2017年05月17日

LFJ その4 マスタークラスもそろそろ潮時かな…

 夕食は、妻の薦めでガパオライスを食べました。ガパオライスってのは、タイ料理の一種で、いわば“鶏肉のバジル炒めご飯”なんです。妻は、これをどこぞの大学祭に行って食べて、とても美味しかったそうで、今回の屋台村にガパオライスの店が出ていたので、ぜひ食べようって事になったわけです。

 妻は熱心に薦めましたが、言っちゃあなんだけれど、ガパオライスはタイ料理だよ。そもそも、私も妻もタイ料理は苦手で、普段は絶対に手を出さないのですが、あまりの妻の強い薦めで食べてみました。

 …やっぱり、タイ料理でした。ガパオライスには何の罪もないし、タイ料理も悪くありません。ただ、私の好みには全く合わないってだけです。食の好みに善悪はないからね。あれだけ強く薦めた妻のクチにも合わなかったみたいです。始終「辛い、辛い」と言ってましたが、タイ料理って基本的に辛いんだよね。一体、どこで、どんなガパオライスを食べたんだか…。

フラメンコ

 夕食後はホールEに戻って、今度はフラメンコ歌手の舞台を見ることにしました。

 アントニア・コントレラマ(フラメンコ歌手)
 ホアン・ラモン・カロ(ギター)

 まずはギタリストが一人で出てきて、何やらソロ曲を演奏しました。まあ、前座ですね。次に女性歌手が出てきて、椅子に座って、何やら歌いだしました。ちょっとアレ?って思ったものの、カスタネットを持って踊るのはダンサーさんなわけで、歌手なら歌うだけだよね…って納得しました。

 舞台には歌手とギタリストが一人ずつで、割りとおとなしい舞台でした。フラメンコと言えば、激しい音楽やダンスを想像していたので、ちょっと拍子抜けと言うか、期待とは違うものが出てきて、アレ?って気分になりました。歌っている曲は、なんかのんびりした民謡っぽい曲でした。何を歌っているかは、全然分からなかったけれど、おそらくスペイン民謡なんでしょうね。日本の民謡にも通じるような、何か物悲しい曲でした。

 曲調がゆっくりとしていたし、音量もそんなに大きいわけではなかったので、私は会場に流れるBGMに気を持っていかれました。舞台をやっている時くらい、会場のBGMを切ればいいのに…って思いました。それだけ、私は舞台に集中していなかったんですね。

 やはりフラメンコは、クラシック音楽とは別ジャンルの音楽だなと思い、まだ演奏中だったけれど、立ち見だった事もあって、会場から離れて、ソフトクリームを食べる事にしました。帝国ホテルのソフトクリームだったので、さてどんな上品なアイスだろうかと思って待っていたら、出てきたのはスジャータのソフトクリームでした。スジャータのソフトクリームって、日本中の観光地のあっちでもこっちでも食べられるヤツでしょ。ちょっとガッカリしちゃいました。

 美味しかったけれど、スジャータだったら、別にここで食べなくてもいいかなあ…って思ったわけです。

ピアノのマスタークラス

 ソフトクリームを食べて、時間的にもちょうど良くなったので、ガラス棟を上がって、マスタークラスを聞きにいきました。

 マルク・ラフォレ(ピアノ)

 J.S.バッハ:バルティータ No.2 BWV826 ハ長調

 今回の生徒さんの演奏は、最初はどうなるかと思ってハラハラして見ていましたが、後半は徐々に調子を上げてきたようでした。

 パルティータは舞曲集なので、それぞれの舞曲の性格が際立つように演奏しないといけないのだそうです。そのためには、演奏者は意図を持って演奏し、その意図がきちんと観客に伝わるように演奏しないといけません。そのためには、多少演奏がイビツになっても仕方がなく、美しい演奏よりもより強く表現する事を優先して欲しいのだそうです。

 ただし、表現すると言っても、バッハの時代の音楽様式を踏まえた上での表現でないとダメで、我々はついうっかりすると、ロマン派的な演奏をしがちだけれど、バッハはロマン派ではないので、そこは注意をしないといけないのだそうです。

 例えば、曲の冒頭部は楽譜ではアルペジオになっているそうだけれど、これを楽譜に書かれたままアルペジオで、このまま演奏してはいけないのだそうです。なぜなら、それはバッハの時代の音楽様式と異なるわけで、いくら楽譜にアルペジオで書かれていても、そこは批判的にならないといけない…というわけです。少なくともラフォレ先生ならば、ここはアルペジオでは演奏しないのだそうです。アルペジオを止めて、和音をガツンと弾いてしまうわけです。

 アルペジオを止めて和音をガツンと弾いてしまえば、演奏的には簡単になってしまいます。その時、その演奏の簡単さが観客に伝わるようではダメで、簡単なんだけれど簡単だと感じさせてはダメなのです。ここは“痛み”を以て演奏し、その“痛み”が観客に届かないとダメ。“痛み”が伝われば、誰も“簡単な演奏”とは思わないわけで、つまり、1音1音に情熱を込めて演奏しなさいって事なんだと思います。

 そんな事を言いながら、先生が模範演奏すると、生徒さんの演奏とはまるで違った音楽が展開されるわけです。なにしろ生徒さんの演奏は“楽譜を音にしてきました”程度で、その先まで踏み込んだものではないわけで…まあ、これは生徒さんの演奏家としての力量の問題になるわけです。

 午前中のビオラ・ダ・ガンバのマスタークラスでも感じた事だけれど、LFJでのマスタークラスも、だいぶ性格が変わってきたなあ…と思いました。マスタークラス自体は、ずいぶん前から恒例として行われてきたけれど、以前のマスタークラスは、生徒自身が演奏家として、それなりに成熟していて、自分なりに完成された音楽を持ってきて、それを先生にぶつける事で、新しい音楽的な局面が開かれていく様が見れましたが、ここ数年は、生徒さんもだいぶ未熟な方が増え、音楽として完成されていない状態で、マスタークラスに持ってきてレッスンを受けているような感じになりました。

 つまり、マスタークラスではなく、通常の音楽レッスンになってきたわけです。

 高いレベルのレッスンが見られるから“マスター”クラスであって、そうでないなら人前での公開に耐えない…と私は思います。そういう意味でも、LFJのマスタークラス、色々と潮時だなあ…と感じたわけです。

 続きはまた明日。

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2017年05月15日

LFJ その3 さすがは有料公演です

 食後の合唱曲を聞いた後は、ふたたび東京国際フォーラムを後にし、次の演奏場所に向かった私たちでした。

木管五重奏団

 向かった先は、今回から加わった新しい演奏場所、三菱商事MC FORESTの1階広場でございます。丸ビルの(東京駅から見ると)すぐ裏の場所で、丸の内にあるのに“丸の内エリア”ではなく“LFJエリア”という、ちょっと3番手的な扱いを受けている演奏会場でございました…三菱系なのに、ちょっと寂しい扱いなのが残念な場所です。

 ここ、演奏会場として良いですよ。野外なので、天候さえ良ければ…という条件付きですが、感じとしては、三菱一号館美術館近くの、丸の内ブリックススクエアのような場所です。高いビルに囲まれた、静かで響きの良い空間なのです。むしろこちらは、三菱商事MC FORESTの玄関前ですから、ビルそのものが反響板の役割をしますから、丸の内ブリックススクエアよりも良いかもしれません。あと、椅子が何脚か用意されていて、座りながら聞けるのも良いかもしれませんね(丸の内プリックスクエアは、基本的に立ち見オンリーです)。

 この場所で聞いたのは、木管五重奏の演奏でした。

 Appasionista [川口晃(フルート),是沢悠(オーボエ),西崎智子(クラリネット),河崎聡(ファゴット),安田健太(ホルン)]

 1)ファルカシュ:17世紀の古いハンガリー舞曲集より
 2)トマジ:世俗と神聖な5つの踊りより
 3)松本孝弘:ultra soul
 4)イベール:3つの小品

 1)は素朴な感じのなごみ系の曲でした。4曲演奏してくれましたが、どの曲も素朴です。そもそも木管五重奏曲として作られたオリジナル曲なんだそうです。道理で、それぞれの楽器の良さも引き出されていて、好感の持てる曲でした。

 2)は現代曲だそうで…よく分かりませんでした。どうも私は現代曲は苦手なようです。例によって、メロディがありそうで無い感じの曲でした。

 3)は、すごく良かったですよ。前半はワルツに、後半は四拍子のいわゆる縦ノリのリズムにアレンジされていました。フルートは何気に高難度なテクニックを披露していて、思わず演奏に引き込まれてしまいました。ちなみに、ドラムパートはフルートが演奏していたんですよ、想像できる?

