2020年03月11日

このままでは合唱は衰退するしかない

 えーと、合唱団をディスる記事を書くのかと思われた方、ごめんなさい。今日はディスるわけではなく、心配しているんです。

 ほんと、このままでは日本の合唱は衰退するしかない…と私は思ってます。その理由は以下の通りです。

1)さらに進む高齢化
2)イジメの多発
3)合唱部の激変
4)コーラスグループの死滅
5)カラオケはもはや非日常


1)さらに進む高齢化
2)イジメの多発
 これらについては、今更ですね。とにかく、今の市民合唱団は、どこも年寄りばかりだし、イジメもあって、なかなか新人が定着せず、昔のままのメンバーがそのまま年を重ねてしまって、団体としての新陳代謝が行われていないところが多いって話です。

3)合唱部の激変
 皆さんは知っていますか? 今の中学校・高校には、合唱部の無い学校がたくさんあります。もちろん、昭和の時代には、どこの中学高校にも、吹奏楽部と共に合唱部があったものです。ところが令和の時代になって見回せば、未だに吹奏楽部は多くの学校にありますし、盛んに活動もしていますが、あれだけあった合唱部の多くは廃部休部活動停止状態に追い込まれ、日本の若年層における合唱人口が激減してしまったのです。

4)コーラスグループの死滅
 さらに、メジャーどころのコーラスグループというのが死滅してしまいました。昭和の時代には、ダーク・ダックスとか、ボニー・ジャックスとか、サーカスとか、ハイファイセットとかあって、当時の若者たちが彼らに憧れて、合唱を始めたものです。

 今の時代、コーラスグループと言えば…フォレスタ? 純烈? どちらも高齢者向けのグループで、若者は彼らに憧れることはありません。

5)カラオケはもはや日常
 しかし、若者たちが音楽や歌が嫌いなのかと言えば、むしろ、親世代よりも歌は好きだし、得意だろうと思われます。その証拠に、カラオケに行くことは、もはや日常であり、今どきの若者は、カラオケに行っては、歌いまくっています。そう、カラオケでは歌うんです。一人で。合唱はしないんです。

 今の若者にとって、歌と言えばカラオケなんです。

 歌声喫茶で仲間と声を合わせて歌って、合唱の楽しみを知った…なんて、もう昔も昔の話であって、今の若者は仲間と一緒でも合唱はしません。ジャニーズのグループも、○○48だか46だって、あれだけたくさんの人数がいても、全然ハモらないじゃないですか? 今の若者にとって、歌とは単旋律が基本。それが日常であって、ハモる合唱は別の世界の音楽なんです。合唱は非日常体験なのです。

 1)と2)は、今の合唱団体の閉鎖性と将来性の無さを示し、3)〜5)は、新人の供給が期待できない現状を示しています。よって、このまま黙って指をくわえて見ているだけでは、やがて日本の合唱界は衰退するしかない…って話なのです。

 たぶん、あと10年持つか持たないか…って感じじゃないかな? 令和の時代のうちに、日本の合唱文化は途絶えてしまうと、私は推察します。

 それじゃあ、私が困るんだよね。私が今以上もっともっと年を取って、声が出なくなったら合唱をやろうという野望があるんだけれど、このままでは私が声が出なくなっても、歌える環境がなくなってしまうじゃないの? それはあまりに寂しすぎます。10年と言わず、もっともっと合唱がこの日本で続いてほしいと願っています。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 合唱

2020年03月09日

諸悪の根源は、大抵、ソプラノ

 何の話かと言うと、合唱団の揉め事だね。だいたい揉める原因を作ったり探し出してくるのは、たいがいソプラノさんなんだよね。これ、偏見かと思われるかもしれないけれど、少なくとも私が見聞きした団体で揉め事を引き起こしたり、騒ぎを大きくするのは、ほぼソプラノさんでした。

 たまにテノールさんの中で、独善的な方がいて、その人が横暴で、他の人達がついて行かれなくて団体が解体する…というパターンがありますが、それ以外は、ほぼほぼソプラノさんがトラブルメーカーです。

 特に、イジメ問題は、ソプラノさんたちの暗躍によるところが多いと思います。

 ではなぜ、そんなにソプラノさんたちが騒ぎを起こすのかと言えば…ソプラノだから? いや、これ、冗談じゃなくて、ソプラノさんって、そもそも気質的にトラブルメーカーの方が多いんだと思いますよ。

 まず、目立ちたがり屋でしょ? ちやほやされて当然だと思っているでしょ? (自分に厳しいとは限らないけれど)他人に厳しいでしょ? すぐにグループを作って、取り巻きやら派閥やらを作りたがるでしょ? 新入りが自分たちにヘコヘコしないと気に入らないでしょ? そのくせして他人の面倒見るのは面倒くさいでしょ? やっぱり私が一番!って思っているでしょ? 気に入らない事は気に入らないし、嫌な事は嫌だし、癪に障るヤツは癪に障るでしょ?

