しようとすると、ノドにフタがされたのか? 

 まずはメンタルの問題があると思います。メンタル…つまり意識です。

 キング先生のところでは、発声は高音中心であって、中低音はあまり考えることはありませんでした。つまり、歌っている時は、中低音は比較的リラックスしながら歌い、音が高くなるにつれ、覚悟を決めて、高音に差し掛かると全力で発声するわけです。そういうやり方だったのです。

 つまり、高音って特別な音だったんですよ。で、特別だから、ついつい力んでしまったのです。つまり、ノドに全力を込めて歌っちゃったわけです。

 これ、ダメだよね。これじゃあ、出るものも出ないよ。ノドに全力込めちゃダメだね、むしろノドは脱力しないとダメだ。

 でも私がいくらノドに全力を込めて歌っても、キング先生は、それには注意をしなかったのです。なぜなら…キング先生はノドの脱力をあまり重要視していなかったから…です。もちろん、ノドに力を入れすぎるのは良くないとは思っていたようですが、ノドにはある程度力が入っている方が良いと思っていたわけです。例えば、妻はノドが脱力した歌い方をしていたので、キング先生からわざわざノドに力を入れて力んで歌うようなレッスンを受けていたからなあ…まあ、これもキング先生が教えてくださる発声方法が一般的なそれとは違うからなんだけれど(で、妻はノドを壊して、声楽専門のノドの医者通いをするようになりました)。

 今の私は、高音は中音の延長として、なるべく特別な意識をしないで発声するように指導されています。高音なんて、特別視しなければ、案外たやすく出るのです。何か特別な事をしなければ出ないものは、とりあえず出ないのです。

 出るものは出る。出ないものは出ない。そういう割り切りというか、自分の限界を知る事が大切なのです。もっとも、今は出なくても、体を作っていけば、将来的には出るようになるかもしれません。でも、それは将来の話であって、今の話じゃないのです。

 高音だからと言って、無理はしない。力まない。特別視しない。そうする事で、もしも高音発声の際に、ノドにフタする感覚があったとしても、やがてそれはきっと解消される事でしょう。

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2020年12月08日

声種と声域には相関関係がある?

 プロ(つまり、完成された歌手)の場合、強い相関関係があると思いますが、未完成な歌手…つまり、趣味レベルのアマチュア歌手の場合は、相関関係は無いと考えたほうが良いかもしれません。

 ここで言う、相関関係の有無とは…

 「ソプラノだから高音が得意。アルトだから低音がよく出せる」または「高音がよく出るからテノール。低音がよく伸びるからバス」とかの話です。つまり、高音歌手(ソプラノ&テノール)は高音がバンバン出る声を持っていて、低音歌手(アルト&バス)は低音がバンバン出る声を持っている…って話です。

 …だといいよねえ…というのが、私の偽らざるを得ない感想です。

 プロなら、そうだと思うのですよ。でも、我々アマチュアは必ずしもそうではありません。アマチュアの場合、音域だけで考えれば、男声はバリトン、女声は上の無いソプラノ、またはメゾソプラノになってしまう人がたくさんいます。

 つまり、未熟な歌手の声域は、中音域を中心とした狭い音域しかないのです。これが歌を歌い始めた人の初期状態なのです。ここから訓練を重ねていって、自分の声(つまり声種)に合った声域に広げていくわけです。

 声種というのは、簡単に言ってしまえば、声の音色の傾向です。つまり、声色です。人はそれぞれ声色が違うでしょ? その声色によって声種が決まるってわけです。もちろん、この場合の声色は、話し声の声色ではなく、歌声の声色であるのは、言うもがなですよ。ざっくり言えば、軽やかな声の人は高音向きであり、渋い声の人は低音向きなのです。

 それぞれの声色の特徴から声種を判断したら、ソプラノやテノールの高音歌手は、高音へ音域を広げていくわけだし、アルトやバスは低音へ音域を広げていきます。中音歌手であるメゾソプラノやバリトンの人たちは、上下に音域を広げつつ、声の美しさに磨きをかけていきます。そうやって、それぞれの声種にふさわしい音域を後天的に獲得していって、歌手として完成をめざすわけです。