 4)は知る人ぞ知る木管五重奏曲の定番にして名曲なんだそうです(私は知りませんでした)。なんでも、出版譜の指定と作者の指定が違うそうで、今回は作者の指定通りの順番で演奏した(第3楽章→第2楽章→第1楽章)んだそうです。私には馴染みのない曲でしたが、各楽器がそれぞれ活躍する箇所もあり、曲想もどことなくアンニュイで、しっかりメロディーもあって、良い感じでした。

 客のウケも良くて、LFJではめったにないアンコールをやってくれました。ファルカシュの曲でしたが…どの曲をやったのかは、私には分かりませんでした。

こうもり

 次は有料コンサートです。東京国際フォーラムに戻りました。

 びわ湖ホール声楽アンサンブル
  大川修司(指揮),渡辺治子(ピアノ)、中村敬一(演出)
  アイゼンシュタイン(増田貴寛)
  ロザリンデ(平尾悠)
  ファルケ(五島真澄)
  オルロフスキー公爵(山際きみ佳)
  アルフレード(島影聖人)
  アデーレ(藤村江李奈)

 ヨハン・シュトラウス二世:オペレッタ「こうもり」(ハイライト・演奏会形式・日本語版)

 とにかくおもしろかったです。全3幕2時間半のモノを、あまり有名ではない曲を省き、込み入った部分をすっきりとまとめて、全1幕約1時間にしました。主要な曲はすべて演奏し、ストーリーも基本的に同じで、短縮オペラとしては、上出来でした。さらに言えば、演奏会形式と銘打ってますが、大道具が無いだけで、歌手たちは衣装を着て、しっかり演技をしながら演奏していました。日本語歌唱でしたが、オペレッタは現地語上演が原則ですから、日本語も気にならず、とても頼ませてもらいました。

 かなりたくさんの客が時間ギリギリ、あるいは遅刻して入ってきたので、開始時刻が少々遅れてしまいました。おそらく、ホールEで演奏された「こうもり」を見てきたのでしょう。あちらは無料演奏だし、同じように、ハイライト・演奏会形式・日本語版だし、その上、こちらよりも演奏時間が長いし、合唱団が加わっているし…声楽ファンなら行くよね。私も、移動時間の事を考えなければ、必ずそちらにも行きました…で、多くの人が移動時間の事を考えなかったようで、あちらを見てからこちらにきたのでしょうね。それでこちらの演奏開始が遅れてしまったようです。

 ホールEでの「こうもり」、どんな感じだったんだろ? そちらはそちらで、私だって興味あったのよ。

 さて、こちらの有料コンサートの話に戻ります。通常はバリトンが演じるアイゼンシュタインが、こちらではテノールさんによって歌われました。もう、それだけで私は満足だったりします。さらに、アルフレード(そもそもテノール役です)は、オルロフスキーが歌えるんじゃないの?ってくらいに高いテノールさんでした。で、そのオルロフスキーは…と言えば、まるで宝塚の男役さん?って感じのソプラノさんが演じていました。日頃からズボン役にケチをつけがちな私ですが、この配役には納得しました。

 セリフ部分はかなりの改変&現代化がされていて、日本語の喜劇として、きちんと成立していました。

 LFJで、割りとしっかりしたオペラを見たのは、これが始めてかもしれません。LFJは器楽演奏に傾きがちだからなあ…。いやあ、とても良いものを見せていただきました。さすがは有料公演。感謝感謝です。

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2017年05月14日

LFJ その2 私の舌は貧乏舌なんです

 マスタークラスの次は、東京国際フォーラムの隣のビルであるTOKIAに行って、コンサートを聞きました。

アラカルト・コンサート

 私が聞いたコンサートは特に名称はありませんでしたが、オーディションをくぐった、複数のアマチュアさんや若手プロの方々が出演するコンサートでした。そういう意味で“アラカルト・コンサート”なのです。

 山本爽楽(ピアノ)、松尾茉莉(ヴァイオリン)、加納裕生野(ピアノ)、塙美里(サックス)、宮野志織(ピアノ)

 1)山本爽楽:Capriccio for RANPO(山本爽楽)
 2)クライスラー:テンポ・ディ・メヌエット(松尾茉莉&加納裕生野)
 3)ブラームス:ハンガリー舞曲第5番(松尾茉莉&加納裕生野)
 4)モンティ:チャールダッシュ(松尾茉莉&加納裕生野)
 5)フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 第2楽章(塙美里&宮野志織)
 6)プーランク:愛の小径(塙美里&宮野志織)

 1)は自作自演って奴です。登場したピアニストさんはまだ少年でした。おそらく天才なんでしょうね。「世界よ、僕の才能に酔いしれよ!」と思ったかどうかは不明ですが、楽しげに自作を演奏していました。もっとも、演奏された曲は、ジャンル的には現代曲って奴なので、聞いていて、ちょっとも面白くなかったです。ただ、音がジャカジャカ鳴っているなあ…って感じです。現代曲って聞く人を選ぶからね…私のような低レベルの音楽ファンでは、とても楽しめる曲ではありませんでしたが、それが現代曲って奴なんだから、仕方ないですね。LFJのような一般客相手の(それも無料)コンサートには、似つかわしくない選曲だなって思いました。

 江戸川乱歩に影響を受けて書いた曲なんだそうですが、それならば“for Ranpo”ではなく“for Rampo”だとオジサンは思います。

 2)〜4)のコンビは、ピアニストである加納さんがオーディションに申込んだのだそうですが、演奏は完全に相方であるヴァイオリニストの松尾さんがメインになっていました。

 ヴァイオリンのソロってカッコイイなあ…って、素直に思いました。メロディをカッコよく演奏するならヴァイオリンしかないよね…って、メロディの無い曲の後だったので、本当に強く感じました。3曲ともカッコよい上に、なんとも哀愁があって、心に染み込んで…いやあ、良いモノを聞かせていただきました。

 5)は、ヴァイオリン・ソナタのヴァイオリン部分をアルトサックスで演奏してみました…という演奏だったのです。これは好みの問題だと思うし、一生懸命に演奏してくれたのも分かるのだけれど、なんかサックスの良さをあまり感じられない曲だなあって思いました。聞きながら「これじゃない感」を強く感じた私でした。サックスとピアノの組み合わせなら、他にも良い曲はたくさんあるだろうに…。

 6)はアンコールとして演奏してくれましたが、こちらはサックスがサックスサックスしていて、とても良かったです。最初っから、こちらを演奏すれば良かったのに…なんて思いましたよ。やはり、楽器のキャラクターと曲のキャラクターが合わなければ、一生懸命演奏してもお客を楽しませられないものだなあ…って思いました。

 まあ、出演者を募集して集めたそうですから、出演者的には、客を喜ばせるよりも、オーデションを勝ち抜き、せっかく手にした千載一遇の演奏の場に、自分のとっておきの曲を演奏したい…と願うわけで、そこにはお客を楽しませるという姿勢が薄くても仕方ないかなって思いました。所詮、無料コンサートだしね。

 ああ、パソナのコンサートが恋しい(涙)。

キオスクコンサート

 アラカルト・コンサートを見終え、再び東京国際フォーラムに戻った我々でした。以前、展示ホールと呼んでいたホールEで行われるコンサートを聞きに戻りました。

 時間の余裕をもって戻ったつもりでしたが、キオスクコンサートは人気があるので、席はすでにどこにもありませんでした。演奏が始まるまで、時間がかなりあったし、ちょうどお昼時という事もあったので、座席を確保するのは諦めて、ちょっと離れているけれど、会場内で食事をしながら聞きましょうって事になりました。

 会場で食事となると…帝国ホテルのケータリングですね。私はチキンカレーとホットドッグを、妻は本日のランチを食べました。さすがはホテルのケータリングです。お値段も高級だし、お味もお上品でした。まあ、お値段が高級なのは覚悟していたので文句はないのですが、お味がお上品なのには、さすがに困りました。カレーライスなのに、目をつぶって食べると、ハヤシライスみたいなんだもの。私のような庶民にとって、これはカレーライスとは言えないですね。カレーライスみたいな姿をした何か別の料理です。

 私にとってのカレーって、市販のカレー粉を使って妻が家庭で作ってくれるカレーであり、インド人シェフのいるインド料理屋で出されるカレーなんです。でも、ホテルでお食事をされるようなセレブな人々は、家庭でカレーを食べないのかな? インド人がやっているようなインド料理屋なんて行かないのかな?

 ホテルのカレーって、全然違うんですよ。でも、この味を支持する方々がたくさんいるから、帝国ホテルはこの味でカレーを客に提供するわけです。誰も支持しなきゃ、とっくの昔にメニューから消えているか、今風の味になっているわけです。でも、この味で堂々と提供されているって事は、この味を好み、この味を支持する人々がいるってわけで…、それは帝国ホテルの利用者の皆さんなわけで…、そういう人にとっては、この味こそがカレーライスなんでしょうから、私とは住んでいる世界が全然違うわけです。

 つらつらと思い出してみれば、帝国ホテルに限らず、日本にある、いわゆる一流ホテルで食べられるカレーライスって、味が薄いよねえ。まあ、私もすべての一流ホテルのレストランのカレーを食べ歩いたわけではないけれど、東京とか横浜とかの一流って言われるホテルで(なぜか)カレーライスを食べる機会がチョボチョボあったわけで、思い出してみれば、どこも薄味で、いかにも健康に良さそうな、古風なカレーライスだったような気がします。

 だから悪いの帝国ホテルではなく、私の舌なんだよな。

 私はあっちの世界の人間にはなれないなあ…って思いました。私の魂が、あの料理をカレーと呼びたくないと叫んでいます。料理としては、かなり美味しいのだけれど、でもこれは私が知っているカレーという料理の範疇には入らないですよ。全くの別ジャンルの料理だと思います。

 ちなみに、妻が食べた、本日のランチは、とても美味しかったそうだけれど、ごく少量で、私なら1分以内に食べ終える自信がありますよ。

 なんとも物足りない食事となってしまったので、食後にコンビニに駆け込んで、ソイバーを3本食べて、お腹を落ち着かせました。やっぱり私にはホテルの食事は似合わないみたいです。