 ひとことで言えば“姫体質”なんだよね。

 とにかく、一歩下がって観察するとか、みんな仲良くとか、自己犠牲とか、縁の下の力持ちとかって、大嫌いだものね。そりゃあ、揉め事の原因になるよね。

 まあ、今の私は、どこの合唱団にも関わっていないから、こんな事でも平気で書けちゃうけれど、これ、合唱団に関わっていたら、怖くて書けないわな。私自身はイジメに負けない人だけれど、私がイジメに屈しない人間だと分かると、妻や子供や家庭や職場にまでちょっかい出すのが、あの人たちだからね。それだけ有り余るエネルギーがあるなら、歌の練習に注げよと言いたくなるくらいに、イジメや嫌がらせに前向きなんだよね。

 まあ、ソプラノさんの全部が全部、ダメな人だとは言わないけれど、ダメな人は、たいてい、ソプラノさんなんだよね。あ、ダメな人って言っちゃダメか“お局さま”と呼ばないといけないね。

 で、これって、不思議な事に、上手い団体だとあまりなく、演奏が荒れているような団体でイジメって発生するんだよね。おそらく、上手い合唱団はイジメなんかするよりも、歌の練習をする方が忙しくて、荒れている暇がないんだと思います。あと、姫体質の人は謙虚さが足りないから、歌そのものがあまり上達しないので、上手い合唱団にはいないという事もあります。だから、イジメがイヤなら、ある程度上手な団体に入る事が必要なのかもしれません。問題は、そういう団体は、上手い人しか入れてくれないって事だな(そりゃそうだ)。

 くすぶっている合唱団には、必ず、くすぶっているソプラノさんがいて、そういう人がくすぶりの原因を作っている…って話でした。(それでも団が成り立っているのは、低声の皆様の頑張りなんだよね)

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posted by stone at 04:00| Comment(7) | 合唱

2020年02月25日

合唱は大丈夫なの?

 新型コロナウィルスが流行っております。手洗いうがいを頻繁にせよとか、マクスは常時着用せよとか、不要不急の外出は避けよとか、保菌者との濃厚接触はしちゃダメだよとか…まあ、あれこれ言われております。確かに病気にはかからない方が良いに決まっていますし、ウィルスにも感染しない方が良いに決まってます。

 新型ウィルスに関しては、ワクチンはありませんし、有効な薬もありません。自然治癒力で対処するしかないのが現状ですが、そもそも今回の肺炎よりも怖いインフルエンザだって、つい最近まではロクな薬がなく、対処療法だけで乗り切っていたわけだし、現存する薬だって副作用が強くて、オトナはともかく、子供への使用は避けたいくらいだし、そう考えるとやっぱり自然治癒力に頼らざるを得ないわけで、でもそれでどうにかなっている現状を考えると、新型ウィルスとて、自然治癒力頼みであっても、闇雲に恐れる必要はないかなって思っています。

 むしろ、人々の心の弱さが社会的なパニックを引き起こして、世間が動揺している方が怖いです。

 とは言え、恐怖の感情と言うのは、人それぞれなわけで、怖がっている人に「怖がる必要はないんだよ」と言っても、それで恐怖心がなくなるわけではないので、それはそれで仕方ないものだなって思います。怖がっている人たち全員を私がハグして励ます事ができるわけじゃないしね。怖がる人は自分の恐怖心と共存する方法を是非見つけてほしいと思います。

 で、ふと思った事は、合唱は大丈夫って事ですか?

 合唱の練習って、密室に何十人と老人たちを詰め込んで、深呼吸しながら唾を撒き散らして、2〜3時間過ごすわけでしょ? これ、人々の濃厚接触の部類に入るよね。団員が数十人からデカイ団体だと百人近くいるわけだけれど、その中に保菌者って、絶対にいないの? 老人の集まりなら、インフルエンザはなかなかいないかもしれないけれど、今回の新型ウィルスは老人を中心に広がっているからね。合唱の練習って、まじ、怖くね?

 正直、私、近々近隣で行われる合唱の演奏会を聞きに行くつもりだったけれど、パスしようかなって思っているくらいです。せっかくチケットは買ったんだけれど、演奏会では、大勢の老人たちがステージから客席に向かって唾飛ばして歌うんだよ、怖くね? で、演奏会中は身動き一つ取れないわけで、そんな時に、ステージはもちろん、客席にゴホゴホするヤツがいて(演奏会に行くと、曲が終わるごとにゴホゴホするヤツが数十名、必ずいるでしょ?)それが保菌者だったら…まあ、間違いなく感染するわな。

 それに不要不急の外出はパスした方がいいからね。とは言え、私自身は、新型ウィルスをそんなに怖がっているわけじゃありません。その前後で行われる、某プロ歌手のコンサートは行っちゃうつもりなので、私もダブスタなんだけれどサ(笑)。要はチケットの値段とか、そのコンサートに対する期待度とか、当日予想される私自身の体力とかを鑑みての判断なんだけれどね。