 なので、最終的には、声種と声域には相関関係が生じます。高音歌手は高い音が得意でしょうし、低音歌手は低い音が得意になります。でもそれはあくまでも完成した姿であって、未熟な段階では高音歌手であっても高音は苦手だったりするし、低音歌手であっても低音は全然響かないかもしれません。でもそれは、未熟さゆえ、仕方がないのです。

 で、私が思うのは、私自身がそうだったけれど、アマチュア合唱団に入る時に、音域を調べられて、それで自分のパートが決まるわけだけれど、その時に「あなたは○○まで出るからテノール」って言われ方をされたのが、未だにちょっと心に引っかかってます。「君の声ならテノール」と言われたのなら納得ですが「○○まで出るから…」ってのは、声色ではなく声域で判断されたわけで、結果的にテノールだったので良かったけれど、一歩間違えば、危ういことになっていたわけです。

 くわばらくわばら。いやあ、やばかったよ。

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2020年12月07日

イタリアオペラとドイツリートでは発声法が異なるのか?

 本当の話はプロの方々に尋ねてください(笑)。ここでは趣味のオジサンの私見を書きます。

 よく…と言うか、少し古い書物等を見ると、イタリアオペラとドイツリートでは、音楽の種類も違うし、発声法も違うと書いてありました。いわゆる、ベルカント唱法とドイツ唱法の違い…ってやつでしょうね。なので、今でもたまに、そんな事をおっしゃる方もいらっしゃいます。

 たぶん、昔は違っていたのかもしれません。昔は、イタリアとドイツの違いって大きかったのかもしれません。なにしろ、ドイツ系の歌手のLPに収録されているイタリアオペラのアリアがドイツ語歌唱が標準だったりした時代もあったわけですからね。ちなみに当時、イタリア系の歌手はドイツリートとかドイツオペラのアリアは…滅多に歌っていなかったと思います。つまり、分業というか、棲み分けがあったわけです。であれば、両者に多少の違いがあっても不思議ではありません。

 でも今は…この棲み分けは無いですよね。プロの方なら、イタリアオペラのアリアも歌えば、ドイツリートも歌います。私のようなアマチュアさんだって、その両方を学びます。もちろん、イタリア語とドイツ語は違う言語ですから、当然、言語に伴う違いはありますが、基本となる発声法は同じです。ってか、同じ発声法でないと対応が難しいと思います。なぜなら、同じ人が同じジャンルの音楽を歌っているわけですから。

 音楽のジャンルが違えば、当然各種テクニックが異なってきますし、歌系であれば発声法が違ってきます。ざっくり言えば、オペラの発声で演歌を歌うバカはいないって話です。でも、同じジャンルの音楽であれば、基本的なテクニックは同じだし、歌系であれば発声法は同じになります。レディ・ガガとマドンナの発声方法は同じでしょ?

 ですから、イタリアオペラのアリアとドイツリードは、地域は違うけれど、同じクラシック声楽の音楽ですし、同じ歌手がその両方をレパートリーにするのは当たり前の時代だし、その両方を歌う以上、同じテクニックで歌うのが当然と言うか、省エネなわけです。博多民謡と秋田民謡には多少の違いはあっても、同じ歌唱テクニックで歌う…ってのと、同じレベルの話です。

 というか、同じ発声法で歌えるから、同じ歌手がこの両方をレパートリーにできるわけで、明確に発声法が違うのなら、この両方をレパートリーにする歌手は激減します。オペラと演歌の両方をレパートリーにしている歌手なんて、まずいないですよね。そういう事です。

 例えば、民謡歌手で演歌を歌う歌手さんは、民謡の発声で民謡も演歌も歌っていますでしょ? 人間って、そんなに器用じゃないし、極めた人ほど、極めた技を使います。

 なので、イタリアオペラとドイツリートでは発声法が異なるのか? と言えば、今の時代、同じ発声法で歌っているでしょう…と言えます。では、それは昔で言う、ベルカント唱法なのでしょうか? それともドイツ唱法なのですか?