 つまり、私の舌は“貧乏舌”って事ですな(涙)。

 さて、肝心の音楽の方は、こんな感じでした。

 リベラル・アンサンブル・オーケストラ、曽我大介(指揮)、一音入魂合唱団

 1)チャイコフスキー:スラブ行進曲
 2)ボロディン:オペラ「イーゴリ公」から「だったん人の踊り」

 まず、オーケストラがめっちゃ上手かったのです。このオケはプロなの?アマなの?って思いました。アマにしては上手すぎるし、プロにしては情熱的なのです。プロとアマの良い部分を両方共に持っているようなオケでした。もしかすると、トラとしてプロが大量参加しているアマ団体とか? それにしても、チャイコフスキーの音楽には、これくらいの熱量高めの演奏がお似合いです。

 合唱も上手。特に女声がめっちゃ上手でした。男声は…上手なんだけれど、いかにもパワー不足な感が拭えませんでした。男女ほぼ同数のようでしたから、普通なら男声優位のはずなだけれど、男声にとって歌いづらい音域だったのかな? 終始女声優位な感じでした。まあ、女声はメロディなので、それはそれでアリですが、男声ファンとしては寂しかったです。

 と言う訳で、続きはまた明日。

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posted by stone at 03:30| Comment(2) | ラ・フォル・ジュルネ

2017年05月13日

LFJ その1 ヴィオラ・ダ・ガンバのマスタークラス

 さて、今年もラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(以下LFJと略)が開催されました。私も例年のように、初日と最終日に参加しましたので、例年のように、自分の記録のために記事をアップしていきたいと思います。

 2017年の今年、私的にショックだったのは、パソナがエリアコンサートに不参加だった事です。いやあ、ほんとにショックで、パソナのコンサートが無くなったんだから、今年はLFJそのものに行くのを止めてしまうおうかと思ったぐらいです(マジです)。

 もっとも、パソナコンサートが無くなったと知った時点で、すでに有料コンサートのチケットを購入していたので、泣く泣く出かけたのですが、もしも有料コンサートの販売以前に知っていたら、本当に行かなかったかも…それくらいショックな出来事でした。

 ここ数年、私にとって、パソナコンサートありきのLFJだったからなあ…。

 さて、気持ちを切り替えてゆきましょう。

 LFJの初日の初っ端は…ヴィオラ・ダ・ガンバのマスタークラスに行きました。先生は、フィリップ・ピエルロ先生です。

マスタークラス(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

 初回のマスタークラスって、10時半開始で、整理券はその90分前の9時から配布で、例年は朝9時に行って整理券をもらっていたのですが、今年は1時間遅れの10時に整理券を貰いに行きました。1時間遅れの登場ってのは…それくらい、例年とは私のテンションが違うって事ですね。30分前に行って、整理券がもらえなかったら見なくてもいいや…くらいの低いテンションだったわけです。…でも、30分前で整理券をもらえちゃったので、例年通り、マスタークラスを見ることが出来ました。

 演目は、マラン・マレ作曲(誰?)の『ヴィオール曲集第3巻 組曲ト長調』の中から『壮大なアルマンド』と『クーラント』の2曲でした。

 曲的には全く知らない曲だったし、曲もそんなに面白いものでもなく、正直生徒さんの演奏にもワクワクしませんでした。ただ、ヴィオラ・ダ・ガンバという珍しい楽器の音楽が聞けたことが収穫かな?

 ヴィオラ・ダ・ガンバと言うのは、古楽器の一種で古楽で用いるチェロのような楽器です。弦は7本で、指板にはフレットがあります。弦が7本と言う事は、かなり音域も広そうです。実際、課題曲の演奏では、先生との二重奏(先生が低音部、生徒さんが高音部を演奏)でしたが、広い音域を縦横無尽に使った感じが、面白かったですよ。

 まず先生は、弓の使い方を丁寧に教えていました。

 弓の全幅をきちんと使い切る事。弓は大胆に大きく使う事。そして、フレーズを弾き終わったら、弓を弦に押し付けたままにせず、弓を空に飛ばす事など、音を生き生きとし、部屋の残響を活用する方向の指導をしていました。また、フレーズの中に、メロディと伴奏が混ざっているのですが、メロディの部分は弓をたっぷり使い、伴奏の部分(装飾的な経過音が多い)では、弓をほんのちょっとだけ使うなど、メロディとそれ以外の弾き分けも注意していました。

 左手の指導もしていました。

 どうやら生徒さんは(癖なんでしょね)フレットの直上に指を置いて弾きがちで、これのせいで、どうも音がくぐもるようなんです。何度も先生に注意されていました。それを先生は注意するために、和音を弓でなく、ギターのように爪弾いて弾いてみせたり、プリングオン/オフをやらせてみたりしていましたが、どうにも上手く行かなかったみたいです。

 私が見るに、生徒さんはヴァイオリンから転向してきて、ヴァイオリンの奏法が抜けていないのではないかと思いました。と言うのも、フレットの扱いがなんともぎこちないんですよ。ヴィオラ・ダ・ガンバはフレットがあるので、むしろ左手はギター的な使い方をしないといけないのです。

 ヴァイオリンとギター。その左手の動かし方は似ているようで、実はかなり違うんですね。私は両方弾くので分かるのですが、ほんと、ちょっとした感覚が全然違うんです。実際、私もヴァイオリンに熱心に取り組んでいた時は、リードギターが弾けなくなっていましたもの。それくらいに違うんです(リズムギターはコード奏法なので、演奏に支障なしでした:笑)。でも、ギターに夢中になっている時でもヴァイオリンは弾けるんですよ。つまり、ヴァイオリン→ギターは難しいのですが、ギター→ヴァイオリンはさほど大変でもないのです。まあ、これは私に限った事かもしれませんが、面白いですね。

 ちなみにヴィオラ・ダ・ガンバは、フレットがある事からも、左手はかなりギターに近いんですね。どうも、そこに生徒さんは苦労しているみたいでした。

 クーラントでは、三拍子のリズムの取り方を注意してました。クーラントは舞曲ですから、強拍の置き方が大切で、機械的な三拍子では全くダメで、だからと言ってワルツのようなリズムの取り方をしてもダメ。つまり、楽譜を見て、そのまま演奏してもクーラントにはならないわけで、じゃあクーラントをどう演奏したら良いかと言えば…クーラントを踊ってみて、そのリズム感覚で弾かなきゃダメみたいで、先生は一生懸命クーラントの動きとそのリズムを教えてくれてました。

 だってねえ…日本人の我々にはクーラントという踊り、踊るチャンスどころか、踊っているのを見ることだって難しいよね。そりゃあ手取り足取りにあらざるを得ません。

 でも、舞曲は実際に踊ってみないとリズムが分からない…と言うのは、きわめて正論だなって思いました。逆に言えば、ダンサーの動きが分かれば、舞曲はノリノリに弾けるわけで、そこが観賞用の音楽と、実用音楽の違いなんだなって思いました。

 時代様式の問題でしょうか、生徒さんは(ヴァイオリン奏法的に)ヴィブラートを付けたがるのですが、それは先生に止められていました。ヴィオラ・ダ・ガンバが活躍したバロック時代、ヴィブラートはあまり使わなかったようです。ヴィブラートの代わりに、クレシェンド&ディミヌエンドを多用して音を膨らませていたようです。ヴィブラートを多用するとロマン派ってぽい音になってしまうんだそうです。

 ヴィオラ・ダ・ガンバなんて、おそらく一生演奏するチャンスの無い楽器だけれど、こうしてレッスン風景を見せてもらうと、知的好奇心が刺激されるものです。

 続きはまた明日。

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posted by stone at 03:30| Comment(0) | ラ・フォル・ジュルネ

2016年05月15日

LFJ2016 その7 4K上映は…まあ、当分はいいかな。

 マスタークラスの列に並んでいると、すぐそばの会議室で行われている催し物が気になって仕方ありませんでした。それは何かと言うと…4K上映って奴です。なので、ブラレイ先生のマスタークラス終了後、いくつか見ようと思っていたコンサートがあったのですが、またガッカリしてもイヤなので、おやつを少し食べて、ホールE(昨年までの展示ホールを改称したのです)を冷やかしてから、予定していたコンサートをパスして、4K上映を見に行きました。

クラシカジャパン 4K 2015スカラ座「アイーダ」

 4K上映は、クラシカジャパンと言う、CS局が行っていました。もちろん、自社番組の宣伝を兼ねた4K上映のデモなんですが、4K上映というものに初めて触れる私は、なんかワクワクドキドキしちゃいました。

 会場は壁いっぱいの大型スクリーン(120インチ…って言ってたような気が…)に、5.1chサラウンドの高級スピーカー(200万円の値札が付いてました!)の組み合わせです。いやあ、超豪華なホームシアターってか、小さめの映画館のような設備で、4K上映のデモが行われました。

 上映するのは、2015年にスカラ座で行われた「アイーダ」の第2幕第2場の“凱旋の場”でしたが、まずはその前にたっぷりと宣伝ビデオを見せていただきました。

 宣伝ビデオはとても面白かったですし、クラシカジャパンも良い放送をたくさんしているなあと分かりましたし、我が家はケーブルテレビなので、配信元に電話をすれば、明日からでもクラシカジャパンを見ることができるのですが、毎日が忙しくて、とても見ている時間はないなあ…と思いました。現役引退して、時間が余るようになったら、面白いけれど、現役のうちは無理って思ったわけです。でも、ほんと、良い番組が目白押しだなって思いました。