 合唱怖いと書くと、じゃあ吹奏楽はどうなの?と言う人がいると思いますが、たぶん吹奏楽は大丈夫。だって、吹奏楽愛好者って合唱愛好者よりもずっと年齢が若いからね。若い人は免疫力も強いから、老人ほど新型ウィルスを怖がる必要はありませんし、だいたい演奏者の唾液は楽器の中で留まり、ステージの床に吐き出されるくらいです。まあ、こちちの場合は、新型ウィルスよりもインフルエンザの危険の方を心配した方が良いです。そういう意味では、不要不急の外出は避けたほうがいいのですが…若者を家に閉じ込めておくのは無理ですから、こりぁ仕方ないですね。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | 合唱

2020年02月06日

歌いたい合唱曲

 私はこう見えても、実は合唱が好きです。

 とは言え「合唱ならどんな曲でも好きです」というほどの好物ではなく“オーケストラ付きの宗教曲”が好きという、やや偏食気味の合唱好きなんですが(笑)。

 ですから、今までに歌った事のある曲もあれば、まだ歌った事はないけれど、死ぬまでに一度でいいから歌っておきたいという曲もあります。

 ちなみに、今までに歌った事のある曲と言えば…

 モーツァルト作曲「グレート・ミサ」
 ヘンデル作曲「メサイア」
 ベートーヴェン作曲「交響曲第9番」(宗教曲ではありませんね)

 たぶん、この3曲かな? 「好き」と言っている割に数が少なくてごめんなさい。“オーケストラ付き”となるとチャンスが限られてくるからね。

 さらにちなみに、死ぬまでに一度でいいから歌っておきたい曲と言えば…

 モーツァルト作曲「レクイエム」
 ヴェルディ作曲「レクイエム」
 バッバ作曲「マタイ受難曲」
 メンデルスゾーン作曲「エリヤ」
 オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」

 って感じの5曲です。

 さすがに合唱曲は個人では歌えませんので、どこかの団体に所属しないと歌えません。そこが問題なんだよね。たぶん、今の私が合唱団に行っても、どこの団体も受け入れてくれません。だって、声があまりにパワフルで、なおかつギラギラしていて、合唱向きじゃないんだもの。発声が上手になって、パワフルにでも貧弱にでも、ギラギラにでもしっとりにでも、自由に歌い分けられるようになれば、問題はないのだろうけれど、今の私はまだまだ不器用で、力いっぱいにギラギラした声で歌っちゃうので、当然、合唱向きの声では歌えません。

 ああ、きびしいなあ…。

 そんな私でも、あと数十年もすれば、声が衰えて、パワフルには歌えなくなるでしょうし、ギラギラした声だって出せなくなるわけで、そうなるまでは合唱を歌うのは無理だろうと思ってます。もっとも、そんなになるまで、元気で歌い続けられたら…という大命題が横たわっているわけですが…。

 死ぬまでに、歌いたい5つの合唱曲が歌えるといいなあ。

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posted by stone at 00:00| Comment(6) | 合唱

2019年12月19日

私はなぜ合唱で歌えないのか?

 歌が下手だから(笑)。

 まあ、その通りなんだけれど、この一言で終わってしまったら、話は進まないし、私自身の改善にもつながらないので、もう少し掘ってみます。

 下手は下手なんだけれど、具体的に何が下手でダメなのか? 

 音程…? 確かに私は音程が甘い事が多いけれど、合唱やっている人がみんながみんな音程がビッシリしているのかと言えば、案外、甘い音程で歌っている人もいるので、音程が主たる下手な原因とは言えないだろうと思います。

 ただ、音程が甘い人には2つのタイプがあって、一つは発声が悪いために音程が甘いタイプの人であり、もうひとつは耳が(音楽的に)悪くて周囲の音を聞いていないタイプの2つがあると思います。

 私の場合は…まあ、発声が悪いよね。こちらが主な原因だとは思うけれど、周囲の音をちゃんと聞いていない時も無いわけじゃありません。っていうか、正直に言うと、自分が歌っちゃうと自分の声がうるさくて、周囲の声が聞こえないんだよね。ピアノの音とかは、声とはだいぶ音質が違うので聞けるけれど、人の歌声って…特に低い声って聞こえないんだよね。

 で、周りの声を頑張って聞いちゃうと…高い声がよく聞こえ、そこに合わせようと(無意識に)すると、テノールなのにソプラノのパートを1オクターブ低く歌っちゃうという事をやっちゃいます。ダメじゃん。耳悪すぎ。だから、合唱できないんだよなあ。

 後は…音量…? これだね、これこれ。私が間違えると合唱団全体が間違えたように聞こえるからダメ…と以前、某指導者に言われた事があります。確かに私、音量は大きいわな。それも極めて、驚くほどに大きいです。だからと言って、本人は大声出している自覚はなく、単純に音量のデフォルト値が大きいだけなのです。だから、音量を絞って歌えればいいんだけれど、問題は音量を絞って歌うのは、とても難しいのです。周囲の人が私くらいの音量で歌ってくれれば問題ないんだけれど、そんな事はリアルな場ではなかなか言えません。