 たぶん、ベルカント唱法寄りの発声だと思います。と言うのも、今のクラシック声楽の発声法って、いわゆるベルカント唱法でしょ? もっとも、今のベルカント唱法とかつてのベルカント唱法が同じかどうかは私には分からないので、ベルカント唱法“寄り”って表現をさせていただきますが、少なくともドイツ唱法ではないですよね。今の時代、ドイツ唱法って、かなり少数派なのではないかと思うのです。

 ちなみに私の理解では、ベルカント唱法は腹筋を動かし続けて歌う唱法であり、ドイツ唱法は腹筋を固めて歌う唱法だと理解してます。間違っていたら、ごめんなさい。

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2020年11月25日

なぜ、声を支える必要があるのか?

 たぶん、一番大きな理由は「声に芯が生まれるから」じゃないかと思ってます。支えのない声は、ふわっというか、ふにゃっていうか、ぼやってした感じの声になりがちです。私自身、そういう声も嫌いじゃないし、そんな声で歌いたい気分の時もあるのだけれど、そういう声はクラシック声楽では良い声とはされていないので、きちんと声を支える必要があると思ってます。

 別に支えがなくても声に芯を与える事はできますが、それは往々にして喉声になっていると思います…ってより、ノドを力んだ方がよりくっきりとした硬めの芯を声に与える事ができるように思いますが…これはクラシック声楽的な声ではないんだよね。あくまでも邦楽系の声だと思います。

 二番目の理由は声量…かな? 私は何をやっても大声になる人なので、全く実感がありませんが、声を支えることで声量が増して、声が遠鳴りになる…そうです(ほんと、全く実感がありません)。

 三番目の理由は…もしかすると、この理由が一番大きな理由かもしれませんが…健康上の問題かな?って思います。声を(腹筋で)支えずに、ノドで支えて歌い続けていくと、やがて声が壊れます。ハスキーヴォイスの獲得を目指しているのなら、それもアリでしょうが、クラシック声楽の世界では、壊れた声はダメです。声を壊さないためにも、しっかり声を支えて歌わないといけないのです。

 と、まあ3つほどの理由を考えてみましたが…他にも理由はあるかしら?

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2020年11月02日

ファルセットを混ぜて歌えばいいじゃん

 私は高音と戦い、高音発声の修得に邁進している、音楽が趣味のオッサンなわけです。そんな日々高音と格闘している私に、しばしば親切な人が現れて、あれこれアドヴァイスをくださることも多いです。ほんと、感謝な事です。中には、その貴重なアドヴァイスで目が開かれて前に進む事ができたという事もあります。

 が、その一方で、見当違いのアドヴァイスをしてくださる方もいないわけではありません。今回は、そんな見当違いのアドヴァイスの一つを取り上げて、どうして見当違いなのかを書いてみたいと思います。

 私が高音発声に苦労していると知ると、たまに「ファルセットを混ぜて歌えばいいじゃん」というアドヴァイスをいただきます。ううむ、それって発声方法が違うんだよね。

 ファルセットに息をたくさん混じえると高音を柔らかめの声で歌う事ができます。また、このやり方にプラスして、ノドを若干締めると高音でも強めの声で歌うことすらできます。つまり、ファルセットを利用することで、割と簡単に高音で歌えるようになります。

 私も、発声練習でならば、この発声方法が使えます…が、実際の曲で使おうとは思いません。なぜ思わないのか? ひとことで言えば、このやり方は、ミックスボイスとかミドルボイスとか言う、日本のポピュラー音楽系の歌手のテクニックであって、クラシック系の独唱歌手では使えないやり方だからです(クラシック系でも合唱の人はよく使います…ってか推奨されたり強制されたりします)。

 と言うのも、このやり方ではファルセットを発声のベースにするため、声量に大きく欠けるからです。つまり、ホールに響き渡るような朗々とした声には絶対にならないって事です。