 で、肝心の「アイーダ」は、なかなか面白かったです。なんでも、スカラ座の新演出なんだそうで、今までやっていた派手派手なゼッフィレッリ演出を止めて、ヴェルディの初演当時の演出を可能な限り復元した、オリジナルに近いシュタインの演出で上演という事で、確かにウマもゾウも出ない、地味めな演出でした。何よりも「あれ?」と思ったのは、バレエシーンが一切カットされていた事です。何でも、初演の時はバレエはなかったのだそうです。

 正直、見慣れていないせいもあるけれど「アイーダ」って、グランドオペラでしょ? 祝祭オペラでしょ? こんなに地味でいいの? って感じでした。

 で、肝心の、4K5.1chサラウンド上映ですが…まあ、こんな感じ?って調子で、少し拍子抜けだったかな? 別にダメってわけじゃないんですよ。良いのですよ。でもねえ…って感じでした。

 まず、システムのオーバースペックさを肌で感じました。4Kって、ハイビジョンの四倍の高細密なんだそうですが、例えば我が家の場合、テレビはいわゆる“ハイビジョン対応のテレビ”なので、4Kの再生機を入れても、たぶんきちんと再生できません。

 じゃあ、テレビを4K対応に買い換えればいいじゃんとなるでしょうが、そんなに積極的に導入しなくてもいいかなって思いました。と言うのも、ハイヴィジョンと4Kの差は、おそらく超大型モニター(それこそ120インチ?)を導入して、やっと分かるかどかって程度の違いで、ウチの40インチテレビの場合、DVDとハイヴィジョンの差すら分からないのに、4Kなんて導入しても、DVD画質との差が分からないと思いました。

 結局、画質の良し悪しなんて、ある一定レベルを越えたら関係ないんだなって思ったわけです。だって、コンテンツの中身が良ければ、そこに集中しちゃうわけで、画質の良し悪しは、そこまで気になりません。

 それに、いくら4Kがホームシアター向けとは言え、我が家にホームシアターを構築する予定はないし、だいたい大型画面で楽しむなら、映画館に行って、メトのライブビューイングを見ちゃうもの。あっちは、本当の映画館での上映だから、画面だって比較にならないほどに大きいし、音響だって最高だよ。それと比べちゃうと、4Kって、どうにも分が悪いなあって思いました。

 4Kって、スペースの問題もあるけれど、都市部で流行らないんじゃないの? 土地に余裕があって、一部屋一部屋が大きくて、なおかつ、近隣に映画館がないような地方じゃないと、流行らないんじゃないかしら? だって皆ハイヴィジョンで足りているでしょ? それにだいたい、クラシカジャパンだって、ハイヴィジョン放送だしね…なんて思った私でした。

 …と書きましたが、案外、4K上映自体を満足して楽しんだ私でした。夕食は…ちょっと時間があったので、ガストに行って食べました。丸の内とか銀座だって、ファミレスはあるんだよね。

 夕食を終えて臨んだ最後のコンサートは、トリを飾るにふさわしいコンサートでした。

天地創造(ダニエル・ロイス:指揮、リュシー・シャルタン:ソプラノ、ゾエリーヌ・トロイエ:アルト、ファビオ・トゥルンピ:テノール、アンドレ・モルシュ:バリトン、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア)

 今年の(私にとっての)LFJ最後のコンサートは(私には珍しく)ホールAに行きました。

オラトリオ『天地創造(全曲)』[ハイドン]

 今年のLHFの話題コンサートの一つである、ハイドンの大人気オラトリオ『天地創造』を聞いてきました。会場はやたらと馬鹿でかいホールA(客席数5008席だって、信じられないよ。サントリーホールの大ホールの2.5倍の広さです)でした。まあ、馬鹿でかいと言っても、しっかりとP.Aが入っているので、どこに座っても決して聞こえないという事はないし、大型ディスプレイもあるので、どこに座っても決して見えないという事はないのがうれしいですが…まあ、クラシックを演奏するホールとしては、かなり邪道だとは言えます。本当は、オラトリオならば、1000席ぐらいのホールでの演奏が適切な大きさかな(サントリーホールでも大きすぎる)って思ってます。

 今回はそんな馬鹿でかいホールAのセンター前寄りの、普通ならば、良い席を確保できました。ま、ホールAは、どこに座っても関係ないんだけれどね(涙)。

 大型ディスプレイもあるホールでの演奏だから、当然、字幕サービスもあるだろうと思っていたら、字幕はなくて、入り口付近で訳詞の小冊子を無料で配っていました。去年の『マタイ受難曲』は有料で配布していたので、無料にしただけサービスが良くなったなあとは思ったものの…やはり字幕サービスを付けてくれてもいいんじゃないのかなって思いました。

 だって、ストーリーがあるのに、オラトリオだから演技はないのです。だからこそ、字幕サービスがないと、何を歌っているのか全然分からないじゃない。訳詞の小冊子を配っていても、客席真っ暗だから見れないし…。LFJと言うのは、日頃クラシック音楽との親しみのない人も楽しめるコンサートを行うのが主旨なのに、字幕サービス無しで訳詞を渡して会場を真っ暗にするなんて、主催者の頭の程度がよく分かります。

 来年もオラトリオを上演するのなら、ぜひ、字幕サービスを付けて欲しいものです。

 P.A.が入っているとは言え、やはりAホールは広すぎますね。合唱とかオーケストラは遠方からの集音マイクでの収録でも十分ですが、ソリストたちは、若い人たち中心で、声量にも差があって、マイクのレベル調整が難しかったみたいで、かなり聞きづらかったです。特に最初はテノールが本当に聞こえなくて難儀しました(とても軽い声なので、広い会場では声が散ってしまいマイクで拾いづらかったのだろうと思います)。

 ソリストは4人いましたが、かなりの部分はソプラノとバリトンで歌っていました。テノールは第1部と第2部では頑張っていましたが、第3部では最初と最後に少し歌っただけでしたし、アルトに至っては、第3部の最後の歌にちょっとだけアルトのソロパートがあるので、そこだけ歌っていました(ソプラノに較べて、アルトの仕事の何と楽な事よ!)。なので、最終曲は、元気のないテノールと、ヘロヘロになったソプラノとバリトンと、元気いっぱいでアゲアゲなアルトの組み合わせという、何ともバランスの悪い重唱となりました。ああ、ハイドン先生、これって絶対、作曲上のミステイクでしょ!

 日本ではオラトリオそのものが滅多に聞けませんし、『天地創造』という曲は、名ばかりが有名ですが、ほんと、演奏の機会の少ないオラトリオ(アリア中心のオラトリオなので、市民合唱団だと取り上げにくいのです)なので、それが聴けた事は大変うれしい事でしたし、演奏もすごく良くて、しばしばホールAで聞いている事を忘れてしまうほどでした。

 ああ、楽しかった。これで今年のLFJもお終い。今年の来場者数は45万9千人だったそうです。昨年が45万7千人だから、まあ、45万人強の入場者数という事で落ち着いてきたのでしょうね。

 来年のテーマは「ダンス」だそうです。今年よりは楽しい曲が並ぶでしょうね。来年に、乞うご期待ってところですね。

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posted by stone at 03:30| Comment(9) | ラ・フォル・ジュルネ

2016年05月12日

LFJ2016 その6 音楽を演奏するって、不可能を可能にしていくオカルトなのかもしれません

 昼食を食べ終えて、予定していた次のコンサートに行きました。そのコンサートの演奏会場はとっても素晴らしかったのですが、演奏が…ねえ。事前に告知していた曲目を変更していたのです。まあ、曲目変更に関しては、本日二度目だし、まあそういう事もあるからねえ…って事になるので、それはまあいいのですが、音楽ジャンルが変わってしまうのは…いかがなものかな?

 一応、LFJですから、クラシックコンサートが前提であり、テーマも「ナチューレ(自然)」という縛りがあったはずですし、事前告知の曲目は、まあ、その縛りにかなった曲目でしたが、実際にそこで演奏された曲は、事前告知とは全く違ったJ-POPでしたし、ジャズっぽい…と言うよりも、BGMっぽいサウンドの曲が演奏されていました。ソロ楽器のコンサートでしたが、伴奏はカラオケで、ラジカセっぽい機械から音が出て、それをマイクで拾っていました。

 そういう音楽を聞きたい気分ではなかったので、ちょっぴりガッカリして、その場を去る事にしました。残念です。

 で、空いた時間が出来たので、周辺を散歩する事にして、三菱一号館美術館の併設の歴史資料室とデジタルギャラリーを見てきました。だって、無料だったんですもの。

 で、有意義に時間をつぶして、次のマスタークラスを見に行きました。

ピアノのマスタークラス

 先生は、私の大好きなフランク・ブラレイ先生。生徒さんはショパンの「舟歌」を演奏してくれました。

 実はこのクラス、フランス語の通訳の方が遅刻していたので、最初はブラレイ先生が英語を話して、それを司会の人が通訳するという方法で進められました。まあ、まもなく通訳の方が到着したので、ブラレイ先生も英語を止めて、フランス語で話しましたが…私的には、ブラレイ先生の言葉が直接分かる英語の方が良かったなあ、そのまま英語でマスタークラスを続けて欲しかったのですが、ブラレイ先生、フランス語に切り替えた途端、饒舌になっておりました。やっぱり、英語よりもフランス語の方が不自由がなかったみたいです。

 私、出入り口のドアのそばに座っていたのですが、始まってしばらくして、ルネ・マルタンがやって来て、マスタークラスを見学しようとしたようですが、あいにくの満員だったので、あきらめてすごすごと引き返していました。音楽ディレクターなのに、満員だと見れないんだな(笑)。