 音量を抑えて歌うのが下手…まあ、そうなんですね。これは、ほんと下手。大きな声で何も考えずに歌うのが気持ちいいし、楽なんです。だから、合唱ができない。

 あと、音量の大きさは、声量の大きさだけが問題ではないと思います。声質の問題も若干あるかなって思います。つまり、同じ声量でも、大きく突き抜けて聞こえる声と、ぼやっと拡散して聞こえる声があるわけで、私の声はどうやら(かっこよく言うと)レーザービームのように、ピヤーと合唱団を突き抜けて聞こえちゃうそうなのです。

 元々の声質が硬くて密度があるんだろうと思います。でも、それは元々の声の話であって、それを柔らかくてふわっと発声できれば、特に問題はないんだろうと思うのだけれど、問題は、そういう柔らかい声で歌うのは、とても難しいのです。

 柔らかい声(=美声…ですね)で歌うのが下手…まあ、そうなんですね。これは、ほんと下手。持っている声を、何も飾らずに、そのままの声で歌うのが気持ちいいし、楽なんです。だから、合唱ができない。

 というわけで“発声が悪い”“耳が悪い”“音量を抑えて歌えない”“柔らかい声で歌えない”という四重難のために、合唱ができない私でした。ダメじゃん、全くダメじゃん。


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2019年12月05日

私が感じるアマとプロの差(合唱編)

 ここで取り上げるのは混声四部合唱であり、アマとは、市民合唱団や市民オペラの合唱レベルで、プロというのは、プロの合唱団の事ではなく、プロ歌手(ほぼオペラ歌手)が集まって歌っている合唱の事です。つまり、私がよく耳にする音楽形態での比較であって、本来ならプロの合唱団を比較対象にするべきだろうけれど、私、プロの合唱団の演奏って、ほぼ聞かないんだよ。ごめんなさい。

 なので、すごく乱暴な比較だという自覚はありますので、その事を最初に断っておきます。

 さて、アマとプロとの差ですが、そりゃあアレコレあります。なければ、プロがプロでいる理由ありませんからね。音程、音量、音色、表現力、歌唱力、体力…とにかく、ありとあらゆる面で、プロアマの差はあるわけですが、その中で、私が一番つよく感じるのが、私がテノールだからという事もありますが、テノールの差です。

 テノールパートほど、プロアマの差が大きなパートはないんじゃないでしょうか?

 具体的に言うと、音程音量を問う前に、まず、声そのものが全然違うと思うんです。声…と言っても、色々な要素がありますが、私が一番強く感じるのが、声のポジションです。プロと比べて、アマのテノールの声は、ポジションが低く、ノド〜胸のあたりで発声していように聞こえます。緊張の少ない声? 音色的にはバリトンとあまり変わらなく感じます。一方、プロのテノールの声は、ポジションが高く、スコーンと抜ける声がきれいに同調してまとまって聞こえます。

 アマのテノールの歌声が木管楽器っぽい声だとしたら、プロのテノールの歌声は金管楽器っぽいんです。ま、私のイメージなんですがね。

 なので、混声合唱団なら、テノールの歌声に着目するだけで、アマかプロかが簡単に見抜けるようになりました。無論、テノール以外のパートに、プロアマの差はあるんだろうけれど、とにかく私には、テノールの違いが一番耳につくんですよ。実際、本当に全然違うし…ね。


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posted by stone at 04:00| Comment(0) | 合唱

2018年12月24日

第九の演奏を聞いて、私が気づいた事

 メリー・クリスマス!って事はさておき…

 今年も例年のように、クラヲタの常として第九を聞きました。もはや“年末に第九”は日本の年末行事であり、歳時記的レベルの話です。俳句の冬の季語として“第九”は認められてもいいんじゃないかって思ってます。

 ちなみに、私が常用している歳時記には、冬の季語として“だいこ(大根)”はあっても“だいく(第九)”はありません(笑)。

 私は今まで数多くの第九を聞いてきました。たくさん聞くと、いくつかの共通点がある事に気づきました。今回は、それについて5点ほど書いてみたいと思います。

1)オケはプロ、合唱はアマというパターンが多い

 たまにオケも合唱もアマというパターンのコンサートもありますが、そういう時は、たいていオケが残念です。いやいや、演奏の最初の頃は、そんなに残念じゃないんですよ。たいていのアマオケは、第1楽章はお見事だったりします…が、段々疲れてくるんでしょうね。肝心の第4楽章に入る頃には、ヘロヘロになっているアマオケ、多いです。特にホルンさんの消耗は、どのアマオケでも目に余るほどです。音楽を第一に考えるなら、オケはプロのコンサートの方がいいですね。

2)やたらと合唱の規模が大きい

 だいたい、どこも200名規模の合唱団で第九を歌っているみたいですね。まあ、ベートーヴェンによる初演も大規模合唱団だったそうですから、第九の合唱は大規模でいいんでしょうが、冷静に考えると、オケは二管編成なんだから、合唱は半分の100名規模でも多いくらいだと思います。各パート20名の80名で十分じゃないかな?って思います。