 ポピュラー音楽では、歌手はマイクを使用して歌う事が大前提になっています。マイクを使うので、歌手の声量は全く問題になりません。最近はマイクの性能も良くなっていますので、歌手の声がかなり小さくても、あまり問題にはなりません。

 一方、私が学んでいるクラシック系の歌は、マイクを使用しない事が大前提になっています。マイクを使いませんから、歌手自身の歌声は大きければ大きいほど良いのです。声の小さな歌手では、歌う場所とか歌える曲とかに、どうしても制約が生じます。

 なので、クラシック系の歌手としての勉強をするならば、なるべく大きな声が出せる発声方法を身につける必要があります。

 なので、日本のポピュラー歌手のような、単純にファルセットを利用した声で歌うわけにはいきませんし、そういう発声方法を身につけるわけにもいかないのです。

 あと、私自身の好みもありますが、私は、この“ファルセットを混ぜた高音”ってのが、実は大嫌いでもありんす。自分が嫌いな発声方法を身につけるなんて、金輪際、ありゃしませんって。ポピュラー系の高音発声で歌うならば、ベルティングですね。わたしゃあ、あれが好き。どうせやるならアレがいいっす。ミュージカルの方々や、洋楽の歌手たちがよく利用しています(ってか、むしろスタンダード?)し、あれは好きな声なんだけれど、やっぱりマイクの使用が前提になるので、私は学べないよなあ…って思ってます。

 以上は男声歌手の話です。女声は男声とはカラダのつくりも違うし、発声方法も違うので、ファルセットの扱いが違うという事は知ってますが、それ以上の事は知らないので、この記事では触れません。もっとも、女声だって、単にファルセットを混ぜて歌えばいいってほど単純な話にはならないと思います…というよりも、たぶん女声の方が男声よりもテクニカルな話になってくるんじゃないかと思います。現在の女声の発声には、伝説のカストラートたちの技法が受け継がれているからねえ。

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2020年10月29日

音域について考える

 音域とか声域とか、つまり「自分が出せる音はここからここまで」と言うのは、アマチュアの歌手にとっては、一大関心事です。特に初心者の頃は、学べば学ぶほど、どんどん音域が広がっていくので、それが楽しいわけです。で、ネットで報告しちゃったりするわけです。

 私もよくやりましたし、今でもたまにやっています。ほほえましいでしょ?

 その際の音高の表記方法としては、実に色々あるわけです。よくネットで見る表記が、A2-A4とか、mid1A-hiAとかね。ちなみに前者が国際式という正式な音高表現です、後者が日本のネットで一般的に用いられている方法です。詳しいことはググってね。ちなみにここに例として書いた音域は私の音域でございます。(いわゆる中央ドってのは、C4とかmid2Cになります)

 で、私は自分が楽なので、五線譜(ト音記号)での表現、それもテノールでの表記を使ってします。“テノールでの表記”というのは、テノールは移調楽器なので、実音よりも1オクターブ高く記載するわけです。それで話を進めてます。

 なので、私の音域は、五線譜の下にはみ出るAから、上にはみ出るAまでとなります。実音で言えば、五線譜(ヘ音記号)の中のAから五線譜(ト音記号)の中のAまでです。

 つまり私の音域は、ラからラまでの、ちょうど2オクターブって事になるわけですね。

 この2オクターブちょうどの音域って、だいぶ広いんだよね。と言うのも、歌の練習をしていない一般人の音域って、せいぜい10度(1オクターブとちょっと)です。五線譜(ト音記号)の下のCから五線譜の中の上のEまでです。だから音楽の教科書とか讃美歌集とかの音域は、だいたいこんな感じです。これくらいの音域でないと、普通の人は歌えないんです。

 だから2オクターブの音域ってのは、かなり広い方になります。とは言え、男性のアマチュア歌手としては、標準的だろうと思います。ちなみに女性は男性とは発声方法が違うので、3オクターブぐらいの音域になります。低い方は男性に近く、高い方は男性よりも全然高いわけです。