 さて、今回もマスタークラスで、私の心に残ったことを書き記していきます。

 クラスの初っ端に、ブラレイ先生が生徒さんに質問をしました。

 「私はショパンをレパートリーに入れていません。あなたは、誰のショパンが1番好きですか?」
 「サムソン・フランソワです」
 「サムソンは、ショパンを即興的に演奏しているように聞かせるけれど、そのためには、右手と左手が独立して動かせないといけません。片方がもう片方につられてはいけません」

 そう言って、ブラレイ先生が見本演奏をしてみました。すごく軽やかで、まるで音楽が波間で漂うかのような感じになりましたが、それを生徒さんが聞いて演奏しても、決してそうはならないのです。

 「右手と左手のルバートを揃えてはいけません。また右手と左手のアクセントも揃えてはいけません」

 そんな事を言っても、生徒さんが簡単にできるわけはありません。

 「では、私(ブラレイ先生)が左手を弾くから、君は右手を弾いてご覧なさい」と言って合わせたところ、すごく良い演奏となりました。

 「ピアノでは、右手と左手は別々の音楽家でないといけません。バレエで男性と女性がカップルになって踊るように、右手と左手は、独立して互いに支えながら演奏していかないといけないのです」

 すごく深い事を、実演をしながら、教えて下さいました。

 また、ブラレイ先生は、こんな事を言ってました。

 「ピアノはレガートもヴィブラートもできません。出来るような事を言う人もいますが、それはただのイマジネーションです。ピアノは打楽器なのです。だから、歌うように弾く事なんて物理的に不可能なのです」

 「ピアノの演奏にはイマジネーションが必要なのです。ピアノはレガートもヴィブラートも物理的に出来ません。しかし、ピアニストが強く念じて演奏すれば、レガートもヴィブラートも、客に“やっているように”聞かせる事ができるし“歌っているように”錯覚させる事もできます。そのように、出来ない事を、あたかも出来ているように思わせて弾くのが、ピアニストのイルージョンなのです」

 念ずれば、出来ない事も出来ているように聞かせられる…言っている事は、かなり無茶苦茶なんですが、その無茶苦茶を実演している人が言うと、無茶苦茶が無茶苦茶に感じられないのだから不思議です。

 ピアニストは、出来ない事をやってしまう、現代の魔術師でなければいけない…言っている事は本当にオカルトなんだけれど、ブラレイ先生は、そういうオカルトなピアニストなんだなあって思いました。

 で、私は、そんなブラレイ先生のオカルトっぽいところに、惹かれているのかもしれません。

 はあ…ブラレイ先生のマスタークラスを聞いて思った事は、やっぱりブラレイ先生のコンサートのチケットを買えば良かった。コンサートを聞きたかった!って事です。ほんと、うっかりしていたなあ…。

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posted by stone at 03:30| Comment(2) | ラ・フォル・ジュルネ

2016年05月11日

LFJ2016 その5 二日目は朝から眠かった…みたいでした

 さて、LFJも二日目です。本日から本格参戦となります。意気込んで出発しようとしたら、外は大雨でした。うーむ、雨の中、傘をさして出かけると…会場で傘が荷物になってしまうわけで、さてどうしたものかと考え、天気予報とも相談した結果、見れるコンサートは減ってしまうけれど、出発を2時間ほど遅らせて、雨がやんでから家を出る事にしました。

 2時間後に家を出たものの、途中色々と乗り継ぎが良かったせいか、現地到着時刻は当初予定の90分後になりました。途中で30分時間を稼いだわけです。そのおかけで、ダメ元で、マスタークラスの整理券を貰いに行ったら、まだあったので、本日の1番目はマスタークラスを見ることにしました。

ヴァイオリンのマスタークラス

 先生は、ジュヌヴィエーヴ・ロランソー氏でした。名前だけでは分からないけれど、女性ヴァイオリニストでした。生徒さんが演奏してくれた曲は、ラヴェルの『ツィガーヌ』でした。

 やはり昨日、目一杯活動した疲れが残っていて、マスタークラスの前半部分はたっぷり寝てしまった(ごめんなさい)のですが、レッスンの後半部から、私の心に残った事を書き連ねてみます。

 「やりたい事があるのは分かるけれど、それができていない」 生徒さんがあれこれ苦心しているのを見たロランソー先生がおっしゃった言葉です。生徒さんの動きを見て、先生としては、その先(生徒がやろうとしている事)が読めたのでしょうが、生徒の方はそれができないわけです。先生はアドヴァイスとして「力を抜きなさい」「緊張を取り除きなさい」と言ってました。緊張して、カラダがこわばると、あっちこっちに力が入り、その結果、思うようにカラダが動かなくなるのだから、まずは脱力しなさいって言ってました。もっとも「それが出来る様になるには、まだ数ヶ月かかります」とも言ってました。これはテクニックの話ではなく、脱力の話ね。力を抜けと言われて、簡単に力を抜くことができるようになるまで、数ヶ月はかかる…つまり、それくらい脱力って難しい事なんですね。

 「息をたっぷり吸って、たっぷり吐いて」 音楽とブレスは関係するのだそうです。ヴァイオリンは奏者が呼吸をしなくても演奏できる楽器ですが、それでも呼吸が浅いと、音楽が単調になるのだそうです。だから、たとえヴァイオリンであっても、息は深く吸って、しっかりと吐かないといけないのです。

 「ヴァイオリンの表現や表情は弓で作ります」 弓の圧力は弱すぎても強すぎてもいけないのだそうです。弱ければ十分に鳴らないし、強ければ音の表現が飛んでいってしまいます。

 「フレーズを切るごとにブレスをする」 歌や管楽器の人には自明の事ですが、弦楽器ても、フレーズとブレスは関係するのだそうです。

 「音楽を演奏している時は、その音楽にふさわしいキャラになりましょう」 楽しい曲を演奏する時は楽しい人に、悲しい曲を演奏する時は悲しい人にならないといけないのだそうです。で、この曲の場合は、かなり神経質な人間にならないといけないのだそうです。つまり、曲を演奏するためには、まず自分がその音楽を体現するキャラになってしまえ…という事です。

 「カラダを無駄に動かさない」 カラダを無駄に動かすと、様々な動作が不安定になり、音に影響が出る(さすがに私でも分かります)から、カラダは無駄に動かしてはいけないのです。

 色々なアドヴァイスをしながら、時々、先生は生徒の楽器を借りて見本演奏をしました。その際、先生と生徒では演奏がまるっきり違い、先生の演奏は非常に表現力にあふれたモノだという事は良く分かりますが、楽器の音は、ほぼ一緒なんですね。つまりヴァイオリンの音は、奏者の違いではなく、楽器の違いによって生まれるわけです。そして、音楽は、音色の影響だってあるけれど、やはり表現の違い、つまりは奏者の違いが大きいなあとも思いました。

ピアノ連弾(伊賀あゆみ,山口雅敏:ピアノ)

 次は、国際フォーラムの隣にある東京ビルTOKIAの1階で行われた無料コンサートを聞いてきました。

モシュコフスキー:火花
ファリャ(山口編):愛のワルツ
ファリャ(山口編):火祭りの踊り
ベートーヴェン(ラヴィーナ編):交響曲第9番より 第4楽章「歓喜の歌」

 伊賀さんのピアノは2012年以来の4年ぶりです。以前も山口さんとピアノデュオだったのですが、その時は特にコメントがなかったのですが、このお二人、ご夫婦なんだそうです。他人事ながら、ビックリしてしまいました(だって、ちょっともご夫婦には見えないのだもの)。

 このお二人のピアノ連弾にはポリシーがあるようで、余り耳慣れない曲、とりわけ世界初演とか日本初演とかご当地初演とかにこだわっているのだそうです。確かに、今回の演目も耳慣れない曲ですよね。

 例によって、私はピアノは詳しくないので、よく分かりませんが、それでもモシュコフスキーやファリャに関しては、なんかすごかったです。

 面白かったのは、ラヴィーナ編曲版の「歓喜の歌」です。ベートーヴェンの交響曲をピアノ連弾にしたモノって、数は少ないけれど、無いわけではないし、私も音源で何度か聞きましたが、このラヴィーナのモノはベートーヴェンと同時代に編曲されて出版されて、あっという間に絶版になってしまった、貴重な楽譜なのだそうです。

 いやあ、ずっと絶版のまま埋もれさせておいて良かったんじゃないかな?

 この編曲は、色々とダメな編曲だと思いました。と言うのも、オーケストラ部分をピアノに移すのに一生懸命で、合唱や独唱部分がうまく移植されていないのです。歌が入っている部分に関しては、歌がメロディーなのに、そのメロディー担当の合唱とか独唱がオーケストラ部分に埋もれるように編曲されていたり、オーケストラの動きが大変な箇所だと、ごっそり省略されていたり…、こりゃあダメだなって思いました。

 これ、もしかしたら、歌や合唱の練習の際に使う、ピアノ伴奏譜なんじゃないかしら? 単独でコンサートにかけられるような編曲ではないんじゃないかしら?