 それが大規模合唱になっているのは、単純に合唱団がアマチュアであり、声量不足を考慮して大規模合唱にならざるをえないのでしょう。あと、集客を考えても、合唱団は大規模の方が興行的にも安心できますしね。

3)第3楽章の後、アタッカで第4楽章に入る事は、まずない

 第九って、本来(つまり楽譜上は)第3楽章が終了したら、アタッカで(つまり休むことなく続けて)第4楽章に突入するように出来ていますが、まず、そのように演奏されたコンサートに行った事はありません。

 多くのコンサートでは、第3楽章が終わったら、その時点で合唱団とソリストの入場が行われる事が多いです。本来、合唱団は曲の冒頭からステージにいるべきでしょうが、合唱団の出番は、曲の開始してから約1時間後ですから、その間、ステージでじっとしていろと言うのは、アマチュアさんには酷です。で、曲の途中で入場するわけですが、そのタイミングとして、第3楽章終了後というパターンが多いと思います。

 合唱団の入場って、だいたい10分前後かかります。オケがアマの場合、この時間で休憩を入れて、演奏の立て直しをするわけですから、第3楽章の後のこの時間は、意外に大切な時間なのかもしれません。

 また、第3楽章の前(つまり、第2楽章終了後)に合唱団を入れる事もありますが、その時でも、ソリストの入場は第3楽章後だったりするので、やっぱりアタッカで第4楽章に入る事って、まあ無いですね。

4)だいたい合唱のテノールだけ残念

 合唱団がアマチュアですから、その歌唱レベルも色々です。上手なところもあれば、残念な団体もあります。どの程度の技量の合唱団であっても言えることは、テノールパートは、その他の3パートと比べて、だいたい残念な事が多いです。

 そもそも、残念以前に、人数が揃っていない合唱団もありますし、数が揃っていても質が揃っていないわけで、本当に残念な事が多いです。

 そもそも、第九の合唱パートって難しいんですよ。だから、テノールが残念と言うよりも、他のパートの人たちが頑張っている…と言うべきなのかもしれません。

 一つ言える事は、上手な合唱団は、テノールパートも上手だって事かな?

5)観客の中に子どもがチラホラ

 クラシック音楽のコンサートって、滅多に子どもの姿を見ることはありません。原則、未就学児の入場お断りですから、本当に小さな子どもはいないのですが、第九だと小学生ぐらいの子の姿を見ることは、珍しくありません…ってか、結構見ます。

 おそらく、第九って、歌うにせよ、聞くにせよ、我が国ではクラシック音楽の“入門曲”という扱いなんだろうと思います。第九って、そんなに簡単な曲じゃないんだけどなあ…。親に連れてこられた小学生にとって、第九って楽しいのかな? だいたい、長いし、飽きないかな?

 とにかく第九のコンサートって、他のクラシック音楽のコンサートと違って、何か特別な感じがする事だけは確かです。

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posted by stone at 03:30| Comment(0) | 合唱

2018年01月15日

第九の合唱はプロがいい? それともやっぱりアマチュア?

 皆さんは、今回の(2017年年末)のN響の第九は見ましたでしょうか? 私はテレビで録画して見ました。今年の指揮者は、クリストフ・エッシェンバッハでしたね。

 それはさておき、今年の第九、最初に舞台を大写しにした時に、ふとした違和感を感じました。それは「あれ! 合唱の人数が少ないぞ…」です。

 やがてこの違和感は解決しました。実は合唱団が、例年の国立音大の学生合唱団ではなく、プロ合唱団である東京オペラシンガーズだったのです。N響の第九と言えば、国立音大が担当…というのが、例年の通例だったのに、どうしたことだろうか…とネットでググって見れば、実は昨年のヘルベルト・ブロムシュテットから、合唱団が東京オペラシンガーズに交代していたそうなのです。

 …すっかり忘れていました。ボンクラだなあ…。

 なぜ、昨年から合唱団が、長年のパートナーであった国立音大から東京オペラシンガーズに変わったのか…理由はググってもはっきりとした理由は分かりませんでした。まあ、あれこれ色々とあるのでしょう。

 推測すれば、理由は色々と思い浮かびます。

 1)指揮者(特に去年のプロムシュテット)が(音大生の集団とは言え)アマチュア合唱団の歌唱を嫌った…とか。

 2)音大の女子大化が進んだ結果、国立音大の男子学生がごく少数しかいなくなり、第九合唱に必要なだけの男子学生を学内で集める事ができずに、やむなく降板した…とか。

 3)N響の第九演奏の制作費に余裕が出て、プロの合唱団にオファーを出せるようになった…とか。

 4)東京オペラシンガーズの営業が功を奏した…とか。

 5)N響と国立音大が急に疎遠になった…とか。

 邪推なら、まだまだ広がりますが、しょせん邪推は邪推ですから、この辺にしておきます。

 さて、N響の第九の合唱団が、アマからプロに変更になった事から、第九の合唱はプロがいいのか、それともやっぱりアマチュアでやるべきなのか…という疑問が私の中に生まれてきました。