 音域に関しては、女性の方が男性よりも恵まれているような気がします。ちょっと、うらやましいです。

 もちろん、声は音域の広さだけでなく、音色とか太さ細さとか重さ軽さとか美醜の問題とか色々あるわけで、音域が広ければ良いわけではないけれど、音域が広いに越したことはありません。

 あと音域を考える際に大切な事として、発声練習の時なら出せる音、つまり練習では出せても歌の中では使用するのが難しい音は、自分の音域には入れるべきではないって事です。発声練習では出せたとしても、実際に歌う時に使えなきゃ、そんな音は自分の音域にあるとは言えません。

 私に関して言えば、低い方は五線譜(ト音記号)の下のAまでは確実に曲の中でも使えます。発声練習なら、それよりも低いGやF、調子が良ければEも出ますが、それらが曲の中で使えるかって言うと…全く自信はありません。高い方は五線譜(ト音記号)よりも上のA(“高いA”と呼んでいます)が、最近普通に曲中で出せるようになりましたが、その上のBやHとなると、まだまだ博打です。そんな博打な音は自分の音域には入りませんが、発声練習に限れば、BやHどころか、Hi-Cやもっと上の音、最高でHi-Eまで出したことがありますが、もちろん、そんなものは、ほぼまぐれであって、自分の音域には入りません。

 まあ、ラからラの2オクターブの音域があれば、普通に歌う分には困らないからね。むしろ私の場合は、音域の広さよりも、一つ一つの音を正しい音高で歌うことが肝心かな? なにしろ、私は油断するとノドに力が入って、声がフラットしてしまうという、フラットシンギングという稀有な体質の持ち主だからね(笑)。

 こりゃあいかんのよね。

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2020年08月04日

最近の私(2020年8月現在)が考える高音の出し方

 はっきり言えば間違っているかもしれないけれど、今の私は、こんなふうなやり方で高音を出そうとしていますって話です。

 まずは可能な限り、普通の歌声で、できる限り高い声を、無理せずに出していきます。ここでのポイントは“無理せず”です。私の場合、無理をすると、ノドに力が入ってしまいますから“無理せず”は、ある意味“脱力したままで”と同義かもしれません。とにかく、できる範囲で楽に高音を出します。私の場合は、体調にもよりますが、高いG〜Aぐらいまでは、このやり方でいけます。

 そこよりも高い音に関しては、声の方向性を変えることで対応します。

 私は普通の歌声は、基本的に前にまっすぐ発声しています。この“前にまっすぐ”の部分を、前ではなく、音程に合わせて、上向きに発声する方向を変えていきます。気分は大砲を打つ感じです。いや、高射砲かな? とにかく、このやり方で、私は高いAを始め、BやHの音を出しています。現段階では、このやり方が私にとっての実用範囲かな? まだまだ訓練を重ねて、このやり方に習熟していかなければいけないと思ってます。

 今のところ、声は前から徐々に上向きにするところぐらいまでしかコントロールできませんが、真上まで上げていったら、今度は後ろ向きに声を出す方向を変えていけば、さらに高い声が出ることは確認しています。ただ、まだこのやり方には慣れていないので、うまく音程がコントロールできませんし、うっかりすると、声がひっくり返ってしまうので、まだまだ実用的ではありませんが、そのうちにこのやり方もマスターしたいと思ってます。

 具体的に言えば、声を上に向けて出していくのは、ノドの奥を開いていく事なんだろうと思うし、真上から後ろに向けて出していくのは、開いたノドをさらに後ろに引っ張っていく事なんだろうと思ってます。

 正しいやり方かな? 合っているかな? まあ、私だけにしか通じないやり方かもしれないけれど、今のところは、こんな感覚で高音にチャレンジしている私です。

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2020年07月21日

正しい音程で歌う方法

 …が分かればよいのに…と、歌を習い始めた頃はよく思っていました。

 まずは言葉の定義をしておきます。音程というのは、音と音との差であって、正しい音程で歌えれば、相対音感があると言えます。音高というのは、その音の絶対的な高さであって、正しい音高で歌えれば、絶対音感があると言えます。