 もう二度と聞かなくてもいいや…と思いました。まるで、歌なしメロディー無しのカラオケ伴奏を聞いたような気分になりました。

 もったいないなあ…、伊賀さんにしても山口さんにして、腕のいいピアニストなのに、こんなつまらない曲を演奏して。ほんと、もったいない。そう思いました。珍品と言うか、ゲテモノなので、一度は聞いてもいいかなって思いましたが、二度は結構です。ピアノとピアノの腕と演奏時間がもったいなあ…って思いました。

シューベルトの歌曲(コロンえりか:ソプラノ、広瀬悦子:ピアノ、吉田誠:クラリネット)

 時間ギリギリに会場に飛び込みました。そういう事が可能なのは、有料コンサートで指定席だからです。

春に D882
野ばら D257
月に寄す(第2作)D296
ます D550
ナイチンゲールに寄す D497
恋人のそばに D162
若い尼僧 D828
夜のすみれ(はなだいこん)D752
ガニュメート D544
さすらい人の夜の歌 D768
岩上の羊飼 D965

 で、会場に飛び込む時に見つけたのが、曲目変更のお知らせでした。ほぼ、全曲変更! 「え!」と思ったものの、会場入口で配布しているプログラムは訂正されているだろうとタカをくくったら、全く変更が反映していませんでした。つまり、開演直前に変更されたようでした。

 プログラムの変更の仔細が分からずじまいのまま、本番を迎えてしまいました。それでもシューベルトに詳しい人なら、演奏を聞けば、どの曲を歌っているのかか分かるのでしょうが、私はそんなにシューベルトには詳しくないので(だってリートなんだもの)、ちょっと困ってしまいました。だって「野ばら」と「ます」ぐらいしか分からないもの。こんな事なら、予習してくるんだった…。

 せっかく訳詞をいただいたのに…曲目変更では、困ってしまいました。リートって、詩の内容が分かっナンボじゃない? だから訳詞を見ながら歌を聞きたかったのに…。でもまあ、せっかくの有料公演だから、気持ちを切り替えて、歌詞の内容を分からないまま聞くことにしました。

 いやあ、やっぱり、ドイツリートって、地味だ(涙)。良いメロディだとは思うけれど、地味だ。いつも、リートは歌詞と見比べながら聞くから気が付かなかったのかもしれないけれど、音楽だけ聞くと、やっぱり地味だ。ソプラノさんの歌声は、美しくて澄んだ感じで、いかにも歌曲向けの軽い声なんだけれど、歌っている音楽が地味だから、今ひとつパンチを感じられませんでした。

 歌の意味が分からないと、ドイツリートって、こんなにつまらなく感じられてしまうんですね。ある意味、新鮮な感覚にビックリしています。

 演奏が終わって、周囲のオバちゃんたちも「歌っているのと歌詞カードが全然違うじゃないの」と文句言ってましたが、この人達は、それ以前に曲目変更があったことを知らなかったようです。

 曲目変更の件くらい、歌い出す前に、少しアナウンスをしてくれれば済むのに、それを怠った事で、またもLFJの評判が下がったんじゃないかって思いました。残念だな…。

 で、遅めの昼食を食べようと、国際フォーラムを出たら、あっちこっちのお店がお休みでした。そうだね、丸の内ってオフィス街だって事を忘れてたよ。休日はたいていの食べ物屋さんがお休みになるんだね。で、あっちこっち歩いて、なんとか昼食を確保しました。なんだかんだ言って、毎年、昼食難民になってしまう私なのでした。

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2016年05月09日

LFJ2016 その4 ハイライトオペラは、やっぱりいい!

お琴とソプラノ(竹内恵美:ソプラノ,多田彩子:二十五絃箏,永井英里香:ピアノ)

 LFJでお琴ですよ。珍しいですね。

春よ[ティリンデッリ]
蝶と花[フォーレ]
たんぽぽ[中田喜直&三好達治]
さくらさくら[日本古謡]
主よ人の望みの喜びよ[バッハ]
春の海 歌曲編[宮城道雄&下司愉宇起]
タイム・トゥ・セイ・グッドバイ[サルトーリ]

 『春よ』『蝶と花』『たんぽぽ』の3曲は、ソプラノとピアノだけで演奏でした。それにしても『春よ』は名曲だと思います。ソプラノで歌われることが多い曲だけれど、私も来年あたり歌ってみようかな…って思いました(季節モノだから、いつ歌ってもいいってわけじゃないしね)。

 『さくらさくら』から、お琴が演奏に加わりました。お琴と言いますが、今回使われたのは、二十五絃箏という、明治時代に作られた、比較的新しい楽器なんだそうです。だから、奏者の数も非常に限られているとか…。ちなみに、普通のお琴は十三弦なんだそうです。だから、普通のお琴の倍の弦を使っている…ということは、音域も倍あるって事ですね。

 お琴は撥弦楽器です。ですから、これに対応する西洋の楽器はハープですが、日本のお琴はハープと違ってヴィブラートが掛けられますので、ヴァイオリンのような泣き節を加えて演奏できるわけで、表現力が、かなりある楽器なんですね。すごいね。

 『さくらさくら』と『春の海 歌曲編』は、ソプラノさんにはキーが低いのか、歌いづらそうな感じがしました。もっと低い声の人が担当したら、感じがだいぶ変わったんじゃないかな?

 『主よ人の望みの喜びよ』はピアノとお琴の2人で演奏で、これはこれでおもしろかったです。

 最後の『タイム・トゥ・セイ・グッドバイ』は、1番のメロディをお琴が、2番のメロディをソプラノが担当しました。最後のAのロングトーンを、まるでテノールが歌うような歌い方でまとめ上げていました。会場はすごく湧き上がり、私の隣にいた老夫婦は大喜びをしていました。アンコールを求める声もあったくらいでした。すごいなあ。でも、ああいう歌い方は、ソプラノ的には邪道なんじゃないの(って、ちょっとやっかんでみる:笑)。

 ここまで聞いたところで、重い腰をあげて、ようやくパソナから出て行った私でした。当日は、すごく風が強くて、パソナを出た途端に、風で帽子が飛ばされてしまい、散々な目にあいました(死ぬかと思った…)。

 東京国際フォーラムのEホール(旧展示ホール)に着いて、座席を確保して、一息ついたところで、すぐそばからバンドの演奏が聞こえました。

木管五重奏

 たまたま私が座った席が、管楽器ダクのブースのそばで、そこで木管五重奏の演奏が行われ、私は座席に座ったまま聞かせていただきました。聞こえてきたのは演奏音だけで、途中のアナウンスなどは全く聞こえず、演奏者の姿も見えず、曲紹介も聴こえなかったのですが、たぶん、セットリストはこんなものじゃなかったかな?と、うろ覚えで書きます(ごめんなさい)。

カルメンより
  アラゴネーゼ
  ハバネラ
  セキディーリャ
  行進曲

 木管五重奏ですが、フルート、オーボエ、ホルン、バスーン、クラリネットという編成じゃないかな(耳で聞いただけなので、間違っていたらごめんなさい)。演奏が素晴らしかったのは当然として、アンサンブルっていいなあって思いました。

 我々アマチュアがアンサンブルと考えると、合唱とかフルートアンサンブルとかの、同族楽器同士のアンサンブルを思い浮かべがちです。これは仲間を集めやすいという事で作りやすいのですが、聞く側からすると、同族楽器のアンサンブルも悪くないけれど、異なる楽器同士のアンサンブルの方が個性の発露という点からも、聞いていて楽しいなあと思いました。

 それにしても、カルメンには捨て曲がないなあ…。

歌劇『魔弾の射手(ハイライト)』(丸の内フェスティバルシンガーズ、丸の内交響楽団、岸本祐有乃:指揮)

 そんなわけで、ダクの木管五重奏を楽しんでいるうちに時間となりました。(私的に)本日のメインイベント、ウェーバー作曲、歌劇『魔弾の射手』のハイライト上演となりました。

 丸の内フェスティバルシンガーズさんは、おそらく、アマチュアの合唱団でしょう。ここが主体となっての公演のようです。オーケストラは、同じくアマチュアの丸の内交響楽団でした。合唱団の方々は(もちろん)合唱部分を担当し、ソロはプロの方々にお願いしているようでした。まあ、いわゆる“市民オペラ”形式の上演です。

 会場がホールEという事もあって、ソリストたちはミュージカルマイクを使用し、合唱団とオーケストラは天井から下がっているマイクで音を拾っているようでした。まあ、ここではマイク無しの状況での演奏は難しいでしょうから、これはこれでアリだと思います。ただ、マイクの制約が付くので、リハーサルでは、立ち位置に気を使っていましたね(音が拾いやすい場所と、拾いづらい場所があるようでした)。

 ハイライト上演ですから、曲と曲をアナウンスで埋めていくのですが、それを担当されたのが、イタリアの方でした。ドイツのオペラをイタリア人が日本語で解説するという、国際色豊かなアナウンスでした。この方の日本語は、分かりやすい日本語で聞いていて不自由はなかったのだけれど、すっごい早口だったのですよ。あんなに早口でペラペラしゃべっているのに、ちゃんと通じるんだから不思議なものです。ちなみに、あれだけたくさんしゃべっても、だいたい1分程度のアナウンスで収めていました。やはり、ハイライトオペラでのアナウンスは、せいぜい1分が限界か…。ちなみに、アナウンスの内容だけれど…物語のストーリーには一切触れることはなく、次に歌われる曲の簡単な状況説明だけでした。曲の前後の事や、登場人物の説明すらなく、はっきり言って、何が行われるのか…冷静になって聞いていると、何も分からないのですが、雰囲気で分かったような気になってしまいます。あれじゃあアナウンスなんて無くても一緒…なのですが、そうは言っても、ハイライト上演のアナウンスがあるとないとでは大違いなわけで、とりあえずアナウンスが有りさえすれば良いみたいですから、あの程度のアナウンスでいいって事なんでしょうね。

