2021年01月21日

メンデルスゾーンのメロディーは素敵なのです

 声楽のレッスンの続きです。

 今回のレッスンから、メンデルスゾーン作曲のカンタータ「エリア」のアリアに、曲が変更になります。まずは、3番「Zerreißet eure Herzen/汝らの衣ではなく」と4番「So ihr mich von ganzem Herzen suchet/心をつくして求めれば」です。この2曲は連続して歌われるので一曲扱いで学びます。ちなみに、3番がレチタティーヴォで4番がアリアです。フロトーの「M'appari Tutt'amor/夢のごとく」は、別段終わったわけではなく、メンデルスゾーンを学ぶために、一時棚上げ状態にしました。そのうち、また歌います。

 さて、まずはレチタティーヴォである3番ですが、ドイツ語をしっかりとしゃべる事が求められました。私は、ドイツ系の歌に関しては、現代ドイツ語で歌うことを選択しているので、なおさら現代語の響きを強調してしゃべらないといけません。この曲はレチタティーヴォなので、かならずしも(曲のテンポやリズムは)楽譜通りに歌わないといけないわけではありませんので、言葉を明確に発音するためにも、ゆっくりと歌うべきでしょうが、ただ、しゃべる事に集中するあまりレガートを忘れてはいけません。はっきりと滑舌良く歌いながらもレガートを忘れずに…という注文です。

 アリアである4番では“Ö”(“O”の上に点が2つ乗っている字ですが、皆さんの環境ではきちんと見えてますか?)の発音を注意されました。ウムラウトなので、オのクチでエと発音する要領で良いそうですが、これをきちんと発音するように言われました。

 ちなみに“Ö”ですが、女声はかなり苦手とする発音なのだそうですが、私はもちろん男声なので、出来て当然らしいので、一切の容赦はありません。しっかりと発音しないといけないわけです。

 いくら現代ドイツ語の発音で歌うからと言って、英語の発音のようなリエゾンはなるべくしないように言われました。英語はリエゾンするのが当たり前ですが、ドイツ語はよほどの事が無い限り、リエゾンはしないのですが、私はついつい英語の歌のようにリエゾンしがちなのです。ですから、そこはあえてリエゾンしないように気をつけて歌わないといけません…うう、これって案外難しいです。ドイツ語は一つ一つの音をクリアに発音しながらレガートに歌わないといけないので、英語で言うなら、米語ではなく英語の発音感覚に近いのかもしれませんが…私の英語は米語が基本なので、やっぱ難しいです。

 “Gott”の発音について。この単語の発音は、常に強調して歌うべき単語ですが、歌手それぞれで歌い方がかなり違うそうです。ま、信仰との兼ね合いもあるのでしょうね。ですから、この単語が歌詞の中に出てきたときは、きちんと信念を持って、自分の歌い方で歌わないとダメなようです。特に日本人は語頭の“G”を鼻濁音で発声しがちなので、そこは注意です。鼻濁音ではなく濁音でカッキリと発音しないとダメなんですね。これは私も要注意です。“tt”の発音処理に関しては、私のやり方(休符の直前なら次拍の頭、連続している時は、次音の直前ではっきりと発音する)で良いようです。

 ちなみにこのアリアの最高音はA♭なので、高さを意識しないで普通に歌った方が結果が良いようです。「高音だ!」と意識してしまうとむしろノドが締まりがちになるので、普通に中音を発声するような感覚でフワっと歌った方が良いのです。まあ、ドイツ語のアリアなので、高音だからと言って強調する必要もありませんしね。

 とにかく、ドイツ語が苦手という事もあり、時折歌詞に舌が回っていない事もあるので、もっと歌詞をしゃべる練習が必要…かもしれません。それに合わせて、もっともっと歌いこむ練習も必要でしょうね。

 それにしても、メンデルスゾーンのメロディーは、歌っぽくて素敵です。

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2021年01月20日

低音部はむりやり歌わない

 声楽のレッスンに行ってきました。まだ2020年末の話です。

 まずはハミング練習です。息の支えを先行しての発声は…今回はまあまあできていたと思います。で、そのまま発声練習に突入です。

 音階の上昇とともに腹圧を高めていくのは当然として、クチの奥を開く方向を(縦ではなく)上にしていきます。つまり、喉仏を下げて口腔の容量を増やすのではなく、上アゴを上げることで、口腔の容量を増やして歌うわけです。もちろん、ちょっとは喉仏も下げていきますが、それはあくまでも補助的なモノで、メインは上アゴを上げていく事です。そうしないと…ついうっかり声を掘ってしまうからです。深堀りした声はNOですって。

 音程正しく歌うためには、その音程に相応しい息の圧力が必要で、そのためにはそれに伴うだけの腹圧が必要なのは、歌もフルートも同じ事です。歌の場合は、さらに音程に合わせて、上アゴを上げていくことも必要です。つまり、音程に合わせて、楽器の形を変えていくわけです。そこは通常の楽器とはちょっと違うところかもしれません。