 テクニック的な事を考えれば、そりゃあアマよりもプロの方が良いに決まっています。? でも、そうなの?って思わないでもないのです。

 と言うのも、我が国日本って、第九を世界で一番多く演奏している国なんだけれど、その演奏の大半は、アマチュア合唱団の演奏だし、例年テレビで“一万人の第九”なんてのをやっちゃうわけで、第九の演奏ってアマチュア合唱団でいいんじゃないの?という思い込みがありますし、第九はアマチュア合唱団の歌唱でも、十分に感動は得られるのも事実です。

 それにベートーヴェン自身による初演でも、合唱はアマチュア合唱団が担当したという説もあるし、ベルリン・フィルに就任前のサイモン・ラトルがウィーンフィルと組んで第九を録音した時(これ、実にすごい演奏ですよ)も、合唱団はわざわざアマチュア合唱団を起用していたわけだし、そう考えると、アマチュア合唱団による第九だって、捨てたモンじゃないんじゃないかって思うわけです。

 実際、今回のN響の第九だって、国立であろうがオペラシンガーズであろうが、合唱がどうであれ、例年どおりのN響の第九になっていたわけだしね。

 以前から、私は「年末の第九は、N響よりも読響の方が好きだし、良いと思う。なぜなら、N響はアマチュア合唱団だけれど、読響はプロ合唱団(新国立歌劇場合唱団)を起用しているから」と言ってきましたが、N響がプロの合唱団を使っても、私はやっぱり読響の方が好きだし、すごいと思うし、その違いは、合唱団の違いと言うよりも、オーケストラのカラーの違いにあるんだなあと、改めて思ったくらいですから。

 読響の第九は、今回もやっぱり素敵で素晴らしかったです。

 となると…第九は合唱付きとは言え、声楽曲や合唱曲ではなく、やはり交響曲であって、オーケストラの違いが音楽の違いに大きな影響を与えるってわけで、そりゃあ合唱団は下手くそ(別に国立が下手くそって言っているわけじゃないよ、念のため)よりも上手い方が良いに決まっているけれど、下手だから感動的な演奏は難しいってわけでもなく、そこは指揮者のコントロールとオーケストラの頑張り次第って事になるかな…なんて思いました。

 そう言えば、たしかに第九って、合唱団がアマチュアでも聞けるけれど、オーケストラがアマチュアだと、聞いていてもちょっと厳しいもんなあ。

 やっぱり、第九は、なんだかんだと言っても、交響曲なのでした。

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posted by stone at 03:30| Comment(6) | 合唱

2017年10月03日

なんで大きな声で歌えないの?

 私は歌が好きです。聞くのも好きですが、歌うのはもっと好きです。独唱も好きだし、重唱や合唱も大好きです。しかし、合唱団に行くと、声が大きすぎると言われて、陰湿なイジメに合うことが多いです。

 合唱団のイジメが、いかに陰湿なのかという話題は、またそのうち書くことにして、今回は、なぜ合唱団の人たちって、あんなに声が小さいのかという事について考えてみたいと思います。

 ちなみに私、合唱団に行くと、声がデカイ声がデカイと言われますが、実はそんなに大きな声の持ち主ってわけでもないんだなあと、最近はつくづく思います。

 較べること自体が失礼な話なんですが、プロの皆さんと較べると、私の声量なんて、お話にならない程度で、決して大声ってわけじゃありません。プロでなくても、今のY門下やF門下のお姉さまお兄さま方と較べても、私の声は大きい方には入りません。私よりもお姉さまお兄さまの方が、よっぽど大声です。もっとも、キング門下時代は、門下の中でも大声の方に入りましたから、私の声は大声とは言い切れなくても、小さな声では無いって事は確かです。

 それにしても、押しなべて、合唱をやっている方って、声が小さいです。特に大きな団体の方ほど、一人一人の声は小さい傾向があります。なぜでしょ?

 おそらく一番の原因はメンタルかな?って思います。つまり、その気になれば、もっと声が出ないわけでもないのだろうけれど、なんとなく、大きな声を出さないってヤツです。

 たぶん恥ずかしいんでしょうね。合唱をやっている人って、シャイな人、多いですから。歌うのは好きなんだけれど、自分の歌声を聞かれるのはイヤってタイプです。だったら風呂場で一人で歌ってろ!とか悪態ついちゃますが、それじゃあ物足りないし寂しいのでしょう。だってお風呂場には友達がいませんから(笑)。要は歌いたいし、おしゃべりしたいし、楽しい時間を過ごしたいから合唱団に入ったけれど、歌を聞かれるのはイヤだし、目立つのなんて恥ずかしくてたまらないから、練習の時は小さな声で歌います…って事なのでしょう。

 ですから、練習の時に、指導者がパート別とか、列ごととか、ある程度人数を絞って歌わせる(誰の何がダメなのかをはっきりさせるためですね)と、ますます声が小さくなっていっちゃうんですね。だって、歌う人数が減れば、自分の声がみんなに聞かれてしまい、余計恥ずかしくなってしまうじゃないですか。