 私もボエームの台本を、あの程度のモノに書き改めるか…と思い直した次第です。

 さて、演奏そのものは、普通に良かったです。合唱団の方々の気合を強く感じました。練習期間は一体どれくらいだったのでしょうか? かなりの完成度でした。

 私、『魔弾の射手』というオペラそのものをよく知らなかったのですが、あれこれと知っているメロディを耳にしました。結構、有名な曲なんだなあと改めて確認しました。序曲のメロディは讃美歌「主よ、御手もて」だしね。男性合唱である「狩人の合唱」もよく耳にする曲でした。他にも聞き覚えるメロディがありました。

 今度、きちんとハイライトでない上演を見てみようと思いました。

 この日は『魔弾の射手』が目的だったので、これを見終えて、さっさと帰宅しました。だって、翌日もLFJに来るつもりだったので、体力を温存しておかないと…ね。で、さっさと帰ろうと思ったら、電車が途中で止まって、1時間ぐらい電車の中に閉じ込められました。東海道線が、上野東京ラインになってから、こんな感じの電車の遅れが頻発するようになりました。明らかにJRの電車運行能力が落ちているんだなあ…と感じています。競争相手がいない路線だから、露骨に手を抜いているのかしら。

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2016年05月08日

LFJ2016 その3 ブラームスは、やっぱりいいですね

 賑々しいポピュラーコンサートの後は、渋いブラームスのコンサートでした。

ブラームスコンサート(塩崎めぐみ:メゾソプラノ、正田響子:ヴィオラ、宮崎真利子:ピアノ)

 こう言っては申し訳ないのだけれど、ここまでが前座で、ここからが本番って感じの出演順を感じました。それにしても、ブラームスは渋くてカッコいいです。

6つの小品より、第1番『間奏曲』
子守歌
2つの歌『沈められた憧れ』『聖なる子守歌』

 1曲目の『間奏曲』はピアノ独奏でした。ffは十分に大きかったのだけれど、ppは極めて繊細だったので、静かな会場で聞きたかった演奏でした。いやあ、本当に音響の良い音楽ホールで聞いてみたかったですよ。ここはエアコンの音がうるさすぎる(涙)。

 2曲目の『子守歌』は、いわゆる『ブラームスの子守歌』って奴で、メゾソプラノ+ヴィオラ+ピアノの編成で演奏してくれました。

 で、これが良かったんですよ。歌が立体的にカラフルに聞こえたんですね。おそらく、子音をとてもきれいに歌ってくれたから立体的に、母音を明瞭に歌ってくれたのでカラフルに聞こえたのだと思います。私はドイツ語はほぼ解しませんから、言葉の意味的なモノは分かりませんが、言葉の響きが旋律の流れに伴って、声という楽器を楽しませていただきました。

 同じ事は3曲目の『2つの歌』でも言えます。イタリア好きな私ですが、リートもいいなあと思いました。それに言葉の意味は分からなくても、メゾさんの声の表現を聞いているだけで、おおよその事は分かります。これってすごいことだよね。無料コンサートにはもったいない演奏でした。アンコールをしても良かったなら、ぜひアンコールを求めていたと思います。

ピアノ連弾(松岡磨美・安岡奈緒:ピアノ)

 動物の謝肉祭[サン=サーンス]

 この曲は、本来は2台ピアノのための曲なんだそうだけれど、今回は連弾用にアレンジされたバージョンで聞きました。私はピアノに詳しくないので、アレンジされて、どう変わったかなどは分からないけれど、とても面白く感じました。それにしてもこの曲、絶対に真面目な曲ではなく、ジョークソングの一種なんだろうなあ…。

 小品集ですし、なんかしょーもない曲もありましたが、それでも光る曲もあって、私的には『水族館』『化石』『白鳥』は、やはり名曲だなあって思いました。しかし『白鳥』に関しては、オリジナルのピアノで聞くよりも、よく耳にするチェロ編曲版の方がいいなあと思った事も事実です。白鳥が優雅に泳ぐ様は、減衰音ではなく持続音で表現するべきだと思ったわけです。ですから、チェロが最高だけれど、フルートの演奏でも、ピアノよりはいいんじゃないかなって思いました。

 ピアノでメロディを歌うのは難しいなあ…と思いました。

 お二人の演奏は、息もピッタリの丁々発止で、楽しめました。

クラシックコンサート(田代華菜:ソプラノ、内田尚志:テノール、三浦千佳:フルート、武田早耶花:フルート、久保朱那:ピアノ、田町公美:ピアノ、大久保愛:ピアノ、大橋理香:ピアノ)

 一時間ほど前にポピュラーコンサートを行った新入社員5名に、2年目と3年目の社員さんを加えてのクラシックコンサートでした。同じメンバーだけれど、ポピュラーとクラッシクでどう演奏の切り口が変わるのか、楽しみでした。

歌劇「ファウスト」より『この清らかな住まい』[グノー]
歌劇「ルサルカ」より『月に寄せる歌』[ドボルザーク]
組曲「鏡」より第4曲『道化師の朝の歌』[ラヴェル]
カンタービレとプレスト[エネスコ]

 さて1曲目は、テノールアリアの『この清らかな住まい』です。クラシックコンサートだし、当然、テノールが歌うわけですから、もう私はワクワクが止まりませんでした…と言うのも、このパソナのコンサートの出演者は、毎年毎年ほぼ女性奏者だけなんです。だから、珍しく登場してきた男性の出演者には期待しますし、それがテノール歌手となれば、もう期待値マックスな私なのでした。

 テノールの彼ですが、先ほどのポピュラー発声とは変えて…あれ? あんまり変わっていなような気が…。うむうむ…うむ?って感じでした。で、よくよく耳をそばだてて聞けば、多少は声に張りと深みがあるかも…しれません…かもしれません。

 いやあ、実に小声量で、よく聞こえないのです。舞台で歌った声が、観客の手前の水田にボトボトと墜落しているんです。ああ、残念。音波としては感知できるのですが、歌としては、我々の手前で失速して墜落しているのです。ほんと、残念。

 でも、彼の名誉のために書き添えておくと、歌は…技巧的に上手いと思いました。さすがはプロだねって感じです。実際、このグノーの『この清らかな住まい』という曲は、難曲中の難曲であって、まあ、普通のテノール歌手ならば、なかなかコンサートにはかけないだろうというほどの難曲(ハッキリ言っちゃえば、コンサートではなくコンクール向けの曲…と言えば、分かるでしょ)なのですが、それをわざわざコンサートに持ってきて、難なく歌っているんだから、それは立派なものです。聞かせどころのHi-Cだって、ファルセットぎりぎりの一番美味しいところで歌えているんだから、本当に上手だなって思いました。

 でもね、ここは学校ではなく、コンサート会場なんだよね。

 学校なら上手にミスなく歌えると、良い点がもらえるのだろうけれど、コンサートではミスなんてあったとしても、それ以上の感銘を客に与えられたらOKなんだよね。大切なのは、客に感銘を与える事であり、そのためには、まず、客に歌を届けないと…ね。ミスがあろうがなかろうが(だいたい客は、歌っている歌そのものを知らない事も多いから)、そんな事は客的には、どうでもいい事なんだな。

 素直に感じた事を書くと…技巧に声が伴っていないのかな?って思いました。音楽なんて、観客に届けてナンボでしょ。まあ、歌唱テクニックはともかくとして、今後は当然発声テクニックを磨いていくでしょうから、今後に期待って事になるのかな? まあ、まだ若いんだし、何とかしてくる事でしょう。

 とにかく、Hi-Cなんて美味しい箇所を難なく歌っちゃダメだよね(笑)。それじゃあ客が喜ばないよ(大笑)。ああいうところは、楽に出せたとしても、苦しげに歌い「とっても大変な歌を苦労して歌っているんですよ」というのをアピールしないといけないのがプロなのにね。歌の聞かせ方を考えながら歌わないと…ね。

 発声も含め、数年後に期待です。これだけの技巧を持っているんだから、これで声が出るようになり、歌の聞かせ方が分かってきたら、鬼に金棒って感じになると思いますよ。

 2曲目の『月に寄せる歌』は、ソプラノ+フルート+ピアノの演奏で、音楽的にもエンタメ的にも、十分水準に達していて、すでにお金のいただけるパフォーマンスだと思いました。

 だって、三人とも若くて美人だし、演奏も上手だし、ソプラノさんは美声だしね。ただ、問題があるとしたら、このくらいの美人で演奏が上手で美声な人たちって、今のクラシック界には掃いて捨てるほどいるって事です。ソプラノもフルートもピアノも、過当競争だからね。水準以上の力があっても、プロとしてやっていくには、色々と難しいんです。売れるかどうかは、マネージャーの腕次第でしょうね。

 それにしても『月に寄せる歌』という曲は、名曲ですね。実に美しい曲です。まあ歌詞がチェコ語というハンディがあるせいか、余り歌われないのが気の毒になってしまうほどの名曲です。もっと多くの人に知られてもいい歌だよね。

 以上で新任社員の部は終了。次は2年目のピアニストさんによる『道化師の朝の歌』でした。この曲、LFJではよく聞く曲です。この曲『〜朝の歌』というタイトルで、なんかさわやかな雰囲気がしそうな気もしますが、実は「飲み過ぎてグデグデになって朝を迎えた、朝帰りのオッサンの歌」なんだよね(笑)。しかし、そういうグデグデな感じを一切感じさせない、パリッとした演奏でございました。