 コンコーネ5番です。母音だけで歌っていきます。音程を声と響きの両面から考えていかないといけません。正しい音程に聞こえるように歌うためには、声の音程をジャストにするのは当然だけれど、響きの音程はジャストではダメなようです。響きの音程をジャストな感じにすると、音程は正しくても、聞いた感じはフラットしているように感じるようです。これって、つまり歌声というよりも、話し声に近い感じなのかもしれません。ポップスの…とりわけアイドル路線の歌手で、歌があまり上手くないと感じられる方々が、まさにこんな感じで、彼らの歌だって、声の音程は正しいのだけれど、聞いた感じ、違和感を覚えるのは、響きの音程が同じがむしろ低めになっているからのようです。

 音程正しい声で歌いければ、声の音程はジャストにしつつ、響きの音程は、むしろ高めにするのが良いみたいです。と言うのも、人の感覚として、響きが高い声を好み、響きの低い声には良い印象を持たないから…みたいです。だから、歌う時には響きは、狙う音程よりも常に高く保たないと、正しい音程の歌声として感じてもらえない…ようです。

 ガンバ。

 歌はメロディフレーズで出来ているわけだから、歌う時はフレーズの横の流れを意識して歌わないといけません。レガートに歌うのはもちろんだけれど、常に次の音を意識して歌わないといけません。Y先生曰く「次の音程が見えるように歌う」って事です。具体的に声ではなく、息の流れでそれを調整していかないとうまくいきません。それがうまくできないと、いわゆる“棒歌い”になってしまうようです。フレーズの歌い出しは、その音よりも高い響きで歌い出す事が大切です。いわゆる「音は上から取れ」って話です。

 コンコーネ6番です。こちらは階名で歌ってみました。ここでも響きの高さについて注意を受けました。特に、メロディーがアルペジオになって上昇している部分は、自分で思っている以上に、もっともっと響きを高くしていかないと、声に響きが追いついていけません。低音部(私は低音が高音以上に苦手です)は、しっかりと息を吐きながら、声は薄くなっても、しっかりと息で声を支える事が肝心です。大切なポイントは「声が薄くなっても良しとする」事です。音程が低くなって、声が弱くなったからといって、むりやり声を強くしてはいけないって事です。

 低音部で無理やり声を強くすれば、一時しのぎ的に声の響きは確保できるけれど、それはエセバリトンな声であって、私のノドには無理な負担がかかっていくわけです。それは避けるべき事であり、歌は自分の声で歌うべきものであるから、なるべく負担を減らして、楽に歌えないといけません。

 私の場合は、五線譜(ト音記号)の下にはみ出すような音は、あまり声にはなりません。それまでの声と比べると、急にボリュームは下がるし、スカスカな声になります。で、それは自分でもイヤだし、そこをしっかり歌えないと、普通の曲は歌えないわけだから、無理して踏ん張って声を出してきましたが、それを続けていく限りは、私は“テノリトン”とか“バリノール”からは脱却できないわけで、テノールとして立つならば「自分の声は低音部では薄くてスカスカになるしかない」という自覚を持って、それを受け入れていくしかないのです。頑張って、柄にもなく、作り声で低音を出しちゃあダメなんですね。 というわけで、5番は今回で上がりです。次回のレッスンでは、6番と7番になりました。

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2021年01月19日

ブログを再開しますが…非常事態宣言が出ちゃいましたね

 やあやあ、ようやくですがブログを再開します。お休みしていた間に、コロナ関連で世の中が大きく動きましたね。例の“非常事態宣言”って奴が発出されちゃったわけです。

 最初は1都1県から始まり、そこから大都市圏に広がり、いまやその周辺地域にまで非常事態宣言が出ました。全部で…11都府県ですか? この調子では、そのうち日本全国を対象に宣言が出ちゃうかもしれません…ってノリになってます。

 大都市圏に緊急事態宣言が出た事は理解できます。まあ、感染症は人が密集して暮らす地域で発生するのは大昔からの決まりなので、その事自体は妥当な事だと思いました。もっとも、今回の非常事態宣言の地域(特に周辺地域)には「人が密集? むしろ過疎地域なんじゃないの?」というところもありますが、その地域にはその地域なりの理屈と危機感があるわけですから、まあそれは横に置いておく事にしましょう。

 ちなみに過疎地域は、一般的にはあれこれ不便で困っている地域と言われがちですが、こと感染症予防に関しては、そもそも人が少ない上に人の流入が少ないので大都市と比べると、かなり安全な地域となります。

 さて、国等が取るべき感染症対策にも色々な方法があります。一番確実なのは、流行地とそこで暮らす人々を焼き払う…という原始的な方法です。焼き払いだね。熱による消毒とも言えますが、21世紀の現代日本では、さすがにこの方法は取れません。野蛮すぎます。せいぜいやっても、流行地とそこで暮らす人々に消毒液をぶっかけまわる…ぐらいしかできませんが、それでも現実的にはなかなか難しいです。それに相手が細菌ならばともかく、ウィルス相手に消毒液ぶっかけても、やらないよりはマシ程度の気休めにしかなりません。