 そんなこんなで、いつもいつも小さな声でばかり歌っていると、自然と歌声が小さくなっちゃいますね。そのうち、出そうと思っても、大きな声が出なくなってしまうわけです。一種の廃用性症候群ですね。これが合唱をやっている人が大きな声が出せない理由の1番目です。

 2番目の原因は、その一種の廃用性症候群(?)周りの話になります。まあ、廃用性症候群は大げさな話だけれど、人間のカラダって、使わないと、ドンドン劣化していき、やがては気持ちがあっても動かなくなるんです。

 筋肉がその代表例です。筋肉って使わないと、ドンドン細くなっていきます。筋力というのは、筋肉の断面積と比例関係にありますから、筋肉が細くなると筋力が弱まっていきます。すると、カラダのあっちこっちが動かなくなるし、動いてもゆっくりな動作しか出来なくなります。

 声って、基本的に、筋力で出力します。筋力が弱まると、音量も小さくなり、音域も狭くなり、声もふるえるようになります。ちりめんビブラートで歌っている人なんて、かなり筋力が衰えているのです。

 3番目の原因は、体格の問題があります。歌声とは人体を楽器にして出すわけですが、楽器、とりわけアコーテスィックな楽器と言うのは、一般論として、共鳴箱や共鳴腔が大きいほど音量が大きくなります。それは人間も同じ事で、体格が大きいほど大きな声が出せます。逆に言うと、小さなカラダでは出せる音量にも限度があるって話です。

 もちろん、大きなカラダとは、骨格の組み方が大柄なカラダの事を言います。体重は音量とは直接関係ありません。身長が高い事、胸板が厚い事、お尻がパンと張って大きい事。頭が大きい事。これらの要件を備えている事が、大きな声で歌える要因になるわけで、逆にこれらの要件を満たさない人(背が低い。カラダが薄っぺらい。小尻&小顔)は、大きな声で歌うのは厳しいと言えるでしょう。

 ちなみに歌手にとって体重は、ある程度は必要なんだそうです。ある程度の体脂肪は声の音色を柔らかくするそうですし、体重があれば音波の発信源として効率が良くなり、よりエネルギーを音波に変換するのに無駄が減り、大きな声で歌うことできます。しかし、太り過ぎて、内臓脂肪が多くなりすぎると、体内に脂肪がたまって共鳴腔が狭くなり、むしろ音量は小さめになりますので、太りすぎは歌手にとってプラスにはなりません。

4番目の原因は…テクニック不足? テクニックが不足しているために、バランスの良い発声ができずに、息を声に変換するのがうまく行っていない…ってのは、当然あります。良い発声って、声の大半が外に出てしまうため、声が自分の中に残らないわけで、それで独唱者などは、自分の声を外部からの反響音として聞くわけです。だから、ある程度、反響のある会場だと歌いやすいし、反響がないデッドな会場では歌いづらいわけです。

 で、合唱の場合、自分の歌声は周囲の人たちとの声に混ざり、反響音があろうがなかろうが、自分の声だけを聞くという事はできません。そこは「自分は正しい音程で歌っているハズ」というのを、自分の体内各所の筋肉の緊張で把握していくわけだけれど、実際これはかなり難しいわけで、どうしても自分の音を自分の耳で確認したくなるわけです。

 そうなると、自然の発声はこわれます。本来は、声の大半を外に出さなきゃいけないのに、ある程度の声を外に出さずに、体内に残して、自分の声を骨伝導で聞くようにしちゃうわけです。これは本当はダメなんですよね。これをやっちゃうと、音量が減るだけでなく、音程も音質も怪しくなります。と言うのも、骨伝導で聞く音って、空気の振動で聞こえる音(外に出た音はこれだし、周囲の人たちが聞くのもこれだし、録音される声もこれです)とは違うからね。そんな事をやっていると、いつまでたっても、歌は音痴のままだし、声量だって増えません。ま、どれだけ素っ頓狂な声で歌っていても、音量が小さくて周囲によく聞こえなければ、合唱的には問題ないので、会費とか団費さえ支払ってくれれば、邪魔にはされないんですが…ねえ。

 とまあ、大きな声が出ない原因を4つばかりあげましたが、やはり一番大きな原因は、最初にあげたメンタルの問題でしょう。

 「恥ずかしくて大きな声が出せない」 これに尽きます。

 合唱はバランスが大切です。確かに、合唱団の中で大きな声で歌う人間がいたら、バランスが悪くなります。でもね、音楽なんて、お客さんに聞こえてナンボでしょ? だったら、大きな声で歌う人間を押さえつけて、小さな声でバランスを取るよりも、みんなで大きな声を出して、団全体の声のボリュームを増やした方がいいんじゃないの?

 最大音量(ff)が増えれば、最小音量(PP)の差も大きくなって、音楽の表現力がマシマシになるわけですから、声のボリュームって、大きければ大きいほどいいんじゃないですか?