 さて、本論に入ります。

 フルートだったら、ドならドの運指があって、その運指をして息を楽器に吹き込めば、まあだいたい正しいドが鳴るのです。自分自身がドの音がどんな音なのか皆目検討がつかなくても、ドの運指をして息を吹けばドが鳴るのですから、歌も同じように運指みたいなものがあって、それさえすれば、いつでも正しい音高…なんてぜいたくは言いません。せめて、いつも正しい音程で歌えればいいのに…って思ってました。

 願いは切実だけれど、考え方は浅はかです。

 今なら分かります。フルートだって、ただ万全と楽器に息を吹き込んだだけでは正しい音高にはなりません。運指が正しいのはもちろんですが、奏者がきちんと正しい音高をイメージして息を楽器に吹き込まないと正しい音高で楽器は鳴りません。

 歌も基本的には同じです。

 まずはイメージです。自分が歌おうとするフレーズの正しいイメージがないと正しい音程では歌えません。でもまあ、これに関しては、脳に障害でも無い限り、少なくとも音楽を趣味としたいと願う程度の人ならば、軽くクリアはしているわけです。自分が歌おうとしている正しい(あるいは、理想の)イメージはあるのだけれど、それを歌として表現できない…のが悩みなわけです。

 だから、歌にも運指があればいいのに…なんていう、頓珍漢な事を考えるわけです。典型的な運動性音痴の考える事です。

 結論から言えば、歌には運指はありません。ひたすら練習するしか手はありません。

 正しい音程で歌うための練習とは…ひたすら歌の基礎練習を地味に丹念にやるだけの話です。

 私がやった練習の中で、おそらく一番効果的だったのは、チューナーを使って、ひたすらハ長調の音階を階名で歌う練習です。とにかく、チューナーを見ながら「ドー、レー、ミー…」と歌っていく練習です。この練習で、歌の筋肉と耳の両方を鍛えていきます。「ドー」と声を出して、チューナーでその「ド」が正しいと確認していき、その時の筋肉の使い方を覚えます。同時に「ドー」と自分で出した声を聞いて、その「ド」を記憶します。ただ、それだけ。それの繰り返しで、一オクターブをマスターしていきます。

 これだけで数ヶ月かかります。でも、これをマスターすると、筋肉と耳が鍛えられて、階名と筋肉の感覚がつながり、正しい音程で歌えるようになり、同時に階名と耳の感覚もつながり、自分が歌ったフレーズが正しく歌えているかどうかが分かるようになります。

 これができると、ようやく簡単な歌が歌えるようになります。さらに上達するためには、ドレミ…と言った順次進行だけでなく、ドシラ…と言った下降進行もやらないといけませんし、ドミソ…と言った3度の音程とかもやらないといけません。こうなると、コールユーブンゲンの世界ですね。たぶん、コールユーブンゲンは有効だろうと思います。私はやってませんが…。だって、あんなにたくさんの課題曲をやらないといけないと思ったら、歌を辞めたくなっちゃうでしょ?

 ドレミの順次進行と、ドシラの下降進行、ドミソの3度の音程ができるようになったら、簡単な曲を楽譜を見ながら歌っていくと良いだろうと思います。それこそコンコーネの世界です。もっとも、私、コンコーネもちゃんとやってませんが(笑)。

 私が最初に行った、チューナーを見ながらの練習は、おそらく昔のやり方です。要は自分の出した声の音高をきちんと視覚化して確認できればいいのです。今なら、スマホのアプリで、もっと楽しくて効果的な音感トレーニングのアプリがあるでしょうから、そういうモノを使っても良いだろうと思います。

 大切な事は、楽譜にかかれている音符と、自分の筋肉の感覚と、自分の耳の感覚の3つをつなげる事です。この3つの感覚がつながった時に、正しい音程で歌う準備ができたと言えます。ちなみに、絶対音感を持っていなければ、ハ長調の音階をきちんと覚える事で、その他の調の歌にも対応できます。つまり、相対音感の獲得ってヤツですね。

 私もまだまだ修行中です。頑張っています。

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