 となると、残る方法として、大きく分けて言えば、人々を感染ウィルスから隔離していく政策と、感染ウィルスに曝露させていく政策の二つとなります。

 隔離政策は、人々の生命を守りつつ、新たな感染症患者の発生を抑え、感染者をゼロにしていくやり方で、感染者がゼロになれば、感染症に打ち勝ったと言えます。これには徹底した検査と、強固な医療体制と、人々への強い行動制限が必要となり、短期的に経済には大きく疲弊します。このやり方は多くの国で採用されていますが、なかなか成功しているとは言えません。そんな中、まずまずの成功をしたと言われているのが中国です(と中国が言ってますが…ほんまかいな?)。

 一方、曝露政策は、感染症をなすがままに放置し、死ぬべき弱い人々には死んでもらい、生き残った人々で国や地域を再建していこうというやり方です。いわゆる“集団免疫の獲得”ってのが、このやり方です。これには「人はいずれ死ぬもの」という死生観が必要で、死を必要以上に悲しまないという人々の思考回路が必要です。まあ、宗教が強い地域でないと無理でしょう。人は大勢死ぬでしょうが、経済的には大きく落ち込むことはないし、老人や病弱者たちが死にますので、少子高齢化社会の解決の一つの道筋になるでしょうし、福祉対象者が減ります。ま、弱者切り捨てですね。ただ、このやり方で、成功したところは今現在はありません。一時期はスウェーデンを始めとする北欧地域で行われていましたが、やはり身の回りの人々が死んでいくのを平然と見られる人は少ないわけで、結局は政策的には日和っちゃいました(そりゃあそうだよね)。

 今の日本政府のやり方は、基本的には曝露政策でしょう。というのも、隔離政策を行えるほど、医療の体制が充実していないので、曝露政策をせざるを得ないと言えます。

 日本が曝露政策を実質的にしているとしても、これを明言し、強力に実行すると、有権者(実際に投票する人って考えると、日本の場合、老人が多いんですね)から見捨てられますので、形だけかもしれませんが、隔離政策を行っているフリをしています。そのフリの一つが、今回の緊急事態宣言でしょう。

 曝露政策を中心に据えながら、弱者対象に隔離政策を行う…という、カッコ良く言えばハイブリッド政策を日本政府は取っているわけです。

 うまくいくかな? 私はもちろん「うまくいってほしい」と強く願ってます。だって自分事だもの。私自身は死にたくないし、コロナにも罹患したくないし、一日も早く以前のような社会に戻って欲しいと思っていますから。

 でもね「虻蜂取らず」とか「二兎を追うもの」とかじゃないけれど、両面政策って、なかなか効果が出ないんだよね。時間がうんとかかるもの。下手すると、幾世代もかけないと結果が見えなかったりするんだよね。

 「ならば、一気に隔離政策に振り切って、ロックダウンをすればいいんだ!」

 確かにこのやり方で中国はコロナの封じ込めに成功したのかもしれないけれど、日本は中国じゃないからね。あの国のような乱暴なやり方は日本では使えないって。そもそも、あんなやり方は自由主義諸国では無理だって。

 イギリスなんて三度もロックダウンをしているのに、コロナは全然収まっていないよね。結局、隔離政策ってのは中国のような極端な閉鎖社会に対しては有効であっても、自由主義諸国では人々の移動の自由を完全に禁止することなんて無理だから、ロックダウンをして一時的にウィルスを封じ込めたとしても、その後外部から人が入ってくれば、即座に元の木阿弥になっちゃいます。つまり、隔離政策でも無理は無理なんだよね。

 おそらく、コロナを封じ込める事は、今の私たちには出来ないのではないかと私は考えます。数世代に渡って、知恵を絞って、生活のスタイルを変えて、人間とコロナウィルスの共存の落とし所を見つけて、ようやく安定する…んじゃないかって思います。そう考えると、日本政府のやり方は、一見無為無策に見えるけれど、そんなに悪くないやり方ではないかと思うわけです(ただ、めっちゃ時間がかかるだけ)。

 短期決着への残る望みはワクチンだけれど、新型コロナって、ワクチンで根絶できるようなウィルスでしょうか? そもそも、ワクチンって万能薬ではないし、副反応があるわけだし、その危険性を考えるとワクチン接種を拒む人も大勢いるだろうし。

 それに新型コロナって、人間だけでなく、イヌやネコなどのペットも罹患するわけで、いくら人間たちが互いに気を使っても、イヌやネコからウィルスをもらったら元の木阿弥だよね。だって、マスクをしたイヌなんて、いやしないでしょ? 家に入る時に手指をアルコール消毒するネコもいないでしょ? それを考えると、ウィルス根絶の前にイヌ・ネコを根絶しないといけないけれど…出来ないでしょ? やっぱり隔離政策は難しいと思うわけですよ。

 ま、曝露政策を続けていけば、私を始めとした、老人とか基礎疾患持ちの病人とかは、早かれ遅かれ、淘汰されていくでしょうが…でもそれで、少子高齢化社会問題が解決できるなら、それはそれで良しかもしれません。

 ケセラセラ。なるようになる…ま、そんなところが今回の落とし所でしょうね。

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posted by stone at 04:00| Comment(2) | その他