 もしも本当に音楽や歌や合唱が好きなら、恥ずかしさなんて乗り越えて、ガンガン歌って、バンバン声を出してゆきましょう。

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posted by stone at 03:30| Comment(6) | 合唱

2017年06月20日

声楽人が合唱団に入って失う5つのモノ

 昨日は「声楽人が合唱団に入って得る5つのモノ」を書きましたが、声楽人が合唱団に入って合唱を始める事で失うものだって幾つかあります。今回は、そんな“失うモノ”について書いてみたいと思います。

 1)自由に歌うこと

 声楽は自分の個性を前面に押し出して、自分を表現していきます。一方、合唱では大勢いる歌手たちがそれぞれに自分を押し出して行ったら…当然、音楽はバラバラになってしまいます。声楽では音楽は歌手のモノですが、合唱では必ずしも音楽は歌手のモノではありません。では誰のモノかと言えば…それは指揮者のモノです。合唱では指揮者が絶対的な存在なのです。

 ですから、合唱を歌うと言う事は、指揮者に従い、指揮者の楽器となって歌う事を意味します。あくまでも指揮者の意図を表現するために歌います。決して自分の個性を生かした歌い方ではダメです。そういう点では、合唱では歌手に音楽的な自由はないのです。そこを我慢できるか…と言うよりも、そこに喜びを見いだせるかどうかが問題となります。個性の強い人、自己表現をしたい人には合唱は向いていないのかもしれません。

2)自由な時間

 (いわゆるアマチュアの)合唱団の練習は、押しなべて長時間に渡ります。声楽人は、声が減る事を恐れて、長時間の練習はしないのモノですが、合唱は違います。合唱では、一回の練習時間が2時間ってのはザラで、これが3時間とか4時間とかいう団も決して少なくないです。また、回数も頻繁にあって、週に1回の練習という団が多いとは言え、週2回という団も少なからずあります。つまり、合唱団に入団すると、趣味生活の時間の大半を合唱に費やさざるをえなくなる事もありうるわけです。

 それに加えて、自宅での練習ってのもあるわけで、ほんと合唱を始めると、合唱に時間がみるみると吸い取られていくわけで、その他の事をする自由な時間って奴が無くなってしまいます。

 だからと言って、合唱はチームですから、自分だけサボったり怠けたりってわけには行かないのが辛いですね。声楽ならば、所詮は自分ごとですから、そこは自分のペースで練習できるのと較べると、ほんと雲泥の差です。

3)自由な選曲

 当然の話ですが、本番等での選曲は、指揮者と団の代表者さんたちの話し合いで決まることがほとんどです。一般団員の意見を聞いて選曲される事って…普通はありません。その合唱団に所属している限りは、次の本番で歌う曲が、たとえ自分の趣味に合わない曲であっても、選曲されれば、それを歌うしかないのです。

 気に入らない曲を歌うほどの忍耐力があなたにはありますでしょうか?って話です。

4)スポットライト

 実はここが一番切実な問題だったりします(笑)。

 声楽は歌手が主役です。しかし合唱は指揮者が主役であって、歌手たちは合唱という楽器の一部で合唱は指揮者の楽器でしかなく、合唱団員はその楽器の一部でしかありません。たとえ演奏が大成功であっても、スポットライトを浴びて賞賛を受けるのは指揮者であって、合唱団ではないわけだし、ましてや合唱団員の一人ひとりにスポットライトが当たることは、決して無いのです。

 「注目なんて浴びなくてもいいのよ」という人ならば全然問題ないだろうが、「それではイヤ」という人が…声楽人には少なからずいるような気がします。自分が歌ったのだから、きちんと注目を浴びたいし、ちやほやされたい…そう思う人もいるでしょう。実は私はそのタイプの人です。別にちやほやされたいとまでは思わないけれど、努力に見合う正当な評価と賞賛は欲しいと思ってます。そこをスルーされるのは、なんか納得いかない人です。でも、そういう人って、私以外にもいるでしょ?

5)人を信じる心

 声楽人が合唱団に入った場合、嫌な思いをする人は大勢います。ちょっとした嫌がらせから始まり、イジメにまで発展する事すらあります。人間不信になる人もいるし、合唱嫌い、音楽嫌いになる人もいます。

 原則的に、合唱人は声楽人が気になります。それが好意という形で興味を持ってくれる人がいるなら、その場合はそれはそれで良いのですが、排除という形で攻撃してくる人も大勢います。これが問題です。

 集団原理として、異物を排除するというのは、ごく自然の行いなのかもしれませんが、その結果として、声楽人が合唱を始めると、嫌がらせを受けて、イジメられて、やがて人を信じる心が失われていきます。悲しい事ですが、現実です。

 でもきっと、声楽人を快く受け入れてくれる合唱団も、きっとこの世には一つや二つあるはずだと私は信じています。ただ、そんな団体と出会った事はありません。だからでしょうね。合唱から声楽に転向してくる人はわんさかといますが、その逆はあまりいません。

 なんとも残念な話です。

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posted by stone at 03:30| Comment(6) | 合唱