 お次は3年目のフルートさんによる『カンタービレとプレスト』でした。いかにもフルートっぽい曲で、フルートの音色を楽しむには良い曲だと思いました。聞いていて、思わず演奏に引きこまれてしまいました。まあ、曲自体は、無名な曲なんだけれどね…。良い曲なのに、無名な曲って奴を聞く度に、フルート音楽そのもののマイナーさを感じて、なんとなく寂しくなってしまう私でした。

 ここまで6連続、パソナに居座ったままコンサートを聞いていた私ですが…この後もまだまだ居座り続けるのでした(笑)。

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posted by stone at 03:30| Comment(4) | ラ・フォル・ジュルネ

2016年05月07日

LFJ2016 その2 ポピュラー系のコンサートだって、悪くはないです

 パソナ本社に、そのまま居座り続けて、次のコンサートを待ちました。

フルートコンサート(フルート:長谷川絢香)

 次のコンサートになっても、エアコンの音はガンガン響いていました。普通、いくら大きな騒音でも、そこにそれなりの時間いたら、耳が慣れるものですが、ここのエアコンの音は、全然慣れないです。陽気もいいし、エアコン、必要なのかな? ああ、エアコン止めてもいいから、静かにしてほしいなあ。

 さて、ソプラノの次はフルートのコンサートでした。で、フルートと言えば、私の興味関心は、奏者の使っているフルートは、シルバーなのかゴールドなのかって事で、さっそく、それを見分けようとしましたが、奏者の手にしているフルートが、なぜかシルバーに見えたり、ゴールドに見えたり、なんか不思議な感じがしました。

 結局、この会場のライトが、かなりの濃い黄色のライトと白い光のライトの二つを混在させて使っているので、ステージ上の立ち位置がちょっと違うだけで、黄色い光が当たったり、白い光が当たったりして、肝心のフルートが、シルバーであってもゴールドであっても、黄色い光が当たっている場所では、同じように肉眼では黄色に見えてしまう事に気付きました。じゃあ、白い光が当たっている場所で判断すれば…と思うでしょうが、目が黄色いライトに慣らされてしまい、色がよく分からなくなってしまいました(笑)。

 とは言え、目を凝らして見た結果と、ライトの光の加減を脳内補完した結果を合わせた結論として、私の目には黄色いフルート(つまりゴールドフルート)に見えるけれど、おそらく、あれは黄色い光が当たっているシルバーフルートであろうと思ったわけです。と言うのも、フルートがゴールドに見える時は、演奏者の顔も、まるで肝臓病患者のような、黄疸の出ているような顔色に見えていましたからね。あんな顔色の人がコンサートできるわけはないので、かなり強い黄色が当たっている…と思ったわけです。

 おそらく、この会場のライトは、稲の成長に必要な光が出るように、黄色いライトと白い光のライトの二つで調整されているのでしょう。そして、室内であるけれど、おそらく太陽光に近い光を作っているのだと思いますが、やはり人間の目には、かなり黄色い光になって見えているのです。で、その光の設備のまま、音楽コンサートをやってしまうと、何もかもが黄色く見えてしまい、黄色い照明がアダになるわけです。

 まあ、何でもかんでも黄色っぽくなっても、音には関係ないから、いいっちゃあいいんです。

シリンクス[ドビュッシー]
フルートソナタ『ウンディーネ』[ライネッケ]

 最初の『シリンクス』は、フルート独奏曲としては定番中の定番曲です。ff〜ppまで、美しい音色で演奏されました。いいなあ。この方の音色は、全体的に太めの暗めで、一般人が思うフルートの音色とは、ちょっと違うかもしれないけれど、楽器の音としては、なかなかに美しいです。

 1曲目はあっという間に終わり、すぐ最後の『ウンディーネ』になりました。この曲、4楽章まであって、演奏時間も20分程度あるので、今回のコンサートは、こちらの曲がメインになるわけです。

 しかし、このライネッケのフルートソナタ。フルートの演奏会に行くと、割りとよく聞きます。いい曲だと思うけれど…フルートオタクしか知らない、隠れた名曲なんだよね(溜息)。フルート音楽的には名曲になると思いますし、耳当たりだって悪く無いと思うのだけれど、やはり聞いた後、観客の心に爪痕を残せるタイプの曲とは違うので、一般的な名曲の中には入れてもらえないんでしょうね。で、フルート音楽って、たいてい、こんな感じの曲ばかりだよ。「悪く無いんだけれど、なんか残らないんだよね…」って感じの曲ばかりになってしまうのが、フルート音楽の悲劇なんだと思います。ピアノ音楽におけるショパンのような作曲家が、フルート音楽には現れなかったって事なんだろうなあ。

 演奏自体は、良かったと思うけれど、ライトのせいもあって、どうしても気が散ってしまいました。と言うのも、フルート全体はシルバーだろうと思ったけれど、リップの部分が、どうしてもゴールドに見えてしまって、最後まで「あのフルートのリップはシルバーなのかしら、それともゴールドなのかしら」と、そればかりを考えてしまいました。

 と言うのも、フルートの音がね…なんとなく、ゴールドっぽい感じがしていたし、目で見た感じもゴールドなんですよ。でも、ライトは黄色でシルバーも黄色く見えちゃう照明なんですよね…と、音楽自体とは関係ない部分に気が散ってました。ごめんなさいです。

ポピュラーコンサート(田代華菜:ソプラノ、内田尚志:テノール、三浦千佳:フルート、久保朱那:ピアノ、田町公美:ピアノ)

 その次は、今年のパソナの新入社員さんたちによるポピュラーコンサートでした。

情熱大陸[葉加瀬太郎]
ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)[サティ]
オー・シャンゼリゼ[ウィルシュ&ディーガン]
トップ・オブ・ザ・ワールド[カーペンターズ]
銀河鉄道999[ゴダイゴ]
ミュージカル「アニー」より『トゥモロー』[ストラウス]

 1曲目の『情熱大陸』は、原曲はヴァイオリン曲ですが、今回はピアノ連弾(一台のピアノを2人で弾く)でした。ヴァイオリンがピアノに変わっただけなんですが、それだけで、曲のイメージがガラッと変わります。ヴァイオリンは泣き節だと思うのだけれど、ピアノだと泣けない分、無闇に音数が増えてしまい、それを受け付けられない人だとダメだと思うけれど、私は楽しみました。

 2曲目の『ジュ・トゥ・ヴ』は、ソプラノ+フルート+ピアノの演奏でした。この曲は、そもそもシャンソンであって、歌詞も男性歌手用と女性歌手用の2つあるそうですが、今回は女声用の歌詞で歌ったそうですが…フランス語なので、よく分かりませんでした…と言うよりも、この曲って、男性歌手用の歌詞がある事を知らなかったのでビックリでした。そうか、男性が歌ってもいいんだ…と思った次第です。

 歌ったのが、クラシック系ソプラノ歌手さんでしたから、いわゆるシャンソンのイメージとは違った感じでしたが、なかなか良かったです。個人的には、シャンソン系のぼそぼそ歌唱よりも、思いっきり声を出して伸びやかに歌う、クラシックスタイルの方が好きです。

 3曲目は、テノールの人でした。片手にフォークギターを持って登場したので、あれあれあれ…と思っていたら、ギター弾き語り+ピアノの組み合わせで歌い出しました。ちなみに、歌にはきちんとマイクを使い、ぼそぼそとポピュラー発声で歌っていましたので「だったら、テノールって名乗るなよ」とちょっぴり思いました。

 まあ、テノールには、オペラとロックやポピュラーの二刀流の人もたくさんいるので、この人もそんな感じの人なのかなって思ったわけです。で、今回は、ポピュラー歌手として歌ってくれているんだなあ…と納得させながら聞きました。それにしても、この曲、ギターが似合わないよなあ(笑)。伴奏は、ピアノだけでも良かったんじゃないかしら?

 4曲目は、カーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」です。歌手も男性と女性の2人がいるので、てっきり、カーペンターズ並に男女デュオで歌ってくれるのかと思ったら、フルート+ギター+ピアノという演奏形態でした。ああー、ヴォーカルラインをフルートで吹くわけだね。

 勝手に期待して、勝手にがっかりするのは、私の悪い癖です。でもまあ、確かにカーペンターズの曲って、フルートが似合うよね。

 5曲目の『銀河鉄道999』は「何か昭和っぽい曲を…と思って選曲しました」って紹介していたような…。まあ、確かに昭和の曲だけどさあ…。これも男性歌手がいるんだから、ノリノリで歌ってくれるのかと思ったら、ピアノ連弾で歌はありませんでした。演奏は頑張っていたけれど、なんか色々と違うんだよなあ…と、ゴダイゴファンとしては、苦言を呈したいです。少なくとも、ミッキーのオルガンソロの部分は、あのニュアンスを再現してくれなきゃイヤだよぉ。

 最後の『トゥモロー』は、全員総出の演奏でした。今回、テノールの人はマイクを使わないで歌っていたので、彼の歌唱は全然聞こえませんでした。そりゃあ、ポピュラー発声のままで、マイク無しはキツイよね。ここは、クラシック発声に切り替えるか、マイクを使って歌えば良かったのにね。残念なのは、そこだけで、後は良かったです…ってか、このコンサートで一番良かったのはこの曲かもしれません。

 この人たちは、1時間後に同じステージで、今度はクラシック系コンサートをしてくれるので、それを楽しみに待つことにしました。

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posted by stone at 03:30| Comment(2) | ラ・フォル・ジュルネ